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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
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ハゲタカ・後編

 夜。


 ハゲタカは裏通りを歩いていた。

 家に帰る途中だ。


 胸には大切そうに紙袋を抱えている。


 他ならぬ愛娘へのプレゼントだ。

 間違っても落としてはならない。


 もう片手には布でくるんだ剣。

 武器屋でヤーセン子爵を突き止める際に役立った。


 ハゲタカはベテランゆえ、自分の情報網に自信を持っている。

 あと2、3日もあれば黒幕を暴くことができるだろう。


 クロネコは暗殺者ギルドの稼ぎ頭であり、万が一にでも彼を失ってはギルドの損失は大きい。

 そうでなくともハゲタカは、クロネコのことを気に掛けていた。


 金払いがいいというのも理由の一つだが、それだけではない。


 有り体に言えば、カラスのクロネコに対する想いが成就すればいいと思っているのだ。


 ハゲタカにとってカラスは後輩だが、つい娘のような感覚で彼女に接してしまう。

 彼女が困っていればフォローしてやりたくなるし、恋ともなれば応援してやりたい。


「しかし相手があのクロネコじゃなあ……」


 傍目から見ても、クロネコが女に興味があるとは思えない。

 いや、そもそも人間関係にあまり興味がないように見える。


 仕事ができるから誰も文句は言わないが、ギルドの構成員の中にはクロネコに対して好意的ではない者も、決して少なくない。

 彼らの感情の大半は妬みなどの不当なものだが、クロネコにも原因がないわけではない。


 クロネコはあまりにも、彼らを歯牙にかけなさすぎるのだ。

 お前たちは眼中にないという態度を取られては、誰だっていい気分にはならないだろう。


「あいつももうちょい、周りの人間に興味を持てりゃあな」


 そうは言っても、ハゲタカはクロネコに対して、特に忠告をする気もなかった。

 余計なお世話になることは間違いないからだ。


 ただカラスについては、もう少し何かしてやれないかと考えている。

 恋が成就するかどうかはさておき、多少の進展はあってもバチは当たるまい。


「おっと、いかんいかん。つい職場のことを考えちまうなあ」


 家に帰れば家族の時間が待っている。

 思考を切り換えておかねばならない。


「しかしまあ、どうやら間に合いそうだなあ」


 今日は必ず家に帰ると、マナと約束したのだ。

 他ならぬ愛娘の誕生日に、彼女に膨れっ面をさせるわけにはいかない。


 ハゲタカは家路を急いだ。


「ん……?」


 そこでハゲタカは、前方の人影に気がついた。

 通りの真ん中に立っている。


 夜の裏通りとはいえ、人くらいいるだろう。

 しかし彼は違和感を覚えた。


 その人影は、妙に黒いのだ。


 ハゲタカが歩けば距離は縮まる。

 そして違和感の正体が判明した。


「な……」


 ハゲタカは絶句した。


 その人影は、全身を黒装束で覆っていた。


 身体つきからして女だろう。

 しかし顔はわからない。


 女の顔は覆面で隠されていた。


「な、何だあ、こいつは……」


 女の視線は明らかにハゲタカを捉えている。

 つまりこの女の目的は、彼だ。


 女は街灯の明かりが届かない絶妙の位置に立っている。

 そのせいで衣服以上に、全身が暗く見えた。


 だからハゲタカは、女が一歩を踏み出した段になって、ようやく気がついた。

 女の両手に、光を反射しないよう加工された黒塗りのナイフが握られていることに。


「てめえ、暗殺者か……!」


 黒装束。

 覆面。

 そしてナイフ。


 彼の知る限り、そんな格好の人間は暗殺者しかいない。

 それもわざわざ黒塗りに加工したナイフを持っているとなれば、プロの職業暗殺者である可能性が高い。


 ハゲタカは咄嗟に、手に持っていた剣の布を解いた。


 彼は武器に詳しいだけでなく、剣の腕にもそれなりに覚えがあった。

 少なくともそこらの兵士には負けない自信がある。


 そして暗殺者は、正面からの戦闘は不得手というのが通例だ。


 その意味では、この女暗殺者は初手を失敗している。

 通りの真ん中で待ち構えるのではなく、物陰からハゲタカを奇襲すべきだったのだ。


 ならばハゲタカは勝てる。

 この女が暗殺者としての優位を放棄した理由は不明だが、遠慮なく正面戦闘で返り討ちにするだけだ。


 女はゆっくりと歩いてくる。


「さあ、来やが――!?」


 ハゲタカは目を疑った。

 瞬きの間に、女が目の前にいたのだ。


 女が移動した軌跡を、ハゲタカは視認できなかった。


 動揺するハゲタカ。


 女は無言のまま、静かにナイフを振るった。


「くっ!」


 ハゲタカは剣でそのナイフを受けた。

 そして失敗を悟った。


 今のナイフは、あまりにも凡庸な速度だった。

 だからハゲタカは、余裕を持って受け止めてしまったのだ。


 女のもう片方のナイフが、ハゲタカの脇腹に深々と突き刺さった。


「ごぶ……!」


 焼けるような激痛。

 ハゲタカの喉に熱いものがこみ上げてくる。


 だが、まだだ。

 まだ腕は動く。


 ハゲタカは力が抜けそうになる膝を必死で支える。

 そして剣を持つ腕を振り上げ――。


 次の瞬間には、ハゲタカの懐に、女が静かに入り込んできた。


 女のナイフがハゲタカの喉を切り裂いた。


「が……!」


 ハゲタカは石畳に倒れ伏した。

 みるみるうちに血溜まりが広がっていく。


 身体から熱が失われていく。

 全身の力が抜けていく。

 意識が遠くなっていく。


 待ってくれ……。


 駄目だ。

 今日だけは、駄目なんだ。


 家に、帰らねえと……。


 なあ、頼むよ。

 家族が待ってるんだ。


 この通りプレゼントも、用意したんだ……。


 娘の喜ぶ顔を、見たいんだよ……。


 妻が……息子が、家で……まって……。

 むすめ、が……。


 マ……ナ……。


 すま、ねえ……。


 やく……そ……。


 …………――――。






 女は、血溜まりに沈むハゲタカの死体を見下ろした。


 転がったプレゼントの包みに、必死の形相で手を伸ばしていた。

 家族への贈り物だろうか。


 人道的に考えるならば、これはこの場に残しておくべきだろう。

 しかし女はもちろん人道的な人間ではない。


 血に濡れたプレゼントの包みを拾い上げる。


 死体も始末しておこう。

 殺し方から相手に情報を与える必要はない。


 女はハゲタカの死体を肩に担いだ。

 成人男性だけあって重いが、運べないことはない。


 わざわざ戦闘を行ったおかげで、身体が鈍っていないことは確認できた。


 今夜の殺しはこれで終わりではない。

 彼の死が知れて相手に警戒される前に、本命も殺したほうが効率的だ。


 本来ならば死体とプレゼントは燃やしたいところだが、それでは時間がかかりすぎる。

 適当な場所に埋めることにしよう。


 その後はクロネコくんの家に向かうことになる。


 手強いことは初めからわかっている。

 しかし彼女は、彼我の力量を客観的に把握していた。


 暗殺者同士の戦いは、奇襲する側が有利だ。

 順当にいけば、彼の死で決着がつくことだろう。


 女は音を立てることなく、その場から立ち去った。

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