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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
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最強のカード

 豪華な貴族の屋敷。

 パーティ会場にもなりそうな広い応接間で、3人の貴族が向かい合っている。


 一人は豊かな髭を蓄えた、がっしりとした体格の貴族。

 一人は太った貴族。

 一人は痩せた貴族。


 いずれも丁寧な刺繍が施された身なりのよい服を身に着けている。


「ヤーセン子爵」


 髭の貴族が重々しい声を発すると、痩せた貴族がびくっと身体を震わせた。


「独断専行でゴロツキをけしかけて失敗したそうだな?」

「そ、それは……」


 太った貴族が、髭の貴族に同調するように口を開く。


「所詮は人殺しの犯罪者風情と、甘く見たようですなあ」

「し、しかし、彼らは腕っ節自慢のゴロツキでして……。それにきちんと武器も揃えて……」


 もごもごと言い訳をするヤーセン子爵。

 痩せた腕を神経質そうに擦っている。


「ゴロツキ風情に武器など与えたところで、マトモに扱えるものか甚だ疑問ですなあ。現にそれで失敗しているわけですし」

「ぐう……」


 太った貴族の嫌味ったらしい口調に、ヤーセン子爵が歯軋りをする。


「やる以上は成功せねばならん。今回の件は、ただ例のクロネコとやらに警戒する機会をくれてやったに過ぎん」

「ご、ごもっともで……」


 髭の貴族の正論に、ヤーセン子爵は恐縮する。


「例のクロネコとやらは、何やら最強の暗殺者などと呼ばれているそうですなあ」


 太った貴族の発言に、髭の貴族が顔をしかめる。


「不愉快なことだが、どの分野に置いても最強の名を冠する者は強い。ただの人殺しであったとしても、舐めてかかってよい相手ではない」

「はっ……」


 ヤーセン子爵が背筋を伸ばす。


「で、では次はもっと屈強な連中を揃えます。兵士上がりの我が私兵を動員してでも……」

「愚か者が」

「えっ」


 髭の貴族の一喝に、ヤーセン子爵はまた身体を竦ませる。


「弱いカードから順番に切っていき、何の成果も得られぬまま手札を使い果たすのは、愚者のやることだ」


 髭の貴族の眼光を受けて、ヤーセン子爵は震え上がる。


「デーヴ伯爵」

「はっ」


 太った貴族――デーヴ伯爵が胸を張る。


「最強のカードを切れ」

「はっ」


 デーヴ伯爵が立ち上がって背筋を伸ばす。

 脂肪のついた腹が揺れる。


「無駄な余興はいらん。次で終わらせよ」

「はっ」


 デーヴ伯爵が踵をカツッと合わせる。


「クロネコとやらが爵位の購入に踏み切る前に、始末するのだ」

「はっ」


 デーヴ伯爵が敬礼する。


「行け」

「はっ」


 デーヴ伯爵が背筋を伸ばしたまま、応接間から退室する。


 ヤーセン子爵は、自分はどうしたものかとおろおろしている。


「解散だ」

「は、はっ」


 ヤーセン子爵も慌てたように、一礼して出ていった。






 デーヴ伯爵は自分の屋敷に戻ってきた。

 先程、会合を行った屋敷よりは小さいものの、伯爵の地位に相応しい豪邸だ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 深々と頭を垂れるメイドに外套を預け、自室に戻る。

 デーヴ伯爵は仕事用の椅子に、その太った身体を沈める。


 一息つく。


「いるのか?」


 誰にともなく声を発する。


 すると瞬きの間に。

 デーヴ伯爵の前に、物音一つ立てることなく、女が姿を表した。


 背の高いすらりとした女だ。

 色素が薄いのか、銀とも灰ともつかぬ色の髪をしている。


「こやつを始末してくれ。速やかにだ」


 デーヴ伯爵は似顔絵を差し出す。

 黒髪の青年が描かれている。


 女はその似顔絵をじっと見つめる。


「ヤーセン子爵が余計な真似をしたせいで、警戒されておるはずだ。あるいは自分を襲わせたのが誰か、探っているかもしれん」


 女は無言で聞いている。


「ないとは思うが、我々まで辿り着かれては困る」


 女は小さく頷く。


「よし。たの――」


 デーヴ伯爵は息を呑んだ。

 すでに女は姿を消していた。


 デーヴ伯爵は唾を飲み込んだ。

 そして、知らず冷や汗をかいている自分に気がついた。


 彼女という戦力を保有していることは、あくまでただの幸運だ。


 彼女は理性的な人間だ。

 しかし万が一彼女が牙を向いたときに、デーヴ伯爵には、彼女を御しきれる自信はない。

 だからデーヴ伯爵は、彼女のことを本当に必要な場面でしか使わないと決めている。


 そして、これまで彼女に任せて失敗したことはない。


 数日以内には、最強の暗殺者とやらは土の下に埋まっていることだろう。

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