幕間 寵愛を失いし聖女(ヴェイラ視点)
パァンと空気が破裂するような音が響き渡った。私は何をされたのか分からず、遅れて痛みだす頬を押さえて、エドガーのことを見つめた。
エドガーはいつもの優しい笑みではなく、私のことを蔑むような冷たい目で見ていた。なんで、なんでこんなことになったの?
「勝手に私兵や闇の者を動かしたな?」
「そ、それは……」
エドガーが私に詰め寄ってくる。そして髪を乱暴につかみ始めた。いたい、いたい! 私は悲鳴を上げて、ぶるぶると体を震わすしかなかった。しかも闇の者たちは戻ってこず、私兵たちも見失ったという報告しかこない。
まったくなんて役に立たない奴らなの!? 無能なやつらのせいで、私は今こんな目に遭っている。
「馬鹿なことをしでかしたな」
「しかし、あなたも邪魔だったんでしょう? あの二人が……! だから、私が手を汚そうと思って」
「なればこの場で殺しておくべきだったな。父上の容態もよくなって『しまって』、計画はパア、だ。それも」
エドガーは私の髪を乱暴に離す。私は地面に叩き伏せられそうになって、ヒッと悲鳴を上げてしまった。
「お、ま、え、が、余計なことをしたせいだ」
「……も、申し訳ございません……」
「まあいい。プランはいくらでもある。しばらくは大人しくしなければいけないが、まあ私の地位は揺るがないだろう」
まるで歌劇でもするかのように動き回るエドガー。なによ……あんただって、大したことをしていないくせに、偉そうにするんじゃないわよ。
「私の傍にいて、その地位の蜜をすすりたいならば、今度からは黙っていろよ? なあ、仮初の聖女様」
「……はい」
仮初の聖女、その言葉を聞いて私は唇をかみしめる。血が出てきているような気がするが、そんなのお構いなしだ。
最初は当代随一の魔法の才能を持つ聖女、と謳われた私だったが、王の病気も治せず、だんだんとその評判は薄れていった。
「そうだ、あのアリエスとかいう妹を抱き込むのもありだな。どうせ大した教育もうけてはおるまい。利用するのは簡単……」
「それだけはやめてください!」
エドガーの言葉の意味は、私の地位を外すということだ。それだけは絶対に嫌だ。何のために私が尽くしてきたというの?
「ならば、役に立って見せろよ」
エドガーの刺すような瞳が私の体を硬直させる。エドガーは部屋から出ていく。
どれもこれも、あの女がいけないのよ。そうだ、あの妹がいけないの。あの女がいけないんだ。
私の心の中に憎しみの感情が浮かび上がる。いつか始末してやる、そうすれば、みんな私のことを見直すはずよ。
待っていなさい、出来損ないの女め。