第1話〜日本はダンジョンに負けました〜
倒壊したビル群の瓦礫を、太陽が照らしていた。
春風がビルの窓から突き出る樹木の葉を揺らし、サワサワと優しげな音を立てる。
人がごった返していた交差点に、人の影はない。割れたコンクリートの隙間からは木が生え、小動物や小鳥達が遊ぶように木々を登りじゃれあう。
――日本の心臓部、東京都。
都心部を象徴していた高くそびえる摩天楼は崩れ、壊れ、瓦礫の大地となり果てた。
倒壊を免れたビルには巨大な根が絡みつき、巨大樹に飲み込まれ、樹の一部へと吸収されてしまった。
栄えたコンクリートの大国。今やその面影はない。
ビル群は巨大樹に飲み込まれ、都市には根が這い、緑が生い茂る。
日本が滅び、数百年経ったかの様な景観。建物は劣化し、蔦が這い、花が生え、今や無傷のコンクリートの建物を見つける方が難しいだろう。
さながら、大森林。東京を喰らった自然の猛威は、容易く人間の住処を奪い去った。
今や、東京は人の都市ではない。
緑色の東京を闊歩するのは、“異形”の者達。
この世界に存在する筈のない、幻想の中にだけ存在していた筈の者達が、現実に存在し、確かに生きて、その足で人間の生活圏を脅かしていた。
2020年、冬。季節の変わり目を告げる、冷たい風が吹きはじめた頃だった。
日本。否、世界の平和は、いとも容易く崩壊する。
世界各地に現れた、“ダンジョン”のせいで。
人類の歴史を踏み躙りながら、ダンジョン達はその姿を現した。
日本最大の電波塔を下敷きに、天から降り注いだ長大な塔。
一つの県を丸々飲み干して現れた穴。
空を支配し、永遠に陽の光を閉ざす扉。
大小様々。千姿万態。しかし、このダンジョンが現れただけで、人類が築き上げた文明を崩壊させることが出来るだろうか? 否。数々の災害を乗り越えてきた人間は、そこまで弱くはない。
人類は……ダンジョンに滅ぼされたのではない。ダンジョンより現れた存在が、人類を脅かしたのだ。
異形の存在――モンスターだ。
ゴブリン。オーク。トロール。コボルト。インプ。リザードマン――。
世界各地の伝承や神話、漫画やアニメ、ゲームに登場する幻想の住人達。
ダンジョンより溢れるモンスターは、人間を遥かに超える人外の力をもって人類を蹂躙した。
人間はおろか、動物すら優に超える膂力で大型車すら宙を舞った。
人の鮮血で道路が染まった。ショーウィンドウには生首が並べられた。腐敗した人間の身体で川が埋まった。人が蟻を踏み潰すような気軽さで、人の命が潰えていった。
無論、人類とて指をくわえて殺されることを受け入れていた訳ではない。
武器を持ち、戦った。国を護る為の機関も、迅速に行動し国民を護る義務を果たした。
しかし、彼等が想定して訓練していたのは対“人間”。人間や動物にしか使用を想定していない銃器では、幻想の住人であるモンスターを相手に優勢に出ることは出来ず、順調に人類はその数を減らす。
モンスターが人類を減らすほど、ダンジョンはさらに魔の手を伸ばしていく。
ダンジョンを中心として、都心部を自然が覆っていったのだ。
ビル群は巨大樹に飲み込まれ、街には根が張り、蔦や緑が生い茂る。
ダンジョンからモンスターが出現することに目をつけた国は、即刻ダンジョンを兵器で破壊を試みる……が、ミサイルなどの兵器ですら、ダンジョンを破壊出来なかった。
絶望の淵。もはや、成す術はない。
いくらモンスターを殺しても、モンスターを生み出すダンジョンを破壊しなければ無意味。
このまま、人間はこの星から姿を消すのだろう。
そう思われていた。
しかし、人類に転機が訪れる。
ある日を境に――全ての人間が特殊能力に目醒めたのだ。
特殊能力に目醒めてから、次々と人間の身体に異変が生じる。
自分の身体能力を数値化したステータスを閲覧出来るようになり、Lvという概念が生まれた。
さながらロールプレイングゲームのようなシステムが現実となる。人間も幻想の力を手にした。
人類は不思議なほど特殊能力を使いこなし、瞬く間に力を自分の物にする。
“まるで最初から身につけていた”かのように。
特殊能力に目醒めたことで、人類はもはや別の存在へと昇華した。
人が、無より炎を生み出す事が出来るようなった。人が、大型車を片手で担ぎ上げるようになった。人が、棒切れひとつでバスを両断できるようになった。
人は、モンスターと戦えるようになったのだ。
人類がモンスターに反撃の狼煙をあげ――1年が過ぎていた。
読んでくださり感謝です。
誤字・脱字ありましたら教えてください。
ブクマ・評価していただけると嬉しいです!