第12話〜Lv.1〜
11話のタイトルを間違えて全く無関係のものにしていたので修正しました。
震え、過呼吸に陥り「ひひ、は、かはっ、こひゅ〜こひゅ〜」と今にも死にそうになる彼女を必死に落ち着けること――1時間。
彼女はビニール袋を頭に被り、俺との間に猪助を挟むことでコミニュケーション? のようなものは取れるまでに落ち着いた。
猪助は「何が起こってんの?」と言いたげなキョトン顔で、彼女と俺の間に挟まっている。すまん、猪助。俺も良くわかってないんだ。
「……」
「……」
「……」
三者沈黙。
重い。空気に重量があると感じたのは産まれてはじめてだ。
本来なら、この部屋で先に住んでいた彼女に謝罪し違う部屋に移動すれば良かったんだが、俺達は過呼吸に陥る彼女を放っておくことが出来ず……結果、この空気だ。
「……え〜と、まず、そのぉ。窓の鍵、すいません」
「……ッ!」
「ぉぉっ」
凄い勢いで首を横に振られた。ビニール袋がシャカシャカシャカっ! と厳つい音を立て震えている。
……言葉を投げても、言葉が帰ってこないこの感じ。
もしや、陰の者?
見てみれば、いまだ指はプルプルと震えている。これは、かなりレベルが高い。類稀に見る“本物”。
俺のような量産型とは格が違う。
こういうタイプは心的要因により人との関わりを持てないと何かの番組で見たことがある。
見ろ、自信なさげな酷い猫背。俺と一緒だ。明るいクラスメイトと目を合わせたくないから、目を背けるうちに自然と丸まってしまうんだ。
彼女を見た時に呟いたが、俺だって貞子とそう変わらない。
目元が隠れるほどに長い前髪。酷い猫背。
……ん? なんだか他人に思えなくなってきたな。もしや生き別れの妹……?
妙な親近感に、このまま「はい、じゃあさよなら」ってのもしづらくなってしまった。
どうするかなぁ。
「……えっと、ここにはひとりで?」
「……(コクコクコクッッ)」
ひとり、か。髪の毛で顔は分からなかったけど、同い年って感じはしない。さっき僅かに聞こえた声は随分と可愛らしく、若い印象だったから恐らく年下。
リビングの家具も一人用じゃないから、家族と一緒に住んでいる筈。それでもひとりでここに住んでると言うってことは……まぁ、そういうことか。
ダンジョンのせいで大事な人を失うというのは、よくある話だ。
津波とか、台風なんかとは比にならない大災害が起こったのだから。
「えっと……その、不躾だったみたいで。すいません」
「……(フルフルフルッッ)」
言葉は喋ってくれないけど、返事はしてくれるんだよなぁ。
どうする猪助? 頼れるオークに目を向けるが、コイツ目をつむってやがる。逃げやがったな、この豚野郎。
ん〜、俺達もあまり時間を使ってられないからなぁ。
なんだか放っておけない雰囲気を醸し出すだけに心配だが、そろそろ出ていくかと思っていると、
「ッ…………あ、っ、あ、の」
「っ! は、はい」
「……」
「……」
「…………い、良い、て、こひゅっ、てん、天気……で、でで」
「お、落ち着いて。ゆっくりで大丈夫ですよ。分かりますよ、初対面の人間に何を言ったら良いか分からないその気持ち」
「あ、貴方、も……?」
「まぁ……分類的には」
貴女まで深刻ではないけど。むしろ同じにすると失礼な気すらしてくる、この生粋感。
さっきは凄かったからな。拒否反応というか、人ってここまで人を怖がれるのかと。
「え、ぁ、そ……の。あっ…じ、自己……わ、私……ひゅっ、萌美、っっ、優理って、い、言い、ます……」
「ああ、これはご丁寧にどうも。俺は暗内智と言い……もえみゆーり?」
小学生のように互いの名前を自己紹介する流れ。これはちゃんと返してやらねばと思い一瞬流したが、今もえみゆーりと言わんかったか?
「あの。それって、萌え〜の萌に、美しいの美、優しいの優、理科の理で萌美優理って言います?」
「……ぅあ、は、はい」
「……違ったら申し訳ないんですけど、もしかして小説とか書いてたり?」
「ぁ、は、はい」
「――わ、『私の言葉がわからねぇのはテメぇらが悪い』っていうライトノベル作品、知ってますっ?」
ドクドクと鼓動が早まるのを自覚しながら、タブレットのアイテム欄に大切に保管しておいたライトノベルを一冊取り出し、ずずいっと彼女の目の前まで持っていく。
それを見た彼女は見て感じ取れるほど態度を軟化させる。
「――み、見て、くれて……っ、たん、ですか?」
「ッッ⁉︎ ほ、ほほ、本物ッ? も、萌美しぇんしぇいッ⁉︎」
「ぁぅ、は、ッは、い。本、物…あ……そ、こに……原稿、が……」
「ええッ⁉︎」
「どぅ、ぞ……」
「み、見ても……?」
先生が指差すテーブルの上には、確かに紙の束が山積みになっている。さっきからアレなんだろうとは思ってたけど、まさか崇拝する先生の生原稿だなんてッ。
し、死んでしまうッ。アカン。ダンジョン攻略どうでも良くなってきたなぁ!
もう一度「本当に見ても?」と確認をしたらコクリと一度だけ頷く。
ゴクリと生唾を飲み込みこんで原稿の一部を手に取り、眼が飛び出るほどに見開き一文字一文字を吟味する。
そして確信した。
「…………本、物だッ」
これだよ。これを、これをずっと俺は……『わたこと』の、続きだよコレ……。
もう、もう永遠に見れないと思ってたのに……。
紙をめくる指が震えるが、とめどなくページを次に次に送っていく。
興味深げに猪助が覗き込んでくるが、お前は一巻読んでないだろうが。そこにある一巻を読んどけお前は! ネタバレだぞコレ!
読む手が止められん。眼から溢れ出る涙も止められん!
「ぅ、ううっ。ひぐ、ぉぉおお……!」
「…………て、ティッ、シュ、どぞ……」
「ありがどぉございばず……」
――2時間後。
「天国を垣間見た」
目の前には、既に読み終えた聖書が積み上げられている。
尊いの暴力。幸せに殴り殺されるかと思った。
きっと漫画なら、今の俺の周りにはキラキラと輝く効果が付けられていることだろう。
綺麗なジャ〇アンのように。
今一度、生原稿に手を合わせて先生の前に戻る。
「拝見、いたしました。貴女が神です」
「ぁ……ぇう、あ、ありが、とう……ござい、ます」
照れているのか手を擦り合わせて、身体を左右に僅かに揺らしている。
最初と比べれば明らかに態度が軟化してくれていて、嬉しい限りだ。
「まさか、拠点を求めて訪れた場所に先生がいるなんて……」
「き、きょ…拠点……?」
「上板橋ダンジョンに挑む為に、近場で拠点を探してたんですよ。そしたらメチャクチャ良いところにこのマンションがあったので」
「ダン、ジョ…………ぁ、あの…穴……です?」
「そうですそうです。あれがダンジョンで……あれがダンジョンって知らなかったんですか?」
「……(コクコク)」
あんな目の前にあるのに知らなかった? いや、あの人間に対する怖がり方からして、人と喋るどころか人がいる所にも行ってなさそうだな。今、どこで何が起きてるとか、現在の世界の情報なんて入ってないんだろう。
チームワークが大事な共闘なんて無理だろうし……となると、この先生どうやって生きてきたんだ?
ソロでも生きていけるくらい、実は滅茶苦茶レベル高いのか?
「先生、実は強かったり?」
「……ッ!(ブンブンブンブン)」
とんでもなく力強い拒否と共に、指が一本だけ差し出される。それはLv.1ってことか? だとしたら不思議だ。ぶっちゃけ、ダンジョンの出現地域なんて特殊能力が目醒める前の人間が居たら高確率で死んでしまう危険地帯。
特殊能力が目醒めても危険な地域なのに変わりはない。
そこでLv.1でありながら一年以上生き残れているのは……あっ、この家か!
地上の方が狙える餌は多いんだから、数十mのクライミングをしてまで一人の人間を狙うモンスターなんていない。というかここに人が居ることも認識してないだろ、人も、モンスターも。
しっかし不可解だ。Lv.1の人間なんて普通の人間と一緒。しかも先生、見るからに身体がひ弱。
その身体でこの巨大樹を自力で降りるなんて無理だ。
「先生……もしかしてダンジョンの侵食で家がこうなってから、外に出てない?」
「……す、特殊能力が……あっ、たので」
「?」
そう呟いた先生は何を思い立ったのか、ユラリと幽霊のような動きで歩き出し、原稿の裏に何かを書き始めた。
猪助と目を合わして二人とも頭に?マークを浮かべる。
てか、お前『わたこと』読んでるフリしてるけど絶対分かってないだろ。上下逆だぞソレ。
猪助に正しい向きを教え1ページ目から味わって読めと教えていると、先生は書き事を終えたのか掠れた声で「ぁ、ぁ」と呟いているので急いで振り向く。
「はい?」
振り向くと、先生は紙を俺に差し出していた。
何か分からないけど紙を受け取り、たった今書かれたであろう文字の列に目を通す。
「……【醜人商会】?」
これって、先生が持ってる特殊能力の詳細じゃないか。
事細かに記された情報を読んでいくと、なるほどと得心がいく。
確かにこの能力があれば、この家から出なくとも生きていける筈だわ。
「――いやいや、これは教えちゃ駄目でしょう。先生、流石に迂闊だ」
「ぇ、ぅ」
「明らかに悪用出来る上に、強力。見る人が違えば、間違いなく悪いことに巻き込まれる。あまり自分の持ってる力のことを事細かに教えちゃ駄目ですよ」
「……すぃ、ま、せん…」
「あぁ、いや、悪いことじゃないんですよ? でも、流石に会ってすぐの俺に全ての情報を教えるのは如何なものか? っていう話で。多分ですけど、これ全部書いてますよね? 能力レベル。効果範囲。能力の使用条件。人の物も奪える、とか」
「……(コクリ)」
「やっぱり……」
見るからにショボくれる先生を見ていると、身体の大きな子供のような印象を受ける。
かまってほしくて、ついつい言ってはいけないことを言ってしまう……みたいな。
実に危なっかしい。どういう意図で特殊能力を教えてくれたのは分からないけど、流石にこれは。
明らかに強いだろう、この特殊能力。何が強いって、“誰にも気づかれず”に“装備さえ”奪えるところだ。
欲しい物を持ってる奴の1.5km圏内にいれば堂々と強奪が出来るとか何それ怖い。神様が悪用してくださいって囁いてる。
少なくともこんな人間恐怖症の弱気な人に与える能力じゃないだろ。
「ん〜……」
第一印象から「大丈夫かなぁこの人」と心配にはなったが、ちゃんと心配になってきた。
本当なら、俺は俺のやりたいことがあるのでさようなら、と行きたいんだが……現金な話、この人は俺の青春を彩ってくれた尊敬する萌美優理先生。
このまま「はい、さようなら」ってのはあまりにも不義理じゃないか? ここで別れて、次に出会ったら帰らぬ人になっていたとか悔やんでも悔やみきれないぞ。
決めた。この人も――育てよう。ちゃんと、この世界で生きれるように。
仲間におんぶに抱っこで生きてる俺が言うのもなんだけど、少なくとも先生よりは場数を踏んでいる。最低限のことは教えられるはずだ。
「先生。レベルを上げて、強くなりましょう」
「ぇ」
「正直、心配です。今までは平穏無事に過ごせていたとしても、それが永劫続くとは限らない。その時、この世界のことをなにもしらない。オマケにLv.1の先生じゃ簡単に死んでしまう。よしんば誰かに助けられても、利用されるかもしれない。そうならない為に、一緒に強くなりましょう」
「……ぃ、いっ、しょ……」
「そうです。俺が面倒を見ます」
「……で、でも」
「俺、萌美先生がWEB小説『機械仕掛けのヘレスティア』を出した時から、ずっとファンなんです。出来ることなら、萌美優理先生の手で書かれた物語を見ていたい。俺は先生に生きていてほしい。ファンのエゴでしかないけど、どうかッ」
「……“一緒”…に、です?」
「はい。この猪助も手伝ってくれます」
「ブル」
先生は黙って、深く俯いてしまう。
頼むぅ、了承してくれぇッ! まだ先生の作品見たいんだ俺ぇ〜。
もう読めないと思ってた時に起きた奇跡。この奇跡を手放したくはないんだぁッ。
「……わ、かり…まし…た」
「おぉッ!「で、でで、も……じ、条…件…こひゅ、ひ、ひとつ…」条件? えぇもう、なんでも言ってくださいよ!」
「……さっ、き……拠点…て」
「あぁ、はい。このマンションにしようと思ってたって話ですね」
「……こ、この…わ、こひゅッ…わ、私、のの…部屋…に、し、しま、せ…んか?」
「えっ? ……あぁ〜、いや。それは流石に。倫理的に」
一瞬なにを言ってるのか理解出来なかったぞ。この家を拠点にしろって? そんなん、女一人の家に男が転がり込めるかと思い断ると、先生はゆっくりと窓に向かい指を差した。
「?」
「……か、ぎ……壊、さ、れまし、た。怖い…です」
「うっ。あ〜、おーん……」
「…………」
鍵を言われると弱いんだよなぁ。お金を払えば直せる訳じゃないし。
モンスターに対し鍵をして意味があるかどうかはともかく、鍵を閉めてるっていう心のゆとりは大切だよな。
まぁ〜確かに、近くで見ておけるなら、それが一番安全っちゃ安全なのか……。
「……わかりました。先生の言葉に甘えて、この部屋を拠点にさせてもらいます」
「……ッ! …はぃ…!」
ひょんなことから、崇拝するラノベ作家との同居生活がはじまってしまった。どうしてこうなったのか。
人生なにが起きるか分からないもんだなぁと思っていると、相変わらず指が震えているが、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせる先生に笑みが溢れる。
なんか、妹が出来た気分だなぁ。
皆さんのおかげで総合評価300超えてました! 本当にありがとうございます!




