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群雄  作者: 元馳 安
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天才ボクサー 2




 天才プロボクサー冨樫に(まつ)わる話は多々あった。



 まだプロになる前、プロテストにレフェリーストップがあったことがある。


 テスト内容の中に三つ巴(みつどもえ)戦で行われる試合形式のスパーリングがある。試合は二回。

 そのスパーリングでは頭を守るヘッドギア着用のラウンド数一回のKOなど有り得ない、単純に実技を測るためのものだった。

 その状況で冨樫は開始五秒で一人目をKOしてしまった。場内は唖然とするも、出会い頭のラッキーパンチが当たっただけの偶然とした。


 二人目の相手はゴングが鳴った三十秒後に一撃を放っただけの冨樫を勝ちとするレフェリーストップで終了した。

 プロになる前の伝説である。



 そしてプロ一戦目、デビュー戦を十秒かからずに終わらせたことはボクシングファンの間では語り草となっている。


 冨樫 進のデビュー戦の相手はアマチュアボクシングの社会人選手権の優勝者、天田(あまた) 輝之(てるゆき)という青年だった。

 裕福な家庭で育った青年は幼い頃からボクシングの英才教育を受けると瞬く間にその才能を発揮した。

 

 「天」から授かったその「輝」かしい二物を武器として日本ボクシング界を盛り上げようと連盟は考えていた。

 女性ファンも多かった。


 そんな天田青年のデビュー戦である。鮮烈なデビューを飾りたい大事な舞台の相手を務める者は普通の者には任せられない。

 見た目も良く、弱過ぎても強過ぎてもいけない、そんな話題性のある者が選ばれた。それが冨樫だった。


 プロテストでの出来事は関係者に伝わっていたが、実力の程は知れないとし、無名同然の冨樫は「咬ませ犬」としてリングに上げられた。

 しかし、結果は関係者やファン、メディアなど、その会場にいた多くの者を裏切る結果となった。

 この時から冨樫の無敗伝説が始まった。



 噂の中には関係者の間だけしか知らない、信じ難いものもあった。それが全国の色々なジムで道場破りをしたことである。


 ボクシング関係者の間で噂になると、冨樫は全国のジムに顔を出しては練習に参加した。

 それは今は亡き千代の富士が横綱時代に繰り返し行っていた出稽古に似ていた。

 様々な場所に出入りする冨樫は自分よりも階級の重い相手としかスパーリングを行わなかった。

 とあるジムでは冨樫は当時のミドル級の日本王者を相手に、ヘッドギア無しの八オンスの試合用グローブを着けて本番さながらのスパーリングをし、二ラウンドでKOをしたという。


 自分よりも三階級上、階級差だけでも八キロ以上も重い相手であり、相手は減量も何もないナチュラルなオーバーウェイトだったという。




 そして極め付けはプライベートに関わることで、体を売っていたことなどがあった。




 様々な噂が出回り、話題に尽きない男としてメディアは取り上げるようになった。


 新聞や雑誌、そしてテレビ出演まで果たした。冨樫はキワモノとしてテレビに出演した。


 それは、ニュース番組や教養番組ではなく、タレントが司会を務める娯楽番組、バラエティー番組寄りのスポーツ番組であった。


 野球やサッカー、ラグビー、体操、陸上といった競技から格闘技に至るまで様々なスポーツ選手、一流のアスリートを招き、そのスポーツ界の裏話や珍事などを赤裸々に語るのが番組の売りだった。


 この日の出演者は柔道、相撲、空手、ボクシング、キックボクシング、プロレス、ムエタイ、合気道など、全員が格闘家であり、武道家だった。


「俺は試合でまだ負けたことないから」

「強い奴と闘いたい」

「試合で一度も本気を出したことがない」


 初めてのテレビでの冨樫のビッグマウスな発言もまるで一発屋芸人のキャラ作りに必至な、「次もお呼ばれされたいがための行動」として、失笑を買っていた。

 まさに際物(きわもの)であった。


 周りの格闘家には決して楽しい話ではない。番組スタッフも肝を冷やしていた。


 撮影も順調に進み、終盤に差し掛かった頃だった。


「この中で本当に強い奴は俺だけ」


 冨樫の空気を読めない発言にスタジオは凍りついた。


 ついに出演者にまで手を出したのだ。

 出演者は全員が自尊心の強い格闘家であるが、テレビカメラの前では冨樫の今までの発言も、そしてこの言動さえも軽く聞き流していた。


 しかし、全員ではなかった。とうとう怒りを抑えることができない者がいた。


 タイ王国にある様々なムエタイジムの中で、ルークバーンヤイ・ジムに籍を置くことを許された唯一の日本人王者、高籐(たかふじ) (つよし)である。 


 タイ式ボクシングとも言われる格闘技、ムエタイは肘打ち有り、膝蹴り有りの過激なそのルールから打撃最強とも言われている。


 2000年代から“お客様”を受け入れる観光化したムエタイジムに変貌した「観光式ムエタイ体験ツアー」などではなく、劣悪な環境に身を置いて、日夜、地獄の修業に励んだからこその高貴な自尊心であり、外国人受け入れ態勢のない、伝統ある格式高いジムに入った彼だからこその絶対的な自信があった。


 高藤の地獄はジムに入ってからではない。ジムに入ることすらも苦悩と騒乱の日々だった。外国人を受け入れないジムに通い詰めるなど当たり前である。


 嫌がらせやなど日常茶飯事であり、時には、物を盗まれる、命を狙われるほどの危険さえ経験した。


 高藤は諦めなかった。


 理由はただ一つ、強くなりたいから。その一心で通い詰めた。


 自分がジムに入れてもらえる。それは、レアルマドリードを夢見る少年が練習中のクリスティアーノ・ロナウドに声を掛けて練習に混ぜてもらえるくらいあり得ないことだと分かっていた。

 しかし、諦めなかった。


 そしてとうとう最後に折れたのは地元のタイ人だった。高藤は仲間として認められた。そして、そこで高藤は急成長を遂げる。


 彼の自分自身への信頼、自信、自尊心はルークバーンヤイ・ジムに所属し、試合をこなしチャンピオンに上り詰めることで確固たるものになった。


 だからこそ、冨樫の言葉が許せなかった。


 冨樫のこの発言を聞いた瞬間に高藤は怒りの形相で立ち上がった。


 有り得ない冨樫の発言に出演者たちは固まった。


 この時、高藤の隣の席に座っていたプロレスラーの藤波は冨樫の言動よりも、その言葉を受けての高藤を気にして立つことが出来なかった。


 プロレスラーでありながら、総合格闘技の試合にも出場した藤波は当時のMMAの試合であるヘビー級王者とも互角に殴り合っていた。


 プロレスラーでありガチンコ(真剣勝負)にも定評のある男で、身長百八十センチメートル、体重百キログラムという恵まれた体格から日本人最強とも言われていた。


 しかし、そんな藤波も高藤にだけは廊下で道を譲るほどである。


 藤波だけでなく、他の出演者が高藤の激昂した様子に畏怖した。


「何だよ? 文句あるなら今ここで教えてやるよ」


 冨樫のこの言葉に高藤は我を見失い、冨樫に殺す勢いで迫った。


 冨樫との距離は三メートルである。しかし、この三メートルは他の格闘家たちに死守された。



 プロデューサーは即座に撮影を中断し、二人の共演は今後一切NGという暗黙のルールができた。

 否、冨樫はもう呼ばれない、そんな空気さえあった。



 冨樫は一度のテレビ出演で消えた。

 業界ではそう囁かれていたが、冨樫 進はこの騒動を機に名が知れ渡る。



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