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第二十話 リール男爵

「イウヴァルト閣下! お会いできて光栄の極み!」


 貴族にしてはガタイの良い体つきで、ヴァルとも身長も変わらない顎髭を生やした男、リール男爵はイウヴァルトの手を何も気にせずに握ろうとする。ヴァルは咄嗟に手を引いてしまうが、リール男爵は気にすることもなく、ただ頭の後ろに手を当てて豪快に笑った。


「あいやはや、これはいきなりで失礼でしたな!」

「いや……こちらも申し訳ない。突然のことで驚いてしまった。手袋をしているから、呪いが感染することはない。改めてよろしく、リール男爵」

「ははぁ……よろしくお願いいたします!」


 はつらつとした声をあげて、リール男爵はヴァルから差し出された手を今度こそ握る。その表情は遠慮がなく、そして何より本当にうれしそうだった。見ているだけで気持ちの良い男とはこういう人を指すんだな、と私は後ろで思わず感心してしまう。

 こんな人、あんまり会ったことがない。しいて言えばガーランド城の兵士たちの中にこういう性格の人がたまにいたぐらい。


 そんなリール男爵は私の方を向いて、おお、と感嘆の声をあげると、恭しく辞儀をしてきた。私もお辞儀を返す。


「なんとお美しい方だ。まさにこれは聖女、いや天女と呼ぶべきですかな!」


 め、面と向かってそう言う事を言われるとすごく恥ずかしくなる。私は手を振ってみせて、誤魔化そうとする。でも顔が真っ赤なのか、レイもヴァルも苦笑していた。もう。


「そ、そんな大層なものではございません。妻のアリエスです、はじめまして男爵」

「御謙遜をされる姿もまた良い! ……我が娘を助けてくださり、本当にありがとうございました! ほら、お前もこちらに来なさい!」


 と、リール男爵が部屋の奥に大きな声を掛ける。すると、恥ずかしそうに物陰からリリンの姿が現れた。


「お、お父さん、あいえ、お父様、恥ずかしいですよぅ」

「何を言っている! いつも通りに接すればよいではないか! それに、この方はお前の恩人でもあるのだぞ? お礼も申し上げなければな!」

「もう……あの、アリエス様、レイ様、イウヴァルト閣下。あの時は本当にありがとうございました。もうあのときはどうすればいいか分からず……」


 リリンは何度もお辞儀をしてくる。そんなに畏まらなくてもいいのに。そう思いながら、私はリリンのもとへと歩み寄った。


「リリン、あの子たちとはいつからのお付き合いだったの?」

「えっと、もうかれこれ三年ほどになります……最初は良くしてくれたのですが、私がどんくさいあまりに呆れてしまわれて……」


 卑屈になろうとするリリンを、私は抱きしめた。そしてゆっくりと頭をなで、背中を軽く叩いて励ます。


「ううん、リリンはどんくさくなんかない。優しい子だわ。だって、あの子たちの名誉を守るためにずっと我慢をしてきたのだもの。偉いわ」

「……そんなことないないです……。でも、ありがとうございます」


 リリンの目から涙が零れ落ちた。私はハンカチでそれをぬぐう。


「今日という日に涙はそぐわない。さあ笑って! リリンの笑顔って、とても明るくて太陽みたいですもの!」

「そ、そんな……」

「そう! 領地の者たちに、うちの娘は太陽の娘じゃないかと言われておりましてなぁ!」

「お父さん!」


 豪快に笑いながら娘自慢をするリール男爵の体を、顔を林檎のように真っ赤にしたリリンがぽかぽかと叩く。なんとも和やかな光景だろう、私は思わず癒されてしまって顔を緩ませてしまう。


「アリエス、顔が緩み切っているぞ」

「そんなことありません。ねぇ、レイ」

「奥様、今回ばかりは弁解できませんよ」


 そんなにか。私はちょっと引き締めるように咳払いをする。それをきっかけに、リール男爵の顔つきも真剣なものに変わった。そして、ヴァルの前で跪き、首を垂れる。


「イウヴァルト閣下。我らリール男爵家一家は閣下に忠誠を誓うことをここに宣言いたします。これからは手となり足となり、目となり。閣下をお守りすることを生きがいとしましょう」

「ありがたい言葉だが、いいのか? エドガー第一王子やレザウント侯爵から何を言われるかわからないだろう」

「もとより覚悟の上。家族全員で決めたことです。たとえ領地を追われようとも、一人の配下として是非ともお連れください」


 リール男爵にそう言われ、ヴァルは少し考え込んだ後、一つのワインを取り出し、二つの杯にいれる。そして、再びリール男爵の前に立った。


「リール男爵、頭を上げ、顔を良く見せてくれ」

「はっ!」

「……これからもよろしく頼む。杯を交わそう」

「恐れながら」


 リール男爵はヴァルから杯を受け取り掲げると、それを一気に飲み干した。ヴァルもワインを飲み干す。


「これよりは私のために働いてもらうぞ、男爵」

「ははっ! 妻子使用人ともども命とこの名に懸けて!」


 リール男爵がそう言うと、リリンも頭を下げた。先ほどとは打って変わって、緊張と覚悟を決めたような顔つきだった。


「ところでリール男爵。他に仲間になってくれそうなものはいるか?」

「あてはあります。それらのものにも声を掛けていきましょう。さすがに私より位の高いもの相手となれば、できれば閣下のお力添えもいただきたいのですが」

「では、私自らの書状を出し、こちらからも面会を行うということを伝えよう」

「最高でございます! しかし、彼らがなびくにはもう一つ手が必要となるでしょうな」

「手、とは?」

「はっきり申し上げましょう。呪いの解呪です」


 やはりそう来たか、と私は静かに思った。ヴァルも腕を組み、目をつぶって考え込んでいる様子だった。


「どのような経緯で呪いをかけたかけられたのかは存じませぬが、やはりそれが今までの動きを邪魔しております。そのままにしておくよりも、少なからず『呪いから解放されようと努力をしている』という動きを見せたほうがよろしいかと」

「……わかっている。だが、解呪の仕方がわからん。今ではエドガー第一王子の別宅にもゆけぬからな」

「なれば私に一つ妙案が」


 リール男爵の言葉に、私たちはいっせいに彼を見る。リール男爵は笑みを浮かべながら答えた。


「呪術師にお会いするのはいかがでしょうか。彼らも呪いを専門としている者たちですからな!」

「しかし、呪術師に会って、それで解呪してくれるんでしょうか? もしかしたら呪いをかけられてしまったり……

「むやみやたらと呪いをかける者もいますが、それは未熟な証拠。本来ならばその技術を使い、呪いを『解く』ことで作物や牧畜などの病気を取り払っているのです」

「そうだったのか、それは知らなかったな」


 ヴァルも感心したようにうなずいてみせる。私も知らないことばかりだった。それにこの口ぶりだと、リール男爵は呪術師に出会っていることになる。


「私の領地に一年に一度、訪れる老婆がいます。口や性格などは悪いですが、知識は誰にも負けないでしょう」

「なるほど、その者に出会えれば呪いを……」

「確証はありませぬが、一歩前進は致しましょう」

「ありがたい。それならば、こちらから伺おう。その者と面会することは?」

「まず『面会』は無理でしょう。こちらから探し出し、問いかけるしかありませぬな。幸い、場所はわかっておりますが……」


 なるほど、普段は人々から距離を取っているのか。それならば、私たちが自ら探し出し誠意を示さないといけない。となれば、私が行くべきか。


「リール男爵、情報をありがとう。すまないが、領地まで案内をしてくれないか?」

「それはもちろん! 私にお任せあれ!」


 リール男爵はどんと豪快に胸を叩き、自信に満ち溢れた表情を浮かべた。


「ヴァル、私もついていくわ。解呪のために私の魔法が必要かもしれないもの」

「……わかった。止めても行く気だろう? 今更俺から止めることはしない」

「奥様もこられるので?」


 私の言葉にさすがのリール男爵も目を丸くしている。私は当然のようにうなずいて言った。


「ええ、よろしくお願いいたします」

「しかし、そうなるとお屋敷を空けてしまうことになりますな……では、リリン。お前がこの家を護りなさい」

「え、ええ!?」


 リリンは突然の父親の言葉に驚き、慌てふためている。私は笑みを浮かべてリリンの方を向き、手を合わせた。


「大丈夫、レイも一緒にいるから。今回ばかりは、レイもウォレンスとリリンと他の皆と一緒に家の守護に回ってちょうだい」

「畏まりました。しかし、無茶は駄目ですよ、奥様」

「わかっている。それじゃあ、動きやすい恰好に着替えましょう」


 そう言って、私はレイとともに部屋を後にし、動きやすい格好に着替えて馬車に乗り込んだ。目指すはリール男爵家の領地だ。解呪の手掛かりが得られればいいのだけれど。


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