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第十五話 新居にて

 私たちが住む屋敷は王宮敷地内の大きな池の向こう側に建てられていた。簡素なつくりはヴァルの性格を示しているようで、王宮の中でも地味な作りだからか、逆に目立ってしまっている。でも青い屋根に薄茶色の壁、綺麗さは全然違うけれど、ガーランド城のことを思い出すような趣だ。


 兵士の皆は元気にしているかな……。あれ以来ガーランド城へは近づくことができず、彼らと交流することもままならなかった。聞けばガーランド城には別の貴族が入城して、兵を指揮しているらしい。その人物が良い人であればいいなとしみじみと思った。


「なにを思い更けている。行くぞ」

「あ、待ってよ」


 そそくさとヴァルは屋敷の中へと入っていってしまった。私は慌てている素振りは見せないように気を付けながら、速足で彼について行った。ついで荷物を持ってくれているレイが歩く。


「おかえりなさいませ」


 と、整列した使用人たちがエントラスホールで一斉に頭を下げる。ヴァルは軽くうなずいて、そのまま正面階段を昇っていった。


「みんなありがとう、持ち場に戻ってください」


 私はヴァルの代わりにねぎらいの言葉をかけて、解散を促す。使用人たちはただお辞儀を返して、一斉に散らばっていった。よく見れば、アレキサンドロス公爵家の屋敷で見知っている顔もあった。


「アリエス様のお部屋は二階になります。参りましょう」

「ええ、そうね」


 私はレイの案内を受けて、自室に行く。当たり前だが、元の家の監禁部屋やガーランド城とは段違いで、アレキサンドロス公爵家の屋敷とも趣が違う。様々な調度品や花、天蓋付きの寝台にお茶会ができそうなバルコニー。思わず転がってみたくなるカーペット。


 私がドキマギしながら部屋を眺めていると、ふふふとレイが笑みを浮かべて言った。


「この部屋も旦那様が考えられたそうですよ。あれやこれやと眉間にしわを寄せながら」

「え、そうなの? あの人ったら、まったく……もう」


 そう言われるとなんだか恥ずかしくなってしまう。あのヴァルが悩みに悩んで考えている姿を想像するとおかしくもあるし、嬉しくもある。複雑な喜びが絡み合って、私はなぜか顔を赤くしてしまった。


「レイの部屋は?」


 私はごまかすように訊ねた。レイは笑みを浮かべて言った。


「私はアリエス様の部屋の東に三つほど離れた部屋になります。お呼びの際はいつでもどうぞ」

「ありがとう」

「失礼いたします」


 と、使用人の一人が入ってきた。深々とお辞儀をすると、引き締めた顔で私に告げる。


「旦那様がお呼びです。執務室まで来てほしいと」

「執務室……か」


 そうだ、私たちが初めてまともに会話したのも執務室だった。なんだか懐かしい思い出がここに来てから思い出されるな、と思いつつも、私は使用人に「わかりました」と答えて、そのまま部屋を出る。レイはそこに残り、部屋の準備をしてくれることになった。


「来たか」


 ヴァルは執務室の奥、執務机で書類を眺めていた。私は思わず笑ってしまう。


「なんだ、いきなり」

「いいえ、なんでもございません。それで、何か御用ですか? 旦那様」

「ヴァルでいい。今更周りに遠慮することもないからな。ここにいる執事も承知している」

「執事のウォレンスです。よろしくお願いいたします」


 執務机の隣に控えていたのは初老の男性だった。ウォレンスは恭しくお辞儀をする。私も軽く会釈をして返した。この場合、深々とお辞儀をするのは上下関係を示すのにいけないのだとか。だからこそ、その辺りをわきまえる必要がある。


「ウォレンス、我が夫をどうか支えてくださいね」

「承知しました」

「それで、ヴァル。これからのこと?」

「そうだ」


 ヴァルはウォレンスに紙を渡す。ウォレンスはそれを持って私のもとへと整然な歩き方で近づいてきた。そして一定の距離を保って紙を差し出す。

 私が受け取り、読んでみると、そこにはエドガー第一王子からの書面を表す印が押されていて、それだけで嫌悪感を表しそうになるのをこらえる。


「顔に出ているぞ、嫌な男からの書状だと」

「あら、そんなことはないですよ」

「どうだか。まあいい……話は単純だ。これから訪れる貴族を自分の代わりに出迎えてくれ、とのことだ」

「エドガー王子の代わりに? なぜ」

「兄は兄で公務に忙しい……というのが建前。もう一つの狙いは、自分たちの息のかかった貴族を使って嫌がらせや情報収集をするつもり……なのだろうな」

「なるほど」


 お茶会や夜会、こういった出迎えというのは単なるお遊びでも交流なのでもないのだとアレキサンドロス公爵家で学んだ。むしろこう言った場で下手な振舞を見せればそれを口実に悪評などを流したりして勢力を縮めようと試みてくる。または、自分の味方になるにふさわしいかどうかというのを計る。

 それぐらい気を引き締めなければいけないのである。ヴァルは大丈夫だろうが、私はまだ教育を受けて二年しかたっていない。それを好機と見てエドガー王子が差しだしてきたのだろう。性格の悪いことで。


「敵対勢力ならば、こちらの情報が欲しくてたまらないだろう。断ればこちらの誠意がないと見なして非難のタネとする。どちらにしても、俺たちはこの要請を断れないということだ」

「大丈夫、私に任せてください。きっと成功させてみせます」

「ああ、よろしく頼む。訪れる貴族の名はレザウント侯爵家。俺は侯爵の相手をするから、夫人の相手はお前に頼んだぞ」

「わかった。お互いに注意してね」

「ああ」


 ヴァルは短く答えて、立ち上がる。その顔はどこか喜びを感じているようだった。


「ヴァル?」

「ん? ああ。あんなに頼りなかったお前がここまで強かになったのは喜ばしいと思ってな」

「……私も、あんな不愛想だったヴァルが感情を出してくれるだけうれしいよ」


 ふふ、と私も小さく笑って見せる。少しは上品になったかしら。

 そして、夜となり、数台の豪勢な馬車が正面玄関の前に止まった。馬車から現れたのは厳しい目つきをしている長いひげを整えた茶髪の男と、赤色に染まって、いかにも尊大な態度を取ってきそうな女性だった。ドレスも赤で統一されていて、ちょっと目が痛い。


「イウヴァルトと申します、お会いできて光栄です。侯爵」


 恭しくイウヴァルトが手を差し伸べると、茶髪の男、レザウント侯爵は手を差し出して握手を否定した。


「呪われた体に触れる事などできませぬ。無礼ではございますが、ご勘弁を」

「ふうん、地味な屋敷ですわね。まるで庶民の家みたいですわ」


 はっきりとした物言いをする。それでも私たちは表情を動かさず、食堂へと案内した。今日は食事会をして、それで終わりである。


「……口に合わないですわ」


 と、はっきりと言ったのは夫人のほうだ。料理が気に食わないのか挑発しているのかわからないが、一口料理を運んだだけでナイフとフォークを置き、次の料理を出せと促す。


「これはご無礼を。しかし、いささか悪い食材でも使ってらっしゃるのではないでしょうか?」


 まるで高級の食材を使わないのは無礼ではないかと言う侯爵の言葉が頭にくる。これらはアレキサンドロス公爵家の領にある村々からわざわざ取り寄せてきたものだ。味も一級品だし、なにより丹精を込めて作られた食材で、コックたちが丹精に作り上げたものばかりだ。


「客人のことも考えず、こんな料理しかだせないんじゃ、第三王子ともあろう方の名が知れますわ。もしかして、料理にも呪いが入っているのでしょうか?」


 さすがにこの一言にはカチンときた。だけれど、怒りのままに発言はしない。私は夫人が残した料理をこちらに運ばせ、すべて平らげて見せる。


「美味しかったです。ありがとう」


 私は使用人にそう告げて口を拭う。


「……さて、呪いがかかっているのであれば、私に何か起こるはずですが……」


 当然何も起きない。そしてさらに私は追い込みをかける。


「これらの料理はすべてアレキサンドロス公爵家の領地で作られたものです。かの領地は豊穣な大地を有し、一流の食材を生み出しております。またコックも公爵家で働き、修行を行った者たちばかり。その料理が口に合わないとは……」


 夫人の顔が真っ赤に染まる。私はトドメに差し掛かった。


「よっぽど舌が肥えてらっしゃるようですね、羨ましい限りですわ」

「この……無礼な」

「やめなさい、はしたないぞ!」


 夫人が椅子を勢いよく倒して私に詰め寄ろうとするのを、侯爵が止める。侯爵は冷たい視線をそのままに、ただ静かに会釈をしてヴァルに言った。


「私たちにはもったいないものばかりだったようです。さすがは第三王子ともあろう方は潤沢な財産をお持ちの様で……」

「いや、口に合わなかったのであれば申し訳ない」


 ヴァルも形式的に謝罪をする。私はそれに続いて言った。


「ならば、今度レザウント侯爵のお屋敷の料理を味わいとうございます。お茶会などを開催してくださらないかしら?」


 そう言って、私はわざと挑発的な視線を夫人に送る。夫人は顔を真っ赤にしつつ宣言した。


「よろしいでしょう! では、三日後、王都にあるわたくしの別荘で茶会を開きましょう。ええ、それがいいわ」

「楽しみですわね」


 私はただ一言だけ告げて、ヴァルにウィンクをする。ヴァルは少し呆れているようだったけれど、何も止めることはなかった。

 さて、ここからは私がどう動くかにかかっているんだ。


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