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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
16/41

ハゲタカ・前編

 ハゲタカの住まいはごく普通の石造りの家だ。

 4人家族としては平均的な大きさである。


 朝。


 ハゲタカが2階から降りてくると、すでに食卓には湯気の立つ朝食が並んでいた。

 皿に乗ったベーコンエッグの香りが食欲をくすぐる。


「あっ。お父さん、おはよう」


 皿を運んでいた娘のマナが笑顔を向けてくる。

 親の贔屓目を抜きにしても愛らしいと、ハゲタカは常々思っている。


「あなた、おはようございます」


 キッチンでは妻のウィーフェが紅茶の準備をしている。

 モーニングティーは、ハゲタカの家では毎朝の習慣だ。


 息子は今朝はいない。

 地区の馬術チームの合宿とかで、確か今夜帰ってくる予定だ。


「はい、お父さん」

「おう」


 ハゲタカが席につくと、マナがティーカップを彼の前に置く。

 3人とも着席したところで朝食となる。


「いただきまーす」

「いただきます」

「今朝も美味そうだな」


 コーンクリームスープにパンを浸して口に運ぶ。

 ベーコンエッグをナイフで切り分けて食べる。

 そして紅茶を一口。


「あなた、どうですか?」

「朝から贅沢なもんを食ってる気分だぜ」

「まあ」


 妻のウィーフェは料理が上手い。

 外見的な容姿はさほど特徴がないが、気立てのよい彼女が妻であることはハゲタカの自慢の一つだ。


 マナもベーコンエッグを口に運んでは、満足そうな表情をしている。


「お母さんはほんと、料理が上手ね」

「マナの腕もなかなか上達してきたわよ」

「だと嬉しいなあ」

「何だ? マナは料理の勉強をしているのか?」


 ハゲタカは初耳だ。


「勉強っていうか、お母さんに教えてもらってるの」

「やっぱりいい殿方は、胃袋から捕まえないとね」

「ほほお」


 とするとウィーフェは自分のことを、いい殿方だと思ってくれているのか。

 そう考えてハゲタカは嬉しくなった。


「あ。お父さん、にやにやしてる」

「うっ、うるせえな」

「ふふっ」


 ハゲタカの家は、朝は比較的ゆっくり時間を取っている。

 だからこうして家族の団欒を楽しむことができる。


 もちろんハゲタカも父親として、こうした家族の形を作り上げるために苦労してきた。

 とりわけ息子と娘の反抗期には手を焼いたものだ。


 しかしハゲタカは子供2人が反抗期に入ったとき、過度な干渉は控えて、黙々と教育費や生活費を稼ぎ続けた。

 息子に「オヤジうざい」と言われようとも、娘に「キモい」と言われようとも、ただ黙って金を稼ぐことに徹してきた。


 そんな彼の行動に応えるかのように、妻のウィーフェが子供2人を上手く教育してくれた。

 反感を買うような諌め方をするのではなく、金を稼ぐ父親に感謝の念を抱かせるよう導いたのだ。


 そのおかげで反抗期が過ぎると、子供2人の反発はすっかり鳴りを潜めた。

 今では金を稼ぐハゲタカに感謝も示すし、仲の良い家族として団欒も共にしてくれる。


 ハゲタカはよき妻に恵まれたと思っている。


「そうだ、お父さん。今日はちゃんと帰ってこれるの?」

「今日は出張じゃないと言ってましたけれど……」

「おう」


 そうなのだ。

 今日は他ならぬこの愛娘の誕生日なのだ。


 この日のためにウィーフェと一緒にプレゼントも選んだのだ。


「ちっと仕事が入ってるから、遅くなるかもしれねえがな。ちゃんと今日中には帰ってくるさ」

「ほんと? ぜったい約束だよ」

「ああ。約束だぜ」


 ハゲタカが大きく頷くと、マナは安心したように笑った。

 ウィーフェはその様子を見てにこにこしている。


 彼は仕事柄、毎日帰宅できるわけではない。

 しかし今日に限っては、絶対に帰らなければならない。


 年に一度の娘の誕生日を祝ってやらなくて、何が父親か。


「あなた、もし時間があれば仕事帰りに……」

「おう。任せときな」


 店に預けてあるマナのプレゼントを取ってくる。


 何にも勝る重要な仕事だ。

 忘れてはならない。


「あなた、そろそろ時間では?」

「おっと、のんびりしすぎたな」


 ハゲタカは席を立つ。

 彼の本当の仕事は出退勤の時間が決まっているわけではない。


 しかし家族には貴族お抱えの商人と偽っているため、朝はいつも決まった時間に家を出るのだ。


「お父さん、今日は楽しみにしててね」

「あん?」


 ハゲタカが振り返ると、マナがにーっと笑った。


「今日のケーキはお母さんに手伝ってもらって、私が作るから」

「何い?」

「この子ったら、自分の誕生日なのに自分で作るって聞かなくて」

「だって作りたいんだもん」

「はっはっは」


 ハゲタカが笑うと、マナがちょっと頬を膨らませる。


「まあ楽しみにしてるぜ」

「あなた、いってらっしゃい」

「お父さん気をつけてね」


 ウィーフェとマナに見送られて、ハゲタカは家を出た。






 ハゲタカの仕事は暗殺者ギルドの情報員だ。


 出来高払いの暗殺者と違って、情報員には毎月決まった給金が支払われる。

 ハゲタカのようなベテランともなると、それなりの額になる。

 おかげで家族を食べさせ、更に子供2人にある程度の教育を受けさせることもできている。


 決してカタギには言えない職業だが、ハゲタカは自分の仕事にそれなりの誇りを持っていた。


 そして彼は目下、クロネコからの依頼に全力で取り組んでいるところだ。


「へい、らっしゃい」


 ハゲタカは職人通りの一角にある武器屋に入店した。

 比較的高級な店が軒を連ねている通りだ。


「おう、おやっさん。景気はどうだい?」

「悪くはねえなあ。何か入用かね?」

「いやあ、武器がほしいわけじゃあねえんだが」


 ハゲタカは持っていた剣をカウンターに乗せる。


「あっちの通りのジャック・トーマス武器店さんがよ、この剣はあんたのとこの商品じゃねえかって教えてくれてな」

「ああん? ジャックの奴が?」


 年老いた店主が剣を手に取り、しげしげと眺める。


「なるほどな。確かにこりゃあうちの商品だ」

「信じられるか? 5本も捨ててあったんだぜ」

「何だとお?」


 店主の眉が釣り上がる。


「拾いもんは届けてやりてえが、なにぶん持ち主がわからねえ」

「5本まとめてとなりゃあ、ヤーセン子爵様だろうなあ」

「わかるもんなのかい?」


 店主が自信たっぷりに頷く。


「ここ最近5本セットで買っていったのはヤーセン子爵様くらいしかいねえ。貴族様が直々に買いに来たもんで、よく覚えてる」

「ほほお……」


 ハゲタカは仕事柄、この国の貴族についてある程度は把握している。


 ヤーセン子爵は愛国心の強い保守派の貴族の一人だ。

 彼が探している条件とも合致する。


 しかしヤーセン子爵はどちらかというと腰巾着タイプの貴族だ。

 人一人を襲撃するという、下手をすれば大事になるような計画を一人で立てるとは考えにくい。


 確かヤーセン子爵には、デーヴ伯爵という腰巾着仲間がいたはずだ。

 デーヴ伯爵もコテコテの保守派であり、彼らなら未だにキャルステン王国金貨を使っていても不思議ではない。


「ふうむ……」


 不思議ではないが、ではヤーセン子爵はデーヴ伯爵の指示で動いたのだろうか?


 ハゲタカの知る限りでは、両者はあまり仲がよろしくない。

 どちらかというと、ヤーセン子爵もデーヴ伯爵も、もっと上の何者かの命令で動いていると考えるほうがしっくりくる。


 ならばその、もっと上の何者かの正体を突き止める必要がある。

 駒だけを特定したところで、仕事を完遂したとは言えないからだ。


「おい、あんた?」

「おっと」


 店主に声をかけられて、ハゲタカは我に返った。

 うっかりカウンターの前で考え込んでいたらしい。


「おやっさん、助かったよ。持ち主がわかれば、あとは俺のほうで届けておくさ」

「そうかね? 預かっても構わんが」

「へっへっへ。届けて手間賃をもらいたいって気持ちを汲んでくれよ」

「そいつは悪かった」


 実際に届けられては困るため、ハゲタカは適当に誤魔化した。

 ゴロツキに与えたはずの剣が手元に戻ってきては、ヤーセン子爵は自分のことが突き止められたと警戒するはずだ。


「さあてと」


 武器屋を後にしたハゲタカは、大通りをぶらぶらと歩く。

 何軒か武器屋をハシゴしたせいで、もうすっかり日が暮れる時間だ。


 まだ情報は不完全だ。

 クロネコへの報告は明日でよかろう。


「……いや、そうさな」


 ハゲタカは思い直すと、配達屋へと足を運んだ。


 彼に限って心配はいらないだろうが、それでもクロネコの命に関わる問題だ。

 途中経過であっても情報は早いほうがいいに違いない。


 配達屋は便利な店だ。

 街中どこでも手紙や小物を届けてくれる。


 ハゲタカはカウンターで紙を購入すると、今わかっていることをさらさらと書き連ねる。


 ゴロツキをけしかけたのはヤーセン子爵の可能性が高いこと。

 デーヴ伯爵もグルである可能性があること。

 そして、もっと大物がバックにいる可能性があること。


 ついでにハゲタカが知っている情報を元に、バックにいる可能性がある貴族の名前を数人、書き留めておく。

 最後に、動機はまだ不明であることを付け加え、手紙を封筒に入れて封をする。


 手紙の宛先は暗殺者ギルドがある住所だ。

 表向きは公的な機関であるため、何の問題もない。


「頼んだぜ」

「承りました」


 手紙と一緒に数枚の硬貨を支払って、ハゲタカは配達屋を出た。






 すでに日は落ちていたが、ハゲタカにはこの日一番の大仕事が残っていた。

 急ぎ足で高級商店街に赴く。


 程なくして一軒のぬいぐるみ屋に到着した。

 外観からも洒落た造りであることが窺える。


 ハゲタカは一つ咳払いをして、扉を押し開ける。

 扉の鈴が軽やかな音を立てて、来店者を歓迎する。


「いらっしゃいませ」


 品のよい店員がお辞儀をする。


 客層はといえば、貴婦人から子供まで女性ばかりだ。

 ハゲタカは場違いな雰囲気を感じて、そわそわする。

 前回来店したときは、妻のウィーフェが同行していたから気にならなかったが、やはりここは女性のための店なのだ。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 店員が品よく声をかけてくる。


「あー、娘の誕生日プレゼントを受け取りにきたんだが」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 カウンターに案内されるハゲタカ。


「ご予約の札をお持ちですか?」

「おう」


 札を確認した店員は、棚から一つの箱を持ってくる。


 綺麗にラッピングされた箱だ。

 可愛らしい色合いのリボンが巻かれている。


 そしてリボンにピン留めされたカードには『マナへ』と記されている。

 そのカード一つ取ってもお洒落な模様で縁取られており、この店のこだわりを窺わせる。


 マナはもう成人して数年が経つ。

 そんな娘に対して、ちょっと可愛らしすぎるとハゲタカは思ったものだが、妻のウィーフェに押し切られたのだ。

 あの子は絶対こういうものが好きだからと。


 この洒落た箱の中には、小さな熊のぬいぐるみが入っている。

 細部まで丁寧に作られた、女性に人気のぬいぐるみだそうだ。


 ハゲタカはマナの寝室にはなるべく立ち入らないようにしている。

 しかし言われてみれば、枕元にいくつかぬいぐるみが並んでいるのを見たことがある。


 あれがマナの趣味であるならば、なるほど、ウィーフェのチョイスは間違いないのだろう。


「お会計は済んでおりますので、そのままお持ちください」

「おう、助かるぜ」


 ラッピングされた箱を紙袋に入れてもらい、ハゲタカは店を後にした。


 外はもうすっかり夜だ。

 しかし日付が変わってしまうほど遅いわけではない。


 今から家に帰れば、誕生パーティを開く時間は充分にある。


「マナのケーキか。どんなもんが出来上がってることやら」


 ハゲタカは自然と頬が緩んだ。

 プレゼントが入った紙袋を、しっかりと胸に抱える。


 大通りを道なりに歩いては時間がかかるため、裏通りに入る。

 表通りと比べると街灯が少ないが、裏稼業であるハゲタカには慣れたものだ。


 娘と息子と妻が待っている。


 プレゼントを渡したとき、いったい我が愛娘はどんな顔を見せてくれるだろうか。

 愛する妻はどんな料理を作ってくれているだろうか。

 息子はちゃんと帰ってきているだろうか。


 ハゲタカは年甲斐もなく胸を弾ませながら、帰宅の途に就いた。

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