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群雄  作者: 元馳 安
39/41

マリアーノ 1





 「motel虐殺事件」が新聞で報じられた。



 二十名ものスタッフは手足が縛られた状態で鈍器のような物で撲殺されていた。


 宿泊客は十組二十人全員が拘束された状態で頭を撃ち抜かれるか、スタッフと同じく鈍器のようなもので撲殺されていた。


 ホテル「motel」の惨劇だった。




 事件の真相を知る者は犯人である子供ただ一人だった。



 クルムアンたちが盗みを働いた後の現場には目ぼしい物は殆ど残っていなかった。それでも子供にとっては十分だった。僅かな金品をマリアーノは盗んだ。


 マリアーノは静かなホテルを後にした。



 僕は悪くない。



 マリアーノは村には戻らなかった。夜通し歩き森を抜けて、更に歩き続けて街を目指した。


 疲れ切ったマリアーノは街でナバーロという少年と出会った。


 この出会いがマリアーノの人生で一番大きな岐路となる。


 ナバーロは頭がキレた。


 ホテルで盗んだ僅かな金品を元手に二人は何もない街でのし上がった。


 二人は数え切れない人を殺した。


 何故?


 初めは金が欲しかったからだ。


 ナバーロと二人、金が手に入るようになった時には手下が十人いた。そこで自分は力が欲しいのだと気付いた。


 力に憧れを持ち始めると街のギャングたちがデカく見えた。 小さい街でもその世界だけは大きく感じた。

 夜の繁華街を闊歩するギャングはみんな派手でデカい。人も武器も、そして金も。


 マリアーノはナバーロに何でも訊ねた。


「なんであいつらは金があるんだ?」

 強盗以外の金の集め方をマリアーノは知らなかった。


「ヤクだ」



 タイの貧しい村で生まれ育ったマリアーノが、ギャング紛いの者たちとつるんで帰れなくなると行き着いた先は貧民街だった。


 そこでナバーロと出会ったことがマリアーノにとってこれ以上ないほどの幸運だった。


 その街では昔からドラッグがあった。


 きっかけは一人の女だった。


 昔、白人の女が一人で娘を育てるためにすえた臭いのする廃れたアパートでヤクを売り始めた。みんなからはマリアと呼ばれていた。


 マリアには知識とセンスがあった。いや、金を集める才能があったのかもしれない。


 最初にマリアが手を出したのはマリファナだった。素人同然の売人マリアは相手を選ばずヤクを売りまくった。


 マリアの商売が軌道に乗るのに時間はかからなかった。

 次第にマリアのアパートに出入りする奴は増えていった。


 大概は子供(ガキ)だ。


 殺しが日常化された街にまともなガキなんかいない。金なんかない。盗みや殺し、暴力はこの街では正当化され、女は女として生まれたことを呪った。そんな女もヤクにはハマった。体を売ってヤクを手に入れていた。


 女も男もセックスとドラッグにのめり込んだ。

 マリアも例外じゃない。


 “特別な相手”にはタダで渡すこともあった。

 

 マリアーノはマリアのお気に入りになった。


 マリアーノは十一才で童貞を失った。

 相手は勿論、マリアだ。マリアはペドファイル(幼児性愛)の性癖があった。


 自分の母よりも年の離れた女性に性的な興奮を覚えることなどなく、吐き気を催すほどの嫌悪を感じてもマリアーノはマリアの相手をした。


 アパートのベッドは彼や他の子たちの精液と汗で黄ばんで異臭を放っていた。


 そんな地獄のような部屋もマリアーノが住んでいた家に比べればまだマシだった。

 マリアはマリアーノに大麻とコカの栽培方法を教えた。マリファナの作り方とコカインの作り方を教え、更に英語を教えた。


 マリアはマリアーノを我が子同然に可愛がったが、マリアーノはマリアを母とは思わなかった。


 取り入ることで素人同然のマリアから、簡単に商売を乗っ取った。

 もう教わることなどないと知ると後は簡単だった。


「出てけ。殺すぞ」

 泣き叫ぶゼリアの顔面を殴り、この台詞を言うだけでマリアーノはあっさりマリアから商売を乗っ取った。

 マリアーノは悪気もなく育ててくれた恩もなく殴りまくった。


 せめてもの情けで殺さなかった。


 売り主が変わってもヤクは減らなかった。商売は繁盛した。マリファナとコカインはアパートで育てていた。この街ではコカも大麻も育たない。

 マリアが植物を育てて作ったお手製のヤクだ。


 マリアーノとナバーロは近所の子供たちをディーラーに使った。マリアにはない別の才能がマリアーノにはあった。


 バイヤーを使うことで販売の幅を広げ、エリアの拡大と売りの増大を図った。

 もちろんガキが悪事を働くことも考えられた。

 売上金の横領、計上、ブツの横流し、しかし、そんなことをするガキはいなかった。安定した収入が得られたガキたちが守りに入ったからだ。


 街の警察を買収すると、マリアーノとナバーロの名前を知らない者はいなくなった。


 街をデカい顔して歩けるようになったのだ。

 街を歩けばその筋の者たちは二人に声を掛けて頭を下げる。

 二人は勝ち上がっていった。


「ナバーロ、どうすればこの街で一番偉くなれる?」

 マリアーノもナバーロも十五歳だった。


「人と武器と……金だな」


「そうだよな」

 金が手に入ったときに自分は満足していた。食うにも、遊ぶにも、生活には何も困らなかった。困らないか、今の生活でいいのだと思った。

 違った。戦うことに困った。金の使い方が分からなかったのだ。

 生き方が分からなかったのだ。しかし、生き方が分かると困った。


 ナバーロが一軒の店を指差した。女が取り囲む中心に白人の男が口を開けて笑っている。

「マリアーノ、あれがこの街で一番デカい顔してる奴だ。名前はリビアン」

 また金が欲しくなった。次は莫大な金だ。




 マリアーノが知らないことでナバーロが知っていたことは、まさにマリアーノが知りたかったことだった。


 ギャングの資金源は? リビアンは何故組織を大きくできたのか?


 ギャングの資金源は窃盗や強盗じゃない。圧倒的資金源はヤクだ。


 あとは陣地をどれだけ取れるかである。



「リビアンのヤクが一番売れるのはあいつのものが一番上物らしい」


「奴は何処から仕入れてる?」


「アイツは自分の隠れ家(ヤサ)で育ててるらしい」


「そこで奴を殺そう」


「待て、デカい抗争は警察(サツ)が動く。とりあえず、アジトを探るか」


「どうやって?」





 いたる所で鶏の鳴き声が聞こえる。


 街外れのならされてない路を歩けば黄土色の土煙が舞い上がり、プレハブ小屋が立ち並ぶ界隈を歩けば動物園に似た臭いを放っていた。


 そんな街の一角に十人で(たむ)ろするガキたちがいた。


「どうやったら金儲けできる? 銀行強盗か?」


「ヤクが一番儲かる」


「ヤクを捌くんじゃなくて作ろうぜ」


「俺たちはずっと配達してる。もう耐えられねぇ!」


「ヤクは作る方がボロ儲けだ。大物になるには時間がかかる」


「上の奴が殺されるのを待つしかない」


「俺は待たない。リビアンみたいに邪魔な奴は始末する。殺して殺して一番になる」


「最近、勢いのあるやつがいる、マリアーノだ」


『リビアンは強盗やヤクの見張り、ディーラーにガキを使う。マリファナを作るのもだ。ガキはそこら辺にいる、怪しまれないし安いからな。……そうだ、だからガキを襲って居場所を探る。他にも有益な情報があるかもしれないしな』


 ナバーロはマリアーノが知らないことを知っている。



 ガキどもは近付いてくる不振な陰に気付くはずもなかった。



 ボコっ! っという鈍い音がすると同時に頭に衝撃が走ると頭を殴られたガキは弾かれたように顔を上げた。


「俺がマリアーノだよ」


 マリアーノに後ろから頭を叩かれ、驚きのあまり叫ぶガキたちに逃げ場はない。


 リビアンを狙うマリアーノたちはその情報を得るために下っ端の下っ端である運び役の子供を襲った。


 捕まる前に、殺され前に、必至の思いで逃げるガキ。


 鶏の鳴き声とガキの泣き叫ぶ声とギャングの怒鳴り声とボスの笑い声が街に響く。


 捕まれば殺される。飛んで跳ねて走りまくるのはリビアンの手下の子供たちだった。


「逃げんじゃねえ」

 捕まった一人のガキ。


 捕まっても暴れることを止めなかった。

 そのことがマリアーノたちの癇に障った。


 壁際に追い込まれ、なおも逃げようとする。

 壁を背にした子供はマリアーノたち総勢二十人に囲まれた。

 泣くのを通り越して子供は放心状態になっていた。


「速いな! 逃げ足が速い。みんなズラかったな。他は?」


 後ろからもう一人のガキが投げ込まれる。


 投げ飛ばされたガキが壁に叩きつけられると背中を強打して苦悶の表情を浮かべた。泣き叫ばなかったのは偉かった。マリアーノたちの機嫌損ねずに済んだからだ。


 銃を向けられたガキは言葉を失った。


 二人のガキに八丁の銃が向けられる。残りの八人は逃げ切れた。


「逃げた奴らの代わりに罰を受けろ」

 マリアーノの銃はガキの眉間を捉えた。


「選べ。どっちを撃ってほしい? 手か足か」

 ガキたちが堪らずに俯いて泣き出す。


「両方かっ!?」


 マリアーノが怒号を発すると一人が手を差し出す。


「お前は? 足か手どっちか決めろ」

 もう一人も手を出す。


「手だな?」

 手か足ならば手を選ぶだろう、歩いて帰れるのだから。


 パンッ!


 銃声が響き渡ると子供の叫び声がこだました。


 あああああぁぁー!


 一人が膝から崩れる。右足から鮮血が噴き出す。


 続けてマリアーノがトリガーを引く。


 パンッ!


 あああああぁ゛ぁー!


 もう一人は吹っ飛んだ足の足首を押さえ叫び声を上げた。指の間からは真っ赤な血が流れ出した。


「ハハハハハハハハハっ!」

 マリアーノの手下たちはマリアーノが声を上げて笑うところを初めて目にした。

 ナバーロはもう見飽きるほど見ている。人を殺す前の痛めつける瞬間がマリアーノは大好きだと知っていた。


 あああああぁぁぁーー!


「ハハハハハハハハハっ!」


 あああああぁぁー!


「面白ぇぜ! おいチャイ!」

 声を掛けられたのはまだ本の子供である。後ろに隠れる軟弱な子供に声を掛ける。


「どっちか選んで撃ち殺せ」

 銃を渡すボス。

 子供が手に取った銃は冷たく重かった。


 これは命の重さ?


「やれよ。どっちか好きな方を撃て」


 嫌がる手下を無理矢理従わせる、これもマリアーノが垂涎するほどに好きなことであつた。



 泣き叫ぶガキども。アドレナリンが駆け巡り、呼吸も止まる。


「おい! リビアンのことを教えろ」





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