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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
37/41

授与式当日

 朝。

 クロネコの家。


 今日は待ちに待った爵位の授与式だ。

 そういうわけで、クロネコは白と黒を基調とした礼服に袖を通していた。

 もちろん礼服など所持していないのでレンタル品だ。


「……うむ」


 普段着よりは動きにくいが、仕事に赴くわけではないので問題ないだろう。


 それでも彼はプロとして、最低限の備えは怠らない。

 いつものように、服の下に数本のナイフを忍ばせる。


「こんなおめでたい日にも、武器を持っていくの?」


 2階から降りてきたカラスが、呆れたように声をかける。


「日に関係なく、備えを怠る気はない……ほう」


 クロネコが僅かに感嘆の声を漏らす。

 カラスは優雅なドレス姿だった。


 白とベージュを基調としたドレスで、さり気なく紺の刺繍を交え、地味一辺倒な印象にならないよう配慮されている。

 しかし主役はあくまでクロネコなので、目立ちすぎないよう化粧もアクセサリも控え目だ。


「どうかしら?」


 カラスがその場でくるりと回る。

 ドレスの裾がふわりと舞う。


「悪くない。貴族の婦人に見える」

「……あ、ありがと」


 婦人に見えるという感想に、カラスが薄っすらと頬を染める。


 そうなのだ。

 彼女はクロネコに結婚を申し込まれたのだ。


 カラスは別に初心な少女のように純真ではないが、それでも今日まで夢見心地な気分だった。

 有り体に言えば、幸せなのだ。

 彼と結ばれるのは望み薄だと思っていただけに、喜びはひとしおだ。


「それでカラス。結婚の話だが」

「え、ええ」


 内心を見透かされたのかと、カラスはドキッとした。


「今日の授与式では、あくまでヒゲン侯爵にはお前のことを婚約者だと紹介する予定だ」

「そうね」

「だが実際の結婚も早いほうがいいだろう」

「時間を置くと、侯爵にいろいろと言われてしまいそうだものね」

「そういうことだ」


 結婚という単語が出てくるたびに、カラスの胸は高鳴ってしまう。

 意中の人と一緒になれるということが、これほど幸せなことだったとは……。

 彼女はご満悦だった。


 そこに外から車輪音が聞こえた。

 貸馬車が到着したのだ。


「行くぞ」

「ええ……あ、クロネコ。ちょっと待って」

「何だ?」


 カラスはクロネコに近づくと、彼の胸元のタイをきゅっと直す。

 そしてにっこりとした。


「うん、ばっちり」

「ああ」


 なるほど、貴族の婦人とはこういう気遣いをするものかと、クロネコは感心した。


 過去を思い返してみれば、カラスは他者への配慮においてもマナーにおいても、よく教育されている。

 彼女の出自を詮索したことはないが、案外と良いところのお嬢様だったのかもしれない。


 2人は外に出て馬車へと歩く。

 御者が頭を下げて、馬車の扉を開ける。


 クロネコが先に乗る。


「カラス」

「ええ」


 クロネコが差し出した手を、カラスがそっと握る。

 そしてステップに足をかけて、彼女も乗る。


 貴族とその婚約者として、申し分のない所作だ。

 クロネコがきちんと貴族のマナーを勉強していることに、カラスは胸中で嬉しく思った。


「ヒゲン侯爵の屋敷へ」

「へい」


 馬車が動き出す。

 授与式の式場へ。


 車輪が軽快に音を立てる。

 舗装された石畳をガラガラと進んでいく。


 クロネコは今日、貴族になる。




◆ ◆ ◆




 それより遡ること早朝。

 日の出より前から、すでに王城の中庭には1000を超える人員が集結していた。


 いずれも鎧を着込み、槍を携えて腰には剣を下げている。

 物々しい雰囲気だ。


 そこに一人の人物が進み出た。

 宰相だ。


 それを見て騎士や兵士たちが一斉に背筋を正し、向き直る。


「諸君。急な集結にも拘らず感謝する。我らが軍の練度の高さを窺えて、ワシは嬉しく思う」


 直立不動の集団を見据え、宰相は大いに頷く。


 そう。

 キャルステン王国軍の正規兵に加え、主力部隊である騎士団である。


「すでに話は伝わっていると思うが、この王都にとある犯罪組織が根付いていることが最近発覚した」


 何が最近か。

 自分の二枚舌に内心で呆れながらも、高らかに口弁を続ける宰相。


「極悪非道の暗殺者集団である!」


 宰相の言葉に、騎士や兵士たちがざわめく。


「言うまでもなく人殺しであり、犯罪者の巣窟である」


 演説を続ける宰相。


「我らがキャルステン王国の治安、とりわけ国民の平和な生活を守るため、断じて放置しておくわけにはいかん」


 ざわめきが収まっていく。


 騎士や兵士たちは正規軍として高い意識を誇っている。

 王国の平和のためという名目を前にして、士気が上がらないはずはない。

 彼らの表情には、強い決意が表れていた。


「総数でいえば100人にも満たぬ組織だが、全員が暗殺者として訓練されておる。決して油断するでないぞ」


 宰相はそう言いながらも、自分の言葉が杞憂だとわかっていた。

 彼らの練度と士気の高さは、表情を一目見るだけで伝わってくる。


「では騎士団長、後は任せる」

「はっ」

「時間との勝負じゃ。夕方までには片をつけよ」

「お任せください」


 騎士団長が敬礼をして、宰相の元から去っていく。


 彼ら騎士団と兵士の混成軍は、これから暗殺者ギルドの本拠地へと向かう。

 1000を超える大軍をもって速やかに包囲し、殲滅する予定だ。

 本拠地が住宅街と離れた場所に建っているのは幸いだった。


「さて、ヤーセン子爵」

「はっ」


 卑屈な笑みを浮かべながら、痩せた貴族が進み出る。


「ヒゲン侯爵の屋敷については、任せて良いのだな?」

「無論でございます。貴重な魔法使いをお貸しくださったこと、平に感謝いたします」


 ヤーセン子爵の傍らには、無精髭の中年男が控えている。

 ワイルドというよりだらしないといった風貌だ。

 あまりやる気のなさそうな表情をしている。


「宰相殿よう」

「何じゃ、マーボウ」


 マーボウと呼ばれた魔法使いは、無精髭をぼりぼりと掻く。


「相手はたかだか犯罪者一人だろ? で、兵士を100人ほど連れていくんだろ?」

「いかにも」

「なら俺はいらねえだろ?」


 露骨にだるそうな声色だ。

 宰相は内心で嘆息した。


 魔法使いは言わずと知れた最強の駒ではあるが、いずれも個性的な面々が揃っている。

 任務にそれほど忠実ではなかったり、やる気が欠けていたりと様々だ。


「マーボウ。これは陛下のご命令じゃぞ」

「わかってるがよぉ……」


 マーボウは今度は、自分の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。


「伝えていなかったか?」

「あん?」

「これから相手をする暗殺者クロネコは、リンガーダ王国戦の際に魔法使いを単騎で打ち破ったほどの手練れじゃぞ」

「……マジか?」


 マーボウの目が細まる。


「どんな魔法使いだったかは知らんが、事実じゃ」

「ほお……」


 マーボウの表情に真剣味が表れる。

 そして釣り上がる口元。


「いいぜ。俄然、やる気が出てきた」

「断っておくが、可能ならば捕縛するのじゃぞ。法に則って処刑するという手順を踏みたいからな」

「可能ならば?」

「そうじゃ」

「へっ」


 マーボウは獰猛な笑みを浮かべる。


 それを見て宰相は、もう一度嘆息した。

 こいつは殺る気だ。


 彼はいわゆる、戦争特化の魔法使いではない。

 後方から広域殲滅魔法を放り投げるしか能のないタイプではなく、どちらかというと個人戦に秀でている。

 そして個人戦に秀でた者同士の一対一ならば、魔法使いが負ける道理はない。


 まして、100人もの兵士が同伴してヒゲン侯爵の屋敷を包囲するのだ。

 いかな最強の暗殺者といえど、戦って勝てず、逃げ道もないとなれば、命運は決したも同然だ。


「ではヤーセン子爵も行くが良い」

「はっ。マーボウ、くれぐれも私の身を最優先で守るのだぞ」

「俺に指図するんじゃねえよ」

「ひっ、ひい」


 ヤーセン子爵率いる別働隊も出陣した。

 彼に指揮能力はないが、優秀な衛兵隊の隊長が指揮を取るので心配はいるまい。


「後は待つばかりじゃな」


 宰相は踵を返すと、中庭から立ち去った。


 これは戦争ではないし、時間のかかる作戦でもない。

 それでも念を入れて、充分以上の戦力を投入した。


 今日中には朗報が届くことだろう。

 宰相はそれまで、自室で政務を片付けることにした。

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