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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第1章 ― 新人育成編 ―
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モモの計画立案

 暗殺者ギルドの会議室の一室。

 クロネコとモモがテーブルで向かい合っていた。


「仕事を持ってきた」


 クロネコは数枚の書類をモモの前に滑らせる。

 モモはキョロキョロと、それらの書類に目を走らせる。


「師匠と一緒に実践ですか?」

「そうだが、計画の立案から実行まで、基本はお前一人でやる」

「えっ、私一人でですか!?」


 驚いて顔を上げるモモに、クロネコは半眼で返す。


「これは本物の依頼ではあるが、お前の訓練を兼ねている。お前が主導しないでどうする」

「そ、そうですよね……」


 当たり前の話ではある。

 しかし最初から最後まで一人で、というのはモモにとっては初めての経験のため、やはり不安だった。


「安心しろ。失敗されてはギルドに損害が出るから、俺も必要に応じてフォローはする」

「あっ、よかった……」


 息をつくモモ。

 その新米らしい心情と仕草に、クロネコは逆に気を引き締めねば、と胸中で思った。


「いいか。暗殺というのは基本的に地味な仕事だ」

「はいっ」

「だが失敗すれば自分の命にかかわる他、ギルドも大きな損失を被ることになる。もちろん依頼人からの信用も落ちる」

「はい」

「文字通り、一つの失敗が様々な方面で命取りになる。それを肝に銘じるんだ」

「わかりました!」


 モモは素直に頷く。

 素直さと飲み込みの速さは、彼女の利点だ。

 価値観や倫理観の問題を抜きにすれば、暗殺者としての適正はまずまずあると言ってもいい。


「では始める。暗殺対象の情報は書類に書かれている。それに基づいて、まずは大雑把でいいから計画を立ててみろ」

「はい!」


 モモは見習いのときに習った内容を思い出す。

 暗殺は基本的に、三段階の手順を踏んで実行される。


 三段階とは「接近」、「実行」、「逃走」だ。


 接近は文字通り、暗殺対象に接近する方法だ。

 対象のスケジュールから行動を割り出し、対象への接近に最も適した日時とルートを決定するのだ。


 ある意味、この接近が暗殺の要と言える。

 首尾よく対象に接近できれば、それだけ対象の殺害は容易になるからだ。


 次に実行。

 これはもちろん、対象に接近した後の殺害だ。


 暗殺者にとって殺害は本業に当たるため、接近さえ成れば殺害はさほど難易度は高くない。

 だが現場の状況は常に流動的なので、時には臨機応変な対応が必要となる。


 最後に逃走。

 これも文字通り、対象を殺害した後の逃走だ。


 仮に逃走に失敗して捕縛されれば、暗殺者はギルドの掟に従って自害しなければならない。

 だから逃走の成否は、暗殺者本人の命に関わってくるといえる。

 死にたくなければ、是が非でも逃走に成功しなければならないのだ。


「うん……」


 モモはまず書類を読み込む。

 何にしても情報を頭に叩き込むところからだ。


 対象の名前は「ダイショー・ニン」とある。

 似顔絵も描かれている。

 これが今回の依頼で殺すべき人物だ。


 職業は商人。

 王都からほど近い町で大きな商店を営んでいる。

 また同じ町に、屋敷も構えている。


「ん」


 ふと視線を感じて、モモは上目遣いになった。

 クロネコと目が合う。


「どうした?」

「いっ、いえ……!」


 モモは頬に熱を感じながら、慌てて書類に視線を落とす。


 クロネコはこの暗殺者ギルドの稼ぎ頭だ。

 最強の暗殺者と呼ばれ、この国の暗殺者なら誰もが一目置く存在だ。

 いわばモモにとっては天上人のような存在で、尊敬と憧れの対象なのだ。


 そんなクロネコの下について、一緒に仕事ができる。

 一流の暗殺者を目指すモモにとっては、まるで夢のような環境だ。


 ただ憧れが強すぎて、近くにいるとドキドキしてしまう。

 彼の視線を感じるだけで、頬が赤くなってしまうのを抑えられない。


 ――落ち着こう。


 モモは深呼吸をする。

 感情のコントロールは暗殺者にとって必須の技術の一つだ。


「師匠」

「何だ」

「このダイショー・ニンさんの屋敷の見取り図ですけど」

「ああ」


 モモはテーブルに身を乗り出して、指差し確認を行っていく。


「夜間でも護衛が20人も張り込んでいるんじゃ、侵入は難しくないですか?」

「お前が一人で暗殺を行うという想定だから、難しいな」

「かといって白昼堂々、商店のほうに乗り込むというのも……」

「わざわざ目立ちに行くようなものだな」

「むむ……」


 眉間にしわを寄せてモモは考え込む。


 ちらりとクロネコの表情を窺ってみる。

 いつも通り、落ち着き払っている。

 つまり彼には、もうとっくに計画の算段が立っているのだろう。


「むむむ……」


 暗殺は夜間に行うのが鉄則だ。

 しかしモモの未熟な腕前で、20人からなる護衛を乗り越えて、ダイショー・ニンの元まで辿り着けるのか……。


 モモはクロネコのように、戦闘技術に優れているわけではない。

 いや、モモでなくとも大半の暗殺者は戦闘には秀でていない。

 クロネコが特殊なのだ。


 となれば屈強な護衛と戦闘になる可能性は、限りなくゼロにしなければならない。


「うーん、うーん……」


 頭を抱え始めたモモを見て、クロネコはさもありなんと思った。


 彼女は暗殺計画の立案について、座学でしか習ったことがない。

 圧倒的に経験が不足しているため、先入観に則った考え方しかできないのだろう。


 この場合の先入観とは、暗殺は対象の住まいに侵入して行うというものだ。


 ただの訓練なら失敗から学ばせるところだが、これは本物の依頼だ。

 本当に失敗されては困ったことになる。


 クロネコは助け舟を出すことにした。


「モモ」

「は、はい!」

「ダイショー・ニンの一週間のスケジュールには目を通したか?」

「はい」

「ならば対象の屋敷や商店以外に、暗殺に適した場所はなさそうか?」

「えっ」


 モモはもう一度、書類に視線を落とす。

 ダイショー・ニンの一週間の動きは大体決まっている。


「……」


 彼は毎週水曜日には、商談のため馬車で隣町を訪問することになっている。


「……あっ」


 モモはいそいそと、町周辺の地図を見る。

 隣町まで赴くには、山道を越えていく必要がある。


 そして隣町への商談の際に、ダイショー・ニンは4、5人ほどしか護衛を連れていかないようだ。


「……師匠!」


 モモは目を輝かせた。


「山道でダイショー・ニンさんの馬車を襲撃すれば、屋敷に侵入するよりずっと楽なのでは!?」

「俺もそう思う」


 クロネコの答えを聞いて、モモは拳をぐっと握り締めた。


「でも師匠、地図だけでは襲撃地点を決めるのが難しいです!」

「つまり?」

「実際に現地を見に行って、適した襲撃地点を決定したいです」

「よし」


 クロネコは概ね満足した。

 モモは頭が悪いわけではないので、適切な学習を行えば、思ったより早くモノになるかもしれない。


「モモ。暗殺の期限はどうだ?」

「えっと……。現地の山道を下見して、またキャルステンブルグまで帰ってくる時間はなさそうです」

「うむ」

「襲撃地点を決定したら、そのまま次の水曜日に計画実行しないと間に合わなそうです」

「では、そのつもりで支度をして旅に出るぞ」

「はいっ」


 クロネコとモモは席を立った。

 旅立ちだ。

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