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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
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果たし状

 医務室で一晩を過ごした翌日。

 クロネコは自宅へ戻る道を歩いていた。


 彼は自宅に貴重品と呼べるものを保管していない。

 しかし唯一、戦闘用のダガーや各種ナイフを収納してある武器箱だけは回収したかった。


「クロネコ、大丈夫?」

「ああ」

「もう少し安静にしていればいいのに」

「問題ない」


 隣を歩いているカラスが心配そうな目を向けてくる。

 怪我人を一人で出歩かせるわけにはいかないと、付き添いを買って出たのだ。


「お前まで同行する必要はなかった」

「放っておくわけにはいかないもの」

「何かあっても、お前は戦力にならんのだが」

「そうだけれど、そのヒツジ先生は白昼堂々襲ってくるような人なの?」

「いや」


 ヒツジ先生はどちらかといえば、暗殺者としては正道を行くタイプだ。

 闇に乗じて静かに殺すことを好む人であり、間違っても無差別にテロまがいの殺戮を行うような人物ではない。


 そう考えるとカラスが巻き込まれる可能性は低いので、クロネコはまあいいかと思った。

 怪我の手当てを始めとして、世話になっていることは確かなのだ。


「でも正味2日しか経っていないのに、もう普通に歩けるのね」

「背中の怪我だ。動くのに支障はない」

「そう」


 実際、日常生活を送る分には問題ない。

 仰向けに寝られないのが不便といえば不便な程度だ。


 しかし戦闘となれば話は違ってくる。

 できれば傷が塞がるまで襲撃は控えてほしいが、ヒツジ先生ともあろう者が好機を逃すとは思えない。


「そういえば、あなたにヒツジ先生を差し向けた人物だけれど」

「ゴロツキを雇ったのはヤーセン子爵という話だから、普通に考えれば、ヒツジ先生に依頼をした人物はデーヴ伯爵だろう」

「その上の黒幕かも?」

「かもしれんが、現時点では確かめようがない」

「そうね」


 カラスにはいくつか疑問があった。

 恐らくクロネコも同様の疑問を抱いていることだろう。


 ”静かな人”のような熟練の暗殺者と、デーヴ伯爵のような保守派の貴族が、いったいどのような繋がりを持っているのかわからない。

 常識で考えれば、接点があるような両者とは思えないのだ。


 それに肝心のクロネコが命を狙われている理由が不明なままだ。

 状況から察するに、ただの恨みつらみとは考えにくい。


「ここだ」

「あら」


 カラスが考え事をしているうちに、クロネコの家に着いていた。


「何ていうか……初めて来たけれど、こじんまりとした家ね?」

「食べて寝る場所があれば充分だ」

「お金はあるのだから、もう少しこう……。まあ、私もアパートメント暮らしだから、あんまり人のことは言えないのだけれど」


 この人は生活に潤いなんて求めていないんだなあ、とカラスはつくづく実感した。


「さて、武器箱を回収してくる。ヒツジ先生に取られていなければいいが」

「あ、クロネコ。ちょっと待って」

「何だ?」

「郵便が届いているわ」

「何?」


 ポストをチェックしていたカラスが、一通の封筒を差し出す。


「うちに郵便物が届くなど、久しく記憶にないな……」

「道理で、ポストが傾いたまま放置されていると思ったわ」


 封筒の裏面を確認したクロネコが、目を細める。


「どうしたの?」

「ヒツジ先生からだ」

「えっ」


 クロネコが裏面をカラスに見せる。

 可愛らしい羊の絵が、小さく描いてある。


「……内容は?」

「さて」


 封を切って手紙を読むクロネコ。

 その顔が徐々に険しくなる。


「……クロネコ?」


 首を傾げるカラスに、クロネコは無言で手紙を差し出した。

 受け取って目を通すカラス。


「……は、果たし状!?」


 予期していなかった文字が目に飛び込み、カラスは驚いて手紙を取り落としそうになった。

 慌てて読み進める。


「日時は一週間後の深夜……。マールマール通りのバツバツ広場で待つ。一人で来られたし……」


 カラスはクロネコを見る。


「これ、果たし状って……」

「予想外だな」

「暗殺者が果たし状を出すなんて、初めて聞いたわ」

「俺もだ」


 カラスは手紙の内容を、もう一度確認する。

 やはり果たし状だ。

 それ以外の何物でもない。


「あの、クロネコ」

「何だ」

「これ、どう考えても罠だと思うんだけれど」

「そうだろうな」


 騎士のように、正々堂々と一騎打ちを行う暗殺者などいない。

 当然、待ち合わせ場所には罠が張り巡らされていると考えたほうが自然だ。


「罠なら当然、行かないわよね?」

「いや……」


 クロネコは腕を組んで思考に沈む。


 彼が罠だと考えることは、当然ヒツジ先生も予想しているはずだ。

 にも拘らず、なぜこんな果たし状を送りつけてきたのか。


 目的はわかる。

 ヒツジ先生は彼を引っ張り出したいのだ。


 ヒツジ先生にとって一番困るのは、クロネコがギルドから出てこなくなることだ。

 いくら”静かな人”といえど、暗殺者ギルドに立て篭もられては手出しができない。


 なるほど。

 クロネコは合点がいった。

 だから日時に猶予を持たせて一週間後としたのだ。


 例えばこれが明日や明後日であったならば、彼はギルドに篭ったまま出てこないだろう。

 なぜなら、まだ戦闘ができるほど回復していないからだ。


 しかし一週間後となれば、傷もある程度は塞がっている。

 戦闘行為も行えるようになっているため、ギルドに篭もらず外に出るという選択も可能になってくる。


「……」


 もちろん、だからといって果し合いに応じる必要はない。

 だが事態が長引けば、クロネコとしても困ったことになる。


 彼には暗殺者としての仕事がある。

 いつまでもギルドに引き篭っているわけにはいかないのだ。


 つまり早期決着という一点において、彼とヒツジ先生の利害は一致しているわけだ。


 果し合いでさっさと決着が着くのならば、双方共に望むところだ。


「クロネコ」

「何だ?」

「その顔……。まさかとは思うけれど、行くのね?」

「ああ」


 カラスの表情が曇る。

 勝算の薄い戦いに身を投じようとしている彼を、大手を振って送り出そうという気持ちにはなれない。


 しかし彼は一度決めたことを、他者の言で容易く翻すような人ではない。

 ならばカラスができることは、手厚い治療を施してなるべく十全の状態で出撃してもらうことだけだ。


「クロネコ。私、この一週間はつきっきりであなたの治療に専念するわ」

「いや、そこまでしなくても」

「いいえ。その代わり約束して」


 カラスは真剣な目でクロネコを見据える。

 引き止めたいという気持ちを押し込めるように、ぎゅっと拳を握りしめる。


「必ず……。必ず、ヒツジ先生に勝って帰ってくるって」

「お前は何を言っているんだ」

「え?」


 カラスがぽかんとする。


「誰がヒツジ先生と決闘すると言った」

「でも」

「彼女がノコノコ果し合いの場に出向いている隙に、デーヴ伯爵の屋敷に押し入って、伯爵を締め上げるに決まっているだろうが」

「はい?」


 カラスの目が点になる。


「え、でも」

「ヒツジ先生はただの駒だ。依頼主を押さえれば、駒と戦う必要はなくなる」

「ええ……」


 その通りだ。

 その通りなのだけれど。


「でも、あの」

「問題が?」

「その……。何ていうか、卑怯じゃない?」

「暗殺者が卑怯で何が悪い」


 悪くない。

 悪くないのだけれど。


「……せっかく果たし状を出したヒツジ先生の決意は、どうなるの?」

「知らんな。俺の命のほうが大事だ」

「……」


 この人、放っておいても大丈夫なんじゃないかしら。

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