雨の街
ひどくじめじめとして、服の袖先からあっという間に雨に濡れた。男もひどく濡れていたが、あまり寒そうな感じではなかった。私は足先の感覚がなくなるほど寒い思いがした。
男は私を見つめずに、スッと口を動かした。
「おい、お前、、、、。」
とても不快であった。しかし、男の声は雨で掠れて、幾分かましであった。
「なんでしょうか、、。」
「お前は、エドワルド公爵の娘か。」
私は、ぎょっとした。なんだか、足元をすくわれた気がした。男は、先ほどまでとは変わり、私をじっと見つめていた。雨はまだ、降り続いている。
「どうして、、、。」
「やはりお前、彼の娘だったのか。」
「どうしてその事を知っているの!!?」
忘れかけていた思い出が、思い出したくないものがものすごい勢いで甦る。そのありったけの不愉快を男に投げ掛けるように言いはなった。
「お前のそのネックレス、確かエドワルド公爵の
家紋だ。」
「それに、お前の顔を一度、彼の屋敷で見たことがある
気がしたんだ。」
恐ろしい男だと思った。たった、2つの証拠しかない中で、私をエドワルド公爵の娘だと当てたのだ。しかも、それを確かめるためにこんな雨の中で、いつ仕事が終わるのかも分からない私を待っていたのだ。
男のコートはひどく濡れていた。夜の灯火が優しくコートを撫でるように照り、私と男しかここにはいなかった。
「私は、確かにエドワルド公爵の娘だけど、、、。」
そういうと躊躇いもなく男は付け足した。
「隠し子か、、、。」
私は驚きでひょうとした顔になってしまった。
「実子だったら、今頃屋敷でお休みしているだろう。
それに、はじめて屋敷であった時もなんだか、周囲に隠されているような感じだったしな。」
男の推理にただ呆然と立ち竦む。もう、滑稽でしかなかった。男はしばらく黙ったままだった。
「それで、、。」
「私に何のようなの!??」
私には、変えられない過去のことを暴かれることよりも、この男が私をエドワルド公爵の娘と知って、何か事を起こすことの方がよっぽど恐れるべきものだった。
万が一、男がこの事実を世間に知らせたら、只でさえ、
エドワルド公爵及びその親類にとって疫病神な私は余計、嫌悪されるだろうし、母が粛々と隠れて生きてきたことを無駄にしてしまうだろう。私は男の表情をなぞった。
「別に。」
「気になっただけだから。」
「えっ!!」
「じゃあ、俺はこのまま帰るから。」
「本当に、、、。」
「本当に何もしないの、、、!?」
男の冷たい目とは裏腹に何も悪意は感じなかった。男は私をあの目で見ていたが、今度は違って見えた。
「何もって、俺が何かすると思った?」
「例えば、世間に事実をばらすとか、、。」
男はにんまりとしていたが、まるで私が考えていることが分かるかのように感じた。超能力の類いかもしれない。
「超能力じゃないからな、、。」
私は思わず吹いてしまった。男もつられてほんの少し
笑む。あまり政治ごとに関心はないが、男は相当すごい人なのかもしれない。ふと、先ほどの女たちの声が引っ掛かる。
「あなた独裁者なの??」
「そうだが、それが!??」
男はまた、真剣な声に戻った。
「良ければ、家に来ませんか!?」
ひどく濡れている男に私はそんな言葉しか掛けられなかった。男は黙っていた。しかし、私が動き出すとその後ろで影のようについてきた。それを私は承諾と受け取った。先ほどのランプはもう月の光に混じって蒼くなっていた。
家につく頃にはすっかり雨は止んでいた。