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残酷。  作者: ZERO
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出会い

隣で私の手を握る小さな手は、限りなく暖かい。

世界がひっくり返るような、土砂降りの雨。

泣いているのか、雨で濡れているだけなのか判らない。けど、多分、両方なんだと思う。

私も、隣に立つナツも。

この世界は無情だった。

幼い私達が見るべき景色ではなかった。

どす黒い血だまりが、雨で海へと変わっていく。

色は薄くなっていくけれど。

見えない傷は、もっと、ずっと酷くなっていく。




***




「はい、じゃあ今日はここまで。しっかり復習しておくのよ」

午後三時。歴史の授業が終わった頃。

隣の席で帰りの支度をしていたカナに、声をかけられた。

「ねえサク。今日の夜、隣町の凪咲村(なぎさむら)で夏祭りがあるの知ってる?」

「うん。あの、花火が綺麗なやつだよね。うちの村とは大違いの…豪華なやつ」

「そう。もしよかったら一緒に行かない?」

カナの提案に頷きたいのを堪えて首を横に振る。

「ごめん、カナ。今ちょっと、凪咲村には行けなくて…」

私の言葉を待っていたように、カナはニヤッと笑った。

「そういうと思った!サクの家の立場的に、おじさんたち許してくれないもんね。でも大丈夫!私に考えがあるの」

カナは無鉄砲で何をしでかすか判らない。正直嬉しいというより不安を感じる。大丈夫かな…

私の家は、この村ー砂原村(さはらむら)ーの里長だ。今、隣の村の凪咲村とは平和協定を結んではいるけど、凪咲村が砂原村と休戦中の金座村と協定を結んだという噂が流れてからは厳重警戒体制をとっている。村人同士の交流に支障はないけれど、村の重役がお互いの村に過干渉することは許されなかった。

「か、考えって…?私、身元がバレたらヤバイどころじゃ済まないけど大丈夫…?」

「うん!私に任せて!」

自信満々に言うカナの瞳は一点の濁りもない。

カナを信じて、冒険に出てみることにする。

もう、決まりに縛られているのはうんざりだし。


***


午後六時。

カナの家に泊まりに行くと言って家を出た私は、涙の泉と呼ばれる凪咲村と砂原村の堺にある森の中の泉のほとりで、カナを待っていた。

月の光が池の水に乱反射してキラキラと飛び散っている。

涙の池は、その光景が、人魚の涙のようだとされて名付けられた池だ。息を呑む程美しい。

「サク〜!遅れてごめん〜!」

叫びながらカナが走ってくる。

カナの遅刻は何時ものことで、別に珍しくはない。だから今回も前もって時間を調整して決めておいたのだ。苦笑して答える。

「大丈夫だよ、カナ。それより、私が行っても大丈夫な訳って何…?もう教えて貰える…?」

カナはニッコリと頷いた。

「もちろん!聞いてよサク。私、この前すごい術覚えたんだ!これでサクがサクってバレないの!」

術とは所謂魔法みたいなものだ。ただ、魔法とは違って印を覚えなければならない。それに使える術は人によって系統が異なり、遺伝的なものもあったりする。

例えば私は光を使った術が得意だ。光を熱に替えたり、戦闘術だったら敵の視界を効かなくしたりする。

カナは変身術を得意としている。違う人に化けたり、ものを好きなように変えたり。

ただ、まだカナは自分以外の人間を変身させるチカラも技術もない筈だ。一体どうするというんだろう…

私の心配をよそに、カナはポシェットをごそごそと漁ると、アーモンドのような粒を取り出した。

「はい、これ。飲んで!」

「へ?」

飲めと?いかにも「怪しそう」なこの粒を?

驚いて口を塞げないでいると、カナはゲラゲラ笑った。

「大丈夫だよ、サク。全然これ、怪しいものじゃないから」

全然怪しくなくみえないんですけど。

「サクも知ってるでしょ?私の家が丸薬屋だってこと。しかもうち、術は変身の系統だから、自ずと変身の丸薬を作ることになるわけよ」

「あ…」

なるほど納得した。

「でも持ってきちゃっていいの?これ、大事な売り物でしょう?」

「大丈夫大丈夫。そもそもこれ、作ったの私だしね」

思わず二度見した。

「え、カナが…?」

私の知っているカナは、そんな…

「術も下手、技術も潜在能力もない。術を発動するための体力も人並み以下。由緒正しい一色家の恥さらし」

カナは溜息をついた。

カナの言う通り、カナはずっと、里一番の変身術使いと言われる一色一族の中で落ちこぼれ扱いされていた。落ちこぼれ、なんて私は思ったことないけど、特別でも何でもない、普通の女の子。でも気さくで、気取らなくて、親切。冷淡な一色一族の中では唯一と言っていいほどの優しい人間だ。

「ずっとそんな風に言われ続けてきた。でも、私には一族の皆が持ってないものを一つだけ持ってるの。発想力っていう、武器を。私には人間を違う人間に変えるチカラなんてないから、念(術を発動する為に使う魔力みたいなもの)を、毎日少しずつ溜めてみたんだ。この粒には、サクを別人に帰るだけの念と効力が詰まってる」

「え…」

ということは、今日のためにカナは何時間も費やしてこの丸薬を作ってくれたということになる。

私のために。

「でも、どうして…?私なんかのために…?」

「違う世界をみてほしかったからだよ!」

私の問に、もとの明るい声色に戻ってカナは言った。

「だってサク、砂原に来てから一回も里の外に出たことないんでしょ?しかも、私の父親が言ってたんだけど、サク、もう直ぐお見合い…させられるんだって。そんな決められた人生なんてつまらないじゃん?」

「お見合い…」

初耳だったけど、予想外というわけではなかった。これまでの経験でも、自分の道を自分で歩けないことはよく解っていたから、そうなるんだろうとは思っていたけれど。

こんな急に。

正直嫌だった。

「嫌だ…」

「へ?」

「親の決めた道なんて、もう嫌だ。私、外の世界も見てみたい。決められたレール、飛び越えたい。だから…行くよ」

カナの顔に笑顔が広がる。

「カナ、丸薬、ありがとう」

「いいって。正直これちゃんと効くかわからないし」

「へ?」

「何でもない!まぁ大丈夫だよ!私を信じて!」

信じれないかもしれない…という言葉とともに、丸薬を飲み込んだ。



***



ぴーひょろひょろ


龍笛の音色が響き渡る中、私はカナと一緒に凪咲村の社を歩いていた。

カナの作ってくれた丸薬はちゃんと効いて、私の翡翠色の目と髪は黒くなっている。

私の顔を知っている人が居たとしてもこれなら私だと判らないだろう。

「それにしても、凄いね…」

私は辺りを見渡して感嘆の溜息をついた。

沢山の点灯に照らされた道。ずらりと並ぶ屋台。

境内は人でごった返していて、砂原の質素な収穫祭とはまるで違う。

「ねえサク、あっちでヨーヨー釣りやってるよ!やろ!!」

右手に金魚、左手にチョコバナナをもってもう既にお祭りを満喫しているカナが、指さした先を見て苦笑する。

「いいよ。どっちが多く取れるか競争ね!」


「くぅ〜!負けた〜〜〜!!!」

ヨーヨー釣りの競争は、私が五つ、カナは一つで、私の圧勝という結果だった。

「へへ。やった!」

「次は負けないんだからね!?」

悔しがりながらも笑うカナを見て、私はどれだけこの子に救われているんだろう、と思う。この、笑顔に。

「あ、もう直ぐ花火、始まるみたいだね」

カナは周りを見ていった。そういえばみんな空を見上げている。

凪咲村のお祭りは噂には聞いていたけど、来たのは初めてだから私も胸を高鳴らせて空を見上げた。


ドォン、と音がして辺りが真っ暗になる。

「!?」

花火って、こういうものなの…???

頭にハテナが浮んだその時、周りから悲鳴が聞こえた。

微かに飛び散る光で、爆発で出た煙とパニックで慌てている人が見て取れる。これが花火の影響出ないことは直ぐに判った。

何か悪いことが、起きている…?

はっとして、隣にいるカナに声をかける。

「ねぇカナ!私達も、逃げたほうがいいんじゃない!?」

振り向くと、カナはそこに居なかった。

どこに行ったんだろう…

カナは確かに子供っぽいところがあるけれど、いざという時にはとても頼りになる。むしろ、私は普段しっかりしていると言われるけど、こういう自体に陥った時には何もできない。何も…

恐怖で足が動かない。

逃げた方がいいってことは、頭では、解っているのに…

周りの喧騒は、ますます酷くなっている。

もしここで、私が砂原の人間だとバレたら、きっとただでは帰れない。両親の怒りに歪む顔が思い浮かぶ。でもそのこと以上に、この暴動が怖かった。

幼い頃に経験した、あの戦争の記憶は、簡単に私を抜け殻にする。

立ち尽くす私の前に、一人の男の子が現れて、言った。

「…何で、ここに来たの」

はっとして顔を上げた。この子、もしかして私が砂原の人間だって判ってる…?

その子は狐の面を着けていた。背丈からして、私と同い年くらい。仮面の中の翡翠色の瞳が、私を見つめている。

…さっきとは別の恐怖が身体を支配する。

何もかもを見透かされているような、支配されているような、そんな感覚。

吐き気がした。

彼はそんな私の気持ちが判っているようだった。それさえも気持ち悪いけれど。

「…ここに、来るべきじゃないよね。砂原の村長の娘ともあろう者が。それくらい、子供でも解るだろ。君の存在は、この国をいとも簡単に亡くせる、そのくらい価値のあるものなんだから」

「…」

やっぱり、バレてた。

「バレない、なんて本気で思ってたの?君のお友達の変身術、確かに面白く工夫されてたけど、所詮その程度。オレ等が持ってる術には敵わないよ」

…?

「不思議?この世にはね、強い者と弱い者がはっきりと別れて存在しているんだ。後者は前者に勝ることはない。オレはこの世界で最強にして最古の術の属性なんだから、適うものは居ないんだよ」

最強にして、最古の術、それって…

「そう、光さ」

なるほど、合点がいった。

術の属性の強弱は、地球に生まれた順で決まってくる。

まず、水、そして、風、土、植物、火。

その五つが数ある術の属性の中でも強いものとされている。その他はあまり優劣は変わらない。

ただしその五つの属性とは例外のものが二つ存在する。

それは、この世の全てを生み出した根源とされ、崇められ、恐れられている属性。最強で、最古の術。時と…光だ。

でもこの二つの属性は本当に希少で、私は使っている人に会ったことがない。特に光属性は、昔砂原と凪咲の戦に巻き込まれて滅びた、夜海ようみ村の人が殆どだったから、今はもう滅びたも同然だと思っていた。まさかここで会えるなんて…

「へぇ、光属性の希少価値は知ってるんだ。ならオレがどれだけ強いかも解るだろ?大人しく従ってもらおうか」

「…何で、私の考えてることわかるの」

「光はね、この世のすべてを支配する。偽りも秘密も、全てを暴くチカラを持ってるんだ」

「…それだけじゃない気もするけど」

「…」

私の言葉に、仮面の男の子は少したじろいだ。けれど、直ぐに元のムカつく態度に戻って言う。

「それは君には関係ないことだ。これ以上知らないほうがいい。

…黙ってついてきて」

男の子が後ろを向いた途端、近くの屋台からひときわ大きな爆発音が聞こえ、大量の烏の面をつけた男たちが飛び出してきた。

「ちっ…まずい。案外早かったな…」

男の子は彼らを見るや否や、私を両腕に抱えて光のような速さで走り出した。

…走ってるって言っていいのかなこれ…

「ちょっと、何するの!お、降ろして!」

「黙ってろ!喋ってると舌噛むぞ!」

「っ…」

さっき迄とは違うその迫力に、思わず口を閉じる。

ただならない感じが、凄く伝わってきたから。従うことしかできなかった。


男の子が私を連れてきたのは、カナと待ち合わせした、涙の池だった。

ー嘗て、夜海の村のあった場所。

「ここまでくれば、もう追手は来ないだろう。君の連れはもう砂原に帰っている筈だ。君も大人しく帰路につけ」

そう言って彼はくるりと背中を向けた。

「あ、ありがとう。助けてくれて…」

「礼を言われることはしてない」

「でも貴方がいなければ私は多分暴動に巻き込まれて、村同士の緊張は更に高まってた。戦になってたかもしれない…」

「そう思うなら、今後安易に凪咲に近づくようなことはしないことだ。いつでも僕が助けてやれるわけじゃない。君みたいに誰でも直ぐ信用するような奴、命がいくつあっても助けきれないしな」

「?」

「君、会って間もないオレのこと、なんで信用できたんだ?正直、もっと手こずると思ってたのに」

「それは…何となく?悪い人じゃなさそうだったし、私のこと心配してくれたし」

「心配したのは村の情勢であって君のことじゃないよ。でも信じてくれて、助かった。気絶させずに済んだし」

「きぜ…」

「それじゃあ、ね」

そう言って彼は瞬く間に消えてしまった。


「名前、聞いておけばよかったなぁ…」

彼の言った通り、大人しく砂原へと足を進める。

多分もう一生会うだろう事はない男の子。

でも。

「もう一回、会いたいなぁ…」

きっとあの子も見ているであろう満月を見ながら、ふと、そんな事を思った。

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