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第十二話 王となるために

 屋敷は庭の中央に噴水があり、花畑がその周りを覆っていた。

 白色でまとまった色合いが少しまぶしく感じられる。やっぱり位の高い人の屋敷は大きいんだなぁと暢気なことを考えてしまっていた。

 元の家……カラディア公爵家もこんな大きさだった。公爵領ともなると、有する領都も大きいし、領地も大きい。

 ただ、カラディア家に比べてなんというか、少し慎ましいような気がする。飾りも最低限な気もするし、建物もガーランド城のように実務向けのような気がする。


「ようこそ、アレキサンドロスの領地へ。アリエス夫人、イウヴァルト殿下」

「余所余所しい態度はよせ。どういう狙いがあるんだ、公爵」


 と、あの森で助けてくれた男に対して、ヴァルがあきれた様子で言葉を返す。その言葉に、男はにやりと笑い、麦わら帽子を脱いだ。すると、そこにはあの王城で出会った白髪の貴族の姿が現れる。思わず私は口元を抑えてしまった。


「これは失礼、しかし呼び方はあっているだろう?」

「……まあな」


 まるで昔からの知己のように話す二人についていけず、私はなんか目まぐるしい状況の展開についていけず、思わずふらついてしまった。


「おっといかん。夫人はお疲れの様だ。ともかく客間にお連れして、休んでもらえ」

「はっ!」

「私も着替えてから行く」


 使用人の一人にそう言って、アレキサンドロス公爵は屋敷の方へと行ってしまった。私たちは使用人に連れられ、離れの宮に連れていかれる。どうやらあの宮殿そのものがお客のための建物らしい。すごいなぁ。もうこんな感想しか出てこない。

 宮殿に入ると、豪勢だが、派手すぎないホールが広がった。そこからさらに歩いて行って、客間へと通される。レイは気丈にも立っていようとしていたが、その顔はどう見ても疲れ切っていたため、私が言って無理にでも座らせた。ヴァルはというと堂々と椅子に背を預けていた。すごいなぁ。もう本当これしか言えてない。


 しばらくして部屋の扉からノック音が聞こえてきて、扉が開く。アレキサンドロス公爵が正装をしてやってきた。私たちが立ち上がろうとするのを手で制して、そのまま向かい合うように椅子へ座った。


「まずは無事でよかった。護衛たちには申し訳ないが、君たちが無事なだけでも嬉しい」

「嬉しい? どちらかといえばありがたい、なんじゃないのか?」

 

 と訝しげに、しかも不機嫌に言うのはヴァルだ。命の恩人に対する態度じゃないよ、と口に出しそうになったけれど、その前にヴァルが冷たい視線で制してきた。


「ありがたい、確かにそうだ。ここには私の政敵でもあるカラディアの娘がいるのだ。ありがたいにもほどがあるな」

「……まったく、敵の敵は味方とはよく言ったものだ」

「間違ってはおらんだろう?」


 にやりと笑うアレキサンドロス公爵に、あきれた様子でヴァルが苦笑する。どういう状況なのかわからない私は、率直に訊ねてみる事にした。


「どうして私たちを助けてくださったのですか?」

「それは我らの味方に引き込もうとするのが第一。第二は純粋に助けたかっただけだ」


 もはや突っ込む気にもなれない。話を聞くと、カラディア公爵家とアレキサンドロス公爵家は国内での勢力を争っている政敵……つまりはライバルということになる。その中で私の姉ヴェイラが第一王子に嫁いだものだから、先を越されて打開策を考えていた……のだとか。

 しかし、姉が聖女らしからぬ振舞をしている上に、病気になった国王を治療できないということもあって、その地位はぐらついているのだとか。


「そんなときに呼び出されたのが君たちだ。特にアリエス夫人、君が前線基地に居ながらも死んでいないという事実が姉であるヴェイラ夫人を焦らせたのだろう。さらには、王の容態を改善させたのも……」

「つまりは……あの暗殺者は姉が?」

「確証はないが、十中八九そうだろう。今頃、エドガー王子がどんな顔をしているかわからんがね」

「……そうですか」


 殺したいほど、私を憎んでいるのね。それはそれでいい。でも、他の人を巻き込んだことは到底許せることではなかった。


「とはいえ、王の命も長くはない。あの方も老齢だ」

「そこで始まるのはドロドロとした後継者争いか……俺にはそんな権利はないと思ったがね」


 後継者争い……となれば、姉としたら確実に王妃となるために邪魔者を排除するだろうし、あのエドガー王子の目つきも、同じようなものだった。だとすれば私たちが早かれ遅かれ命を狙われるのは当然だったのかもしれない。

 私は、王妃など興味がない。私にはそんな資格などないし、姉がなりたいのであればなればいいと思っていた。もっと大事なものが、ガーランド城にあるのだから

 だけれど、そのガーランド城すら姉の手が伸びてきたら? 私は考えるだけでもぞっとした。


「無理を承知で申し上げます」


 アレキサンドロス公爵が佇まいを整えて、突然こちらに頭を下げてきた。私とレイは驚き、ヴァルはただ冷たい瞳を向けているだけだ。


「イウヴァルト殿下。あなたに王家を継いでもらいたい。そのためならば、私たちは力を尽くしましょう」

「……ヴァルが、王家を……」

「断る……と言ったら?」


 アレキサンドロス公爵はその言葉に対してもただ頭を下げているだけだ。なにをするとも、何を脅すともしない。


「……俺は政治のことがわからん。お前たちの争いにも関心がない」

「存じております」

「そのうえで俺に王となれと言うか」

「その通りでございます」


 ヴァルが珍しく頭を抱えた。どうすればいいか、わからないのだ。私にもそれがわかった。だからこそ、私が支えなくちゃならない。私もどうしたらいいかわからないけれど……。


「ヴァルだったら、すごい王様になれるよ」

「……アリエス?」

「うん。私がいなくても……この国を良くしていける、すごい王様になれる。あの二人が好き勝手したら、それこそ国の人はひどい目にあわされちゃうよ」

「お前……俺が王の器だと思っているか?」

「うん」


 私は間髪入れず頷いた。だって、ガーランド城ではあんなに一生懸命だったのだもの。村にまで視察をしに行って。厳しい目をしておきながら、優しい瞳を浮かべているのだって知っている。少しのことしか私にはわからないけれど、ヴァルが王様になった姿を見てみたいと思った。


「もし私が邪魔ならば、捨てていいの。だから……」

「誰が捨てるか、馬鹿が!」


 ヴァルが思い切り立ち上がった。憤慨した顔を私に向けている。私は驚いてきょとんとしてしまった。


「愛していると言っただろう。これからはずっと一緒だ。ずっと一緒に居なければ困る」

「……ヴァル」

「何があろうと、俺はお前を護る。そう決めた。だから捨てていいなどと、絶対二度と言うな」

「……うん、ごめん」


 私は微笑んで見せた。するとヴァルは恥ずかしそうに顔を赤らめて座る。アレキサンドロス公爵もレイも唖然としていたけれど、すぐに笑みを浮かべた。


「二年だ」


 ヴァルが不意に口を開く。


「二年準備をさせろ。ガーランドに残した兵たちのこともあるし、俺が戻らなければどちらにしろ前線から逃げたことにされるだろう。二年後、俺はすべての公務をやり切って、王都に戻る。それまでの間、アリエスをここに預ける」

「ええ!? 私も戻り――」

「だめだ。あの城では守り切れない。それに準備をするのは俺だけじゃない、お前もだ」

「へっ?」


 私が首をかしげると、アレキサンドロス公爵が言葉を引き継いだ。


「その通り、今までのままではエドガー王子には勝てない。勝つためには教育やあなた自身の仲間を増やすことも大事なのですよ、アリエス夫人」

「私の仲間を増やす……」

「これから政争に巻き込まれていく。それを乗り越えるだけの教育や強かさを得なければなりますまい。その教育を私たちに任せてほしいのです。無論、カラディア公爵家やヴェイラ夫人からお守りする意味もあります」

「……でも二年も……」

「それぐらい我慢しろ。俺に王となってほしいのだろう? ならば、お前もそれにふさわしい女になってみせろ」


 私は言葉を詰まらせてしまう。そうだ、ヴァルの傍にいようとしているのは私だ。その私が彼の隣にいるのにふさわしくなければならないんだ。

 私は頷いて、立ち上がる。


「よろしくお願いいたします! 私を、どうか一人前の貴族にしてください!」

「引き受けてくださるか」

「はい。それがヴァルのためになるのなら」

「お前のためでもあるんだぞ」


 ヴァルが苦笑する。私も笑みを浮かべた。


 そうして、各々準備を行うために出立するため、私はガーランド城に向かうのを見送るために門の前に立っている。


「二年後だ。また会おう」

「うん、二年後ね。また会いましょう」

「達者でな、アリエス」

「達者で、ヴァル」


 私は不意に、彼の手袋の上から手にキスをした。ヴァルは赤面して手を引っ込める。服の上なら、呪いは移らないの、私はわかっているのだから。


「いってらっしゃい、ヴァル」

「……いってくる」


 ヴァルは馬を走らせ、そのままガーランド城へと向かっていった。私は振り返らず、公爵家の中へと戻っていく。


 そして二年はあっという間に経った――。


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