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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第1章 ― 新人育成編 ―
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反省会

 暗殺者ギルドの会議室の一室。


「師匠、すみませんでした……」


 モモはテーブルに額をこすり付けていた。


「顔を上げろ」

「でも」

「いいから上げろ」

「……はい」


 モモは言われた通りに顔を上げるが、対面に座っているクロネコと目を合わせることができない。


 クロネコのフォローのおかげで依頼は達成した。

 しかし暗殺という観点からいえば失敗だ。

 モモは、子供を殺すことができなかったのだ。


「まず俺は怒っていないから、そこは気にしなくていい」

「え……」


 モモはびくびくしながら、クロネコの表情を窺う。

 いつも通りだ。

 彼は大体いつも無表情なのでわかりにくいが、確かに怒っているようには見えない。


 事実、クロネコは怒っていない。

 感情で物事は解決しないというのが彼の持論だからだ。

 必要なのは論理的な思考であり、怒りではない。


「反省は必要だが、ただの後悔は時間の無駄だ。順番に解決していく」

「はい」


 モモは姿勢を正した。


 クロネコは自分の失態を責めることなく、あくまで理屈で解決しようとしてくれている。

 これも訓練の一環なのだ。

 ならばモモがすべきことは、素直に聞き入れて理解することだ。


 そしてこれはクロネコの優しさだと、モモは思った。

 この最強の暗殺者は、未熟な自分にすら優しさを向けてくれる人なのだと思い、モモは深い感謝の念を覚えた。


「まず、モモは何を失敗した?」

「子供を殺せませんでした」


 クロネコは頷く。


「大人は殺せた。その手際は問題なかった。よくやった」

「あ、ありがとうございます」


 ここは反省の場だが、それでもクロネコに褒めてもらえてモモは嬉しくなった。

 飴と鞭の意味もあるのだろうが、やはりクロネコはいい師匠だと改めて思った。


「では考えるべきは、なぜ大人は殺せて子供は殺せなかったのかということだ」

「はい」

「心当たりはあるか?」

「ええと……」


 実のところ、ある。

 良心の呵責はもちろんだが、もっと大きな理由だ。


「……実は私、孤児院の出身で」

「ああ」


 クロネコはモモの教育係を引き受けるにあたり、彼女のプロフィールには一通り目を通した。

 だからそれは知っている。

 確かモモは、その孤児院に仕送りもしているはずだ。


 しかし知っているのはあくまで概要だけだ。

 生い立ちの詳細はモモの口から語らせるしかない。


「その、孤児院なので、私も含めて周りは子供ばかりで……」

「ああ」

「だからその、周りはみんな仲間というか、兄弟というか、そんな感じで」


 モモはぽつぽつと語る。

 クロネコは余計な口は挟まない。

 今は語らせる時間だ。


「運動神経のよかった私は、何ていうか……いじめっ子とか悪い大人にも、率先して立ち向かったんです」

「ああ」

「私もですけど、みんな孤児だし……。私がみんなを、守らなくちゃって」

「ああ」

「だから……。その、上手く言えないんですけど、子供っていうのは守らないといけなくて……」


 モモは何かを訴えるように、クロネコを見上げている。

 自分の思いを上手く説明できないのだろう。


 だがクロネコには概ね理解できた。


 つまりモモにとって子供とは、無条件で守るべき存在なのだ。


 幼い頃から周囲が子供ばかりの環境で育ち、何をするにも子供と一緒だった彼女にとって、子供とは常に味方の側に位置する存在。

 時には協力し、時には守り、手を取り合うのが当たり前。

 彼女の中に、それ以外の選択肢などない。


 子供という存在を害するなどもってのほかであり、まして殺めるなど考えたこともない。


 孤児院という環境で、長きにわたり刷り込まれた価値観が、モモの人格に強固に根付いているのだ。


「あの、師匠」

「もういい。大体わかった」

「そ、そうですか」


 モモはほっと息をついた。

 元々、理路整然と物事を説明するのは得意ではない。

 暗殺者ギルドに引き取られてからは、論理的な思考をするための教育を受けたが、それまではどちらかというと感情に基づいて行動することが多かったのだ。


「ふむ……」


 クロネコは腕を組んだ。

 思案する。


 モモのせいではないが、育った環境によって強固に刷り込まれた価値観というのは矯正が難しい。

 できなくはないが時間と手間がかかる。

 仕事に支障のない価値観であれば放置するところだが、彼女の場合はそうではない。


 そこでクロネコは、一つ提案することにした。


「モモ」

「はい」

「暗殺者ではなく、情報員に転向する気はないか?」

「えっ」


 モモはショックを受けた。

 言葉の意味をそのまま捉えれば、暗殺者の適性がないと言われたも同然だからだ。


「知っての通り暗殺の対象は大半が大人だが、場合によっては子供を手にかける必要も出てくる」

「はい」

「その点、情報員であれば人を殺す必要はない。稼ぎは落ちるが、定期的に支給される分、安定しているとも言える」

「はい」


 クロネコはゆっくり噛み砕くように言い含めていく。


「モモは身体能力でいえば適性があると思っているが、内面まで鑑みるとそうとは言えない」

「はい……」

「そして現時点では、情報員としての適性もわからん」

「はい」

「だからこれはあくまで提案であり、最終的に選択するのはお前だ」

「……」


 モモは俯いた。


 クロネコの提案は合理的だ。

 情報員に転向したほうが、モモとしても楽だろう。

 しかし。


 モモは顔を上げた。


「あの、私、お金が必要なんです」

「なぜだ?」

「私、お世話になった孤児院に仕送りをしてて……」

「ああ」


 モモは小さく唇を噛んだ。


「でも、その孤児院は運営が苦しくて」


 そうだろうとクロネコは思った。


 今キャルステン王国は好景気だが、その恩恵が全ての者に行き渡っているわけではない。

 特に孤児院は商売をして利益を得ているわけではないので、景気の良し悪しに関係なくいつでも運営は苦しい。


「だから、もっとお金を稼がないといけないんです。その、孤児院の運営を立て直せるくらいに」


 モモは拳をぎゅっと握り締め、必死に訴えてくる。


「なるほど。だから一流の暗殺者になりたいわけか」

「はい」

「情報員になって稼ぎが落ちるのは、厳しいというわけか」

「はい」


 確かに腕のいい暗殺者なら、そのあたりの商人よりよほど大金を稼ぐことができる。

 情報員は収入こそ安定しているが、現場で命の危険に晒されない分、暗殺者と比べると稼ぎが落ちる。


 そして金のためという動機は、クロネコにとっては最も理解できるものだ。

 他ならぬクロネコ自身が、金という明確な目的のために暗殺に手を染めているのだ。


「わかった。ならばお前はこれからも暗殺者だ」

「はい!」

「だが」


 クロネコは目を細める。

 モモは身を竦めた。


「このまま子供を殺せないようでは、いずれにしても遠からず行き詰る」

「……はい」

「俺もフォローはする。だが決定したのはお前なのだから、最終的にはお前自身でどうにかしなければならん」

「はい」


 モモも理解している。

 そして問題点を理解しているのなら、解決策を見つけ出さねばならない。


「師匠」

「何だ」

「私、がんばります」

「具体的には?」

「……こ、これから速やかに考えます」


 口ごもるモモを見て、クロネコはため息をついた。


 そして教育手当の割増を、ハゲのマスターに申請することを決意した。

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