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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
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貴族の決闘、その歴史と衰退

 クロネコは大通りにある書店を訪れていた。

 ヒゲン侯爵との決闘に臨む前に、ルールや注意点を予習しておく必要があると考えたのだ。


 書物が並ぶ棚を巡り、目当ての物を探していく。


 本というのは決して安くはない。

 一冊一冊が手書きであり、数が流通しないからだ。


 だから王都広しといえど、本を大量に扱っている書店は数えるほどしかない。

 本好きのクロネコとしては、本を簡易に複製するような技術が早く発達すればよいと願っていた。


「……?」


 目当ての本を手に取ったクロネコは、どこからか視線を感じた。

 敵意は感じられないが、明らかにこちらを意識している視線だ。


 少し考えたが、まあいいかと気にしないことにする。

 意識されているだけであれば、街を歩いていても稀にあることだ。


「店主、これを」

「まいどあり」


 結局、『貴族の決闘、その歴史と衰退』という小難しいタイトルの本を購入した。

 決闘について素人のクロネコとしては、ルールさえ理解できればよいわけではない。


 クロネコは感情の抑揚が大きいほうではないが、人間である以上、例外もある。

 今がその例外だ。

 本を買うと気分が乗るのだ。


 クロネコは気分の向くままに、普段は足を止めないようなカフェテリアに入る。

 カップルや女性客が多く、オープンテラスまである小洒落た店だ。


 上から下まで黒いクロネコは、通りすがりの女性客に不審な目を向けられるが、気にすることはない。

 コーヒーをブラックで注文すると、オープンテラスの隅っこのテーブルに陣取った。


「うむ」


 当然だが、自分で入れるコーヒーよりも美味い。

 この店に客が多い理由の一つはこれだろう。


 先程手に入れた本を、クロネコはご満悦の表情で開く。

 最初にページを繰るこの瞬間が、本好きとしてはたまらないのだ。


「うむ」


 内容は予想通り、キャルステン王国における貴族の決闘の歴史が綴られている。


 事前知識として知っていたことだが、やはり決闘は貴族間の揉め事の解決法として用いられていたようだ。

 昔は剣の腕が達者なことが、貴族のステータスの一つだったらしい。


 もちろん剣と行っても、騎士が扱うような長剣ではない。

 貴族の剣といえば、刺突に特化したレイピアだ。


「……」


 当然ながらクロネコは、レイピアに触れた経験などない。

 刺突という意味ではナイフも当てはまるが、リーチも用法も全く異なる。


 ナイフは密着距離で標的の急所を狙うものだが、レイピアはどちらかというと離れた距離で打ち合う武器だ。


 そう。

 貴族の決闘は、急所を一撃すればよいというものではない。

 レイピアで打ち合うのだ。


 別の言い方をすれば、どれほど力量差があろうとも、相手の貴族の面子を潰さないように、ある程度は接戦を演じる必要があるらしい。

 相手の面子を守りながら自分が勝利することで、揉め事を円満に解決しようというのが決闘の趣旨のようだ。


「……」


 大変めんどくさい。

 クロネコはげんなりした表情でコーヒーを啜る。


 ルールは単純だ。

 立会人の立ち会いのもと、正々堂々と戦うだけでよい。

 もちろん貴族らしからぬ卑劣な振る舞いは禁じられている。


 だからやはり問題は、相手の面子を極力潰さないように勝利するという点だ。


 ヒゲン侯爵は決闘の経験が豊富だ。

 そうした面倒な戦い方を熟知しており、レイピアの扱いにも長けていることだろう。


 かたやクロネコが豊富なのは暗殺の経験だ。

 暗殺者の戦い方は、面倒を極限まで省いた奇襲と一撃必殺であり、相手の面子を慮る必要など全くない。


 殺し合いや通常の戦闘であれば、言うまでもなくクロネコに軍配が上がる。

 しかし決闘となれば、果たして有利なのはどちらか……。


「練習しておくべきだろうな……」


 暗殺者ギルドの武器庫を漁っても、さすがにレイピアなどあるまい。

 後で練習用のものを調達してくることにしよう。


「……?」


 そんなことを考えていたクロネコは、また視線を感じた。

 敵意はないが、はっきりと意識されている。


 二度目ともなれば、さすがに放置しておくことはできない。

 視線だけをゆっくりと巡らせて、意識の主を探す。


「……」


 いた。

 探すまでもなかった。


 2つほど向こうのテーブルから、こちらを窺っている若い女。

 ちびちびとジュースか何かを啜っている。


 どこかで見覚えがある女だ。

 というか先日、顔を合わせたばかりだ。


 あれは故ハゲタカの娘だ。

 確かマナという名前だった。


 くりくりとした瞳と跳ね気味のくせっ毛は愛嬌があり、どこかリスを思わせる。

 全体的に愛らしい顔立ちといえるだろう。

 幸いにも容姿は父親ではなく、母親の特徴を受け継いでいるようだ。


 そのマナが、素人じみた挙動でこちらの様子を観察している。


 何故?

 クロネコは理由を考える。


 その一。

 一目惚れをされた。


「ないな」


 その二。

 ハゲタカの訃報と見舞金を運んできたクロネコに、礼をしようとしている。


「可能性は低いな」


 その三。

 疑われている。


「……」


 これだろう。

 マナの目は明らかに疑念の色を醸している。


 確かに、疑われる理由はあるのだ。

 貴族の執事に扮したクロネコは、年齢的に若すぎた。

 振り返っても挙動に不自然な点はなかったように思うが、それでも疑念を持たれた可能性はゼロではない。


 そしてマナを始めとして、家族の誰もハゲタカの死体を確認していない。

 貴族が発行した死亡証明書――もちろん偽物――だけが唯一、彼の死を証明するものだ。


 マナが父親の死に不審を抱き、執事役を演じたクロネコを付け回したとしても不思議ではない。

 尾行の気配は感じなかったので、恐らくマナは今日偶然、町中で彼を発見したのだろう。

 これについては運が悪かったとしかいえない。


「さて、どうしたものか」


 問題は、マナがどの程度の疑念を抱いているかだ。

 父親の死を信じたくないがゆえの根拠のない疑いであれば、放置しておけばよい。

 そのうち忘れるだろう。


 しかし例え勘違い、思い違いだったとしても、何らかの根拠に基づいて行動しているのであれば、放置するとエスカレートしていく可能性がある。

 あまりクロネコに近づきすぎると、双方にとってよい結果にならないだろう。


 何せハゲタカが家族に告げていた身分からして偽りであり、彼が仕えていたとされるムーメイ子爵も実在しない。

 クロネコ自身も執事ではなく、裏の世界の住人だ。


 クロネコは悟られないようにマナを見る。


「……」


 彼女の目に宿るのは、疑念。

 しかしそれほど強い感情ではないようだ。


 今すぐに結論を出すのではなく、ヒゲン侯爵との決闘が終わってから対処しても問題はないだろう。

 それまでに彼女が興味を失っていればよし、そうでなければ具体的にどうするかを考える必要がある。


 そしてできれば、大人しくマナが身を引いてくれることを願った。


 クロネコはハゲタカに義理がある。

 だから、彼の家族が不幸な事故に遭うような結末は望んでいないのだ。

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