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第二話 籠の中の鳥

 階段を上り、私は少し息を切らしながら執務室の前にたどり着いた。この城まで歩かされたこともあって少々きつかったけれどこんな姿を未来の夫に見せるわけにはいかないと思い、息を整えて背をピンと伸ばす。なんだろう、屋敷にいる時に比べて、心臓の鼓動がずっと早まっているような気がする。緊張も当然しているのだろう、けれど心躍るような気分でもあるのかもしれない。


 ずっと、あがいても変わらない退屈な底なし沼から引っ張り出されたかのような、生きる事をあきらめそうになっていたところに思わぬ光明が差し込んできたかのような気分だった。


 よくわからないが、とにかく会ってみたい、そう思った。婚約するしない関係なくイウヴァルト伯がどんな人物なのかを知りたかった。


「し、失礼します!」


 私は扉をたたいた。緊張からか少々乱暴になってしまった気がするが、そんなことを気にしている余裕は今の私にはない。


「入れ」


 短い青年の声が聞こえてくる。少しくぐもっているような気がしたが、やはり最初に聞いたときの印象をそのまま受ける声だった。私は扉に手を掛け、ゆっくりと開く。自分の力が弱いのか意外と重い。体重をかけ、なんとか開けようとしたとき、急に扉が開いた。私はバランスを崩して思い切り前のめりに倒れた。いったっ!


「何をしている」


 顔をあげてみるとそこには全身鎧のままの状態のイウヴァルト伯がいた。どうやら彼が開けたらしい。私は鼻を押さえながらも、すぐさま立ち上がる。


「あ、あの、ありがとうございます!」

「どんくさいからこっちから開けただけだ。感謝される謂れはない」

「でも、ありがとうございます!」


 私はできる限りの笑みを浮かべてみせる。上手く笑えているのかな、そんな気持ちをよそに、イウヴァルト伯は黒い鎧をガシャ、ガシャと音を鳴らして執務机に向かい、頑丈そうな椅子に座った。兜も脱いでいないので顔を見ることもできない。


「それで、嫁ぎに来たというのはどういう用件だ」


 イウヴァルト伯の言葉に私は困惑してしまった。どういう用件、と言われてもそのままなのだけれども……。


「あの……言葉の通りですが」


 私は勇気を出して言葉に出してみた。一瞬、イウヴァルト伯の兜の奥の瞳に困惑の色が見えた気がするけど、すぐに消えてため息をつき始めた。


「また勝手に話を進めたか。どんな交渉材料にされたのやら」

「と言いますと?」


 私は首をかしげて見せる。今度はイウヴァルト伯の苦笑が聞こえてきた。


「俺は実家から嫌われている身でね。ここに来る女ほとんどが嫁ぎに来るという名目で何かの交渉にやってくる。戦利品をせびりに来たり、いい兵士がいれば連れ帰られたり、だ。つまりは、何の要件もなく来る奴はいないということだよ」

「しかし……私は確かに両親からイウヴァルト様に嫁ぐようにと言われ、ここに参りました」

「それもお前の実家と俺のところとの交渉材料、もしくは建前でも結婚することで関係を結ぼうとした……そんなところだろう」


 なるほど、彼の言う事は正しいのかもしれない。当人の意思など関係なく、結べるものは結んでしまおうという魂胆だったのか。


「どうせお前自身、何も聞かされていないのだろう?」

「それどころか、部屋から出たこと自体がほとんど初めてです」


 まっすぐ正直にそう伝えると、イウヴァルト伯は驚いた様子を見せた。その後クックックと意地の悪そうな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がり、こちらにやってくる。


「まさか箱入り娘を生贄にささげたのか」

「どちらかというと監禁生活でしたけどね」

「それで、お前はどうしたいんだ?」


 不意の問いだった。私がどうしたいのか、そんなことを聞いてどうするつもりなのだろう。


「俺は毛頭、嫁を迎えるつもりなどない。ここにいても邪魔だからな」


 その言葉に、少しだけムッと私は顔をしかめた。しかし、イウヴァルト伯は気にしていない素振りで言葉を続ける。


「ここは戦場だ。お前を前線に連れて行くわけにもいかんし、飯や掃除なんかの使用人の役目は新兵にやらせている。執務は俺が全部やっている。戦いに出向けばこの城には守備兵しかいなくなる。だからこそ、お前の役目はない」

「…………」


 言葉が詰まってしまった。私がここに来ても、あの家のように部屋に閉じこもっているのと同じなのではないかと思ってしまうと、拳に力が入ってしまう。

 そんな私の前にイウヴァルト伯が立つ。門番たちも私よりも頭一つ大きかったが、その大きさをさらに超えているその顔を見るには、私が見上げなければいけなかった。


「出ていくといい」


 イウヴァルトの言葉は衝撃だった。イウヴァルトは私に構うことなく、言葉をつづけた。


「ここにいるのはまともな人間じゃない。ただ戦いたいだけの狂犬どもだ。俺も含めてな。お前のような箱入り娘が来ていい場所じゃないんだよ」

「でも、出ていけば私は……」

「何をためらう事がある。お前のことは適当に報告しておいてやる。お前は自由に生きればいい」

「え……?」


 自由に生きるとは、どういうことなのだろうか。私にはわからなかった。


「もともと身分などなかったようなものだろう、その様子だと。だったら一人の平民として生きればいい。器量は良さそうだ。農民にでも嫁げば、それなりの暮らしもできるだろう。王都で商人や職人に雇ってもらうのでもいい。なんでもやれるだろう」

「…………」


 私はまた黙り込んでしまった。この人は、私を駕籠から放ってくれようとしているのだろうか。そうだとしたら、思った以上に優しい人なのか、それとも興味が薄いのか。わからないが、もし自由に生きるとしたら、もう決まっているんだ。


「さあ、どうする? お前ならどうする」

「……私の気持ちは決まっています」

「ほう、ならば聞こう」


 私は思い切り息を吸い込み、そして大きく吐く。そしてイウヴァルト伯の目を見つめて言った。


「あなたの妻となります」


 運命だなんだということは考えたことはない。だけれど、自由に生きることよりもなによりも、この人に興味を持ったのは確かなんだ。


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