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群雄  作者: 元馳 安
37/41

兄弟 8

残酷な描写がありますので苦手な方はブラウザバックをお勧めします。




 いつ終わるとも知れない地獄が続く。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 タクシンにとって奥の部屋までは遠い道のりだった。



 タクシンに二人の男が襲い掛かる。



 タクシンが狙ったのは足だった。


 勢いよく近付く敵にタクシン自ら距離を詰めると敵の一人が驚くように躊躇った。


 疲労困憊のタクシンの精一杯のフェイントは効果抜群であった。

 タクシンが一瞬の隙を突く。


「ぃやぁー!」

 左右思い切りトンファーを振ると膝頭を強打した。

 鉄の棒で殴られたかのように膝に激痛が走ると、敵は膝を庇うように屈んだ。


 相手が屈みながら苦悶の表情をするとそのまま頭を掴み膝蹴りで相手を昏倒させた。


 タクシンの攻撃はまだ続く。


 膝蹴りを顔面に受けて失神した敵を前蹴りで後ろの相手ごと吹っ飛ばした。


 吹っ飛ばされた相手は重なり倒れると体勢を崩された。


 気を失った味方を払い除けてなんとか立ち上がった敵の前には、呼吸を無理矢理整えて迎撃の体勢を終えたタクシンが構えていた。


 敵はタクシンの気迫に尻込みした。


 タクシンの瞳に光が灯る。



「うわぁああぁぁー!」


 気合いを入れて無我夢中で殴り掛かる相手のナイフをトンファーで受け流すと同時に回転して右足で相手の膝を刈る。


 タクシンのシラットには直線だけでなく円や螺旋、様々な方向への力の転換を可能とする動きがある。

 中国武術のような滑らかな動きに、荒々しい野生の獰猛さを加えたようなシラットはそれを使う者の疲労以上の威力がある。


 ステファンが学んだシラットは第一のジュルスが受けから初まる。

 相手の攻撃を左で払う、腹部を目掛けて突く、右足で相手の膝を蹴り、相手を投げる。

 前進しながら攻撃を加え、最後は回転して投げる。

 第一のジュルスである。


 型の鍛錬を積んだステファンが行き着いた先は実践では使えないという考えだった。


 そして、ステファンは技を分解し、実践では繋ぎ合わせるようにした。これはステファンの別の思いが込められていた。


 近接した状態から円の動きで捲き取るように相手の足を刈り取る技をウィリアムズ流シラットの「捲(wind)」と呼んだ。


 膝裏を刈られて膝を畳まれた相手は、バランスを失い崩れる。腰ほどの高さに来た相手の頭部にナイフを突き立てた。


「はっはっはっ、ふーっ」

 タクシンが呼吸を整える。


 即死した敵の頭部からタクシンはナイフを引き抜いた。


「タクシン! 後ろだ!」

 ソンポンが叫ぶ。


 更に後方から敵が襲い掛かる。


 振り向くタクシンに怖気付くも、敵がタクシンに向かってくる。


 左腕で持つトンファーで相手の両足を払い、膝が折れたところで、膝立ちになる相手の膝にナイフを突き立てて太腿を引き裂く。


 敵は叫び声を上げて倒れた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 息つく暇もない。


 九人を倒した。


 シラットには数多の流派がある。打撃を主とするものや、組み技が主体のもの、武器を主に使うもの、様々なシラットの中でも、若かりし頃のステファンが学んだシラットは組み技系のシラットだった。


 ステファンは組んでから、若しくは組み際の打撃を得意とした。


 弟子であり、部下であり、息子でもあるタクシンが得意としたのもステファンが軍隊武術として昇華させた組み技系のシラットだった。

 しかし、タクシンが扱うものはステファンのそれよりも残忍で強力で美しかった。



 大量の汗がタクシンの体中から流れている





 モニタールームは不気味なほど暗く静かだった。

 そんな中、男が静かに口を開く。


「俺が“見て”やる」


 男が動くとマリアーノの顔に焦りが生じた。


「お前、何勝手なこと言ってんだ!」

 セーンが男に噛み付く。


「“約束”が違う」


「約束?」

 マリアーノの言葉にセーンが眉根を(ひそ)める。


「マリアーノ……それにナバーロも裏で何かやってたのはなんとなく気付いていた。マリアーノ、この男と何の約束をしていたんだ?」

 セーンの言葉にマリアーノは口を閉ざした。

 マリアーノとこの男は何の約束もしていない。この男は代理である。


「マリアーノ、「生け捕りにするから銃を使うな」って指示を出したな。『SSC』の残党は、ステファンの息子をわざわざ残したのは、今回の侵入事案に警察へ証言させるために生け捕りにするのではなく、別の意図があったんだな?」

 

 セーンの言葉にマリアーノもナバーロも何も答えなかった。


 埒が開かない状況で男が静かに口を開く。


「マリアーノ、こいつは殺すぞ」


 「仲間のセーンを殺す」という男の言葉にマリアーノは何も言うことができなかった。

 何も言わないということは黙認したということだ。


「てめぇ、舐めやがって、ぶっ殺されるのはお前だよ!」


 セーンが男と対峙する。


 アップライトスタイルで構えるセーンの使う格闘技はムエタイだった。


 その構えを見た男は不気味に笑った。


「何がおかしいんだ!?」


「俺はムエタイも使う。お前のムエタイも見てやる」


 セーンはその長身から繰り出す蹴り技を得意とした。ハイキックは鞭のようにしなる蹴りを相手の頭部に正確に強烈に当てる、ミドルキックは相手のブロックする腕諸共ダメージを与える。


 セーンは有名なムエタイ選手だった。

 若くして王者になると地元では試合が組めなくなり、闇試合に出るようになった。そんなセーンは表の試合に出れなくなり、裏稼業の者になった。


 セーンは負けたことがない。それほどセーンは強い。


 特にセーンを強豪たらしめたものはその間合いだった。

 遠い距離から蹴りを正確に強烈に当てるのだ。セーンは蹴りを得意とした。中でも二つの強力な技をセーンは持っていた。


 セーンの持つ強力な毒牙は二つある。



 一方、セーンと対峙する男はセーンよりも頭一つ分背が低かった。


 男の身長は平均身長よりも低い。


 しかし、その体から発せられる異様な雰囲気は見る者を萎縮させるのに十分な迫力があった。


「シュッ」

 アップライトスタイルからミドルキックを放つ。

 射程外から飛んで伸びてくる蹴りに男は余裕を持って反応した。


 ミドルキックが男に当たった瞬間、「バチンッ」という鞭で叩いたような強烈な音が響いた。

 セーンのミドルキックの威力は現役時代のそれと遜色なかった。


 そんな強力な蹴りを受けても男は落ち着いていた。


 男は素早かった。


 一瞬で距離を詰めたかと思うと、左右の連打を繰り出して、更に上下の蹴りを加える。

 セーンが驚いたのは男の闘いぶりだった。


 パンチの距離から更に距離を縮める。そして、肘や膝を駆使し、更に回転の速い攻撃を繰り出した。


 ガードなど関係ない。自身が無防備な状態でも、相手が防御していようと、ガードの上から拳や蹴りを叩き込んだ。


 セーンはガードが間に合わずにいくつか強烈な打撃を受けた。

 ぐらっと体が揺れると男の攻撃が緩んだ気がした。


 ポーンは手を抜いていた。セーンにはそれが分かった。


 男の武器は、速く、重く、途切れない攻撃ではない。


 男が持つ殺気から闘ったことを後悔するほどの恐怖を打撃で与える。それが底なしのスタミナにより永遠に続くのではないかと思わせるのだ。


 男の攻撃が緩むと闘志を奮い立たせたセーンが放ったのが近接からのハイキックだった。

 ムエタイの直線的な蹴りではなく、空手のようにしなる蹴りをものにするセーンは近接からの蹴りを得意とした。


 受けた相手は背後から蹴りを受けるかのように錯覚する。


 一つ目の毒牙である。


 セーンは自分の胸ほどの高さに男の頭部があると、当たり所が悪くなることを懸念した。

 しかし、男の姿勢が上がると、勝機を見出してその頭目掛けてハイキックを放った。

 ムエタイのテッカンコー(ハイキック)ではなく軌道が読み辛い蹴りを放ったのだ。


 当たるはずだった。


 当たると思った瞬間、姿勢を伸ばした男は瞬発的にセーンに飛びついた。

 背の高いセーンは男に首相撲をされると為すがままに男と同じ高さにまで頭を下げられた。

 一瞬で飛びつかれて一瞬で頭を下げられたのだ。

 その瞬発力にも、腕力にもセーンは対抗できなかった。


 前傾姿勢ではキックは出せない。


 セーンが得意とするムエタイにはない技、一つ目の毒牙である変則ハイキックは男に通用しなかった。


 男の腕の力が緩む。


 首相撲で極められた頚椎が解かれると、男が何を言いたいのかがセーンには分かった。

 だからこそ怒りを感じずにはいられなかった。


 お前の首相撲を見せてみろ。否、『お前の武器を見せてみろ』と男が言っているようにしかセーンには見えなかった。


 セーンが男の首を極めるように首相撲を仕掛ける。


 お互いが首相撲の状態になる。


 何故、男がセーンを試すのかは不明だが、セーンはそれを好機と見なして男を仕留めにいった。


 首相撲からの膝蹴り、ティーカウである。


 長身のセーンが繰り出す蹴り技の中で最も得意とする技である。

 幾多の敵を屠り去った技を忌まわしい敵に見舞う。


「死ね」

 セーンは呟くと、男の顔目掛けて右足を上げた。


 しかし、男に膝蹴りは当たらなかった。


 セーンが膝を叩き込もうとした瞬間、男が跳ね上げるように姿勢を伸ばし、右手をセーンの顎に当てて押しやった。


 セーンは首が()がれるかと思った。


 男は体の力だけでセーンの攻撃を防いだ。


 後方に大きく揺らぐセーンの体を抱きとめるように首を掴むとそのまま首相撲をする。


 男の攻撃に為す術なくやられるセーン。


 首相撲から頭を下げられると、そのまま膝蹴りを男はセーンに放った。

 顔面を打ち抜かれるとセーンは意識が混濁した。

 そのまま崩れ落ちる。


 崩れ落ちたセーンの髪の毛を掴んで持ち上げると、セーンは糸で引っ張られる人形のように頭部が持ち上がった。


 男がセーンの髪の毛と顎を掴む。


「あぁ……あぁあ……や……め……ろ……」


 抵抗しようとするセーンの頭頂部に肘を叩き込むとセーンの意識はなくなった。


 男が息を吸い込むとセーンの頭部と顎を力強く捻った。

 その瞬間、静かな部屋に低く鈍い骨の折れる音が響いた。


 男がセーンの頚椎を破壊した。


 首が折れたセーンはそのまま前のめりに倒れた。

 セーンは死んだ。


「これで、タクシンを“見る”奴はいなくなった。俺が代わりに“見て”やる」


 不敵に笑う男、裏稼業の中でもタイ国を飛び出して世界で暗躍するポーンにセーンが勝てるはずがないとマリアーノには分かっていた。

 タクシンも同じである。


 疲弊しきったタクシンの相手をポーンがやる。

 ポーンはタクシンを殺すつもりなのだろうと、同時に自分も死ぬのだろうとマリアーノは思った。



 モニタールームの画面にはタクシンが今だに奮闘している。




「おらぁぁーー!」


 金槌を持った男がタクシンに襲い掛かる。


 トンファーを右腕に持ち替えて右腕で受けたのが失敗だった。


 金鎚(かなづち)の先端が釘抜き用に片口となっており、鋭利に尖ったその片側は容易に人の皮膚を(えぐ)ることができる。


 当たれば一溜まりもないその金鎚を、タクシンは敵の手を止めるように受けた。

 しかし、敵は先端を滑らせるように金鎚を引き落とした。


 釘抜き用の先端をトンファーに引っ掛けられるとタクシンはそのまま地面にトンファーを落とした。


 落としたことで焦りが生じ、タクシンは肘を顔面に打たれた。


「くっ」


 金鎚を持つ手が動くとタクシンはその右腕を掴まえ距離を詰めた。


 密着したままでは打撃は使えない。なによりも金鎚(かなづち)の脅威を抑えたかった。


 相手の右腕を真横に引くと相手の左からの攻を防いだ。

 右腕を左手に持ち替えると同時に、タクシンは敵の右腕を左肩に乗せた。

 正確には相手の右肘、関節部分を自分の肩に乗せる。


 ステファン流シラットの「極(condemn)」と呼ばれる技であった。

 密着した状態から相手の肘関節を()める。


「フンッ」


 前腕を勢い良く落とすと枝が折れたような音が鳴った。

 敵の右腕を折った。


「あがぁぁー!」


 相手の右腕が下げると、相手は防御もできなくなった。

 金鎚も持てなくなると地面に落ちた衝撃で「ゴンッ」という鈍い音がした。


「ぃやぁあーー!」

 左手で持つナイフを腹部と胸部に突き刺し、膝蹴りを見舞った。


 壁に吹っ飛ぶと痙攣して相手は意識を失った。



 まだ終わりではなかった。



 敵が前方からタクシンに襲い掛かる。


 殴り掛かる拳を腕ごと掴むと密着した状態から膝蹴りを鳩尾(みぞおち)に見舞う。


 鳩尾に膝を綺麗に入れられた敵は呼吸ができずに悶絶しながら前のめりになった。


 タクシンは腕を離さずにそのまま肩を極めるように前に倒すと相手の顔面を地面に強打した。


「やぁあああーー!」


 最後まで離さなかった腕は捻り上げながら引っ張り上げる。

 肩が上がるように体が横になると、地面と僅かな隙間が生じて平行になった頭部を思い切り踏みつけた。


 敵の頚椎を破壊した。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 トンファーを拾い上げると鉛でできているのかと思うほど重く感じた。


 辺りは静かだった。

 もう何人倒したのかも分からない。屋敷に侵入し、倉庫で罠に()められたタクシンたちはここに来るまでに何十人とマフィアを殺した。

 タクシンの体力も精神力も限界に近かった。



 「キィ」という木が軋む音にタクシンが顔を上げる。


 奥から一つ手前の部屋、死体がいくつも転がるその奥から扉がゆっくりと開かれた。


 そこから出てきたのは入れ墨をした坊主頭の男だった。手には鉈を持っている。


 タクシンは呼吸を整えると再び構えた。ナイフを握る力も、トンファーを扱う握力もなかった。


 ナイフとトンファーを腰元に仕舞うタクシン。


 鉈を持った男が無表情に近付く。

 そして、勢い良く駆け出すとタクシンに向かって鉈を振り上げた。


 同時にタクシンも駆け出した。慌てて敵が鉈を振り下ろすが、完全に出遅れた。


 振り下ろすタイミングを狙って外したタクシンは眼前で鉈を持つ敵の手を右手で払い受け、同時に左手で敵の脇腹を突いた。


 強烈な一撃に敵は苦悶の表情を浮かべながら体をくの字に曲げた。

 左手で突くと同時に背後に回り込むと敵の首を抱えるように腰で投げた。


 第一のジュルスである。タクシンの見事な型通りの動きにソンポンは溜息を漏らした。


 この時、タクシンは左手の突きを変えていた。

 トゥトゥルを使ったのだ。


 トゥトゥルとはインドネシア語で「豹」を意味する。それはシラットでは拳の形を表す。丁度、貫手と正拳の中間のような拳の作りである。

 正拳突きは拳を第三関節まで曲げるが、トゥトゥルは第二関節までしか曲げない。


 貫手のように一点に力を集中して相手の急所を突くことができ、正拳突きのように人体の硬い骨で攻撃するトゥトゥルは破壊力がある。


 トゥトゥルで突かれた敵は腹部を押さえながら立ち上がった。

 その顔は怒りを表していた。


「ぅおぉぉおーー!」


 相手は死に物狂いだった。


 一心不乱に仕掛けてくる鉈を使った攻撃は絶妙で、避けにくい下段、膝を狙った攻撃はタクシンを苦しめた。


 バックステップで間一髪避けるも開いた距離は拳が届かない鉈が当たる距離だった。


 下に意識を向けさせた次の攻撃は腕を狙うように反動で左に鉈を振った。

 見事な鉈使いにタクシンはなす術がなかった。


 腕を下げると薄皮一枚を切るように(かす)めた。

 その時、窮地を脱すると生まれたのは勝機だった。


 左から右に振った鉈は左に振るしかない。


 迷わず相手の懐に飛び込み左肘で相手の上腕を受け止め、踏み込む勢いを止めずに丸めるように体を回転させると相手の鳩尾に一回させた左肘を叩き込む。


「うっ」

 (ひる)んだ相手が思わず鉈を落としそうになる。

 タクシンは更に屈むと、相手の鼠蹊部(そけいぶ)に右肘を叩き込む。

 正面から可動方向に肘を叩き込まれると、敵は折れるように股関節が畳まれた。


 股関節が押されて足が勝手に畳まれる敵は自分の体ではないかのように錯覚した。


 流れるように技を繰り出し、タクシンが一回転する頃には受けた相手は背面を向けるように膝立ちの状態になった。

 そこへ駄目押しの後頭部への膝蹴りを打ち込む。


 「ゴンッ」という音が響くと後頭部を強烈に打ち込まれた敵は前のめりに倒れた。




 三階のフロアに敵の気配はなくなった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 タクシンは立つのもやっとの状態だった。


 タクシンのあまりの強さにソンポンは開いた口が塞がらなかった。自身の情けなさを口惜しがるよりもタクシンの怪物じみた強さに身の毛がよだった。


「行こう」

 タクシンの言葉にソンポンは頷くとゆっくり歩き出した。



 奥の部屋の目の前まで二人は来た。


 マリアーノと十四年振りの再会となる。喜びを分かち合うのではなく、お互いを撃攘(げきじょう)し合う再会となった。


 何度も死にそうになった。マリアーノの差し向けた刺客はどれも一筋縄ではいかなかった。

 しかし、それももう終わった。


 目の前の扉を開ければ全てが終わるとタクシンは思った。



 タクシンが扉のノブに手を掛ける。


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