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第十六話 レザウント侯爵夫人の茶会

「大丈夫か? レイがいるとはいえ、相手をする際は一人なんだぞ? 俺も……」


 と珍しく心配になっていたヴァルに「大丈夫よ」と一言告げて、私はレザウント侯爵夫人の待つ別荘へと向かうことにした。ともかく、どんな嫌がらせが来るかわからない。万全の準備を行い、馬車を使って移動をする。レザウント侯爵夫人の別荘は王都の中にあるとはいえ、それは確かに一等地。広い区画を使った豪奢な作りとなっていた。

 とにかく赤い石造りの壁が目立つ。どうしたらこうなるのかと思う限りだ。しかし、私は特に感情を表すこともなく、ただニコニコしておく。


「よくぞおいで下さいました、アリエス夫人」


 玄関ではレザウント侯爵夫人と、その取り巻きのような人々が立っている。一人だけ不安そうな表情を浮かべて緊張している子がいるけれど……それ以外はこちらに笑みを浮かべて出迎えている……ように見えて、その腹の中には黒いものが渦巻いているようにも思える。

 なるほど、貴族仲間を集ってこちらを包囲しようというつもりなのね。受けて立とうじゃない。

「アリエス・アレキサンドロスです。よろしくお願いいたします。本日は素敵なお茶会にいたしましょう」

「ええ、そうですわね。素敵な、お茶会にね」

「ところで……よければ是非ともそちらの方々をご紹介していただけないでしょうか?」


 私は取り巻きの方を向き、優しく微笑んでみた。レザウント侯爵夫人は余裕の表情を浮かべて、まずは左隣にいた細い女性を前に出す。


「こちらはヘルスランド伯爵の娘、アーテリア。私の古い友人ですの」

「よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたしますわ、アーテリア様」


 私は恭しく辞儀をする。アーテリアも同じく返してきた。そしてレザウント侯爵夫人は右隣の小太りの女性を紹介する。


「こちらはアルヴァー子爵の夫人、イリアラ。アルヴァー子爵はレザウント家に代々仕えている由緒正しい家柄ですわ」

「よろしくお願いいたしますわぁ」


 小太りのほうの少女は緩やかな言葉遣いで礼をする。そしてレザウント侯爵夫人は中へと向かおうとする。


「お待ちください。まだおひとりいらっしゃいますよね?」


 私はその足をとどめた。レザウント侯爵夫人は少し顔をしかめつつ、その口元を扇子で隠し、先ほどの二名を紹介するときとは明らかに侮蔑しているような目で緊張している少女を見た。


「ああ、忘れていましたわ。こちらは……ああ、そうリール男爵の娘のリリンです。これでよろしいでしょうか?」

「どういった方なのでしょう?」

「私の付き人ですわ。お気になさらず」


 そう言って、中へと入っていってしまう。イリアラやアーテリアも特にリリンのことを気にすることなくレザウント侯爵夫人の後を追っていた。はっと顔を上げたリリンが少し遅れて慌ててついていこうとする。ふむ、あの子は邪険に扱われているのね……ひどいことだわ。


「リリンさん。仲良くしてくださいね」


 私はその後姿に声を掛ける。リリンは咄嗟に振り返り、どうしていいかわからない状態になっているが、構わず私は笑みを向けた。するとリリンも少し緊張が解けたようで笑みを浮かべる。黒髪を三つ編みにして、顔立ちも格好も素朴だが、優しい子なのだな、ということがすぐにわかった。


「リリン! 何をしているの、早く来なさい!」


 奥からレザウント侯爵夫人の怒声が聞こえてくる。リリンは慌てて追いかけていった。私もゆっくりと使用人に連れられて後を追っていく。


「レイ、なにかあったらよろしくね」

「はい、アリエス様」


 小さな声でやり取りをしつつ、私たちはついに茶会の場についた。屋敷の庭の花畑に囲まれた場所に作られたテーブルで行われた。近くには噴水もあり、風景としてはとても良い。


「さあさ、お茶会を始めましょうか。まずはお茶を用意しなければなりませんね」


 そう言って、レザウント侯爵夫人は目を配り使用人に指示を送る。使用人は少し緊張をしている様子が見て取れた。お茶を運んでいる最中に急に転び、お盆にあったお茶がすべて私に飛んでくる。それを後ろに控えていたレイがとっさに割り込み受け止める。彼女は熱い茶を身に受け、びしょびしょになりながらも平然としている。ありがとう、レイ。


「……あらあら。申し訳ございません」


 レザウント侯爵夫人は口元を扇子で隠しながら辞儀をする。転んだ使用人は慌てふためいているようだが、それに触れようとはしない。レイは何も言わず後ろに下がり、そのまま立っている。これでは風邪を引いてしまうだろう。それに、おそらくレイを引きはがそうとするのが相手の狙い。私はあえてレイに言った。


「レイ、大丈夫? 着替えてらっしゃい」

「しかし」

「大丈夫だから」

「……はい、過分なお言葉痛み入ります。少々失礼いたします」


 レイはそう言って下がっていった。少し心配そうな目で見てきたので、私はばれないようにウィンクをする。さてこれで、私一人でしばらくは相手をしなければいけないことになる。

 代わりのお茶が運ばれてきたときに、アーテリアがこちらを向いた。


「あらあら、お付きの人はついておられませんね。でも、その付き人のおかげでお茶をかぶらなくて済んだのですから、感謝いたしませんと」


 アーテリアが扇子で口元を隠しながらも、くっくっくと笑ってわざとらしい言葉を発する。方向からして彼女が足をかけたか……。


「ええ、本当に。私にはもったいないですわ」


 私はお茶に口をつけようとする。すると、リリンの表情が青ざめていた。なるほど、これにも仕掛けがあるのね。私はそれでも茶に口を付けた。味に問題はない、だけれど、何か悪いものが入っていることは直感的にわかった。


「いかがですか? 我がレザウント侯爵領で採れる超一流の茶葉を使ったお茶の味は?」

「ええ、とても美味しいですわ」


 そういって一度カップを置き、私は姿勢を正す、ふりをして手を膝にあて、回復魔法を使う。これは、強くはないが毒だ。それを治療し、私はクッキーに手を付ける。

 平然としている私を見て、明らかに表情を変えたのはイルリラだ。それを見て、レザウント侯爵夫人は一瞬だが顔色を明らかに変えて、不意に立ち上がった。


「一度模様替えをいたしましょう。準備をさせますので、よければ御付きの方と見学をなさってください」

「ええ、わかりました」


 そう言って、私は立ち上がる。しばらく敷地内を歩いていると、着替えを終えたレイが私のもとへと駆け寄ってきた。


「やはり何かありましたか」

「ええ、毒を仕込まれていたみたい……ああ、そんな怒るような顔をしないで。多分腹痛を起こすぐらいのものよ。毒殺をするならもっと良い手を使うはず。恥をかかせようとしたのね」

「しかし、許せませんね。……あの後すぐに調査をしましたが、使用人の一人が観念して打ち明けました。この茶会でアリエス夫人を辱めろと。その指示があったそうです」

「なるほど。では、参りましょうか」

「どこへ?」

「レザウント侯爵夫人のもとへよ」


 私は優雅に歩き出し、お茶会の現場へと戻っていった。そこにはすでに四人の姿がある。……リリンのドレスが汚れているようだが、大体は予想がついた。


「リリン様はどうなされましたか?」

「いえ、転んだだけですわよね? リリン」


 凄んだ表情でレザウント侯爵夫人がリリンに詰め寄る。リリンはひっと小さく悲鳴を上げた後、か細い声で答えた。


「は、はい……申し訳ございません。替えのドレスもありませんので……」

「まったく、付き人として恥ずかしい。もっとしっかりなさい」

「なるほど、怪我をするほどの転びよう。つまりは、相当派手に転んだか、もしくは」


 私は扇子で顔を隠し、レザウント侯爵夫人たちをにらみつける。


「何者かに痛めつけられたかのどちらかと思われますが……」

「何を馬鹿なことを。誰が得して彼女を痛めつけるのですの?」

「たとえば、お茶に仕込まれていたものに私が口を付けようとしたとき、彼女だけ顔が青ざめていました。そのせいで感づかれたから……とか?」

「……っ! な、なんのことでしょう? そのような言いがかり、失礼にもほどがあります!」


 明らかに焦りを見せるレザウント侯爵夫人とその取り巻き達。バレバレなのよ、考えていることがね。大きく風が吹いた。私はスカートを揺らしながら言う。


「なるほど、確かに『偽り』であるならば失礼にあたるでしょう。しかしながら」


 私は一度目を閉じ、ゆっくりと目を開いた。とどめを刺すつもりで、私はリリンの方を向くと、口を開いた。


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