第42話〜天使×人間×……〜
「天使?」
一瞬呆けた顔を浮かべてしまうが、母浄さんの顔を見れば真剣なもので、決して冗談で言っているようには見えない。
天使……天使か。すでにモンスターやらダンジョンやらが蔓延っているこの世界でなら、目の前に舞い降りてくる可能性もゼロじゃないだろう。
「ああ。居ても不思議じゃない。信じるよ」
「そうですね。モンスターがいるのなら、不思議ではないと思われますよね。ですが、私の言う“天使”はモンスターではないんです。言わば、もう一つの人類……人間、なんです」
一呼吸を置き、彼女はコップに口をつける。
その穏やかな動作と対照的に、俺の内心は彼女ほどに落ち着いてはいられなかった。
今も頭の中でダンジョンシリーズ、天使、もう一つの人類という言葉がグルグルと走り回っている。
それでも冷静さを保てているのは、この部屋にかけてあるという付与のおかげなのかもしれない。
「……なぁ、そのもう一つの人類ってやつの話の前にひとつ疑問があってな……なんでそんなに色んなことを知ってるんだ?」
「ふふ、さも私の知識のように語っていますが、これらは全て白神霊峰……超大型ダンジョンの最奥で【ダンジョンマスター】の前任者から受け継いだ記憶の一端です。ぶっちゃけ、受け売りですね」
今度は前任者、記憶の一端と来たか。ダンジョンシリーズ。世界を護る。天使。
それら全ての情報を教えてくれたのが、超大型ダンジョンの最奥地?
さっきから会話の随所に出てきていると思えば、超大型ダンジョンってばそんな重要な場所だったの? 他のダンジョンと比べて難易度が高いだけの場所だと認識していたけど、母浄さんの話を聞いているとどうも違うらしい。
「今すぐ超大型ダンジョンに挑むわけにもいかない。教えられる範囲で、俺にもその記憶ってやつを教えてほしい」
「余すことなく。いずれ、暗内さんも知ることです。今は他人から聞くから実感が湧かないでしょうけどね……じゃあ、先程の続き。天使の話を。話と言っても、昔話のようになってしまいますけどね」
そう呟いて彼女は手に持っていたコップを置くと、センセーが飲み干してしまった紅茶のおかわりを追加して話を続けた。
「昔、天使は空に生まれ、天より翼と力を授けられました。人間は大地に生まれ、数と力を授けられました。“悪魔”は虚空に生まれ、強大な力だけを授けられ生まれました「ち、ちょちょっ」待って、気持ちは分かります。今は話を全て聞いてください」
子供を叱る母のように強い語気で諭され、話を止める勢いは消え、俺は静かに母浄さんの言葉に耳を傾ける。
「ここからが本題です。天使と人間は、瓜二つの姿で生まれた。唯一違うのは、翼があるか否か。それだけで天使は、私達地上に生まれた人間を「我々の姿を模した劣等種」と罵り、真なる人類は我々だと主張して……地上に住む人間の鏖殺をはじめました。しかし、地上の人々は天使と戦う術を持っていました……わかりますか?」
俺の眼をジッと見つめ、静かに答えを待つ母浄さん。
謎の圧に唾をゴクリと飲み込み、少し考える。
地上に生まれた俺達には数と力……俺達、人間の力? 科学? いや、昔って言ってるし“人間の”力とも言っているから……あ。
「…………特殊能力?」
「そうです。地上の人々は特殊能力で天上人、天使を迎え撃ちました。この“ダンジョンも”使って。本来ダンジョンとは、私達人間が攻略するような物ではなく、私達を護ってくれる砦だったのです。ダンジョンはとても強固で、外からの攻撃を全て防ぎます。その代わり、絶対に中へ入ることが可能な入口を作る制約があった。だから地上の人々はダンジョンの中へ身を潜め、ダンジョンを攻略し人間を殺そうとする天使と特殊能力を使い戦った……その戦いで、最も人類守護に貢献したダンジョンは6つ。そのひとつは今、東京に。もうひとつは白神山地に」
「……もしかして、超大型ダンジョンが?」
「はい。昔、天使達は超大型ダンジョンのことを蟻の要塞と揶揄しました。ふふ、でも要塞ということは認めています。現に、超大型ダンジョンだけは天使であっても苦戦したと教えてもらいました」
「……でも、苦戦したってだけなんだろ? 地上の人間側が勝ったなら苦戦したって言わないはずだ」
「……はい。人間は数で優っていても、力に差があり……やがて、その地力の差が明暗を分けました。地上の人々を率いていた『ダンジョンシリーズ』の所有者達は敗北を悟り……悪魔と契約をした」
悪魔との契約? 字面からすると、とても血生臭いものを連想させるな。
魂か、生贄か、臓物か。いずれかを差し出せとか言われそう。
そんな考えが顔に浮かんでいたのか、クスクスと笑いながら母浄さんは俺の疑問に答えてくれる。
「ふふ、悪魔と言ってもアニメや漫画のような血生臭い生き物じゃないらしいですよ。悪魔は契約を大切にし、なんでもかんでも命を差し出せとか言わないんです。契約を交わすことで悪魔はさらに強大な力を行使出来るようになり、契約を交わせば悪魔は絶対にそれを守るんです……だから地上の人々は悪魔に契約を申し込んだ。『地上に生きる人間全ての特殊能力を悪魔に差し渡す代わりに、我々地上の民を天使から護ってほしい』と。天より授かった力を契約の代償にすることで、悪魔は人間の守護者となった」
失礼、と一言告げて喉を潤すために紅茶を一啜り。
「んん」と小さく喉を鳴らし、話を再開させる。
「悪魔達は私達を護る為に世界を“2つに分ける”ことで、天使から私達を遠ざけた」
「とんでもない力技だな」
「その通りです。でも、疑問に思いませんか? 私達の力は、悪魔に契約の代償として差し渡したはずなのに……なぜ、また使えるようになったんでしょう?」
「……あ」
血の気が引いていくのを、自分でも感じていた。
「──悪魔は、天使に負けてしまった。世界は、元の姿に戻ろうとしています」
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