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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
26/41

カラスはがんばる予定

「最近のあなたは本当、傷だらけねえ」


 クロネコの手当をしながら、カラスはため息と一緒に思ったことを吐き出す。


 ここは暗殺者ギルドの医務室。

 上半身裸のクロネコに、カラスが消毒したり軟膏を塗ったりしているのだ。


 カラスの指摘通り、クロネコの身体は傷だらけだ。

 肩や腕、胸、胴などにいくつもの裂傷や刺し傷がある。

 深手がないのが奇跡に思えるほどだ。


「ヒツジ先生との戦いは死闘だったからな」


 彼の口から激戦を思わせる単語が出るのは珍しい。

 言葉以上にぎりぎりの一戦だったのだろうと、カラスは表情を曇らせた。


 けれど、たとえかろうじてであっても、彼は勝利した。

 最強と謳われたかつての師を打倒し、生きて戻ってきたのだ。


 カラスにはそれが嬉しかった。


「クロネコ……。生きててよかった」


 カラスは彼の背中に、そっと手を触れる。

 日々鍛えているだけあり、筋肉がついて逞しい。

 それも硬さ一辺倒のものではなく、実用性を兼ねたしなやかな筋肉だ。


「……」


 クロネコは背中にカラスの体温を感じながら、黙っていた。


 彼は別に鈍感な人間ではない。

 彼女が自分に好意を寄せていることは理解している。


 だが、クロネコから行動を起こすつもりはない。

 相手から明確なアクションがあれば、それに対して回答を行うが、そうでなければ関与しないのがクロネコのスタンスだ。

 彼は自分に火の粉が飛んでこない限り、他人が胸中で何を考えていようが大して興味はないのだ。


「むぅ……」


 しかしカラスとしては、そんなクロネコの無関心ぶりがいささか面白くない。

 有象無象の他人と比較して、ほんの少しだけでも、自分に興味を持ってほしいのだ。


「クロネコ……」


 カラスはクロネコの背に、負担にならない程度にもたれかかった。

 形のよい胸を、意図的にそっと押し付ける。


 彼女は自分の容姿が優れていることを自覚しており、それが武器になることもわかっていた。

 情報員としてその武器を利用することもしばしばあるのだ。


「カラス」


 クロネコが振り返る。


「なぁに? クロネコ……」


 2人の顔は、息がかかりそうなほどの距離。


「ああ、その」

「ええ……」


 互いの唇が触れ合いそうなほど、近い。


「カラス」

「クロネコ……」


 唇が――。


「そろそろ包帯を巻いてほしいんだが?」

「…………はい」






「一つ、気になっていたのだけれど」

「何だ?」


 カラスは素直な疑問を口にする。


「ヒツジ先生、ナイフに毒を塗っておけばあなたを殺せたんじゃない?」

「そうだろうな」


 疑問の余地はない。

 ヒツジ先生に毒を使われていれば、クロネコは今頃、地獄の鬼でも暗殺していたことだろう。


「もしかして……。ヒツジ先生は、手加減してくれたのかしら」

「いや、彼女はプロフェッショナルだ。手を抜くことは考えられない」

「だったら」

「ヒツジ先生のポリシーだ。彼女は毒を使わない」

「……どうして?」


 カラスは理解できない。

 使って楽になるのであれば、使わない道理はない。


「毒を使えば、対象を楽に暗殺できる」

「ええ」

「だが楽な道に走れば、暗殺者としての技術が衰える。安易な手法を繰り返せば、いつしか技術を研磨する大切さを忘れてしまうと、ヒツジ先生は言っていた」

「そう……。だからあなたも、毒を使わない?」

「俺は必要に迫られれば使うが、そうだな……。概ね、ヒツジ先生の考えに同感だ」


 いっときの利便性よりも、将来まで残る技術を磨き上げる。

 そういうことだろう。


 カラスは職人気質ではないのでそれを実践しようとは思わないが、考え方としては理解できる。

 そして師の教えは、やはり弟子の血肉となって残るものなのだな、とも。






「さて、これでお終い」

「助かった」


 カラスが包帯を巻き終えると、クロネコは上着を纏う。

 あちこち痛みはあるが、行動に支障はない。


「本当は数日、安静にしていたほうがいいのだけれど」

「そんな時間はない」

「ヒゲン侯爵?」

「ああ」


 カラスには事のあらましを伝えてある。

 首謀者が侯爵クラスであることを聞いたとき、カラスは大いに驚いたものだ。

 貴族に関してはクロネコより詳しい分、侯爵の地位にある人物が動いているという事実を、より重く受け止めたのだ。


「明日にもヒゲン侯爵の屋敷に乗り込みたい。これ以上、先手を取られるのは御免だ」

「どうするの?」


 殺すのか、とカラスは問うている。


「そうだな……」


 確かに殺せば早い。

 最も手早く事態を収拾させ、後顧の憂いを断つ方法はそれだろう。


 しかし、とクロネコは考える。


 彼は別に、何が何でも殺して解決すればよいとは思っていない。

 依頼があれば殺すが、それはあくまで殺しが利益を生むからだ。


 今回の場合は、ヒゲン侯爵を殺したところで彼に利益はない。

 クロネコが狙われているという問題は解決できるが、それはマイナスだったものがゼロに戻るだけの話だ。


「……」


 それよりも、クロネコはまず別の手段を考える。

 ヒゲン侯爵と接触し、何らかの交渉をすることで、利益を出すことはできないか。


 問題を解決したうえで、プラスの何かを得るという都合のよい魔法はないものか。


「……クロネコ。私、調べてくるわ」

「何をだ?」

「伯爵が一人で屋敷……そうね、間違いなく自室にいる時間」

「そいつは助かる」


 大いに助かる。

 カラスなら一日あれば調べがつくだろう。


 ヒツジ先生の脅威が去った以上、情報員のカラスに動いてもらわない手はない。


 そして、実はカラスとしても思惑があった。


 この一連の騒動は、クロネコに貸しを作るチャンスだ。

 すでにいくばくかは力を貸しているが、ここで最後のひと押しをしておきたい。


 クロネコは優秀な人材が好きだ。

 だから自分は役に立つ人材だとアピールすることも目的だが、もちろんそれだけではない。


 彼に充分な貸しを作ることで、例えば昼食を奢ってもらうだけでは済まさずに、丸一日のデートにまでこぎつけるのだ。


 リンガーダ王国での依頼でもデートはしたが、あれは依頼の最中ということもあり、また準備不足や不運も重なり、成功したとは言い難い。


 今度こそクロネコに自分を意識してもらう。

 今度こそカラスはがんばるのだ。


 そんな彼女の胸中など知らず、クロネコは考えをまとめていた。

 やはり交渉から入るべきだ。


 要するにヒゲン侯爵は、犯罪者が貴族の仲間入りをするのが気に入らないのだ。

 その一点をどうにかすれば、充分に話し合いは成立すると踏んでいる。


 もちろん、交渉が決裂した場合はヒゲン侯爵にとって不幸なことになる。


 だがそれは、クロネコにとっても他人事ではない。

 侯爵の屋敷に侵入する際には、覚悟を決めておく必要があるだろう。


 侯爵クラスの上級貴族を殺すということは、下手をすればキャルステン王国を敵に回すということなのだ。

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