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群雄  作者: 元馳 安
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マリアーノ 2





 痛みと恐怖を与えれば簡単に口を開く、リビアンさえも知らないような下っ端の下っ端である子供(ガキ)の溜まり場で、子供たちを襲ったマリアーノたちは予想以上の収穫を得た。


 リビアンのアジトが分かった。


 ここは貧民街。絶え間ない抗争が続き人の命が掃いて棄てられる悲惨な街。


 悪の大物になるには暴力と頭脳が必要だったがマリアーノには両方あった。これは神の啓示であるとマリアーノは思った。


 リビアンの資金源となるヤクの場所が分かっただけでなく、アジトやリビアンの行動が分かった。愛人を複数持つリビアンには特にお気に入りがいるらしい。

 それはリビアンの側近ですら知らない情報であり、貧民街に住む若い女だった。

 その女のもとには誰も引き連れずにたった一人で向かうらしい。

 ヤクを運ぶガキが偶然見つけたということだった。


 マリアーノたちが向かったのは当然、その女の所だった。リビアンの逢引きを狙ってである。


 リビアンの最期はあっけなかった。女とベッドで寝ている無防備な所を襲われて呆気なく死んだ。



 リビアンのアジトである屋敷は高い塀に囲われた大きな敷地内にある。

 門からはガレージとして使っている大きな倉庫のような建物が見える。


 植栽が敷地内の様子を遮蔽しているので外からは中の様子が分からなかった。


 大きな門を抜け、倉庫のような大きな建物の後方には広く建てられた平屋と三階建ての建物が建てられている。

 

 平屋の地階が麻薬を製造している場所だった。


 屋敷の門をくぐり堂々と敷地内へ足を踏み入れる。

 見張りのものは何もできなかった。見張りだけでなく、そこの誰もマリアーノたちに逆らえなかった。



 扉を叩く、その扉はマリアーノの輝く未来への扉だった。



 俺は悪くない。




 マリアーノは街に来て十年も経たずに街を牛耳るギャングになっていた。十八歳である。


 マリアから奪ったヤクに加えて、リビアンのヤクとコネクションも奪い取った。

 英語が話せることがここで活きた。とはいえ、半端な英語である。ビジネス(・・・・)の話ができるまでに苦労した。


 そして、マリアーノたちは麻薬密売組織となり、更に武器の密輸まで行うマリアーノたちに手を出す警察はいなくなった。

 しかし、敵は警察だけではない。この頃から『SSC』という民間軍事会社の名前をマリアーノは聞くようになる。


 実の兄と同じ名前があることに気付いていた。



 やがて歯止めが効かなくなったマリアーノたちの犯罪はメキシコやロシアにまで及び、その繋がりが強力なコネクションとなった。

 そして、警察の目を掻い潜るとマリアーノを隠れ蓑にナバーロが手掛けていたのは密入国だった。


 マリアーノは重要指名手配犯となり、近隣諸国への入国も表立ってはできなくなっていた。


 そんなマリアーノだが、独自のルートを持つ彼は自由に出国し、入国することができた。商売も繁盛し、己の力だけでのし上がったマリアーノは出自の境遇などものともしなかった。



 しかし、圧倒的な力を持つようになったマリアーノも更に力のある者には敵わなかった。


 きっかけは一本の電話だった。



「Hello」

 国際電話で掛かってきた電話だった。取引相手ではない。


「誰だ?」

 タイ語で話すマリアーノ。


「English please」

 通話口から聞こえる英語は有無を言わさぬ迫力があった。


「Who are you?」

 マリアーノが英語で答える。


『私の名前はモーガン。是非、君を雇いたい』

 相手は満足したようで、声色が柔らかくなった。

 突然の電話はイタズラではない。しかし、その突飛な内容にマリアーノは何かを疑わずにはいられなかった。

 ギャングの首領をヘッドハンティングする電話はイタズラではない。「雇う」という言葉の意味を理解する前に知ることがあった。


『俺を雇う? お前が誰かも分からないのに簡単には答えられない』

 マリアーノの胸には嫌な予感しかしなかった。

 電話を取ったことを後悔した。


『うーん……私はアメリカでビジネスをしている。カジノを経営し、不動産事業や様々な興行事業を展開している。それが表の顔だ。君たちよりも危ないこともしているよ。裏稼業だ。その仕事を手伝ってもらいたい。どうだね?』


『……俺はお前のことを知らないが、お前は俺のことを知ってるみたいだな……知ってて電話するってことはお前たち(・・)は俺たち(・・)よりも強いってことだろ?』

 (らち)が開かない無駄な会話はしない。少ない会話で重要なことを探らなくてはならなかった。

 相手は何者なのかだ。


『そうだ。話が早くていい。どうだ、会って話さないか?』

 言葉に詰まるマリアーノ。イエスかノーで答えさせるモーガンの意図を慎重に計った。

 話し合いの場に向かうということは拒否できなくなる。危険が伴うのだ。

 モーガンという男がどれほど強大なのか分からない今、マリアーノに迎合する気などなかった。


『折角のお誘いだが断る。俺は一番になりたいんだ』


『これを断ったら、もう私に従うしかなくなるぞ? 君を殺すことになる』


「Fucking do it if you can」

 捨て台詞と共にマリアーノは通話を切った。




 その数日後、ロシアのある組織がなくなったことがマリアーノのもとに伝えられた。

 それはマリアーノが武器の輸入を行なっているロシアの組織だった。


 マリアーノの組織よりも規模が大きく、資金もある。ロシア国内でも危険視されている組織だった。


 マリアーノは嫌な予感しかしなかった。



 数日後、二度目の電話が鳴るとマリアーノは諦めたように電話を取った。


『君のパイプは壊した。私が君たちみたいな弱小の組織を簡単に潰せることが分かってもらえたかな? 君は私に従わざるを得ないのだ。死ぬか従うかだ』

 男の言葉が本当であると分かると逆らうことができなくなった。


『俺は……今死ぬわけにはいかない。あんたに従う』


『賢明な判断だ。マリアーノ君、君を雇いたいがその前に試験をしてもらう。もし失敗すれば、その時は死んでもらうがいいかね?』


 街で一番のギャングを簡単に殺すというこの男にマリアーノは言い知れぬ恐怖を感じた。

 モーガンの話を一言一句漏らさずに聞き、慎重に応答した。


『試験とは何だ?』


『私に強い男を紹介してほしい』


『強い男?』


 それは奇妙な話だった。



 腕っ節の強い男を紹介するというものだったが、その強さを証明することが自身に課せられたことだとマリアーノは悟った。


 強さの証明とは何か。モーガンの要求に応えなければ死に繋がる大事な問題である。

 何をすれば良いのかはマリアーノにはすぐに分かった。


 マリアーノはモーガンに要求された以上のことを果たさなければならなかった。


 得体の知れない裏の世界の者である。強い男の履歴を見せることなど求められていない。何かのチャンピオンかなどどうでもいいことである。

 証明の仕方次第では命を落とす。


 マリアーノは男が闘う姿を見せることを提案した。


 対多人数、対武器、そして、一対一での素手同士の勝負を用意する。全てが命懸けの闘いである。


 マリアーノの話にモーガンは興奮した。


 中継で映像を見たいと希望するモーガンの要求もマリアーノは了承した。


 マリアーノの話を聞いたモーガンは「やはり君は良い」と呟いた。


 その言葉にそっと胸を撫で下ろした。


 第一関門はクリアした。

 あとは強い者を用意するだけであるが、これが一番の難関だった。


 闘う舞台は自分のアジトである。

 モーガンのもとに行くのであれば、この場所は必要なくなる。


 銃を相手にする戦闘は倉庫、敵が複数いる戦闘は居住地、一対一での闘いは居住地の一部屋を考えた。


 生映像が見たいというオーダーに応えるために監視カメラの台数を倍以上に増やした。


 無線で映像を飛ばし、コードレスにすることで配線工事の難点をクリアした。そして更に、三階部分のコンピュータルームだけにモニターを設置していたが、部下に内密に一階の倉庫にモニターを設置することでSSCからの刺客をも騙すことができた。


 一番の問題である強い者を探すことであった。


 マリアーノのボディーガードを務めるセーンでは力不足である。

 ムエタイの世界で強過ぎて試合が組めずに闇試合まで出ていたセーンは一対一の勝負を得意とする。しかし、それだけでは強いとは言えず、マリアーノが用意した舞台を生き残ることなど到底不可能であった。


 これは一つの賭けだ。



 数日後、マリアーノはある計画を実行した。その内容を知る者はマリアーノを除くと相棒のナバーロだけであった。

 ナバーロすら全容を知らない。




 モニタールームの画面に映る映像をマリアーノは食い入るように見つめた。


 ただ自身の兄、タクシンだけを見つめた。

 生きて抜いて欲しいという思いはあった。それは唯一、血の繋がった家族だからという情愛による理由ではない。


 強い奴を紹介するというモーガンの要求に応えるためで自身の保身からだった。


 結果は想像以上であった。


 セーンの強さを知るマリアーノはタクシンはセーンに勝てないのではないかとすら思っていたが、杞憂であった。

 そもそも、SSCの隊員の誰が生き残っても良かった。「強い奴を紹介してほしい」という要求であり、人数は指定されていない。

 何人でもいいのだ。多ければ多いほどモーガンが喜ぶことは分かっていたが、確率を言えば、一個隊を賭けることで要求を満たそうとしていた。


 その中でも実の兄であるタクシンが突出した強さを誇っていたことはマリアーノにとってあまりにも幸運であった。


 タクシンが三階部分のモニタールームに到着した時点でモーガンから電話があった。



『地下の隠し通路から表へ出ろ』


 マリアーノとナバーロはアジトを逃げるように脱出した。


 モーガンが寄越したポーンという男の暴走で自分の生き死にが不確定となったマリアーノは本当に逃げる思いだった。


 逃げるのは仲間の残党からではない、SSCからではない、タクシンからではない、モーガンから逃げたいと本気で思っていた。


 三階のモニタールームを出て一階に到着するとマリアーノは心臓が止まりそうになった。

 兄のタクシンが自分を見下ろしていたからだ。

 マリアーノとナバーロは隠し通路へ急いだ。

 タクシンからは見えなかったが、目の前にはセーンを殺したポーンという男が不気味に笑いながらタクシンを待っていた。


 逃げなければ。



 暗い通路をマリアーノとナバーロが疾走する。

 辺りに響くのは二人の足音だけであった。


 しかし、その二人の足音も止まった。


 息を弾ませながら、真っ暗闇の中で薄っすらと見える影に二人は観念するように手を上げて降伏した。


 黒スーツの男たちが自分たちに銃を向けているのだ。

 マリアーノは死を予感した。


 タクシンも恐らくポーンに殺されたのだろう。


「Congratulations」

 黒スーツがトリガーを引く。


 「パンッ」っという爆ぜた音が辺りに響くと隣に立つナバーロが倒れた。


 ナバーロは頭を撃ち抜かれた。



 試験は合格だった。



 強さを証明するのは何も腕力だけではない。マリアーノの強さは他に類を見ないその知力だった。


『詳しい話はモーガン様から直接聞いてください』


 マリアーノがゴールを目指す。


 地上へ出るとマリアーノを出迎えたのは上下真っ白なスーツを着た黒人男性だった。


『初めましてマリアーノ君、私がモーガンだ』

 柔和な笑みに隠れた冷たい目を見逃さなかった。


『よろしくお願いします、ボス」

 モーガンが満足そうに頷く。

 自分は雇われるのである。


 それから車に乗せられたマリアーノは車内でタクシンが生きていることを知らされた。


『君が作ったシナリオは最高にギャラリーを喜ばせた。君の最初の仕事は大成功だ』

 マリアーノがモーガンが何を言おうとしているのか図りかねる。

 

『私の裏の顔はギャンブラーだ。

 世界にいる様々なギャンブラーのうちの一人だ。

 今回は君が考えたシナリオを賭け事として私がギャラリーに提供した。最高のシナリオだった。

 まぁ、運による要素が多かったがそれも君のセンスだ。君には才能がある』

 マリアーノにはモーガンの言葉の意味が分からなかった。

 その表情を正確に読み取ったモーガンは小さく笑うと静かに口を開けた。


『君はディーラーだ。闘う場所を決めて、闘いの設定を決めるのがディーラーだ。闘いを決める前に駒がいる。タクシンが妥当だろう。

 タクシンという駒を使って君はありとあらゆる闘いや賭け事を他のディーラーに提案する。

 その逆もまた然り、ある決まった闘いに()るか()るかを決めて、伸るならば、闘いに勝たなければならない。

 今回は君が考えた計画に私が賭けを考えた。SSCのメンバー何人が生き残るかだ。

 普段はあるディーラーが考えた闘いに別のディーラーが乗り、その闘いにギャラリーはベットするが、稀にこういう賭けが認められる。ギャラリーは大いに盛り上がった。君のお陰だ。

 途中から別の賭けも行われたがこれがまた盛り上がった。

 ポーン対タクシンだ』

 モーガンの言葉に言葉を失った。自身が計画した誰かの命を使ったものが、ただの娯楽として扱われていたのだ。その中には自分の命も含まれている。


『普通にやれば当然、S級戦士であるポーンであるからハンディキャップをつけた。ポーンはムエタイだけで闘うこと。それでもギリギリではあるが、タクシンはポーンに勝った。見事だ。私も手に汗握った。私は君を立てるためにタクシンに大博打を打ったんだ。儲けさせてもらったよ。まぁ、いくつかのクレームはあったがね』


「Morgan」

 黒スーツの男が外からモーガンに声を掛ける。


『タクシンが来る。君は先に行きたまえ』


『何処に?』


『アメリカだ』


 モーガンが車から出るとマリアーノを乗せた車が砂埃を巻き上げながら発進した。



 モーガンが真っ白なハットを被る。



 様々な局面に対する闘いに対応できる能力と戦闘力は闘士として必要不可欠である。


 対一の徒手戦ではS級戦士であるポーンを倒したこと、武器を使用する絶対不利な状況を仲間を引き連れて打破する機転、そして、相手が何んかも分からない状況で仲間を守りながら多人数から守ったタクシンはS級戦士として迎えられた。


 S級戦士が手に入り、駒の能力を最大限に引き出すことができる有能なディーラーが手に入ったのだ。


 黄土色の地面が浮き上がるように蓋が開かれると一人の男が現れた。

 先ほどまで死線をくぐり抜けた若者である。


 モーガンは自然と口角が上がるのを感じていた。



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