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蒼のAGAIN  作者: 「S」
第一章 終焉からの幕開け
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第一章3  『数えきれないモノと』

文字数の関係で旧作の3話と4話をまとめました。

ここから話数に若干のずれが生じますがお許しください<(_ _)>

「ここは……」


 目を開いて気づいたのは、見知らぬ天井が広がっていること。

 そして暖かい温もりが身を包み込むベッドの上だということ。

 体を起こし、辺りを見渡してみれば、洋風の豪邸のような作りをしていた。


 安定の青い床。

 部屋の中心にあるのは、円の中に星が描かれた魔法陣のようなもので。


「……っ」


 意識が朦朧とする中、起こる頭痛。


「クロ……」


 すると隣から声が聞こえ、振り向けば、困り顔のアオがいた。


「アオ……」


「まだ無理はしないでください」


「……」


 真剣な眼差し。

 少し見つめ合っただけなのに、時が長く止まったように思えて。

 アオに相当心配をかけたことだけは理解できた。


「全く……」


 安心したのか、アオはこちらを眺めて大きなため息を溢す。

 もしかしなくとも呆れられているようで、少しお怒り気味でもあって。


「アオ?」


「……別に、怒ってないですよーだ」


 眉を八の字に、アオはそっぽを向く。


 しばらくの間、どうしようかと俯いていれば、彼女はチロリと舌を出して、可愛らしい笑顔を浮かべていた。


 全く、怒られても嫌じゃないなんて、不思議だ。



 ――何だろうな。



 ふと思う。前にも、同じことがあったんじゃないかと。

 どうしてかはわからないが、胸の奥が暖かい。

 思い出せないのが歯痒いけれど、今は干渉に浸っている場合でもない。


 アオとの会話で、気を紛らわすことができた。

 そのおかげで、小さな深呼吸と共に、先の出来事を思い出しつつある。


 『RMI(リメイ)』ルームの異常事態宣言。

 それは主に、自分の所為だと言っても過言ではない。


 自分の後悔がどのくらいのモノなのかは、わかっていたつもりだったけど、まさかエラーを起こすほどのモノだとは思いもしない。


 本当にアオには、迷惑をかけた。


「……?」


 わかっているのか、いないのか。

 微笑む彼女に、嬉しくも複雑に苦笑してしまう。


 本当に、どうすればいいのだろうと。


「なぁ、アオ……」


 だからとりあえず、素直に『ごめん』と。

 そう口にしようとした時だった。

 口を開いた瞬間、アオは身を乗り出して、こちらの口を塞ぐように唇へ指を添えてきていた。


「大丈夫ですよ、クロ」


 安堵させるような微笑。


 その言葉に甘えるように、自然と口を閉じれば、彼女はまた椅子へと腰を下ろして、何度も何度も、笑みを溢す。


 けれど徐々に、その笑みが薄れていって、真剣な表情に変わって。


「クロの後悔の数は異常です。それは断言できます」


 彼女はそっと申告していた。


「……ああ」


 わかっているつもりだった。

 ただこの胸に少し、違和感があった。

 それが何なのかはわからないけど、今はアオの言葉に耳を傾けることにした。


「結局のところ、私たちはクロの後悔を把握しきれていません。再計測しようにも、『RMI(リメイ)』は故障。しかも原因が、クロの後悔の重さによるエラー……呆れてものが言えません」


「……」


 鋭く冷たい、辛辣とした意見。

 実際その通りなのだから、ぐうの音も出ない。


「……クロは、どうするおつもりですか?」


 低い声色。

 殺伐とした空気に嫌気がさすほど逃げ出したくなる。


 でもそんなことは、当然の如く許されない。

 どうしてこうも未来(さき)のことを考えると、憂鬱になるのだろう。



 ――ほんと、嫌になる。



「俺は……」


 アオが聞いているのは恐らく、これからどうするのかじゃない。

 遠回しに伏せた、この事態の解決策を求めている。


 自分が招いた種なのだから、当然と言えば当然。



 ――なのだが、



 考える余裕すら与えられず、事態は容赦なく先へ進んでいく。



「――インディゴ、どうやらお目覚めになられたみたいですね」



 扉の向こうから発せられたその声。

 木製の分厚い板チョコのような戸を開き、彼女は現れる。


 白銀に染まった長い髪。清潔感溢れた白い服。

 色白な肌に、半透明の水晶のように輝く切れ長の瞳。


 アオと同様、天使のような容姿を持つ彼女の声は色っぽく、第一声からして口調も大人びていた。


 そんな少女を目に嫌な汗が頬を伝う。

 彼女の登場により生まれた疑問の数々。


 それは先ほど、彼女がアオの言っていた『たち』に含まれた人物であること。

 アオは『インディゴ』という名がありながら、名前がないと嘘をついたこと。

 彼女は自分が目覚めるのを待っていたこと。

 他に誰がこの神殿にいるのかということ。



 そしてそれは全部、一つの答えに直結する――。



「初めまして、シルバーと申します。どうぞお好きにお呼びください」


 彼女の冷たい視線に息を呑み、確信する。


 自分は歓迎されていないことを。

『真蒼黒竜』はイレギュラーな存在だということを。

『真蒼黒竜』の『AGAIN』は困難が増すばかりで、難攻不落だということを。



 ――何より、



 その不敵な笑みが、全てを物語っていた。



      ※



 ――繋がるもの。



 それは自分の存在によって『蒼の神殿』が脅かされたということ。

 自分の後悔によって、『RMI(リメイ)』を壊してしまったことが原因。


 あの時、気絶する寸前、微かに聞こえた3つの音。


 パラメーターの割れる、ガラスめいた音。

 エラー発生による、警報のようなサイレン。



 ――そして、



 アオの『たち』に含まれた、神殿に飛び交う騒めく声を。



 自分の耳は確かに、捉えていた――。



      ※



 突如現れた真っ白な少女――『シルバー』。



 怪しげな空気に緊張感が漂うも、


「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」


「……」


 彼女の言葉に甘えるように肩の荷を下ろしていた。



 ――またか……。



 胸にある何とも言えない暖かみ。

 記憶にはないはずなのに、懐かしく思えて仕方がない。

 ここへ来てからというもの、そんなものばかり。



 本当に、どうかしている――。



「率直に申し上げて、あなたは異常です」


 単刀直入。


 急な切り込み方に、唖然とするも、先ほどアオに言われたことでもあってか、シルバーの言葉は然程気になりはしなかった、


 ただ思うに、自分の何が異常なのかが明確に定まっていない。

 確かにモノの捉え方、価値観は人によって違う。



 けれど、やっぱり――。



 あれは異常なモノなのだと、確信付ける何かがこの場にはあるのではないかと。

 そんなただならぬ気配が、背後にまで迫ってきている感覚がした。


「何が異常かわからない、といった顔ですね」



 ――そりゃそうだ。



 普通なら有り得ないことだらけの人生。神のみぞ知る世界。

 何も知らないで、何が理解できるというのだろう。


 何もわかるはずがない。


「あなたはたくさんの後悔をした。『自分が世界で一番不幸だ』と、言えるほどではありませんが……それでも、死に誘われながらもそれを手放さなかったあなたの後悔は、並よりは酷いです」


 何目線の分析。


 自分の感じていた『異常』とは掛け離れた物言いに少し残念に思うも、シルバーの薄く儚げな表情に意識は向いていた。


「昔、あなたとよく似た人を見掛けたことがあります。あなたと同様、たくさんの後悔を抱えて死を選んだ者を……」


 どこの誰かはわからない同類。

 面影を感じてか、シルバーは笑みを零す。

 どこか悲しげなシルバーの言葉に、自分も同情してしまう。


 似た者同士。

 自分よりも先に生きる事をやめてしまった人物。

 そいつと出逢えていたなら、何か変わっていたかもしれない。


 そんな親近感と虚しさがあった。



 ――でも、



「ですがその人は、生前である程度、後悔を解消しており、あなたのように重く捉えてはいなかった」


 似ているだけで、同じじゃないから。

 同じモノなんてこの世に存在しないから。


 出逢えたとしても、分かり合うことはできなかっただろう。


「その人には、支えてくれた人たちがいたそうです。あなたには、そんな人たちがいなかったんですか?」


「……」



 ――俺の、支え……。



 自分の両手に目を落とし、指折り数える存在たち。

 一人ではあったけど、独りではなかったあの頃。

 何度も同じことを繰り返し、悲しみに暮れる日々。


 いたと言えばいたし、いないと言えばいなかったのだろう。

 存在の数は後悔の数とイコールになる。


 指折り数えていたのは、掛け替えのない大切なモノ。

 思い浮かぶのは皆の顔。胸に広がるのは後悔。


 本当に、何を恨めばよかったのだろう。


「……そうですか。いませんか」


 黙秘を肯定と見なし、シルバーはまた冷たい眼差しを向けてくる。

 そこに少し戸惑えば、頬をひんやりとした風が触れ、ふと気づく。


 開放された窓。靡くカーテン。

 あの世だというのに、辺りは陽で照らされている。


 そしてすぐ、シルバーへと視線を戻せば、何やら頬を赤く染めて怪しげな笑みを浮かべていた。


「可哀想に……なら私が、あなたの支えとなりましょう」


「ぇ……」


 一瞬、彼女の言葉に『これは現実なのか』と耳を疑う。


 次に過ぎった思いは、ただひたすらの喜び。

 ただそれだけの言葉なのに、胸が締め付けられるように苦しい。

 嬉しすぎて、涙が零れそうになる。


 それほどに、自分の心は痛んでいた。

 擦り減らしすぎて、失くしたと思われた心は、この胸に確かにあった。


 それを今、実感している。



 本当に、夢のような話だ――。



「私はあなたの……そう、ですね」


 顎に指をあて、空を仰ぐ彼女。

 考えがまとまったのか、彼女は両手の指先をくっつけて、


「私があなたの姉として、あなたの支えとなりましょう」


 優しくそう、はにかんでいた。


「私が姉として、あなたを……いえ、クロを支えて上げます」


 愛おしそうにこちらを見つめる瞳。

 先ほどとは打って変わった雰囲気に、唖然とする。


「どんなに辛い時も、どんなに苦しい時も、どんな困難にぶつかろうとも、私があなたの姉として、クロをいついかなる時も支え、愛することを誓いましょう」


 それはまるで、結婚式の誓いの言葉。

 胸の中では『どうして』という感情が溢れ出している。


 そこまでしてくれる意味がわからない。

 理解はできるが納得はいかない。


 見ず知らずの少女が何も言わずに寄り添ってくれる。

 嬉しくないと言えば嘘になる。


 自分が一番欲していたモノを彼女はくれると言う。


 強い自分を取り繕い、泣き虫な弱い自分を心の奥底に秘めて生きてきた。

 誰も理解できるはずがないのだと、この世の全てを見限って。


 感情は邪魔だった。

 生きていく上で、人を強くもするし、弱くもするそれが鬱陶しくて堪らない。


 だから『無』に徹して過ごしていた。


 けれど今、死んでからというもの、自分を殺すことができない。

 もう死んでしまっているからなのだろうか。


 もう素直になってもいいのではないかと、甘えそうになる。


「俺は……」


 ただそれを許そうとしない自分もいる。

 認めたくないと、意固地になっている自分がいる。

 そのせいか、はっきりと答えが出ない。


「私がクロを支えます」


 差し伸べてくれる手。

 それを自分は誰よりも欲しているのに、掴む勇気が持てないでいる。

 物凄く、歯痒い。


「俺は……っ」


 苛立ちに満ちた葛藤。

 はっきりとしない自分に嫌気がさす。


「私がクロを愛します」


 無償の愛を彼女はくれる。

 その言葉を耳に、目を瞑って噛み締める。



 ――何故だろう……。



 今までたくさんのものを失ってきた。

 失いすぎて、何も感じなくなるほどに。


 人の優しさ。

 それは嬉しいモノなのに、今は痛くて、苦しくて。

 でも、嫌いじゃない。


 失い続けた自分が、ずっと欲しかったモノ。

 それでも未だに、振り切れない迷いがある。


 その姿を見兼ねてか、天使は最後の言葉を贈る。


「私がずっと傍にいます」


「……っ」


 全てを見透かしたような眼。

 途端に目頭が熱くなって、気づけば自分の頬を止めどない涙が溢れるように伝っていた。


貴方(クロ)はもう、ひとりじゃない」


 もう、それ以上の言葉はいらなかった。

 それだけで、十分だった。



      ※



 目を少しばかり赤くして、涙を拭い、改めて彼女の名前を模索する。


「レイ……」


「……?」


 咄嗟に呟いた思い浮かんだ愛称にシルバーはキョトンと首を傾げる。


 これ以上の言葉を紡ぐには何だか気恥ずかしくて、伝わるかなと目で訴えていれば、彼女は『私のこと?』と言うように自分に指を指していた。


 だから『そう』と相槌を打てば、彼女もまたアオのような嬉しそうな反応を示していた。


「レイ……良い名前ですね。気に入りました」


 『ふふ』と、微笑む彼女。

 喜んでもらえて光栄だと、安堵していれば、


「ですが、姉を呼び捨てにしてはいけませんよ。『レイ姉ちゃん』と呼んでください」


 怪しげなオーラを放ちながら、満面の笑みを溢していた。


「……」


 そこに『どうしようか』と口籠っていれば、期待の眼差しでこちらを見つめる輝いた笑顔に自然と『黙って頷く』という諦めの選択肢を選ばしていた。


 そして流れる一瞬の静寂。

 互いに微笑むように見つめ合い、先に瞼を閉じたのはレイだった。


 その後、ゆっくりと目を開ければ、呆れるようなため息をこちらとは別の方へ向けて溢していて。


 その視線を追ってみれば、隣に居座る片頬を膨らまして不満げな顔をしたアオへ辿り着いていた。


「ん~……」


 唸るようにこちらを見つめてすぐ、アオはレイを睨みつけ。

 レイはと言えば、若干勝ち誇った含み笑いをしていた。


 そんな光景を目に、口元が緩む。


 いつかはわからないが、昔にもこんなことがあった気がする。


 詳しくは思い出せないが、胸に広がる懐かしさ、最後に噴き出し気味に笑い合う仲の良い二人を見て和んでいて。


 二人が揃って一瞥してきて、今度は三人で笑みを浮かべ合っていた。



 何気ないことに、肝心なことを忘れて――。



 ――数えきれないモノの果て、

  大事なことを忘れていた――

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