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王太子殿下の地雷シリーズ

王太子殿下の地雷

作者: 緑谷めい

 




 王家と我がオードラン公爵家には、笑い話がある。


「陛下、私を陛下の側妃にしてください」

 そう言ったのは5歳の私だ。

 国王陛下はポカンとされて、次の瞬間、

「いやいやいや、ロゼッタはフェルミンの正妃になるんだよ!」

 と慌てておっしゃった。

 陛下の横にいた7歳のフェルミン様は、泣きそうなお顔だったなー。

 王妃様はあっけにとられていらっしゃった。




 家族には、いまだに時々話題にされる。

 私の小さい頃の笑い話として。





 私はロゼッタ・オードラン。現在18歳。

 オードラン公爵家の長女であり、フェルミン王太子殿下の婚約者である。


「ロゼッタ、待たせてすまない」

「いえ、お気になさらず。フェルミン様」

「今日は遠乗りに行かないか」

「あの……私、乗馬はあまり得意ではなくて」

「知ってる。だから私と一緒に馬に乗ろう」

「……はい」

 まただ。フェルミン様の「俺は男だ!」アピール。

 フェルミン様の馬にドレスのままの私を横座りさせ、後ろから私を抱くような形で手綱を握るフェルミン様。

 彼はこういう、私が女性でご自分が男性である、ということが強調できるシチュエーションが大好きなのだ。

 責任は私にある。





「私はフェルミン様の正妃より、陛下の側妃が良いです」

 引かない5歳の私に向かって、王妃様が困ったような笑顔で、

「ロゼッタは陛下が好きなの?」

 と聞かれた。

「はい! 男らしくて逞しくて素敵です!」

「フェルミンも、大きくなったらきっと男らしくなるわよ」

 王妃様が隣に座るフェルミン様を気遣うようにおっしゃった。

 なのに空気の読めなかった5歳の私は言い放った。

「フェルミン様は、とっても綺麗で女の子みたい!」



 ――――場の空気が固まった――――



 私は自分の両親に引きずられて、王家の御前から下げられたのを覚えている。


 その後、フェルミン様は剣を習いたいと言い出したり、あまり熱心ではなかった乗馬も一生懸命練習するようになったと聞いた。

 私の両親は必死に、

「フェルミン殿下は、きっと強くて逞しい殿方になるわよ」

「そうだ! きっと男らしくなられるぞ!」

 と私に吹き込み、陛下と王妃様もお会いするたびに、

「フェルミンは、ずいぶん剣の腕も上がって、師にも褒められたのよ」

「そうそう、大きくなったら私よりもきっと男らしくなるぞ!」

 と「息子は男だ!」アピールをされる。


 ⦅ でもドレスを着たら、きっとどんなご令嬢よりも綺麗だわ ⦆

 と思ったけれど、さすがに口には出さなかった。







 現在20歳のフェルミン王太子殿下。美人だ。

 イケメンというより美人なのだ。我が国一の美貌と謳われる王妃様にそっくりなのだから当然かもしれない。

 陛下はちょっと強面で目が鋭いワイルド系だ。男らしくてかっこいい! フェルミン様は陛下にはちっとも似ていない。

 フェルミン様は気にしているみたいで、

「ロゼッタは、私が父上に似ている方が良かった?」

 と聞かれたこともある。

 そりゃあそうさ。私にとって陛下は”どストライク”なんですもの。まぁしかし、そんな事を言えるはずもない。

「フェルミン様はフェルミン様ですわ。陛下とは違った魅力がおありですわ」

 と言っておいた。




 フェルミン様には弟君がいらっしゃる。

 第2王子マルティン殿下。私と同い年の18歳。

 マルティン様は陛下にそっくりの鋭い目をしたワイルドな風貌で、フェルミン様とは全く似ていない。とは言っても、つい半年前までのマルティン様は、まだまだ少年らしいほっそりした体型でお顔も少しあどけなさが残っていたのだ。

 それが……18歳になってからのマルティン様は、お会いするたびに男らしく逞しくなられて、少年から青年に変化されている。


「マルティン様は大人になられましたわね。男っぽくなられて、ますます陛下にそっくりですわ」


 つい、言ってしまった私。当のマルティン様は、

「同い年のロゼッタに『大人になった』とか言われると、なんか腹が立つぞ」

 と笑っていらしたが、いっしょにいたフェルミン様は急に不機嫌になって、

「マルティンはまだまだ子供だ! 父上に似てなどいない!」

 と言い捨てて、その場を去ってしまわれた。


 やってしまったー!! 私のバカ!!

 その場に残されたのは、私とマルティン様とマルティン様の婚約者ジュリア様の3人。

「やっちゃった……フェルミン様の地雷を踏んでしまったわ」

 私ががっくり肩を落として呟くと、ジュリア様が、

「ロゼッタ様、気を落さないでくださいませ」

 と気遣ってくれる。マルティン様は、

「兄上が気にし過ぎなんだよ。だいたいロゼッタが父上の側妃になりたいって言ったのは5歳の時の話だろ。それなのにいまだに『ロゼッタは本当は父上のような容姿の男が好きなんだ。なんでお前だけ父上に似てるんだ!』って俺に絡んでくるんだぜ」

 と、おっしゃった。


「そんなに昔のことを気になさるなんて、フェルミン様は本当にロゼッタ様のことがお好きなのですわね」

 ジュリア様が頬を染めながら言う。

「もともと兄上が『絶対にロゼッタがいい!』って言って決まった婚約だからなー。兄上は子供の頃からロゼッタが大好きなんだよ」

「まぁ羨ましいですわ!」

「ジュリア、俺だってずっとお前が好きだぞ」

「マルティン様、私もマルティン様をお慕いしておりますわ」

「ジュリア……」

「マルティン様……」

 マルティン様がジュリア様の手を握って、見つめ合うお二人……


 ちょっとちょっと! 私の存在を忘れないでくださいませ! このバカップルめ!


 私だって、ちゃんとフェルミン様のことが好きなのだ。

 そりゃあ本当は、眼光鋭く男っぽい陛下やマルティン様のような容姿がタイプだけど、でもたとえ好きなタイプはそうであっても、7歳の時からずっと私の為に頑張って努力するフェルミン様を見ていれば、絆されるのは当然でしょ。

 5歳の私があんな事を言ってしまった後、フェルミン様は「男らしくなりたい!」と常に努力され、剣の腕前は騎士団でも通用すると言われるまでに、乗馬の技術は騎馬隊に入れるほどと言われるまでになられた。

「父上に負けない賢王になりたい」と学問にも一生懸命取り組まれ、「ロゼッタをかっこ良くリードしたい」とダンスも熱心にレッスンを受けられて……

 そこまでされたら好きになりますわよね。


 むしろフェルミン様がどうしてそこまで私のことを想ってくださるのか謎だ。私は美人とまでは言い難く、そこそこ可愛いかな~? くらいの見た目だし、特に優しいとか思いやりがあるわけでもない。公爵家の娘だから家格としては王家に嫁ぐのに問題はないけれど、逆に言えばそれくらいだ。

 ただ上位貴族の娘ということ以外、特別取り柄のない女だと思う。

 それなのに、子供の頃からずっと、フェルミン様は真っ直ぐに私を想ってくださる。不思議だ……






 今日は、うちの屋敷でジュリア様と二人でお茶会をしている。

「あれからフェルミン様とは仲直りされましたの?」

 ジュリア様に問われて、私は力なく首を横に振った。


「お手紙を出したのですけれど、お返事もありませんの」

「まぁ……」

「はぁ……失言でしたわ……私がマルティン様に想いを寄せていると思われたのかも……」

「『男っぽくなられた』『ますます陛下にそっくり』と、おっしゃっただけではございませんか。それだけでそんな……理不尽ですわ」

「『それだけ』のことが、フェルミン様にとっては地雷なのですわ」


「でもロゼッタ様はフェルミン様のことを愛していらっしゃるのでしょう?」

「ええ、もちろん。ちゃんと言葉にしてフェルミン様にお伝えしているのですけれどね」

「信じていらっしゃらないのかしら?」

「でしょうね。このまま私とフェルミン様が結婚するのは決定事項。だから私が諦めてそう言ってると思ってらっしゃるみたいですわ」

「そんな……」

「全て5歳の私のせいですわ。あの時のことがフェルミン様のトラウマになってしまったのでしょう。大人にとっては笑い話でも、7歳のフェルミン様にとっては傷になってしまったのですわ」

「でも、もう13年も前の話でございましょう? そんなに気になるでしょうか?」


「今もフェルミン様に『男らしい』『逞しい』なんて言う方はいらっしゃらないでしょう? 皆さん『美しい』『お綺麗です』『王妃様譲りの美貌ですね』っていう褒め言葉ばかりおっしゃるから、いつまで経ってもフェルミン様の杞憂が消えないのかもしれませんわね」

「まあ実際お綺麗ですものね。我が国一の美貌をお持ちの王妃様にそっくりなのですもの。私なんて女性なのに、フェルミン様の美しさの足元にも及びませんわ」

「ジュリア様がそうおっしゃるなら、ジュリア様より全然地味な私はどうなりますの?」


「ロゼッタ様は色っぽくて、夜会でも殿方の視線を独り占めではございませんか!」

「はぁ?」

「もしかして、お気付きではございませんの?」

「何を?」

「はぁ~……自覚なさった方がよろしいですわ。ロゼッタ様は女らしいというか色っぽいというか、とにかく色気ダダ洩れフェロモン大放流で殿方達をそりゃあもう惹きつけまくっておられるのですよ」

「また~。ジュリア様ったら冗談はやめてくださいな」

「……はぁ……本当に無自覚なのですわね。いつも夜会の時はフェルミン様はピリピリしてロゼッタ様を見守ってらっしゃいますわ。マルティン様も、及ばずながら私も、他の殿方がロゼッタ様に近付かないよう警戒しておりますのよ」

「嘘……ですわよね?」

「本当でございます!」







 しばらくして、王宮で夜会が開かれた。

 フェルミン様は私をエスコートしてはくださったけれど、ほとんど言葉を交わしてくださらないし、ろくに目も合わせてくださらない。

「フェルミン様。先日は申し訳ございませんでした。でも私がお慕いしていますのはフェルミン様だけでございます」

「……別に無理しなくてもいい」

「そんな……本心でございます」

 フェルミン様は、顔をそむけてしまわれた。

 はぁ……疲れますわ~。


 フェルミン様はファーストダンスを私と踊り終えると、プイッと立ち去ってしまった。こんなことは初めてだ。

 ふと気付くと、フェルミン様は美人で名高い侯爵令嬢と踊っていらした。私への当てつけのおつもりでしょうか?

 

 悲しくなって俯いていたら、知り合いの令息が、

「踊っていただけますか?」

 と誘ってくれた。王太子殿下の婚約者が壁の花じゃ格好がつきませんものね。きっと見かねて誘ってくださったのだわ。

「はい。ありがとうございます」

 彼の手を取って踊り始めた。

「フェルミン殿下とケンカでもしたの? 殿下はいつも貴女にベッタリで離れないのに」

「ケンカではないのですが……私が余計な事を言ってしまったのですわ」

「おやおや、殿下は心が狭いね。俺なら、こんなに魅力的な婚約者の言うことなら何だって許せちゃうな」

「そ、そんな魅力的だなんて……」

 フェルミン様以外の殿方に口説かれた経験のない私は、舞い上がってしまった。

 

 彼は私の腰を抱く手に力を込めて、より身体を密着させて耳元で囁いた。

「心の狭い男との結婚生活は息が詰まるよ。愛人を作りたくなったら、ぜひ俺に声をかけてね」

 ひょ~! 今、この人すごい事言ったわ!? 愛人って言った!? 愛人志願ですか?! 恋愛小説のタイトルみたい! 「愛人志願~王太子妃の秘密~」っていうタイトルどうよ! 売れそう!

 にやにやしているうちに曲が終わると、すぐに別の殿方に手を取られた。

「ロゼッタ様、一曲お願い申し上げます」

「はい」

 

 いつもフェルミン様とばかり踊っていたから新鮮だ。

 驚いたことにこの殿方も愛人志願者だった。もしかして、貴族令息の間で王族や上位貴族の女性の愛人になるのが流行りなのかしら? そんな小説か演劇があって、密かにブームになっているのかもしれませんわね。

 また別の殿方と踊りながら、ふと視線を感じた方向を見ると、フェルミン様がこれまた美しいと評判の伯爵令嬢と踊っていらした。私と目が合うと、フェルミン様はパッと逸らしてしまわれた。

 フェルミン様も、やっぱり殿方なのだわ。美人令嬢と踊るのはさぞかし楽しいことでしょう。侯爵令嬢にも伯爵令嬢にも、私が勝てるのは家格だけ……か。

 涙が出そう……


「大丈夫ですか?」

 私と踊っている令息が、心配そうに声をかけてくれる。

「はい……」

 私は涙を見られたくなくて、令息の胸に顔を埋めた。彼はギュッと抱きしめてくれた。

 と思ったら、いきなり後ろから身体を引っ張られ、令息の胸から引き剝がされた。

 えっ!? 何?!


「貴様! 私のロゼッタに何をしている!?」

 フェルミン様!?

「ロゼッタ! 来い!」

 フェルミン様は有無を言わさず私の手を引っ張り、テラスまで連れて行った。


「他の男の胸に抱かれるとか! あり得ない! 何を考えてる!?」

「申し訳ありません……」

 私がそう言って俯くと、フェルミン様は私を思い切り抱きしめた。

「誰にも渡さない! ロゼッタが私を好きでも嫌いでも構わない! 私はロゼッタが好きだ! 絶対に離さないからな!」

「私はフェルミン様を愛していますわ」

「でもロゼッタは父上やマルティンみたいな男がいいんだろ? 私はどうせ女顔で『綺麗』『美しい』『美貌の王太子』としか言われない情けない男だ。わかってる」

 いやいや、何か聞きようによってはすごく嫌味ですわよ、フェルミン様!


「フェルミン様は7歳の時から私の為に精一杯努力をしてくださいました。こんなに男らしい愛情表現がございましょうか? フェルミン様がどんなに頑張っていらっしゃるか、私はわかっているつもりです。フェルミン様は誰よりも男らしい殿方ですわ」

「ロゼッタ……」

「私はフェルミン様を愛していますわ」

「……信じていいのか?」

「信じてくださいませ」

「ロゼッタ……愛してる……」

 フェルミン様は、初めて私に口付けをしてくださった。






 夜会からしばらく経って――


 今日は王宮でジュリア様と一緒に教育を受けた後、中庭のテーブルで二人でおしゃべりをしている。

 フェルミン様とマルティン様は執務が済んだらいらっしゃる約束だ。

 ジュリア様が意味ありげに笑いながら、

「フェルミン様と仲直り出来て良かったですわね」

 と、おっしゃる。

「ええ、ありがとうございます」

「うふふ。フェルミン様、焦ってらしたわ~」

「えっ? 何をです?」


「夜会の時、フェルミン様はご自分がロゼッタ様から離れても、いつものようにマルティン様と私が他の殿方をロゼッタ様に近付けないって思っていらしたんです。でもマルティン様と私はわざと知らん顔してたんですの。そしたら案の定、次々と殿方がロゼッタ様を誘って――あの時のフェルミン様の焦ったお顔といったら!」

「まあ、そうだったのですか?」

「マルティン様が『兄上がいつまでも拗ねてるから少し懲らしめてやろう!』っておっしゃったのです。でもフェルミン様があんな風に泣きそうな表情をされるとは思いませんでしたわ」

「私は、フェルミン様はてっきり美人令嬢と楽しく踊っていらっしゃるのだと思っていましたわ」

「フェルミン様は、どんなご令嬢よりロゼッタ様がお好きなのですよ。うふふふふ」

 恥ずかしい……ジュリア様ったら私より一つ年下なのに、完全におもしろがってますわね!



 しばらくすると、フェルミン様とマルティン様が連れ立って中庭にいらした。お二人がテーブルに着かれて、四人でいろいろお話しているうちに、私は夜会の時の事を思い出した。


「ねぇ、ジュリア様。最近、貴族令息が王族や上位貴族夫人の愛人になるっていう恋愛小説か演劇か、何かそういったものが流行ってるらしいのですけれど、ご存知かしら?」

「えっー? それはまたすごいストーリーですわね。でも私は存じませんわ」


「ロゼッタ、その話はどこで聞いたんだ?」

 マルティン様が訝しげに問われた。

「先日の夜会で踊った4人のご令息が、4人とも愛人志願をされたものですから、きっとそういうお話が流行っているのだと思いまして――」

 ジュリア様が怪訝な顔をして呟いた。

「愛人志願?」

 私はちょっと得意気に言った。

「私の愛人になりたいのですって!」

 


 ――――場の空気が固まった――――



 んん? あれ? 私、また地雷を踏んだのかしら?


 マルティン様が顔を引き攣らせながら、

「ジュリア、東庭の薔薇園の薔薇が見頃だぞ。俺と二人で見に行こう!」

 とジュリア様を誘われた。

「ええ、ぜひそういたしましょう。フェルミン様、ロゼッタ様、それではマルティン様と私は失礼させていただきますね。おほほほ」


 逃げた? お二人して逃げましたわね? 私を見捨てる気ですの?





「ロゼッタ。夜会の時のその『愛人志願』の話を詳しく聞かせてくれないか?」

 笑顔でフェルミン様がおっしゃる。

 でも、目が笑っていませんわ。




 誰か、助けてくださいませー!!












 終わり

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