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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神もしくはそれに等しいモノの思考。

作者: フツキ

 死というものを知りたかった。我々に「死」という概念はない。年齢というものも存在しない。老いることも死ぬこともない。ただ時間の流れの中を、ぼんやりと過ごしているだけだ。世界というものを眺めながら、ただただ時間の流れを揺蕩うのが自分だった。

 ヒトは生まれ落ちて、そして歳を重ね死んでいく。それを何度も何度も繰り返す。そうやって少しずつ繁栄し、我々には辿り着かないものの、それなりの知能を持ち、世界を発展させている。だがその最後には必ず「死」が待っている。面白いことに自らそれを選ぶ者すらいる。それがどうしても不思議だった。

 いずれ訪れるであろうそれを、何故ヒトは選ぶのだろう。待っていれば死ぬというのに。その感情が分からない。彼らが語る「永遠」というものは、こちらからすると刺激的なようでいて、実は無為なものだ。つまり何も無い。取り留めもなく時間が流れる。ただそれだけなのだ。私たちはそれを止める術を持たない。永遠を生きる。それが私たちの役目なのだ。何故、その役目を与えられたのか、もう時間が経ちすぎて忘れてしまった。

 死はリセットである。そう語ったヒトがいた。つまり区切りをつけるということだ。それならば、それを敢えて選ぶのも何となくだが理解できた。けれどリセットを選んだとして、その先に彼らが望むような未来があるのだろうか。ヒトには輪廻転生という概念が存在するが、これが真実であるのか、誰にも分からない。我々もそのようなことなど気にもとめなかったから、死んだヒトが再び生まれ変われるのかも知らない。

 私は少しばかり、ヒトに興味を持った。ただ何も考えず、ゆるりと流れる時を過ごしていたが、彼らを見ていれば、何かしらの変化を楽しめるかもしれない。そう考えた。その行動をつぶさに見守れば、もしかすると、私の退屈も無くなるかもしれない。

 私は何者でもない。己の名前すらもない。そもそも私という「個」の存在すらも、あまりにも曖昧で、そこにいてそこにいない、それくらいのものだった。こうやって己の思考は持つけれど、持ったところで何もない。特に変化もない。どうにもならないのだ。だから行動を起こさなかった。

 私はヒトを観察するようになった。生まれ、育っていき、そして死んでいく姿をずっと眺めていた。そして私は、「死」というものに興味を持った。もし私が死んだらどうなるのだろう。そもそも死ねるのだろうか。どうすれば死ねるのだろうか。分からない。けれどヒトの真似事をすれば、もしかしたら、それを体験できるかもしれない。

 私もヒトのように「死」を体験してみよう。私は、その結論に至った。きっとその先には何かがある。そう信じて。そう考えた途端、プツリと己の意識が途絶えていく感覚がする。ああ、これが「死」なのだろうか。けれど、どうして。その答えを得る前に、私の意識は完全に無へと帰してしまった。

「…自我を持つモノなど必要ない」

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