第22話〜D−〜
寝落ちする瞬間の、暗い暗い底に落ちていくような感覚が延々と続いていた。
底があるのかも分からない深淵を、ずっと落ちていく。
身体の感覚はほぼなく、全身が麻痺しているかのよう。
しかし、そんな感覚が酷く心地良い。
空間に自分が溶け込んでいくようで、この深淵に自分も「プギィ!」えっ?
深淵が広がっていた眼前に突然現れたのは、超巨大なオーク――ボタンちゃんの顔。
視界いっぱいに広がるオークの顔がジワリジワリと近づいてきて……俺を押しつぶすように、その顔を……。
――◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇――
「うわぁッ!」
勢い良く起き上がると、意識が一気に覚醒する。
ハァハァと荒い息を吐いて「夢か……」と無意識に言葉が溢れた。
硬い床で眠っていたからか、少し身体を動かすだけで痛……む? 硬い床で?
「ッ!」
そうだッ! ダンジョンの中で地震が起きて俺達は……!
周りを見渡すとすぐ側にセンセー。少し離れた所に猪助と、その猪助の上にボタンちゃんが乗しかかる形で倒れていた。
「良かった、離れ離れにはなってはなかったか、痛つつ……」
痛む身体に鞭を打ち、強引に立ち上がる。
肩を回したり、腰を捻ったりと柔軟をしながら、今の俺達がどういう状況に置かれているのかを確認する。
右を見る。左も見る。一瞬の沈黙の後、上も見てみた。
「……どこだ、ここ」
レンガのように綺麗にカットされた石が、積み上げられた石壁。
その壁には一定の間隔を開けて火の灯るランタンが吊るされている。
上板橋ダンジョンの内部は洞窟のような剥き出しの岩肌ばかりのワイルドなダンジョンで、こんな古城を思わせるファンタジーな場所は勿論存在しない。
軽く小突いてみるが、間違いなく石。コンコンと小気味の良い音だけが返ってくる。
地面も……丁寧に造られた石畳。
見た感じ、“通路”と呼べるくらい綺麗に整えられている。
上板橋ダンジョンじゃ……ない? もしかして、何かしらの罠が発動して、別のダンジョンにテレポートさせられた?
転移型のトラップなんて、あったら情報板に貼られていそうなものだけど……いや、このトラップにかかった人間が帰還出来ていない? それほど、難易度の高い場所に飛ばされ――。
「……いや、駄目だ。一人で考えてたら嫌な方、嫌な方にばかり考えがいって、まともな答えなんか出ないな。とりあえず、みんな出てきてくれ」
タブレットからみんなの入った匣水晶を取り出し、一太郎達を召喚する。
見慣れた面子が揃くことで、若干ではあるが気持ちに余裕が出来た。
「一太郎達は、センセーの介抱を。ほら、このポーションを飲ましてやってくれ。ヨシコ達はボタンちゃん達を頼む。センセーと同じようにこのポーションを。カーくん、すーちゃん、蛇丸、スネちゃまは周囲の警戒を。ここがどこか全く分からないから、いつもより注意してくれ」
一通りの指示を出すと、全員が迅速に行動を開始してくれる。
一太郎達はゆっくりとセンセーを起こし、少しずつポーションを口に含ませている。
蛇丸とカーくん、スネちゃまとすーちゃんがペアとなり通路の前後を陣取って警戒にあたっていた。
「よし、とりあえずは一安心……痛たた」
石壁を背もたれにして座り、俺も回復用ポーションを飲む。
歯磨き粉のような味が口いっぱいに広がるが、我慢して飲み込んでいくと、身体の内部から広がるように痛みが徐々に和らいでいく。
こういう時の為に回復系アイテムは常備してある。念の為、ってな。
こんな事態になるとは想像もしていなかったけど。
「いったい、何が起きたんだ? 罠かと思ったけど、何がトリガーに? あの時は立ち止まってて、何もしてなかったはずだし……なにより、ダンジョンの鼓動と赤黒い霧。あれが無関係なんて考え辛い」
あれがトラップなんだと仮定しても、やはりトリガーが不明過ぎる。
まだ見つかっていないタイプのトラップ? ダンジョンが出現して一年、まだ見つかっていないトラップがあっても不思議じゃあないけど……それは中型ダンジョンにあっていい代物じゃなくね?
俺達の現状から考えて、強制テレポートによる別ダンジョンへの移動。こんなモノをトラップでやられたら詰みだ。
まず、自分がどこにいるのかが全く分からなくなる。ダンジョンの性質も理解出来ていない。入り口がどこか、ボスはどこにいるのか。下に進むめば良いのか、上に進めば良いのか。
上板橋ダンジョンは、帰ろうと思えば何時でも帰ることが出来た。この、何時でも帰れるという心の余裕はかなり大きい。
“ゴールが見えない”。凄まじいストレスだ。これがゴブリン程度しか出てこないダンジョンなら気楽なもんだが、空気すら重く感じるこの空間。
上板橋ダンジョンの奥地に足を踏み入れた時と酷似している。
いや、その時より数段上。張り詰めるというか、ずっと変な緊張感があり、安心が出来ない。
G級モンスターが出るダンジョンでこうなるか? んな馬鹿な。まず間違いなく上板橋ダンジョン奥地と同等のダンジョン。
“最低でも” E級モンスターの出現は起こると考えておいた方が良い。
「……はぁ。頑張るしかないか。なっちまったもんは、どうしようもない。考え方を変えろ、見たことのないモンスターを捕獲出来るようになった。パーティのバリエーションが富む、そう考えるんだ俺」
結局、俺がダンジョンでやることはひとつだけだ。
襲いかかってくるモンスターを片っ端から捕獲して、仲間にし、数の暴力で敵を蹂躙する。
本当なら、少しだけ周りを探索してどんなタイプのダンジョンなのか判断したいけど、
「今は、センセーと猪助達の回復を待つか」
――◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇――
待つこと数分。ボタンちゃんと猪助は、すぐに目覚め起き上がった。
どこか調子が悪いところはないか? と聞くと2体とも「大丈夫、心配ない」と言わんばかりに鼻息をブフーと吹いていたし、ステータスを見ても何の状態異常にもかかっていない。
ハイ・オークは身体の強さが売りの種族だからな。むしろこの2体がいなかったら俺とセンセーのどちらかが大怪我を負っていた可能性は高い。
マジでオークを捕獲してて良かった。
あとはセンセーの意識が戻るの「う、んん……」を、あ! 起きたっ。丁度あなたの話をしてたんですよっ。
苦しげな呻き声を上げるセンセーの元に駆け寄り、刺激しないように優しく声をかける。
「センセー? 大丈夫? 痛みは? 記憶はあるか?」
「ぅ、はっ、い。なん、とか。痛みは、まっ、たく…………? ぇ、こ、ここは?」
ポーションを飲ませたからかあまり痛そうな素振りは見せず、スムーズに身を起こすセンセー。
後頭部をさすりながら俺と同じように周囲を見て、一瞬動きを止め狼狽えている。
「俺も分からない。目が覚めたらここに倒れてた。テレポート系のトラップか、はたまたダンジョンの異常か。どちらにせよ、上板橋ダンジョンとはまた別のダンジョンだとは思う」
「た、たしかに……こんな場所、上板橋には……あ、わ、私の特殊能力で、ま、周りのアイテムを、とりあえず探ってみますっ」
ランタンの明かりだけが灯る薄暗い通路を眺めながら、顔をハッとさせてステータスタブレットを取り出したセンセーは【醜人商会】を発動させた。
が、能力を使ったセンセーの顔はみるみると曇っていく。
「せ、センセー? ど、どうした?」
「な、ない……です」
「え?」
「あ、アイテム、も……魔獣結晶も、なにも……」
「えぇ……? それって、どうい「シャァァ、シャラララァァッ‼︎」ッ、なんだ⁉︎」
俺から見て後方の警戒をしていた蛇丸が尋常ではない鳴き声を上げる。
慌てて振り向くと、蛇丸が威嚇するその先。
そこには、鮮やかな原色に近い赤に染まった西洋の鎧を纏った一体の騎士が静かに剣を持ち、盾を構え、こちらをジッと見詰めて立っていた。
「――ッッ」
その姿を視界に入れた瞬間、俺は無意識に【鑑定眼】を発動させていた。
肌に怖気が走る。上板橋ダンジョンの奥地に踏み入った時と似た感覚? 馬鹿な、そんな生っちょろいモノなんかじゃなかったッ。
あまりにも異質な、その存在の正体を早く知らなければと【鑑定眼】による鑑定結果をタブレットで確認すると、
【鑑定眼使用による鑑定結果を表示します】
『赤鎧ナイト・オブ・ブラッドリィ/階級=D−』
読んでくださり感謝です。
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明日は13時30分頃、19時頃の2回投稿します。




