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敗北勇者♂魔王の溺愛玩少女♀にされる(が、いつか必ずこいつを〇す!)

作者: りんか

 パキン、と何かが砕けるような音が遠くで聞こえたような気がした。


 ――ああ。

 オレ、負けたんだな。


 目の前に広がっていく真っ白な世界で、それだけははっきりと認識できた。


 最後に覚えているのは、満身創痍の身体で飛び上がり、渾身の力をこめて振り下ろした大剣の一撃。それが軽々と左の手のひらで受け止められて、ニヤ、と口元を歪めた魔王が何かしら呪文のようなものを唱えた瞬間、オレの視界は白く塗りつぶされて――、今に至る。


 痛みは、特に感じない。さっきまで傷だらけだったのが嘘みたいに、フワフワして逆に心地いいくらいだ。まあ、そもそも今どういう感覚なのか自分でもよくわからなかったりするけど。


 オレ、どうなったんだ?


 見渡してみる。一面が白色で、それ以外は何もない。


 死んだら、天国にいくとかそういう感じだろうか? なら、ここは天国? 天国ってこんなところだったのか。

 天国にいるということは――、オレは死んだんだな。


 オレは、自分の額の辺りに手の甲を当てた。


 死……、か。魔王討伐に旅立つ前から覚悟はしていたものの、実際そうなってみると、案外あっけないものだった。


 仲間の顔が、今までの旅の記録が、オレを取り囲むようにゆっくりと流れていく。これが、走馬灯ってやつか。一つ一つが記憶に新しくて、ついこの前のことに思える。


 オレの、四人の仲間たち。

 みんな、ごめん。

 オレ、魔王に勝つことができなかった……

 あんなに、一緒に励ましあって戦って誓い合って約束してここまで来たのに。


 ちょうど、走馬灯のワンシーンに紫がかった銀髪を悠然となびかせた魔王の姿が映り、オレとオレの仲間たちの攻撃が、次々に魔王へと炸裂していく。爆風があがる中、飛び出してきた魔王の余裕しゃくしゃくの笑顔が、本気で腹が立つ!


 沸いてきた怒りに、オレはハッとなった。


 ――今、戦況はどうなっているんだ?

 オレが死んで、仲間のみんなはどうなったんだ? オレが死んでもあいつらのことだ、きっとまだ戦い続けているに違いない。


 戻らないと。

 そうだ、こんなところで、のんびりゆったり死んでいる場合じゃねえ!

 早く、あの場所に戻るんだ!

 あのイケすかないスカした顔面に一発叩きこんでやるまで、死んでたまるかよ!!


 *


「ぶっ!?」


 振りあげた右の手に何かが当たった――、感触。

 さっきまではなかったその感触に引っ張られるように、オレは両目を開けた。


 なん、だ……? 今、手に何か?


 視界に広がった世界は、さっきの白一色の世界じゃない。薄暗いけど、ちゃんと色のある世界だ。死ぬ前に見ていた世界と同じ、ということは――!


「戻った!」


 やけに甲高い声が、その場に響いた。


 ??


 聞き慣れない、女の声だ。仲間の声でもないし、聞いた覚えもない。

 誰の声だ? と不思議に思って、オレは左右を見わたした。


 あれ?

 どこだ……、ここ? ここは、魔王の城じゃないのか?


 オレの記憶に残っている、最後の決戦の地――魔王の玉座じゃない。それどころか、見覚えすらない。


 なんだ、どうなっているんだ?


 きょろきょろ、と今度は念入りに見わたしてみる。


 大きなクローゼットに、奥の壁には沿うようにして鏡が置かれていて、変わった形の調度品がいくつも並んでいる。窓や扉もない、燭台の灯かりだけが頼りの薄暗い部屋だった。

 手を動かして、気がついた。やわらかくて、触り心地のいい布地の感触。ここは……、ベッドの上?


 どうして、こんなところに? いや、それよりも。


 純白のシーツに乗せられた、両の手。視線をたどっていけば、きめ細かい白い肌に包まれた、華奢な腕が続いていって――


 ちょっと待て!


「誰だ、おまえ……っ」


 少しかすれていたけど、その声はさっきの女と同じもの。


 まさか、いやそんなはずは……!


 ガタ、という物音に、オレは反射的にそちらへ顔を向けた。そこには、紫がかった銀髪を宙に流した、端正な顔立ちの男。見覚えのある、その冷酷な表情――のあご先が少し赤くなっているのは……、とそんなことより。


 こ、こいつは!


 ぎょっとなるオレに、男は前かがみに近づいてくる。


「気がついたようだな」

「! おまえ……、魔王!!」


 オレは、あわてて武器になりそうなものを手探りで探す。けれど、つかめたのはサラリとした布地だけ。


 くそっ!


 苦し紛れに、オレは左の拳を繰り出した。案の定、紫がかった銀髪を何本か吹き飛ばしただけで、軽くいなされる。


「おっと、危ないではないか。やめるが良い、可憐な少女が暴力を振るうなど」

「オ、オレは男だ、少女なんかじゃねえ!」


 今度は、右から攻撃をしかける。が、再び空中を切ったそれを戻しながら、その反動を使って上半身を投げ出すように肘を突き出した。不安定な体勢からのそれは難なく避けられ、オレはそのまま前のめりに倒れこんでいく。ベッドから滑り落ちる瞬間、横から伸びてきた黒い腕に抱きとめられ――


「!?」


 気づけば、自分のものじゃない体温に包まれていた。


 ゾゾゾとした寒気が全身をめぐって、オレは言葉にならない奇妙な叫びをあげながら、はじかれたように男を突き飛ばす。少しだけよろけた男は、何事もなかったように今度はオレのあごに長い指を絡めてきた。


 !?!?


「なな何しやがるっ!」

「そなたが可憐な少女でないのならば、今、余の目の前にいる余の好みに超絶ドストライクなこの愛いすぎる美少女は一体――」

「そ、それ以上言うな!」


 あごクイを全力で振り払い、オレはベッドから飛び出した。


 床は、ひんやりと冷たくてすべすべしていた。素足だとわかったけど、確認はしない。いや……、できなかった。

 オレは震える唇を薄く開いて一つ息を吐くと、男に向き直る。


「おまえ、オレを忘れたのか?」

「……そなたのような、性癖にズブズブと刺さるような愛い少女は、忘れるはずはないのだが」


 再び襲ってくるゾゾゾとした気持ち悪さに、オレは自身を守るように両腕を組む。


 嫌でもわかってしまう、華奢な身体。打ち消すために首を左右に振ってから、オレは、前のオレとは違う声をしぼり出した。


「オレは……、おまえを倒しに来た勇者だ!」

「ああ。元、だがな。ああああああ……っこちらを睨んでくる表情も……、愛い」


 とろけるような、その甘い表情。


「ひ……っ」


 オレが息を飲むのと同時に、男の指がまたオレの方に伸びてくる。

 迫るおぞ気に、オレは力いっぱいそれを打ち払った。


 じょ、冗談じゃない! 生き返ったと思ったら、なんで男に、しかも宿敵の魔王に迫られないといけないんだよ!?


「おまえ! オレに……、オレに何をした!?」

「何、だと? それほど大したことではない。前々から試してみたかった呪法を、少しばかり使わせてもらっただけだ」


 オレに打ち払われた指先が、そのまま宙にいくつもの模様を描く。魔法陣だ、とオレが気づいて身構えたときにはすでに青白い紋様が光って、すぐに消えていった。


「なかなかの仕上がりぶりではないか。まさかこれほどまで上手くいくとは、な。よほど相性がいいのかもしれぬ」


 ふふ、と微笑しながら、男の人差し指がオレに向けられる。

 ビクッ、と反射的に肩を跳ね上げてしまうオレ。


「そなたも――、薄々気づいているのではないか?」

「っ!」

「ほお……、その絶望した顔も至極良い。愛いやつよ」


 陶酔した眼差しで見つめられ、オレは顔をそむけながら後退した。背中に硬い感触が伝わり、壁際だと横を向いた瞬間、オレは完全にその場で硬直してしまった。


 パチパチと瞬きを繰り返す、大きな二つのはしばみ色の瞳。長いまつげ、小さな鼻、血の気のいい唇と両頬。見覚えのある勇者の服から伸びている、折れそうなほど細い両足が壁にくっついている。あどけない顔立ちも含めて、年齢は十歳前後かと思ったけど――オレの視線がおりていく。


 そこには、アンバランスなほどに強調された二つの膨らみ。そういえば、さっきから胸元が苦しい気が……って、オレは慌てて首を振った。

 オレの前にいる美少女も、同じように首を左右に動かす。


 鏡、だ。それは、わかる。壁際に置いてあるのは、さっき認識していた。


 そんなことじゃない。そんなことは、どうでもいいんだ。

 おい、嘘だろ……? 誰か、嘘だと言ってくれ。


 小刻みに震える指先が、頬の中心に伸ばされていく。弾力のあるちゃんとした感触に、オレは思わずひるんでしまった。

 桃色のやわらかそうな髪が、オレの動きに合わせて肩の少し上辺りで揺れる。


「……至極愛いであろう。満足したか?」


 鏡の中の少女の耳元に、男がささやきかけるのが見える。

 決定的なものを見せられた気がして、オレは絶叫しながらその場に崩れ落ちていった。



「――さて」


 頭を抱えてうずくまっているオレの上方から、魔王の声がする。


 意味が、わからない。意味が、全然わからない。わかるわけが、ない。

 何がどうなっているんだ? なんで男のオレが、女に……


 思い出して、また背筋が凍る。


 これは、悪い夢か? そうだ、そうに違いない。そうじゃなければ――


「その服では、不具合も多いだろう?」

「!」


 耳元にささやかれて、オレはバッと顔を上げた。


 すぐそばで見おろしてくる魔王の赤い瞳にぎょっとなっているうちに、肩口に冷たい感触。見れば、魔王の指先がオレの衣服からのぞいた素肌をたどっているところだった。


 オレは、完全に硬直してしまう。


「ほおおお、この余が見惚れてしまうほどに美しい肌ではないか。吸いつきも弾力性も、予想以上だ。ずっとこうして、触れていたいものだな……」

「!! さ、さわるな! よるな! 近づくな!!」


 首元に触れられて、どこか荒くなってきたような気がする魔王の息に、オレは弾かれたように怒鳴った。今さらながら全身を走っていく寒気に、震えが止まらない。何度もよろけながらオレは床を蹴ると、その場から懸命に逃れた。


 なんなんだ、さっきから!

 なんでこいつ、こんなにオレにくっついてこようとするんだよ!!

 オレは男で、しかもこいつを倒しにきた勇者だぞ?

 ありえない。ありえなさすぎる!!


 あまりの混乱にオレは頭を抱えそうになるけど、横からの痛いくらいの視線を受けて、ひっと小さく悲鳴をあげながら尻もちをついてしまう。


「な、なんだよ。そんな目で、ジロジロ見てくるなって!」

「いや、悩んでいるそなたも非常に愛いと思っていただけだ」

「ぶっ。さっきからいろいろ気持ち悪いんだよ、おまえ……!」

「……その服、だいぶ汚れているな」

「って、話をそらすな!」

「ところどころ、破損もしているではないか」


 指さされて、オレはまだ残っていた台詞を飲みこんで自分の服装を確認した。


 勇者の服。旅の途中で、勇者のオレのために特注で作ってもらった服。打撃や魔法に強い繊維を編み込んだ、特殊なものだった。

 この素材を手に入れるために、仲間のみんなと一緒にどれだけ大変な思いをしたか。脳裏に蘇ってくる、超巨大な蜂型のモンスターとの戦闘。


 握っていた袖をさらに強く握りながら、オレは小さく笑った。


「そりゃそうだろ。手に入れてから旅の間ずっと着ていたし、おまえとの戦いでボロボロになっ……」

「では共に、湯浴みでもしようか」

「て……、は?」


 感傷にひたっていたオレは、突然の魔王の申し出に一度固まってから、ゆっくりとそちらを向いた。


 ゆあみ? ゆあみって……、湯浴みのことだよな?

 湯浴み。それはつまり、素っ裸になって湯を浴びたり風呂に入ったりすることで――て。


「す、するわけないだろうが!」


 な、なに考えてんだ、こいつ!?


 オレの両腕が、おのずと自分を守るように抱きしめる。


「よもや、遠慮しているのか? 何も恥ずかしがることはない。すべては、余のためそなたのため」


 二本の手を広げて、まるでその中にオレを招き寄せようとしているように、極上の笑みを魔王が浮かべてきた。


 余のためじゃねえよ、普通は世のためだろ!


「って、勝手に決めるな!! つーか、もし仮に入らないといけない状況になったとしても、おまえなんかと入るわけないだろうが!!」

「えー……」

「えーじゃない! なんでそんな、滅茶苦茶残念そうな顔してんだよ!!」

「えー……、だって……」


 長い人差し指を口元にあてながら、魔王がしおらしく答えてくる。


「どんな風に仕上がったのか、全身余すところなくこの両目でしっかりぐっちょり確かめてやろうと思っていたのだが。ついでに、我が手で隅々まで洗ってやろうと」


 ぐっちょりってなんだよ、ぐっちょりって!


 もう何度目だろう、このゾゾゾゾゾゾとした身体を這いまわってくる悪寒。


「は、はああ!? ふざけんな、このド変態!!」


 そう叫ぶと、今度はうっとりとした表情でこちらを見てくる。

 う〝!?


「ああ……、その可憐な声で罵倒されるのも悪くない……」

「は、はあ!? わわわ、悪いに決まってるだろうが!! この変態! マジ変態! ガチ変態!!」

「良いぞ、ああ……、実に良いぞ。もっと……、もっとその声で罵って……、くれ」


 恍惚とした声にまでねっとりとまとわりつかれている気がしてきて、オレは「ひっ」と小さく息を飲みながら壁にすがりついた。


「……おや? 抱きつく相手が違うのではないか?」

「別に、抱きついているわけじゃない! おまえが気持ち悪すぎて、少しでもおまえから離れたいという心の現れだ!」

「ほお。随分と恥ずかしがり屋さんなのだな、そなたは。そこも、至極愛い」

「だあああああ」

「いつでも、何時でも余の胸へ飛びこんでくるが良い。心配せずとも、そなた専用だ」

「どこに、心配する要素があるんだよ!? 専用とか、どうでもいいわ! とっとと捨てろ、そんなくだらない肩書き!」

「おっと、そうであった。そなた専用は、なにもこの胸だけではない。この腕は華奢で可愛いそなたを抱きしめるため、この手は慎ましく謙虚でいじらしい上に可愛い可愛いそなたに触れるため、この目は芸術的とすら思えるほどの可愛い可愛い可愛いそなたを見つめるために、この耳はそなたの愛らしく欲情を煽られてやまない可愛すぎる声を聞くため、このくちび――」

「だああああああああ、もういいわ!!」


 おまえは、どこぞの童話に出てくるおばあさんに化けた狼か!!


 ああああああ!! キモい!! キモすぎる――!!

 心の中でも、絶叫する。


 こいつほんとに、マジでガチで全然会話が通じない!!


「ふむ。ならば、行こうか。余が自らこの手でそなたを抱き上げ――」

「いらんわ!!」

「フフフ、相変わらず謙虚で愛いやつよ。だが、良いのだ。余が、そなたに触れたくて触れたくて仕方がないのだ」

「く、来るな、馬鹿!! それ以上近づくな!! ってああああオレに触るなあああああああ!!」


 じりじりと近寄って指という指を伸ばしてくる魔王に、オレは必死にその魔の手から逃げようとするけど、壁より先にはさすがに行けなくて。


 こいつ、いつか――!

 いつか、いつか、いつか――!


 涙目になっている自分を叱咤するように、オレは心中で絶叫と同時に固く固く誓った。


 いつか必ず、こいつを殺す――――!!!!

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