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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
22/41

説明責任を果たすということ

 自宅で武器箱を回収したクロネコは、暗殺者ギルドへ戻ってきていた。


 武器箱はてっきりヒツジ先生に持ち去られたと思っていただけに、まずは一安心といったところだ。

 代わりの武器はいくらでも手配できるが、やはり愛着のある得物を手放すのは惜しい。


 彼はカラスに付き添われながら、そのままマスターの部屋を訪問する。


「ハゲ」

「よう、顔色はよさそうだな」

「おかげさまでな」


 マスターはちらりとカラスに視線を遣る。

 回復が早いのはクロネコの強靭さあってこそだが、彼女の献身的な介護も一役買っているのだろう。


 当のカラスはクロネコの一歩後ろに控えている。

 こいつら並んでるとまるっきり似合いのカップルじゃねえか、とマスターは内心で苦笑した。


「で、何の用だ?」

「ハゲタカの捜索について聞きたい」

「ああ……」


 マスターはハゲた頭をゆっくりと撫で付ける。


 クロネコは赤の他人には興味を示さないが、だからといって知り合いに対して薄情な人間ではない。

 彼はあまり感情を表に出さないが、それでもハゲタカの死に責任を感じているであろうことは見て取れた。


「奴の自宅近くの帰り道で、乾いた血痕が見つかったらしい」

「血痕か……」

「何より丸2日も音沙汰がねえうえに、捜索にも引っかからねえ。依頼で遠出しているわけでもねえのに、マメなハゲタカには考えられねえことだ」

「そうだな」


 クロネコも理解している。

 カラスが細く息を吐いて、目を伏せた。


「つうわけで、ハゲタカの死亡を認定する。捜索隊は今日中に引き上げさせるつもりだ」

「そうか」


 クロネコが目を閉じる。

 カラスはそんな彼を憂うように見上げる。


「ハゲ」

「何だ」


 目を開けたクロネコは、いつもと変わらない表情で言葉を続ける。


「ハゲタカの家族に、奴の死亡を知らせる必要があるな?」

「ああ。奴は表向き、貴族のお抱え商人ってことになってるから、事故死とでも説明せにゃあならん」

「俺が行ってくる」

「何い?」


 マスターが片眉を釣り上げる。

 クロネコの真意を探るように、じっと見つめる。


「貴族の使い、それも人の死亡を知らせる役回りとなりゃあ執事あたりが適任だ」

「そうだな」

「お前に執事役はちと似合わんぜ。若すぎる」

「わかっている」

「なら……」


 マスターの言葉を遮るように、クロネコは首を振る。


「ハゲタカの死はどう言い繕ったところで、俺の責任だ。俺に協力したばかりに奴は死んだ」

「そこまで気に病んでるのか? お前らしくもねえ」

「気に病むという表現は適切ではないが、どうあれ筋は通すべきだ」


 ハゲタカの死の責任として、彼の家族に説明を果たす。

 それを他人に任せては筋が通らないというわけだ。


「筋なあ……」


 マスターとしては正直、暗殺対象でもないカタギとクロネコに、余計な面識を持ってほしくないというのが本音だ。

 クロネコの素顔を知る人間は、少なければ少ないほどよい。


 だがもちろん、クロネコもそんなことはわかっているだろう。

 そのうえで彼は、筋を通したいと主張しているのだ。


 職人気質の強いクロネコらしいといえば、らしい。

 言い方を変えれば、守銭奴一辺倒だけでないところが、かろうじて彼に人間味と呼べるものを与えているのだろう。


 マスターはため息混じりに言葉を吐き出した。


「……行ってこい」

「感謝する」

「だが、相手はカタギだ。不自然に思われるなよ。お前は貴族に仕える執事だ」

「わかっている」


 クロネコは用は済んだとばかりに踵を返す。


「あ、クロネコ」


 そこにカラスが声をかける。


「どうした?」

「あなた、デーヴ伯爵の屋敷に侵入するのよね?」

「ああ」

「間取り、知っているの?」

「時間はあるから自分で調べる」

「そう」


 実のところカラスは、手伝いを申し出たかった。

 しかし断られるであろうことは、聞く前からわかっている。


 彼を手伝えば、カラスもハゲタカの二の舞いになる恐れがある。

 情報員をみすみす2人も失う愚を、彼は決して冒すまい。


 それに当たり前だがカラス自身、まだ死にたくはない。

 クロネコの役には立ちたいが、それは自分の命を天秤にかけるようなことではない。


 彼女はクロネコの思い出の中に、故人として残りたいわけではないのだ。


 結局、カラスは手を振ってクロネコを見送った。




◆ ◆ ◆




「ん……」


 私は自室のベッドで目を覚ました。

 窓から朝日が差し込んでいる。


 私は小さくあくびをすると、首を振った。

 お父さんが行方不明になってから、とうとう3日目の朝を迎えてしまった。


 お母さんも兄さんも自分を呼びに来なかったということは、夜のうちにもお父さんは帰ってこなかったようだ。


 私はもぞもぞとベッドから出ると、着替えて軽く髪を梳く。

 そして1階のリビングへ降りる。


「おはよう」

「マナ、おはよう」

「おはよう。遅いぞ、マナ」


 お母さんと兄さんが、それぞれ挨拶を返してくる。


「お父さんは?」


 私はわかりきった質問をする。

 それに対して、お母さんが無言で首を振る。


「憲兵も探してくれてる。きっとすぐに見つかるさ」


 兄さんが励ますように明るい声を出す。


「うん」


 私は頷く。

 けれど、頭の片隅では理解もしている。


 きっとお父さんの身に何かあったんだ。


 お父さんはたまに出張で何日も家を空けることはある。

 でもそういうときは必ず、事前にそう伝えてくれる。


 何の連絡もなしに3日も帰ってこないなんて初めてのことだ。


 お母さんも心配させまいと気丈に振る舞っているけれど、目の下に薄っすらと隈ができている。


 お母さん、お父さんのこと好きだったもんなあ……。


 お父さんとお母さんは、私から見ても理想的な中年夫婦だった。

 お互いがお互いを好きだったし、たまに小さなケンカをして、でもお互いのことを尊重していた。


 私も一時期は反抗期で迷惑をかけたが、今ではお父さんのこともお母さんのことも好きだし、尊敬している。

 特にお父さんに対しては、家族を支えてくれているという感謝の念が強い。


 そしてお父さんも、自分やお兄ちゃんを父親として愛してくれているという実感がある。


 だから、お父さんと一緒に過ごす誕生日は、本当に楽しみにしていたのに。


「さて、じゃあ行ってくる」


 兄さんが上着を羽織って、玄関まで歩く。


 聞くまでもない。

 今日もお父さんを探しに行くのだ。


「いってらっしゃい。私も後で行くわ」

「母さんは寝てたほうがいい。どう見ても寝不足じゃないか」

「そうよ。私が行くから」

「……そう。じゃあ、お願いね。くれぐれも気をつけて」


 私とお母さんに見送られて、兄さんが出かけていく。


「……さて、マナもご飯を食べなさい。ハムエッグでいい?」

「うん、ありがとう」


 私は食卓に着き……そこで、扉がノックされた。


「あら、朝から誰かしら」

「あ、いいよ。私が出る」


 兄さんが戻ってきたわけではないだろう。

 家族はノックなどしない。


 もしかすると憲兵さんかもしれない。

 そして、もしかして、もしかすると、お父さんが見つかったのかも……。


 私は急ぎ足で玄関に向かった。

 勢いよく扉を開ける。


「はいっ!」


 私は、目の前に立っている人物を見て、目をぱちくりした。


 青年だった。

 平凡な顔立ちの青年。


 貴族に仕える執事のような服を身に着けている。


 ――怖い。


 私は反射的にそう思った。


 根拠はない。

 ただ何となく、執事服の青年の瞳に温度が感じられず、怖かったのだ。


「朝から失礼を。私、ムーメイ子爵の使いで参りました」

「ムーメイ子爵!?」


 お父さんを雇ってる貴族様の名前だ。


「マナ、どなた? あら……」


 私の後ろから、お母さんが顔を出す。


 青年はお母さんにも折り目正しく一礼をする。


「お母さん、ムーメイ子爵様のお使いだって」

「まあ」


 お母さんも目を丸くする。


「あのっ、お父さんは……」


 私は気が急いて、身を乗り出して青年に詰め寄る。

 青年は冷静な表情で私を押し留める。


「マナ」

「う、うん」


 お母さんに宥められて、私は深呼吸をする。

 心臓がばくばくいっている。


 どうしてお父さんじゃなくて、執事さんが訪ねてきたんだろう……。


 嫌な想像が頭から離れない。


「タッカー商人について、お伝えに上がりました」


 タッカー商人。

 お父さんの名前だ。


「お父さん……。お父さんは、どこにいるんですか?」

「……」


 青年は私の顔をじっと見つめる。


 色のない瞳だ。

 感情が読み取れない。

 どこか不気味な印象を受ける青年。


 でも。

 そんなことより、お父さんの話だ。


 私は青年を見上げる。


「誠に申し上げにくいのですが……」


 ……え?


 申し上げにくいって、何?


 横を見ると、お母さんも不安そうな表情をしている。


「タッカー商人は……」


 お父さんは……?

 無事なんだよね?


「仕事中に……」


 急な出張が入っただけなんだよね?

 お願い、そうだと言って。


 お願い……。


「事故死しました」


 ……。


 ……。


 私の肩が震える。

 その震えはすぐに全身に伝わる。


「あの……、本当、ですか?」


 口を開けない私の代わりに、お母さんが質問する。


「はい、馬車に轢かれました。こちらを」


 青年が羊皮紙を差し出す。

 見る。


 死亡証明という文字と、ムーメイ子爵のサインが記してある。


 ぐらりと地面が揺れた。

 違う、私が倒れそうになったんだ。


「マナ!」


 お母さんが支えてくれる。


「お……お父さん、死んだの……?」

「はい」


 私の掠れ声に、青年は冷たく返事をする。


「でも、お父さん……。私の、誕生日に、帰ってくるって……」

「こちらが遺骨の箱になります」

「か、帰って……くる、って……。やくそく、して……」


 お母さんが青い顔で、遺骨が収められた箱を受け取る。

 小さな箱だ。


 お父さんの、骨?

 お父さんが、骨だけに……?


 私は膝から崩れ落ちる。


 目からぽろぽろと涙が溢れる。


「僅かばかりですがムーメイ子爵からの見舞金です」


 皮袋が差し出される。

 お母さんは呆然とそれを受け取った。


「あの……」


 お母さんが震える声で話しかける。


「なぜ骨だけを……」

「遺体の損傷が激しく、運べる状態ではなかったため、誠に勝手ながら火葬して骨だけをお持ちする形を取らせていただきました」

「そうですか……」

「見舞金には、墓を立てるに充分な金額が入っております。どうかお役立てください」

「……ありがとうございます」


 お母さんが力なく頷く。


「うっ……ふ……う、うわあああ……!」


 私はたまらずその場に泣き崩れた。


 お父さんが死んだ。

 お父さんが死んだ。


 なんで。

 なんで。

 なんで……。


 こんなことなら、もっと親孝行しておけばよかった。


 もっとありがとうって、言っておけばよかった。


 お父さんに、ありがとうって……。


「う……うっ……ふ……う……」


 嗚咽が止まらない。

 私は玄関先で泣き続けた。


「……マナ」


 お母さんが遠慮がちに声をかけてくる。

 私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「……あの人は」

「執事さんならとっくに帰ったわよ」

「……そう」


 いつの間に帰ったのか、全然気が付かなかった。


 お母さんを見る。


 顔が青い。

 肩が震えている。


 でも泣いていない。

 我慢している。


 私が泣いてるからだ。

 だからお母さんは我慢してるんだ。


「……兄さんが帰ってきたら、伝えないと」

「そうね。憲兵隊の詰め所にも、連絡しないと。捜索はもういいですって……」

「……うん」


 お母さんの目から、涙が一筋流れた。

 私はお母さんにしがみついて、また泣いた。


 一緒に泣いた。


 お父さんは、もう帰ってこないんだ。

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