最強のカード
豪華な貴族の屋敷。
パーティ会場にもなりそうな広い応接間で、3人の貴族が向かい合っている。
一人は豊かな髭を蓄えた、がっしりとした体格の貴族。
一人は太った貴族。
一人は痩せた貴族。
いずれも丁寧な刺繍が施された身なりのよい服を身に着けている。
「ヤーセン子爵」
髭の貴族が重々しい声を発すると、痩せた貴族がびくっと身体を震わせた。
「独断専行でゴロツキをけしかけて失敗したそうだな?」
「そ、それは……」
太った貴族が、髭の貴族に同調するように口を開く。
「所詮は人殺しの犯罪者風情と、甘く見たようですなあ」
「し、しかし、彼らは腕っ節自慢のゴロツキでして……。それにきちんと武器も揃えて……」
もごもごと言い訳をするヤーセン子爵。
痩せた腕を神経質そうに擦っている。
「ゴロツキ風情に武器など与えたところで、マトモに扱えるものか甚だ疑問ですなあ。現にそれで失敗しているわけですし」
「ぐう……」
太った貴族の嫌味ったらしい口調に、ヤーセン子爵が歯軋りをする。
「やる以上は成功せねばならん。今回の件は、ただ例のクロネコとやらに警戒する機会をくれてやったに過ぎん」
「ご、ごもっともで……」
髭の貴族の正論に、ヤーセン子爵は恐縮する。
「例のクロネコとやらは、何やら最強の暗殺者などと呼ばれているそうですなあ」
太った貴族の発言に、髭の貴族が顔をしかめる。
「不愉快なことだが、どの分野に置いても最強の名を冠する者は強い。ただの人殺しであったとしても、舐めてかかってよい相手ではない」
「はっ……」
ヤーセン子爵が背筋を伸ばす。
「で、では次はもっと屈強な連中を揃えます。兵士上がりの我が私兵を動員してでも……」
「愚か者が」
「えっ」
髭の貴族の一喝に、ヤーセン子爵はまた身体を竦ませる。
「弱いカードから順番に切っていき、何の成果も得られぬまま手札を使い果たすのは、愚者のやることだ」
髭の貴族の眼光を受けて、ヤーセン子爵は震え上がる。
「デーヴ伯爵」
「はっ」
太った貴族――デーヴ伯爵が胸を張る。
「最強のカードを切れ」
「はっ」
デーヴ伯爵が立ち上がって背筋を伸ばす。
脂肪のついた腹が揺れる。
「無駄な余興はいらん。次で終わらせよ」
「はっ」
デーヴ伯爵が踵をカツッと合わせる。
「クロネコとやらが爵位の購入に踏み切る前に、始末するのだ」
「はっ」
デーヴ伯爵が敬礼する。
「行け」
「はっ」
デーヴ伯爵が背筋を伸ばしたまま、応接間から退室する。
ヤーセン子爵は、自分はどうしたものかとおろおろしている。
「解散だ」
「は、はっ」
ヤーセン子爵も慌てたように、一礼して出ていった。
デーヴ伯爵は自分の屋敷に戻ってきた。
先程、会合を行った屋敷よりは小さいものの、伯爵の地位に相応しい豪邸だ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
深々と頭を垂れるメイドに外套を預け、自室に戻る。
デーヴ伯爵は仕事用の椅子に、その太った身体を沈める。
一息つく。
「いるのか?」
誰にともなく声を発する。
すると瞬きの間に。
デーヴ伯爵の前に、物音一つ立てることなく、女が姿を表した。
背の高いすらりとした女だ。
色素が薄いのか、銀とも灰ともつかぬ色の髪をしている。
「こやつを始末してくれ。速やかにだ」
デーヴ伯爵は似顔絵を差し出す。
黒髪の青年が描かれている。
女はその似顔絵をじっと見つめる。
「ヤーセン子爵が余計な真似をしたせいで、警戒されておるはずだ。あるいは自分を襲わせたのが誰か、探っているかもしれん」
女は無言で聞いている。
「ないとは思うが、我々まで辿り着かれては困る」
女は小さく頷く。
「よし。たの――」
デーヴ伯爵は息を呑んだ。
すでに女は姿を消していた。
デーヴ伯爵は唾を飲み込んだ。
そして、知らず冷や汗をかいている自分に気がついた。
彼女という戦力を保有していることは、あくまでただの幸運だ。
彼女は理性的な人間だ。
しかし万が一彼女が牙を向いたときに、デーヴ伯爵には、彼女を御しきれる自信はない。
だからデーヴ伯爵は、彼女のことを本当に必要な場面でしか使わないと決めている。
そして、これまで彼女に任せて失敗したことはない。
数日以内には、最強の暗殺者とやらは土の下に埋まっていることだろう。