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光芒の降臨者  作者: 神月裕二
承前
1/2


 石板の間を辞して自分の部屋に戻った(セイ)の冷たい相貌には、自嘲じみた笑みが薄く浮かんでいた。

 茶番だな、と思う。

 どうやら、知らなかったのは自分だけらしい。

 知らぬ間に、俺は、道化役を演じさせられていたのか。

 一生、自分についていくと誓った女にも裏切られ――

 くそっ!

 星は、拳を固めて壁を殴りつけていた。

 そうすることで、少しだけ気が晴れた。

 星に下された命令は、北海道に行くことであった。

 現在(いま)、日本上空には怨念の異形神によって吸い寄せられている凄まじいまでの暗黒の波動が渦を巻き、全国各地にさまざまな被害をもたらしている。

 秘密結社〝美槌〟は、八天部と呼ばれる少年たちを妖気渦動レベルの高い四地点に派遣し、事態の悪化阻止を企てた。

 しかし、悪想念流は予想を遙かに上回るエネルギーで日本を席巻したため、八天部の持つ能力では到底、これに対応し、事態の収拾を図ることは不可能になった。

 そして、ついに妖気が会津盆地で爆発した。

 人々の怨念のエネルギーを吸収して成長する妖魔〝ロゲス〟――怨念の異形神が、魔界貴族第五位の魔人ファレスの手によって復活を開始したのである。

 これを阻止し、不浄の地〝会津〟を浄化するために、秘密結社〝美槌〟は四天王を派遣した。

 ほぼ同時刻、怨念の異形神の完全復活の近きを感じ取ったのか、地上を覆う妖気の動きが以前よりも活性化し、他の三地点の妖気レベルが瞬時に危険領域(レッド・ゾーン)にまで跳ね上がったのである。

 それが、崩壊の始まりであった。

 日本各地を、ほとんど間をおかず地震が襲うようになり、わずか一時間で身体に感じる地震が四〇回を超える地域まで出てきた。

 しかし、逆に全く何の変化も起きていない地域もまた存在していたのである。

 妖気のレベルだけが依然として上昇を続けながら、地震も起こらず、また妖魔の一匹も出現するということもない。このことは、現状にあってはかなり異常な現象ではないのか。

 九州では阿蘇山が噴火し、ドロドロと煮えたぎったマグマを、今もなお吐き続けている。大地は灼熱と炎に覆われ、人々は地上に現出した灼熱地獄の中で、逃れる術もなくのたうち回り、炎に包まれて死んでいく。

 すでに、数百万人もの人死が出ていた。そして、今もその数値は増加を続けている。

 また、桜島を初めとする九州火山帯の山々が、すでに火山性微動を開始したという報告も入っている。

 これ以上の人死を増やしてはならない。そのために、荘と恵は九州へ飛んだのである。

 その頃には、日本全国で頻繁に起こるようになった地震のために、地割れや崖崩れ、土砂崩れ、川の結界、洪水など、およそ考え得る限り全ての災害に見舞われて、これもまた無数の人死が出ていた。にもかかわらず、北海道だけが何も起こらない。

 その原因を確かめるために、星は北海道に行くのだ。

 星は出発の準備をしながら、ふと思った。

 このまま〝美槌〟にいて、果たして自分の野望を達成することが出来るだろうか。

 恐らく、こういう状況にでもならなければ考えもしなかった疑問であろう。

〝美槌〟は世界的に見ても、トップレベルの超能力者集団である。

 しかし、この事実は裏側の人間しか知らない。

 普通の生活をしている人間たちの言う超能力など、星たちにとっては小手先のトリックでしかない。そんな表舞台に、もし自分たちが上がったら、世界はどうなるのか。

 この世界が、力の強い者の手によって支配されるべきものであるのなら、真の支配者とは自分たちではないのか、と星は考えるのだ。

 その野望を果たすためには、魔空神王サタンの存在は不可欠な要素であった。すなわち、復活した大魔王を斃し、〝美槌〟が世界を支配するのだ!

 だがそれも、今の立場のままでは不可能に近い。協力者がいれば心強いし、何とかなるだろう。しかし、たった一人で何が出来る?

 老人といえども、八導師たちの能力は侮ることは出来ない。彼らと相対するのに、一人ではなかなか辛いものがある。

 かといって、このまま道化役を演じるのは自分の本意ではない。ならば、今、この〝美槌〟から抜けるべきではないか。

 そういう考えである。

 妖がかつて言っていた。

 八導師の能力は、以前に比べてかなり弱体化してきている、と。

 それが真実かどうかはともかく、人間いつかは死ぬものだ。八導師といえども人間である以上、やがて死は必ず訪れる。そして〝美槌〟の弱体ぶりを外から見守り、機を見てかすめ取る。

 少々時間はかかるが、最も確実な()だ。

 このまま〝美槌〟に残ることは、星にとっては得策ではない。

 今後、〝美槌〟八導師と悪魔との直接対決がないとは、もはや言い切れない。そのとき、その対決に巻き込まれるという事態だけは避けなければならなかった。

 八導師の能力は侮れないと言っても、それは人間レベルの話である。相手が人間以上の存在であった場合は、自ずと話は変わってくる。

 恐らく〝美槌〟は、復活した悪魔の力の前に脆くも崩壊するであろう。自分は、その後で世界を手に入れる。そのための訣別である。

 そう考える星の精神で、何かが狂い始めていた。自分が矛盾した考えを持ち、正常な判断が出来ていないことに気づいていない。

 そのとき、星はふとあることに気づいた。

「――そうか。そのためには、完全に姿をくらまさねばならんのか」

 人間は、たとえ誰であろうとも微弱ながらオーラとも呼ばれる生体エネルギーを放っている。

〝美槌〟に参入した瞬間から、〝美槌〟の生体反応探知システムが作動を始め、たとえ何処にいようとも常にその当人の放つ生体エネルギーを追尾し、そのものの状態、位置などを精確に把握するのである。

 当人の生体エネルギーを数値化したキルリアン値をインプットしているため、決して他人と混乱することはない。また、この束縛から逃れられるのは、死亡したときと異次元空間に隔離されたときだけなのである。

「――なら、一度、死んでみるか」

 星は不敵に呟き、唇を邪悪に歪めた。

 ともかく、星の意思は決定された。

〝美槌〟との訣別。

 それが、野望の成就につながると信じ、彼は適当に荷物をカバンに詰め、霊道を開けた。

 もう、ここに戻ってくることはあるまい。

 次に人間の前に姿を現すのは、支配者としてだ。

〝美槌〟よ、我が後を追うのなら、死を覚悟して追ってくるがいい!

 もとより考え方の視野の狭い星は、今、野望の成就にのみ意識を集中していたので、周りが見えなくなりつつあった。そして、自分の野望を邪魔するものを全て排斥する気でいたのだった。

 ともかく、運命の扉は開けられた。

 星は、その扉の向こう側に意気揚々と歩み出していった。しかし、星が、その向こう側――石狩に辿り着くことは永遠になかったのである。

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