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実は乙女ゲームの世界なんです

愛を込めて貴方に。~暴走無自覚ストーカーヒロインとマイペースな攻略キャラの(多分)攻防戦~

作者: のぴこ

「彼」を初めて見た瞬間、私は恋に落ちました。



私、涼風(すずかぜ)みよりは彼、鶯野(うぐいすの)善也(ぜんや)に恋をしている。


「鶯野くん、おはよう!」

「…?ああ涼風さんかぁ。おはよう」


「鶯野くん、一緒に移動教室に行ってもいい?」

「…ん?いつも通り友達と行ったら?」


「鶯野くん、カラオケ行かない?」

「カラオケに興味はないから、行かないかな。」


「鶯野くん、一緒に弁当食べよう!」

「あれ?友達は?あ、俺兼平に呼ばれているからごめんね。」


「鶯野くん、その」

「桐沢くんが呼んでるよ?」




今日も駄目。昨日も駄目。先週も、その前も、先月も、その前も駄目。

鶯野くんに一目惚れをしてから、積極的にアピールしている。代々剣道家のザ・和の家系で本人も剣道部に所属している鶯野くんに相応しい様に何も手を加えてない黒髪を丁寧に手入れをして、サラサラツヤツヤを保ったり自分を磨いている。出来る限りをしているつもりはある。


けれど何故だろう、何度誘っても、何度話しかけても、何度行動を共にしようとしても鶯野くんは私に興味を持ってくれない。友達としてそこそこ話しているとは、思う。殆んど私からだけど、答えてくれるし私の存在だって知ってくれているはず。けれど、それ以上に私を見てくれているか、意識をしてくれているかってなると全然。

温厚で誰にも優しい鶯野くんは周りをよく見ている。最初は一目惚れだったけれど、周りを気遣えて優しくてふんわりとした雰囲気を持つ彼に更に恋を私はした。



うーん、やっぱり私に興味ないのかなあ。でも私は鶯野くんが好きだから、鶯野くんに私を好きになってもらいたい。鶯野くんの顔を脳裏に思い描くと、兼平(かねひら)くんの事を話す楽しそうな表情へと変化する。兼平くんは私と鶯野くんとは別の教室にいる鶯野くんの従兄弟。鶯野くんは兼平くんと凄く仲が良く…主に鶯野くんが兼平くんに構っていく姿に色々な人がアッチなのかと思ったんだっけ。兼平くんによってその説は否定されたけど。

一目惚れして、鶯野くんを奇跡的に弁当に誘った時に初めて見た大切な人を想う表情に小さく嫉妬した。あの表情に似たものを、こちらに向けて欲しいと思っているから頑張っているのに。


諦めるという選択肢が無いにしても、やっぱり悔しさで心は支配されてる。こうして教室で一人でいると悪い事しか思い付かない。教室から見える剣道場で面をとって汗をタオルで拭う鶯野くんを見るたびに心臓は握りつぶされそうになる。きっと根気よく話しかけていれば、いつか鶯野くんだって私に興味を向けてくれるよね。少しでも、私の事を友達以上の存在に見てくれればいい。焦ったって何もいいことはないよ。頑張れ、私。



**



「鶯野くん、おはよう!」

「…?涼風さん、おはよう」


「鶯野くん、一緒に資料取りに行かない?」

「桐沢くんが行くと言っていたよ。今なら間に合うんじゃないかな?」


「鶯野くん、私に剣道を教えて下さい!」

「う~ん…今から、だと厳しいと思うからお奨めしないかな」


「鶯野くん!」

「どうしたの?」

「ああ、ええっと………特には」

「…あ、桐沢くんの所に向かったらどう?涼風さんの事を呼んでいたよ」



すたすたすた。目の前を横切って、鶯野くんは歩いていく。

やっぱり今日も駄目らしい。ううん、どうしたものだろう。うざいと言う目線じゃないだけ良かったけど、興味が無さそうな目線でダメージが大きい。まあ、これぐらいで戦闘不能になっているのであれば今日も鶯野くんに付きまとったりしていないけど。そもそも付き纏っていると言っても、必要以上に踏み込まないようにしている。流石にそれで嫌われたらダメージが大きすぎる。


……おかしいなあ、鶯野くんは遠目から見ているだけじゃ絶対にこっちに気がつかないだろうし、些細なアピールじゃあ気がついてくれないだろうと思ったからこそ積極的になろうと必死なのに。全部から回って馬鹿な友達みたいに思われている気がする。


流石に焦りを感じるもので、どうすれば現状を改善出来るのか頭をひねりながら本丸中を歩いていると鶯野くんの声が聞こえてくる。途端に心臓が跳ねて顔がニヤつく。やっぱり鶯野くんが好きだなあ。好きになって貰いたいな。思わず向かおうとすると、鶯野くんは誰かと話していた。


よくよく目を凝らすと、それは私の幼馴染みで私が鶯野くんの事について毎日の様に話していて、何度か鶯野くんへのお誘いを邪魔した(※語弊あり)の桐沢(きりさわ)博邦(ひろくに)だった。

呆れながらもちゃんと全部聞いてくれる不憫で苦労人体質でちょっとネガティブな大切な幼馴染みのひろくん。でも、どうしてその二人が…?



鶯野くんは何時通りのふわりとした表情で、ひろくんは反対に険しい表情だった。多分、私が出ていったら何を話しているのかは分からないけど、話がこじれると思ってゆっくり離れようとする。正直、何を話しているのか凄く気になるけど。そんな時、話し声が聞こえてきて思わず息を潜めた。


「……じゃ…」

「………だ…」

「……みよりは…」



「…す……ぜ……興味な…よ」



主と聞こえて更に耳に集中した時、聞こえてきた言葉。所々聞こえなくてもハッキリ分かった言葉。興味ないよ、それは鶯野くんの言葉だった。もしかして、鶯野くんの好みはぐいぐい迫るタイプではなくて、適度に会話を弾ませることが出来る女の子だったのかな。

どうしよう、何も考えられない。




**



思い切って友人であり将来美容師希望の菜々子(ななこ)ちゃんに頼んでを切った。重みを失った頭は不安定で、どうにも心が落ち着かない。勢いだけで菜々子ちゃんにお願いしたけど、本当にこれでいいのか不安になってきてしまった。菜々子ちゃんは戸惑っていたけれど、それみよりの気が晴れるなら、と微笑んで切ってくれた。少し泣きそうになったのは仕方ないよね?元々伸びやすくて背中の半分まであって、鶯野くんに恋をしてから伸ばしに伸ばしてお尻が隠れるぐらいにあった髪を肩にかかる程度まで切った髪の毛先をいじる。下を見て長い髪にひっとしたのはまあ、うん。

朝、鶯野くんに会うために私は昇降口近くの場所でいつも待ち伏せをしているけれど流石に今日はそんな気分になれなかった。別に教室にいても、声は掛けられる…はず。


そっと喉元に触れる。いつも通り、いつも通りだ。いつも通りのはずなのだ。なのに頭はこんがらがっていて、鶯野くんにどうやって話しかけていたっけ、なんて考えてしまう。皆が私の髪を見て心配してくれているなんて知らぬまま、鶯野くんにどうおはようを告げるか、私の頭の中はそれでいっぱいになってしまった。やがて今日は珍しく起きるのが遅かったのか、何時もより大分遅い鶯野くんが兼平くんに連れられて入ってきても、即座には反応が出来ないぐらいには混乱していた。


鶯野が自分の席に着くためには、必ず私の席の前を通る。目線を確かに感じながら顔を上げると、何時よりふわりとしていない、何を考えているのか分からない表情の(決して好意的とは言えない、むしろどこか不機嫌そうな)鶯野くんの顔があった。


「…お、はよう」

「ああ。涼風さん、おはよう」


絞り出した声は非常に小さくなってしまって、それも鶯野くんにとってはどうでもいいのか普通に挨拶される。柔らかく目を細めてほんのり口許を緩めて挨拶をして、目の前をすたすたと歩き去っている鶯野くんはいつも通りだ。


ずるいなあ、と思ってしまう。鶯野くんが好きで、いつも通りじゃなくなっているのに…多分彼は私に好かれていることを自覚しているはずなのに、私に何も言ってくれない。他の奴と話したらどうだとは言えど、もう二度と近寄るなとは言わない。断ったりするけど、迷惑だとは言わない。私を意識していないのに、私が何かあった時、友達として心配してくれるし、振り払ったりすることはない。ああ、思い返してみると分かるけれど、本当に鶯野くんはずるい。確かに好きですの安売りをしたくないせいで直接人前で大声で好きだと言ったことはないけれど、あからさまに"好き"を表現している私を空中で泳がせている。気がついてないなんてことは有り得ない。


ああ、どうしよう…次に何をしなきゃいけないんだっけ。私は何をしたかったんだっけ。思い出せない。それにさっきの挨拶だって最悪だ…普段だったら笑顔で鶯野くん、おはようって言えたのに。

髪をいじる指は止まらない。気分は八方塞がりで、どうにかできる気もしない。机に突っ伏すとひろくんに怒られるからしないけど机に突っ伏したい。どうしても、ひろくんと鶯野くんが話していた時に聞こえてきたあの言葉が頭から離れないのだ。兼平くんの事を話す時みたいに、私と話しているときに私に向かって笑顔になってくれれば私はそれで満足なのに。



**



「で、髪切ったわけ?はあ?バッカじゃないの?」

「バカとか言わないでよぉ…これでも思い切ったんだからさあ。」

「………いや、その、似合わないってわけじゃないし。ただ……違和感が」

「似合ってないんじゃないのならいいの」

「それで鶯野には挨拶だけ?」

「うん、ここ最近は挨拶だけ。今までで考えたら自重してる」

「やっと自分がウザいって学習したわけ」

「うう…目指せ鶯野くんに友達以上の存在だって意識させる女性!」

「はあ…とにかく勉強して。俺が教えているのに、悪かったら許さないよ 」

「うう~…ひろくんが二人で話してた内容を話してくれればいいんだよ!」

「それは駄目。」



目の前のひろくんが溜息を吐き出して持っていた問題集を私に寄越す。私はずっと自分の部屋の机に突っ伏している。いつもの事だから扱いが酷い。ムカついてひろくんの被っているパーカーを外して髪の毛を撫でる。外国人とのハーフだからの王子様みたいな金髪はくせっ毛じゃくて、ふわふわしていて触り心地がいい。羨ましいな。ひろくんのくせに。


「…で、相談って何?」


ひろくんの髪をいじっていると、珍しく大人しくしていたひろくんが顔を上げた。物珍しいものを見るような目で私を見つめながら口を開いた。



「そうだった、私相談してたんだ」

「…自分の机に向かって好きなだけ色々相談すればいいんじゃない」

「ごめん!頼りになるのひろくんしかいないんだって!菜々子ちゃんに話すのにはあの…流石にちょっと気まずいし、ひろくんは幼馴染みで一番私が頼っているし!」

「……はあ、俺よりも兼平とかの方が鶯丸のこと分かると思うよ」

「だからね、ひろくんだから相談出来るの!てゆうか、ひろくんも剣道部じゃん!で、本題なんだけど」

「…はぁ?」



私の手を振りほどいて、目を向けたひろくんと向き合う。…つい目を逸らしてしまったのは、こんな風に相談を持ちかけることが初めてだからだ。


「まあ、その。…だから最近は鶯野くんに挨拶しかしてないんだけど……挨拶以外、どう話しかけてたのか忘れちゃって……うん」


本気で悩んでいるせいで、どんどん語尾が小さくなっていくのを自分でも自覚してしまっていた。今まで当たり前に踏み出していた一歩が、少しの恐怖で踏み出せなくなっている。このままだと本気で鶯野くんが私に靡いてくれなくなる。


流石に人のものを奪おうなんて思うことはない。いや、鶯野くんが好きになる相手に私が全てにおいて勝てそうにないし。鶯野くんに友達として仲良くして貰えるのは嬉しい。けれど、それ以上に、鶯野くんに少しでも意識してもらいたい気持ちが強い。同じクラスで話せる距離に限りは全力を尽くしたい。でも、でも…話しかけられなくなってしまってから、色んなタイミングが狂っている。そのせいで焦って、最近は何もかもが空回っている気がしてならない。鶯野くんを見つけて駆け寄ろうとしても、あの言葉を思い出して立ち止まってしまう。分かっていたはずなのに、いざ本人に言われると足が動かなくなる。そうして遠目から自分の行動を振り返ったとき、ああ痛いなあ、なんて思ってしまったのが、今鶯野くんへの一歩を踏み出せない一番の理由だ。遠目から鶯野くんの背中を眺めて申し訳ない気持ちが湧き出してきて止まらない。勿論、迷惑を掛けているのは承知の上で付きまとっていたけど、そーゆー事を何も言わない鶯野くんに甘えていたんだと思う。そうでもなきゃひろくんに相談しないし、自分で何とかしてた。



「ねえ、どうやったらまた鶯野くんに…今度はちょっと控えめに?話しかけられると思う?」

「なんでみよりは俺にそんな難しいことを聞くの…」

「出来ることなら適度な距離を明確にして、それを少しづつ縮めていくアクションを起こしやすい立ち位置に行きたいなあって思うんだけど」

「無視するな。…もう、そのままでいればいいんじゃない。」

「……あー、そうかな…ぁ…?」

「うっ…!泣くな馬鹿!」

「やばいひろくん、泣きそう。涙出そう」

「誰かに見られたらまたこじれるだろ!俺の両親に見つかったらどうする!やめろ!」



あわあわしながらも近くを探ってティッシュを見つけたひろくんが何枚か抜き取り私の顔に押しつけた。ありがたく顔を拭いて、もう 一枚もらって鼻をかんでおく。


「で、どうせこの前の事は教えてくれないんだろうし……鶯野くんは私のこと何か言ってたりする?」

「別に普通通り。…でも昨日は珍しく調子悪かった…と思う。剣道している時、上の空だった。………多分」

「調子悪かったの!?だ、大丈夫かなぁ…それに、それ絶対私関係ないし」

自信を持って言うことではないのだが、そこは断言出来てしまうのが悲しいところだ。もう1週間この状態だし。クラスの皆に心配される様にまだ見られているけど。うん、かなり付きまとっていたからね。今は自覚してます。ひろくんも黙っているが、やっぱり同意見だろう。切ないかもしれないがこれが現実である。


「…現状はどうしようもないんじゃない。」

「……かなあ」


ひろくんが呟いたのに頷いて、ぼんやりと明日のことを考える。おはようって言って、確か明日は鶯野くんは日直だからそのときに上手く声を掛けて…頷いた私にひろくんは呆れた様に顔を向ける。それでもひろくんの目線は優しい。



「まあ、せいぜい頑張ればいいんじゃない?…話ぐらいならいつでも聞いてあげる」

「優しいねー、ひろくんも前に比べて捻ねくれじゃなくなったねー」

「うるさい!」


前、ハーフだった事で周りから避けられて荒れていたひろくん。私やひろくんのパパとママ達によって立ち直ってくれた。

茶化されたひろくんがいくら怒ったふりをしていようが、ひろくんが優しい事実は変わらないから笑ってしまう。


「うん。元気出たよ」

「……もし、本気で振られたら俺が貰ってあげるよ」

「ありがとう、ひろくん!」


何時もツンケンしていてツンデレだけど、ひろくんはいいやつだと心の底から思う。

本当にひろくんみたいな幼馴染みがいてよかった。

まあ、いつの間にかやる問題集が増えてたけど!!





そんな彼女は、彼が手を強く握りしめている事に気付かない。







**



「鶯野くん、おはよう!」

「おはよう、涼風さん。」



ひろくんに相談を持ちかけてから数日。心情を吐露したことで心が軽くなったおかげか、ここ最近は以前ほどではないけれど鶯野くんに話しかけられている。クラスメイトの皆もほっとした表情を向けてくるから、そこまで心配かけちゃったんだって泣きそうになった。まだ勇気が出ないせいで昇降口近くには立って待てないけれど、それをひろくんに相談すると別にいいんじゃない、と肩をすくめられたからこのまま、鶯野くんが教室で私の前を通り過ぎるのを待っている。



進展があったかと言えばそれはない。少し不機嫌そうに見えた視線から、いつも通りのふんわりとして少し心配そうな目線に戻ったくらい。まあ、すぐにそれもなくなるとは思うけれど。やっぱり焦って動かない方が良かったのかな、と思っても今更としか言えないので悔やもうが何をしようが変わらない。


そういえば鶯野くんは、最近剣道の調子が悪いみたい。よくぼーとしていて授業中に当たったのに上の空で先生に怒られたり、剣道で稽古するのも力加減が出来ないのか後輩を何度か本気で叩き潰すし、それで珍しく悩んで兼平くんに相談し…やだ、ストーカーみたいになってる!

俺は絶好調だけどね、と珍しく得意気な顔をするひろくんは、ひろくんに用があって剣道場を覗き込んだ私に一番に気がついてくれた。一瞬、そこにいた鶯野くんと目が合った気がしたけれどひろくんの方へと意識を向ける。



「…みよりがこうして俺と喋ってるのが気になっているんじゃない?」

「いやいや…それは無いと思うよ。だって普段のまんまだし。」

「…俺、さっき鶯野くんにみよりのこと聞かれたけど。」

「えっ!?ほ、本当!?なん、なんて!?」

「さあね。」



ひろくんは意地の悪い顔で笑って、そのまま稽古に戻っていった。残された私は酷く驚いて、そのまましばらく竹刀を振るう鶯野くんの後ろ姿を呆然とただ、眺めていた。鶯野くんが、私を、気にかけた…?こういった場面では、ひろくんが嘘を吐かないと思っている。ひろくんが鶯野くんに何を聞かれたのかは分からないし、それが良い事なのか、悪いことなのかも分からない。

それでもどんな形であれ、鶯野くんが私のことを気にしたというひろくんの言葉は今すぐ死んでしまいそうなぐらいには嬉しかった。どうしよう、それが何であれ凄く嬉しい。私はまだ鶯野くんのこと好きでいいのかな。



**






ううう……また、色んなことが空回るようになった。鶯野くんの顔が見れなくなった。私の何をひろくんに聞いたんだろうとか、今鶯野くんとの距離はどれぐらいなんだろうかとか、考え始めたら頭がぐるぐる回って平衡感覚を失いそうになる。おかげでここ数日は傍目からも多分あからさまなぐらいに、鶯野くんを避けてしまっていた。クラスメイトの皆にも呆れられながらも協力してもらっている。


ひろくんに相談しようとも思うのだが、ひろくんは後輩の指導やお世話をするのに忙しい。鶯野くんはマイペースだから手伝ってくれないってひろくんが言っていたけれど、よく手伝ってくれる鶯野くんに限って有り得ないと思うんだけだな。ひろくんは新入部員のお世話係も務めているから迷惑をあまり掛けたくはないし。鶯野くんはそんな私の心情を知らないのか(いや、知らないんだろうけど)普段通りのんびり友達と話をして、先生達のお手伝いをして、剣道を真剣に取り組んで、兼平くんを友達に語って…普通通りすぎて泣きそう。私と前より話さなくなったのはやっぱ気にならないのだろう。私はこんなに鶯野くんの事で悩んでいるのにな。あ、相変わらず不調らしいってひろくんから聞いたけど大丈夫かな…




「……もうダメだね、こんなんじゃ」



教室の窓から剣道場を見るが、鶯野くんの姿は見当たらない。いつも、この時間に居るのにと考えて、そんな事を考えた自分に自嘲する。

もう週間である鶯野くんの稽古している姿を今日は見ていないからなのか、帰る気にならない。

私は教室の自分の机に顔を伏せた。

目を向けると、教卓の上にある花瓶が見えた。…毎朝、同じ時間帯に水を換えに行って、兼平くんの教室から戻ってきた鶯野くんと偶然(・・)鉢合わせる様にしていたっけ。


もう、花は殆んど枯れている。毎日水を換えていた私がここ最近ずっと換えていなかっただと思う。机から顔を上げた私は歩いて教卓の上の花瓶を取り枯れた花をゴミ箱に捨てる。クラス近くにある水道に行き、花瓶を水で濯いで汚れを落とす。そして、だいぶ綺麗になった花瓶を私は見つめた。



―――消せればいいのに。この、ぐちゃぐちゃになってしまった感情も。



あの怖いもの知らずで、純粋に恋をしていた私はもういない。今の私は滑稽な姿をしているんだろう。

花瓶を教卓の上に戻そう。鶯野くんに近づきたくて、わざわざ花を選んで、買って。けれど、もうそれをする必要はない。それを出来る気がしないし、花を持ってこれば思い出しちゃう。

もう、必要ない、よね。


「あ…」


手から離れた花瓶。

スローモーションの様に落ちていくのをただ見つめている私。

鶯野くんともっと話したい、もう花を生ける事は出来ない、ひとつ鶯野くんとの接点が消えた、色々頭のなかを駆け抜けたけれど、最終的にはこれでいい、そう思った。



ガシャンッ






…――瞬間、がらがら、と音を立てて教室の扉が開くのを視界の隅に捉えてしまう。



「……涼風さん?っ…大丈夫!」

「っ、」



――聞き覚えのある声だった。ずっと、呼ばれたいと思っていた声だ。


ぞわりと背筋が粟立って、足がかたかたと震えた。顔を上げることが出来ない。最初は本当に、嫌われているのなら自分の行動で好きになって貰えばいい、なんて思っていたのだ。そのくせ疎まれるのは怖くて怖くて、私は、



「……もう、やらない」

「何を…」

「迷惑だと思われないようにする。煩くしないようにする。だから、その…」

「…すずか」

「調子悪いの、早く直るといいね。これ、片付けとく、から。」

「涼風さん!」

「今は見ないで…!諦めるから、もう好きでいないから、来ないで!」



壊れた花瓶を大雑把に拾い、鶯野くんが入ってきたのとは別の扉から飛び出した。手に花瓶の破片が刺さって痛いけど、早く逃げたい。頭がくらくらして顔が熱い。ひろくんは何処だろう。ひろくんに匿ってもらわないと。はやく、逃げなきゃ。もう、こんな感情抱きたくない。はやく、楽になりたい。でも言いたいことは言った。頑張った、頑張ったよ私。頑張っ――



「待てっ、…!」



掴まれた腕から熱が伝わる。嘘だ、とか夢だ、とか、頭の中で私の声が響く。振り返るのが怖くて怖くて、同時に一瞬で湧き上がった期待に心臓が破裂してしまいそうだ。


「……な、んで」


鶯野くんが、少しだけ息を切らしている。なんで私を、そんなに急いで追いかけてきたの?ねえ、どうして。もう止められないよ。


「っ…鶯野くんはずるい…!私の事好きじゃないのに、友達としてしか見てないのに、絶対に迷惑してるのに、そうやって追いかけてきてずるい!お願いだから、私に鶯野くんを諦めさせてよ!優しく…しないでよ…」


目を合わせるのが怖くて顔を上げられない。どうしたらいいの、どうすればいいの、何をすればいいのか分からない。

腕を振り払おうとしても、鶯野くんは離してくれる気配はない。何て言われるんだろ。鶯野くんにいざ言われるってなると恐い。お願いだから、離して。これ以上、想いをずるずる引きずりたくない…


「…それは…俺が困るんだ。俺は一度も君を…みよりをそんな意味で見たことはないよ。初めて会った時から、俺は」


随分と長い時間、腕を掴まれていた気がした。きっとこれは数十秒の出来事なのに、十分二十分…いや数時間の感覚だ。




――瞬間、囁かれた言葉を私は一生忘れることはないだろう。







会話のみの後日談


「そっか、鶯野くんとかぁ…」


「うん、話聞いてくれてありがとう!またね、菜々子ちゃん!」


「うんまたね!………ふぅ。まさかのロールキャベツ系男子ENDか。【愛を込めて貴方に。】の中で人気のカップリングは幼馴染みとだったのに。まあ、桐沢くんは思った以上にヘタレだったし。でも、ゲームではツンツンツンデレ桐沢くんの貴重なはずのデレがこの馬鹿可愛いみよりに関してはデレデレだっんだけどなぁ。みよりは鈍感だから仕方ないか。ゲームのヒロインはどっちかと言うと小悪魔だったはずなんだけど。兼平くんがイベントに何故か現れなくて代わりに鶯野くんが来るのにはもう驚いたな。……鶯野くんかぁ…彼は色々と危ないと思うんだけど。無意識にみよりを俺のだと牽制してるし、クラスから暖かい目で見られてたし。まあ、それに全く気付かなかった幼馴染み2人より気付いて否定ない辺り…………みより、頑張れ!」








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