夜明けにて
コロナ、ますますひどくなっていますが、こういう時は自宅で想像に耽るのが一番です。
皆さん、お気を付けてください。
男が部屋に入る頃には、きっと高価であろうコートの露はもうどこかに消え、すっかり乾いているように思えた。それでも私はなんだか不憫な感じがした。
「コート、、乾かしましょうか??」
わざと知らない振りをして私は男の言葉を待った。
しばらく私を見つめると彼は小さく私に頼んだ。そして、
コートを大きく脱いだ。その勢いで部屋の暖が揺らめいて、明るくなったり暗くなったりを繰り返す。とても奇妙な様子であった。
『ここに腰かけてもいいか。』
男は私の了承を得る前にすでに朽ちているような古びた
椅子に座った。普段以上の体重がかかりギシギシと軋む。
男がしばらくじっとしていると大事なことに気がついた。
私は話下手であるのだ。今の今まで信じられないかもしれないがその事を忘れていたのだ。
なぜ男を連れてきたのか、私にも分からなかった。この男が私の部屋に来たこともそれ以上に分からなかった。男は口を開いたのか分からないくらいに私に尋ねる。
『昔の話を聞かせてくれないか?』
「昔の話ですか、、、!?」
『そうだ。エドワルド公爵家にいた頃の話だ。』
私は幾度かはぐらかした。けれども男はいたく真面目に
尋ねていた。
「今から話すことは一人言なので。聞かなかったことに
してください。」
それから私はエドワルド公爵の悪行、隠れて生きてきた
こと、追い出された日のこと、しまいには母の死さえ話してしまった。なぜだかこの男は私の過去を話してもそれを誰にも話さないのではないかという安心感があった。そうして私の性格の難も解消していた。
男は静かに私の隣に来ていて、私は男の側でずっと自分の過去の話をしていた。そうして、私の話が男と出会った今日までたどり着くと男と私は相手の匂いが微かにする程の距離にいた。
しばらく沈黙がした後、私は話しすぎてしまったと思い、男を見つめた。しかし、男はそれよりも前に私を見つめていた。
そこから男女の行為に至るまでの流れはひどく自然で、それでいて原始的であった。アダムとイブのそれに近いのではないかと私は冷静に頭で考えた。それほどの余裕はあった。
彼の方も女慣れしているとまではいかないものの、人生において2,3人抱いたことのある雰囲気であった。
しかし、彼が私を倒し見つめたときひどく違和感があった。不快感ではないが、なんとも言えない何かがあった。
夜通し私は寝られない心情だった。男性経験が少ないのもあるが、それ以上に私が彼に抱いている感情の正体が分からないことへの躊躇いからであった。
朝日が少し窓からはみ出た。その時の彼の横顔は今後忘れることはないだろう。ひどく切なくて、寂しげであった。
私は自分の心の霧が溶けたのを感じた。
上手く説明できないが、彼と私は非常に似ているのだ。愛から遠い存在でいて本当は一番求めているものが愛なのではないかと言うことである。彼の生い立ちなどは知らない。しかし、暮らす環境は違えど、似たように育ち、似たように存在してきたのではないかと思った。
彼は目を覚ました。私をうっすらと見て、初めて私に
微笑んだ。そうして、再び眠りについた。
私も彼の横顔をなぞっていた。そうして彼の閉じた瞼を
見て、愛おしく想った。
朝日が窓に溢れていた。人の声も疎らにした。そうして、独裁者である彼が横で寝ている。
だから、私も深く目を閉じた。