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第二十三話 王都から流れる呪い

 王都にたどり着くと、物々しい雰囲気に包まれていた。私たちは王都の中へ入る前に馬車から降りるよう言われ、仕方なくそこから走ることにする。

 ここまで付いてきてくれた男爵には自宅に残っているレイに事態を伝えてくれと頼み、途中で別れる。男爵は快く引き受けてくれて、途中で別れる際も激励をしてくれた。本当に良い人なのだなと改めて思う。

 ヴァルがここまで憔悴しているのは初めて見た。私も焦りで心が逸りそうになるのを何とか抑え、途中途中でヴァルのことを励ます。


「大丈夫、まだ間に合う」

「……ああ」


 しかし、ヴァルはどこか上の空だった。もはやジェームズ国王の顔を見るまでは元に戻ることはないのだろう。

 王宮にたどり着いた。その途端、厳しい表情を浮かべた兵士たちが私たちのもとへとやってきた。ヴァルは彼らをにらみつけ叫ぶ。


「イウヴァルトだ! 王に、父上に面会したい!」

「王は今絶対安静の状態だ! それに誰とも面会をさせるなというご命令が出ておる!」

「……誰の命令だ?」

「エドガー王子殿下からである!」


 兵士は踏ん反りかえって、ヴァルを半分嘲笑するかのように見ていた。こいつ、エドガー王子の息がかかった兵士なんじゃないの? ともかく、ここを突破しなければ、ジェームズ国王のもとへ行くことはできない。私はどうするべきか思考を巡らせた。どうする、どうすればこの場を脱することができる?


「……アリエス、すまない」

「え?」

「強引に通させてもらう!」


 ヴァルはそう言って黒い靄を発生させる。それを見た瞬間、兵士たちはひるみだし、後ずさりする。ヴァルはその隙に走り出した。私もそのあとを走りながらも、ヴァルの体を癒す。黒い靄は体の中に戻り、なんとか抑え込むことができた。


「すまない」

「ううん、私の力、あてにしてくれてありがとう!」


 呪いを使ったことは咎めない。もうこの人がしたいことを、私が支えるだけだ。兵士たちが邪魔をしようとするが、ヴァルがにらみを利かせる。奥へ、上へ、とにかく上っていった。

 そしてジェームズ国王の寝室にたどり着いた。そこにも兵士がいたが、ヴァルは無理やり突き飛ばしてでも部屋に突入する。そこには寝かされている王ひとりしかいなかった。

 前に出会ったときよりも細く、そして弱弱しくなっているようにも思える。騒ぎに気付き、開いた眼も薄い。どうしてこんな状態に……。私は思わず口元に手を当て、唖然としてしまった。

 ヴァルはジェームズ国王の元へと歩み寄り、膝をついた。王は少しだけ笑みを浮かべて言う。


「……また喧嘩をしておるのか、イウヴァルト」

「……申し訳ございませぬ。父上のお体についてどうしても調べたく、強引に参りました」

「よいよい……子供に心配されるのは父として情けないがな……。お前たちも下がれ」


 兵士たちが寝室の中に入ろうとしたのをジェームズ国王が下がらせる。兵士たちは戸惑いを見せていたけれど、迷った挙句部屋を出ていった。


「……それで、どういう用件だ。エドガーならば……ここにはおらぬぞ」

「そのエドガー兄上のことについてです。私は呪いについて、呪術師から話を聞きました。その時、私の呪いと同じような臭いがする場所がある、それがここであると」

「……呪術師とは……また胡散臭いものを……」

「父上、誤魔化さないでください。その体を、呪いが蝕んでいるのではないのですか?」


 ヴァルの言葉に、ジェームズ国王は黙ってしまった。ヴァルはそれでも続ける。


「我が妻が回復魔法を使おうとしたとき、触れるなとお叱りになられましたね。あれは、呪いが妻に伝染することを懸念したからではございませぬか?」


 ジェームズ国王は何も話さない。私は黙って、二人の行く末を見守っていた。


「二年前、何があったのです? エドガー王子やその妻の聖女から、何かを送られたのではないですか?」

「……我が子を疑うか」

「ええ、私は疑います。父上に近づけるのはもはやあの二人だけ。あの二人は言いました、『二年前、君たちがここに訪れてから体調を崩された』と」

「…………」

「何も、話してはくれないのですか。エドガーは信じて、私は信じてくれないのですか?」


 ヴァルは悔しそうにこぶしを握り締める。私も、何も言うことができなかった。ジェームズ国王は優しい方なのだ。エドガーも、ヴァルも、二人とも愛している。愛しているから、争いになるようなことは話すことができないのではないか。だからこそ悔しい。私も彼らのもとへと歩み寄り、膝をつく。


「私からもお願いいたします、陛下。何卒、我が夫を信じてくださいませ」

「アリエス……」

「……何も話すことは、ない。私も……何も知らぬ」

「……陛下っ!」

「もういい、アリエス。下がろう。これ以上は父上のお体にも障る」

「でもっ!」


 私はヴァルに詰め寄った。でも、ヴァルの悲しい顔を見てしまった。その顔を見たら、私はもう何も言えなくなった。卑怯だよ、そんな顔をするなんて。私、なにもできなかったじゃない……。


「……父上、真実は必ず明かしてみせます」


 ヴァルの言葉にも、ジェームズ国王は何も反応を示さなかった。ただ寝台の中でゆっくりと呼吸をしているだけだ。


 私たちは部屋を出ていく。そして、廊下に出た瞬間だった。


「あらぁ、こんなところで何をしているのかしら。出来損ないの妹と、呪われし王子様?」


 そこには姉ヴェイラの姿があった。ヴェイラの周りには兵士たちが取り巻いている。武装していて、私たちを捕らえようとしているかのようだった。


「これはどういうことだ、聖女殿」

「どうもなにも。城を騒がせる不埒な連中が、大事な大事な陛下の許へと向かったと聞いたから、捕まえに来ただけよ」

「……姉上。いいえ、もう姉上ではない。ヴェイラ!」

「その名を気安く呼ぶんじゃないよ! 出来損ないがっ! 大人しくしていればいいものを、私たちに逆らったらどうなるか、今この場でしっかりと教えてやるよ!」


 口調も荒々しくなり、ヴェイラは兵士たちに命令を送る。じりじりと、兵士たちが近づいてくる。ヴァルは私をかばうように立つも、剣は王宮敷地内に入るときに取り上げられてしまった。はじめから、こういうシナリオになってしまっていたのだ。

 私は悔しい感情を抑え、なんとか脱する方法がないかをうかがう。なにか、何かがあるはずだ。私は考え続ける。ヴェイラは余裕を見せて、髪をなでて見せる。

 その時、私は見えた。ヴェイラの腕にヴァルと同じような紋章があるのを。


「……ヴェイラ、あなた、呪われているの?」

「っ!? 何を言い出すの、お前は!」

「ええ、だってその腕に呪いの紋章があったもの! もしかして、国王陛下に呪いをかけ続けていたのも、あなたなんじゃないの!?」

「ば、馬鹿を言うんじゃないよ! 何を言いがかりを! あんたたち、早くこの女たちを捕まえなさい!」


 兵士たちが戸惑いを見せながらも、私たちを捕まえようとする。しかしその時、王の寝室の扉が開いた。杖を突いた、弱弱しくも眼光鋭い王の姿がそこにあった。

 その場にいた全員が跪く。呆気にとられ、何もできていないのはヴェイラただ独りだった。


「聖女よ」


 しっかりとした、鋭い声色でヴェイラを名指しする。ヴェイラは震えながら、首を横に振った。


「いえ、その、違います。私はその……何もしていなくて……」

「なれば、妹君が申したのが嘘だという証拠を見せよ。腕をまくれ」

「それはその……」

「これは王からの命令ぞ」


 明らかに動揺を見せているヴェイラ。しかし、逆らう勇気もなく、静かに腕をまくった。そこには、呪いの紋章が刻まれていた。

 それを見た瞬間、ジェームズ国王の目が見開かれる。私は怒りのあまり、ヴェイラに詰め寄ろうとした。


「ヴェイラ、あなたっ!」

「……、ふ、ふふふ、もう遅いわよ! 何もかも! 国王の体も、この国もっ! 私が、私とエドガーがいただくのよ!」

「どういうことよ!」

「さて……どうだかね!」


 ヴェイラは兵士の一人を押し倒し、そのまま背を向けて走り去っていった。兵士たちはどうしていいかわからず、騒然としている。ジェームズ国王は力を失くしたようにその場に座り込んでしまった。


「陛下っ!」

「アリエス、この場は任せろ! お前はあの聖女を追いかけろ!」

「でも……」

「お前も過去に決着をつけてこい!」

「……わかった! 行ってくる!」


 ヴァルはそう言って、私の背中を言葉で押してくれた。私は走り出し、ヴェイラの後を追う。


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