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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第1章 ― 新人育成編 ―
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実地準備

 クロネコとモモは、キャルステンブルグを離れて山道の下見に来ていた。

 さほど高い山ではないので、町と町の行き来にもよく使われている。


 モモはまるで探検家のような出で立ちだ。

 ショートパンツで動きやすい格好をしている。


「師匠! 山道とは言っても、地図で見た印象よりずっとしっかりしてますね」

「馬車が通行するくらいだからな」


 山道なので当然、道の片側は登り斜面で、もう片側は下り斜面だ。

 どちらの斜面にもふんだんに木々が生い茂っている。

 人の足と馬車でならされている山道部分を除けば、確かに山そのものといえるだろう。


「師匠。何だかピクニックみたいで楽しいですね!」

「そうだな」


 クロネコは別に楽しくはない。


「師匠。当日の待機地点は上のほうだと思うので、ちょっと登ってみましょう!」

「そうだな」


 とはいえモモが楽しそうにしている分には、まあいいかと思っていた。


「よいしょ、よいしょ」


 モモは木々に手足をかけて、器用に斜面を登っていく。

 小柄な体格も相まって身軽な動きだ。


 クロネコもそれに続いて登っていく。

 身軽というより、しなやかといった動きだ。


 登る。

 登る。


 上を見ているから当然なのだが、クロネコの視界にはモモの太ももが目に入る。

 ショートパンツからすらりと伸びる足は、細くとも程よい筋肉がついている。


 クロネコは思案しながら、その足をしばらく凝視する。


「あ」


 それに気づいたモモが、顔を赤らめる。


「どうした」

「い、いえ……」


 モモは身体をもじもじさせる。


「あんまり、太ももばっかり見られると、その……」


 暗殺者といえど年頃の娘であるモモとしては、羞恥心が先行するのだろう。

 恥ずかしそうに太ももを擦り合わせている。


「し、師匠もやっぱり、そういうことに興味が……」

「お前は何を言っているんだ」

「え?」


 いちいち説明するのも面倒だが、誤解を放置しておくと更に面倒なことになりそうな気がする。


「お前の筋肉のつき方を見ていた」

「筋肉のつき方……ですか?」


 モモがきょとんとする。


「どちらかというと、長距離走に適した筋肉のつき方をしている。お前、わりと走り込んでいるな」

「あ、はい。体力はつけておかなくちゃって思って」


 いいことだ。

 暗殺者に限った話ではなく、あらゆる職業において体力とは財産だ。

 しかし。


「言い方を変えれば、瞬発力を生み出すような筋肉のつき方をしていない」


 暗殺に必要なのは長距離走ではなく、どちらかというと瞬間的な速度だ。

 イメージでいえば一息で獲物の喉笛に食らいつくような、肉食獣の瞬発力だ。


「えっと……。走り込み、ダメですか?」


 恐る恐る伺うモモに、クロネコは首を振った。


「体力は必要だから、それはいい。走り込みと並行して、瞬発力も鍛えたほうがいいという話だ」

「わかりましたっ」


 モモは素直に頷く。

 今夜から自主練に反復横跳びも加えようと決心した。


「あっ、師匠。この木の上なんてどうですか?」


 モモが頑丈そうな木の幹に腰を下ろす。

 クロネコも隣に並ぶ。


「ここなら下のほうも見晴らしがいいです。馬車が通ったら絶対に見逃しませんし、狙撃だってできるかも」

「クロスボウか?」

「はい!」


 モモはそこはかとなく自信がありそうな顔つきをしている。

 もしかすると見習い時代に、狙撃の成績がよかったのかもしれない。


「俺の見立てでは、仮に俺が狙撃をしても、暗殺は失敗する公算が高い」

「ええっ?」


 モモはまさか師匠が……という表情をしている。


「止まっている的に10割近い命中率を叩き出せるベテランであっても、動く標的相手では5割を切る」

「えっ、そうなんですか」

「そうなんだ。ましてお前では、1割に満たないだろう」

「そ、そうですか……」


 モモはしゅんとしている。


「クロスボウはいい武器だが、狙撃は基本的に、静止している対象を狙う手段として割り切ったほうがいい」

「じゃあやっぱり、ここから馬車の上に飛び降りて急襲ですか?」

「ふむ……」


 クロネコは今一度、眼下の山道を見下ろす。

 口で説明するより、実際に確認させたほうが早いだろう。


「モモ。いったん下りて、山道からこっちを見上げてみろ」

「? わかりました」


 反論することなく、素直に斜面を下りていくモモ。

 山道まで下りると、そこから頭上を仰ぐようにする。


「あっ」


 モモも気づいたようだ。


「ししょぉー! 下から、ししょーのいるところ、丸見えですぅー!」

「叫ばんでも聞こえる」

「そっか、そっかぁ」


 モモはしきりに納得している。

 いくら上から見晴らしがよくても、下からも丸見えでは潜伏場所として意味がない。

 こうした勘所は、地図とにらめっこをしているだけではわからないのだ。


「モモ。わかったらもう一度上がってこい」

「はいっ」

「上から見えやすく、下から発見されにくい場所を、自分の力で探すんだ」

「わかりました!」


 すごいです師匠。

 ぐうの音も出ないくらい理解できました。


 師匠の教え方は理路整然としていて、すんなり頭に入ってきます。

 それに実地でも教えてくれるので、ものすごくわかりやすいです。

 自分が理解できていることが、理解できるんです。


 モモのクロネコに対する尊敬の眼差しは、日に日に強くなっていった。




◆ ◆ ◆




 そして、水曜日が来た。

 暗殺決行の当日だ。


 クロネコとモモは、木の上に待機していた。

 二股に分かれた太い木であり、上から見下ろしやすく、下から見つかりにくい場所だ。


「モモ、おさらいだ。馬車が見えたらどうする?」

「はいっ。1台目は護衛が乗っている馬車なので、やり過ごします」

「うむ」

「2台目の馬車の屋根に、静かに飛び降ります」

「うむ」

「静かに扉を開けて中に侵入して、静かに対象を殺して、静かに脱出して逃走します」

「よし」


 モモはそわそわしている。

 先ほどから、指先をもじもじと合わせている。

 やはり緊張しているのだろう。


「モモ」

「はい」

「お前は、俺を信用しているか?」

「えっ、もちろんです! そんなの当たり前です」


 モモは身を乗り出して力説してくる。

 クロネコは、そんなモモの頭に手を乗せた。

 新米暗殺者であるモモのモチベーションの管理は、クロネコの仕事だ。


 頭にクロネコの手の温かさを感じて、モモは薄らと頬を染めた。


「他ならぬその俺が、お前の後ろに控えている。何か心配事があるか?」

「……いえ」


 モモは目を閉じて深呼吸する。

 そして、しばらくして目を開ける。


「心配事は、ないです」


 モモはもうそわそわしていない。

 くりっとした瞳には、クロネコに対する信頼の色が見え隠れしている。


「ならいい。耳を澄ませろ」

「はい。……あっ、車輪の音が聞こえます」

「すぐに見えてくる。行くぞ」

「はいっ」


 暗殺開始だ。

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