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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
14/41

控えめに言って天使

 暗殺者ギルドの会議室。

 今は亡きモモとの打ち合わせにも使っていた場所だ。


 そこでクロネコは、腕を組んで椅子に座っていた。

 人を待っているのだ。


 程なくして扉が開き、中年の男が姿を表した。


「よお、クロネコ。済まねえ、遅れちまったか?」

「いや、ハゲタカ。時間ギリギリだ」

「そいつはよかった」


 ハゲタカは髪の薄くなった頭をぺしっと叩く。


「いやあ、娘の誕生日が近くてなあ。今日は女房と一緒にプレゼントの下見に行ってたんだよ」


 ハゲタカは誰が見てもわかるほど頬を緩ませながら、椅子に腰掛けた。


「むしろ娘がいたことが意外だが……。既婚者だったのか」

「ああ。カラスの奴は知ってるんだがなあ。こう見えて息子も娘もいるんだぜ」

「カタギと結婚したのか?」

「まあな。家族には、俺の仕事は貴族お抱えの商人だと伝えてある」

「商人なら、あちこち飛び回っていても不自然ではないな」

「そういうこった」


 暗殺者ギルドは非合法の組織であり、構成員の大半は、王国の法に照らし合わせれば犯罪者だ。

 また、これは特に実行部隊である暗殺者に言えることだが、彼らはいつ命を落としてもおかしくない仕事に就いている。


 そうした理由から、ギルドの構成員の大半は未婚だ。

 あるいは結婚しても、構成員同士の職場結婚が多い。


 ハゲタカのように、カタギの人間と結婚している構成員は稀だ。


「うちの娘なんだがな。カラスよりちょい年下くらいなんだが、これがもう可愛くてなあ」

「ほう、カラスより可愛いのか?」

「容姿で言やあカラスに敵う女なんざ、そういねえよ。だがうちの娘の愛らしさはあれだな。控え目に言って天使だな」

「そうか」


 クロネコは理解した。

 これが親馬鹿だ。


「この前なんてな。お父さんいつもありがとうなんて言ってな。仕事用の靴をプレゼントしてくれてな」

「そうか」

「まあサイズが違ってたから履けないんだけどな」

「そうか」

「でも宝物だから部屋に飾ってあるんだぜ」

「そうか」


 こんなに頬の緩んだハゲタカを見るのは始めてだ。


「おい、息子はどうしたって顔だなあ?」

「いや」

「息子もすげえぜ。あいつこの前、地区の馬術大会で3位入賞しやがってよお」

「そうか」

「騎士になれるんじゃねえかって言ってやったら、剣はからっきしだから馬の育成に携わりたいとか言ってよお」

「そうか」

「立派だろ? そう思うだろ?」

「そうだな」


 ハゲタカはデレデレしている。


「おい、女房はどうしたって顔だなあ?」

「いや」

「あいつも気立てが良くてだな。例えば……」

「仕事の話に入りたいんだが?」

「お、おう」





「昨日、5人のゴロツキに襲撃を受けた」

「ほう。お前さんを襲うなんざ、とんだ命知らずもいたもんだなあ」


 呆れた仕草をするハゲタカに、クロネコは肩を竦める。


「誰かの依頼を受けていたようだった」

「そいつを探せと?」

「話が早いな」


 クロネコは回りくどいことが好きではない。

 だからこそハゲタカのことは気に入っていた。


「金は取るぜ」

「無論だ」

「なら、やらない理由はねえなあ」


 ハゲタカはにいっと笑う。


「俺はお前さんの依頼、好きなんだぜ」

「金払いがいいからだろう?」

「当たり前だろ」


 あけすけな物言いをするハゲタカを、むしろクロネコは信頼もしている。

 金を重要視するという点で、2人の価値観は一致していた。


「ようし、必要な情報をくれ」

「ゴロツキから聞き出したが、依頼人は仮面を被った身なりのいい人物だったそうだ」

「ほお?」

「奴らは身なりがいいから貴族だろうと口走っていたが」

「ああ。そいつは短絡的な思考だなあ……と、普通なら言うところだが」

「違うのか?」


 ハゲタカはさもありなんと頷いてから、ちっちっと指を立てた。


「身なりとは別の理由で、俺もそいつは貴族じゃねえかと思うぜ」

「別の理由?」

「仮面だよ」


 首を傾げるクロネコ。


「お前さんは貴族の常識になんざ興味はねえと思うが、あいつらはよく風変わりな習慣を持っていてな」

「例えば?」

「例えばだが、クロネコ。お前さんは顔を隠したいとき、どうする?」

「覆面だな」


 布と裁縫道具があれば誰でも作れるため、安価で手軽だ。

 実際クロネコも、リンガーダ王国での仕事の際には覆面を着用していた。


「貴族の常識は違うんだ。あいつらは顔を隠したいときは仮面を被る」

「何故だ? 手間だろう」


 仮面といえば金属製か木製だ。

 加工には職人の技術がいる。

 手間も時間も、そして金もかかる仕事だ。


「あいつらはいかに仮面に手間暇かけたかで、自分の財力と権力を示すんだよ。まあ仮面に限った話じゃあなくて、屋敷の造りや調度品についても同じだがなあ」

「無駄な金をかける必要はないと思うが」

「俺らとは真逆の価値観だからなあ」


 ハゲタカは無精髭を擦る。


「ちと話が逸れたが、つまり顔を隠すチョイスとして仮面を選択するなら、そいつは十中八九……」

「貴族ということか」

「そういうこった」

「なら、これはその貴族が誰かを絞り込む助けになるか?」


 クロネコは、ゴロツキたちから回収した金貨と剣をテーブルに乗せる。


「ほおお。こいつは珍しい。王国金貨じゃねえか」


 ハゲタカは金貨を摘み上げると、しげしげと眺める。


「俺もそう思って持ってきた。今時そんなものを使う連中は限られているだろう」

「そりゃあ王国金貨なんざ不便なだけだからなあ」


 この国に流通している金貨は2種類ある。


 1つは共通金貨。

 そしてもう1つが、キャルステン王国金貨だ。


 共通金貨は、この大陸にあるどの国でも使用できる。

 国によって通貨が異なると、国を跨ぐ商売にいちいち支障が出るからだ。


 反対に、キャルステン王国金貨はこの国でしか使えない。

 それにしても商売人はほとんど共通金貨を使用するし、店によっては王国金貨での支払いは受け付けてもらえないほどだ。


 このご時世で未だに王国金貨を使用しているのは、王族か、あるいは愛国心が強い一部の保守派の貴族くらいのものだ。


「この剣もか?」

「ああ」


 ハゲタカは王国金貨をポケットに押し込むと、剣の観察を始めた。


「ふぅむ。一山いくらの駄剣じゃねえな。品質がいい」

「お前なら、武器屋から対象を特定できるんじゃないかと思ってな」

「まあ、やってみる価値はあるな」


 ハゲタカは刀身を布で包んで、剣も預かった。


「前金だ」

「おう」


 クロネコが放った皮袋を、ハゲタカが受け取る。


「にしてもこういう依頼なら、カラスに振ってやりゃあいいものを。あいつ喜ぶぜ」

「あいつは武器に詳しくないからな」

「まあ、そうなんだが」


 ハゲタカはまた無精髭を擦る。

 その仕草を見ながら、クロネコはふと思い出した。


「そういえばリンガーダ王国で仕事をしていたときも、カラスのことをよく気にかけていたな」

「ああ。まあ何つうか……。娘みたいに思えるんだよなあ」

「実の娘と年が近いからか?」

「それもあるが、カラスの奴はしっかりしてるように見えて、たまに危なっかしいとこがあるからなあ」

「娘を見守る父親の気分か」

「まあ、そんな感じだなあ」


 ハゲタカは剣を抱えると、立ち上がった。


「数日もらうぜ」

「俺の命があるうちに、対象を特定してくれ」

「ならじっくり時間をかけても大丈夫だな」


 ハゲタカは冗談めかして笑うと、会議室の扉に手をかけた。

 ふと振り返る。


「何だ?」

「成功したら一杯奢れよ」

「ああ」


 ハゲタカは満足そうににやりとすると、今度こそ扉から出ていった。

 その背中を見送るクロネコ。


 ハゲタカはベテランの情報員だ。

 安心して任せていいだろう。


 むしろ心配すべきは自分の身だ。


 財力のある貴族が、たった一度の襲撃で諦めるとは考えにくい。

 次はゴロツキより上等な戦力を揃えてくることだろう。


 そして人間とは、一歩誤ればすぐに死ぬ生き物だ。

 それは最強の暗殺者であろうと例外ではない。


 狙われているのがクロネコ個人である以上、ギルド全体を巻き込むわけにはいかない。

 しかしそうだとしても、マスターに話くらいはしておくべきだろう。


 そんなことを考えながら、クロネコは会議室を後にした。

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