兄弟 5
ステファンは民間軍事会社を設立し、武器と仕事を与えただけではない。『SSC』で働く者全員にプンチャック・シラットを教えた。
武器の使用が特徴的な武術でもある。
武器はそれぞれにあった物を装備している。
タクシンは軍用小銃、手榴弾、ハンドガン、ダガーナイフ、そして乾燥圧縮樫材のトンファーを装備していた。
先端が三叉に分かれた「カバン」というナイフの一種を持つ者や、「サビット」という鎌を持つ者もいた。
ステファンの軍事教育もシラットを活かしたものだった。
シラットには「五つの誓い」というものがあり、その中の一つに「同胞を尊敬し、友愛と平和を愛する」というものがある。仲間を大切にすることは『SSC』に限ったことではないが、ステファンはシラットの崇高な精神と品格に惹かれた。
『SSC』は全員が血の繋がった家族以上の絆で結ばれていた。
ステファンが門から中を覗く。
倉庫まで行けば道は開ける。作戦の要となるのは退路を確保しつつ中に侵入することであり、気付かれることなく侵入するためには倉庫への侵入は必要だった。
しかし、中に入ることが困難なのである。
倉庫の前には見張りがいた。
庇の下で座りながら小型のテレビを見ているようだった。
銃を握るステファンの手に力が入る。
アメリカの軍が採用しているカービン銃、タイ都市部の軍隊も扱う軍用小銃のM4カービンを『SSC』も扱っていた。
タクシンも壁に張り付き、中の様子を伺う。
暫く待つと、見張りの者が辺りを見回し始めた。
ステファンの緊張が仲間に伝わる。
見張りの者が何かに気が付くとタクシンが慌てて銃を構えた。
その様子に仲間たちが一斉に戦闘の態勢を整えた。
しかし、ステファンの左手が仲間の動きを制止させた。
左手一つで統御するステファン。全員が息を潜め、物音一つ立てずに待った。
見張りの男が変わり、暫くするとステファンが不用意に門から入る。
タクシンが慌てて銃口を見張りの者に向ける。
ステファンは再度、タクシンに止めのサインを出した。
「あれは味方だ」
『SSC』の内通者だった。
ステファンの後に従い全員が素早く侵入する。
「三年前からマリアーノの組織に潜り込ませている」
内通者の案内で侵入するとあっさりと倉庫の入り口まで辿り着いた。
内通者とステファンの遣り取りの様子を仲間が見守る。
「作戦通り、外周のカメラと倉庫のカメラの映像は切り替えた。マリアーノは三階建ての建物の三階にいる」
ステファンが頷くと、倉庫の入り口のドアに手を掛けて扉を開けた。
『中の監視カメラに映る映像は一部が切り替えられている』
確かにそのはずだった。
しかし、モニタールームの画面の前に座るマリアーノには『SSC』の動きは筒抜けだった。
モニタールームではマリアーノと相棒のナバーロ、組織の部下をまとめる武闘派のセーンが画面を見つめている。
組織のトップ3であるこの三人だけがモニタールームの入室が許可されている。
しかしこの時、この三人の他にもう一人の男がいた。
獣のような男だった。
その男から発せられる肌に突き刺さるような鋭い空気が三人を緊張させていた。
ナバーロとセーンはこんな危険な雰囲気が漂う男を見たことがない。
マリアーノが電話を掛けると冷たい声で言い放った。
「屋敷から離れた所に装甲車がある。乗ってる奴全員殺せ。車も爆破しろ」
向き直ったマリアーノと目が合うセーン。
「連中が使ってる全ての通信を妨害しろ」
マリアーノの言葉にセーンが頷く。
ステファンが倉庫の扉を開けると、中の様子に唖然とした。
内通者の報告によれば、倉庫は車を置くガレージとして使う他は、車両改修用のスペースとして使っているとのことだった。
武器や麻薬などの密輸品を隠す場所ではないとはっきり伝えられていた。
ステファンは面食らった。
ガレージは車庫として使ってはいなかった。車は一台もない。
人が何人も入りそうなほど大きい輸出用木箱が積み上げられていた。
報告と違うことは他にもあった。
油断していたステファンは中の様子を探るために深入りしすぎていた。
倉庫の奥でもぞもぞと動く影が見える。
気付いた時には遅かった。
嵌められた。
タクシンはアジトに踏み込んだ時から言い知れぬ不安に襲われていた。
いつもとは違う任務だからだろうか、血の繋がった弟が深く関わる任務だからだろうか、違う、タクシンは仕組まれた何かを感じ取っていたのだ。
それはタクシンの想像を遥かに超えた大きな組織が裏で動いていた。
タクシンたちはその大きな波に巻き込まれていた。
ステファンに続くように全員が倉庫の中に入るとタクシンと何人かが、その隠れる者の気配に気付いた。
何人かのメンバーたちは即座に木箱の裏に駆け出した。
隠れていた陰が動き出して人の気配を持つと、その数は膨れ上がり殺意の束となって『SSC』に襲いかかった。
「敵だー!」
ステファンたちは全員で一箇所の出口に集中するような行動は取らなかった。
後方の出口に向かい背中を撃たれるのは愚かな逃げ方である。
木箱までの距離はおよそ五メートル。
タクシンは陰に向かって乱射しながら、木箱に向かって走った。
前方から無数の銃弾が飛んでくる。
タクシンは滑り込むように木箱の裏に隠れた。
木箱の高さに助けられた。そして木箱の頑丈さにも救われた。そして、木箱の配置も『SSC』に味方した。
タクシンの後に続き、何人かが被弾したが次々と木箱の陰に隠れた。全員が腰を屈めただけで銃弾から逃れることができた。
前方の敵の数は不明だが、前方からの射撃の数は一個分隊ほどの数を想像させた。
倉庫の中では無数の銃弾が飛び交う激しい銃撃戦となった。
その中で倉庫の構造に気付いたのはタクシンだけだった。
「危ない! 伏……」
どさっ。
目の前で仲間が頭を撃ち抜かれた。
明らかに上方からの射撃だった。
倉庫には二階があった。中二階のスキップフロアのような作りではない。
二階に続く階段があるが、ギャラリーのように十分な余裕があるわけではなく、キャットウォークのように人一人がやっと通れるほどの作業用の細い通路があった。
階段は壁と同色で更に細い通路の造りと木箱の配置により、気付きにくいものとなっていた。
造りに気付いたタクシンの洞察力は流石と言えた。
上方にM4カービンを向けるタクシンは二階通路にいる敵を探した。
パラペットのような手摺壁は壁と同色になっており、丁度良い高さが保たれた鉄の壁が欄干の盾となっていた。
壁と保護色となり同化したその盾は絶好の狙撃ポイントだった。
手摺壁から僅かに動く影を撃つ。タクシンの狙撃の腕は見事だった。
左右にある二階のキャットウォークの敵も警戒した。
前方と上方からの攻撃に『SSC』は窮地に陥る。
ステファンの指示で二手に分かれるところではある。しかし、今はそれどころではない。
前方の敵を撃破しないことには道は拓けない。
弾の数にも限りはある。
左右の二階部分からの攻撃を警戒しつつ、前方の敵を撃破するのは不可能と言えた。
前方からの攻撃が激しくなる。
モニタールームでは『SSC』と自身の組織との交戦の様子をマリアーノたちが見ていた。
マフィアや裏稼業の者、自己破産して金のない者たちで構成される組織は襲撃された時のために銃撃戦の訓練もしていた。
交戦して初めてステファンたちは分かった。
このマフィアたちはよく訓練された組織だと。
「作戦は失敗です! 我々だけでは制圧できません! 応援を要請しましょう!」
アナンの言葉はチーム全員の心の声だった。
「駄目だ! 我々だけでなんとかせねばならん」
ステファンの言葉にアナンだけでなく、チーム全体に混乱が生じる。
「このままでは我々は全滅です!」
誰かが叫んだ。
「応援は呼べん!」
ステファンが尚も拒否する。その様子にタクシンは蓋然性の低い推量が不安となり大きくなった。
「まさか……この作戦は委託ではないんですか?」
タクシンの言葉にメンバーが絶句する。ステファンの指示はもう誰も聞けなかった。
一瞬、銃弾が止んだ。
不気味なほどに静まる倉庫内には物音が消えた。全員の耳は「キーン」という痛みを伴った耳鳴りが響いた。
嵐が来る。
「退却だぁぁーーー!」
アナンが叫んだ。
アナンの叫びと同時に轟音が倉庫内を飲み込んだ。
銃弾が豪雨のように降り注ぐ。立ち上がった何人かが蜂の巣のように銃弾に体を撃ち抜かれた。防弾チョッキなど気休めにしかならない。体も腕も足も頭も撃ち抜かれた。鮮血が辺りに飛び散る。
コンクリートの壁を突き破るほどの強烈な猛攻撃だった。
その時、更に恐れていたことが起こった。
後方の扉が開いたのだ。
マリアーノの部下であるマフィアたちの応援である。
「後方から敵襲ー!」
タクシンたちは後方に軍用小銃を向けた。
後方の扉が開くとやはり、入ってきたのはマリアーノの部下たちだった。
雪崩れ込むマフィアたちに向け、『SSC』が後方に銃を乱射する。
その場で動けたのはタクシンだけであった。
殺傷範囲内に仲間がいることで手榴弾は使えない。
前方と後方から挟み撃ちされる形となったSSCは絶体絶命の状況に陥った。
そんな危機的状況の中、誰よりも早くタクシンは動いたのだ。
タクシンは銃弾が飛び交う中、階段へ向かって駆け出した。
タクシンが階段を駆け上がると「チーム スネーク」が動いた。
ステファンや他の仲間を見捨てたわけではない。チームが生き残るための活路を見出すのだ。
仲間を救うための戦略的撤退を試みようとしているのである。
一方、モニタールームでは『SSC』を殲滅せんとするマリアーノの悍ましい凶行を諌める者がいた。武闘派部下のセーンだった。
「マリアーノ考えろ、応援を呼ばれたらどう対処するんだ? 警察は買収するのが一番なんだろ。『SSC』は警察と繋がりがある。警察だけじゃない、他国とも繋がりがあるんだぞ! 殺すんじゃない!」
セーンの言葉に答えたのはマリアーノではなかった。
「反撃はない」
ナバーロの言葉にセーンが怪訝な顔をする。
「反撃がない?」
「応援は来ない」
セーンはマリアーノの言葉を理解できなかった。
「どういうことだ?」
一体何が起こっているのか、この日のこの時間に『SSC』の襲撃があるということもマリアーノが一部に伝えたことである。しかも、組織内でも口外することを禁止していた。
セーンは冷淡に画面を見つめるマリアーノに恐怖を抱いた。
敵の陣地での銃撃戦は圧倒的不利である。それは火力や戦力の問題も然ることながら、弾数の問題があった。
持久戦に持ち込まれることが一番厄介である。
弾数は限られている。ステファンたちは早くも三十発を二度も打ち終わり、三度目の新しい弾倉を装填した。
階段まで辿り着いたタクシンは二階に駆け上がると二階にいるマフィアたちを見事に一掃した。
戦闘中の仲間が殺されて思うことは死を悼むことよりも、戦力が減ることだった。
哀悼など今は感じない。危機的状況では死んだまま戦ってほしいくらいだった。
全員がそう思う中、タクシンだけは違った。
自身の力の無さが悔しかった。自分に力があれば、危機を脱して仲間を救えたのだ。
タクシンは必ず仲間を救うと心に決め、撤退を決めた。
二階の壁上部に窓が一定の間隔で設置されている。
タクシンは乱射して窓を破った。
階下からの攻撃が激しくなる。
タクシンが隙をついてピンを抜いた手榴弾を下へ投げ込む。
投擲では上から下へ落とす方が危険が少なく、正確に投げ込める。
手榴弾が落とされると階下から叫声が響いた。
その瞬間、手榴弾が爆発し、銃声が治った。
タクシンが素早い動きで高さのある窓から飛び降りる。二階の高さなどなんでもない。
「チーム スネーク」がタクシンを筆頭に窓から見事に撤退した。
階段は左右にあるが、タクシンと同じ行動を取り、反対の階段を上って窓を破って抜け出した者がいたか確認などできなかった。




