師の教え 神崎 対 川瀬
「やっぱ、デカいヤツらが闘うとそれだけで迫力あるな」
神崎の言葉はショーそのものを楽しむような口振りだった。しかし、戸森は違った。
「あいつ、かなり強いですね」
戸森の言葉は自身が闘うことを視野に入れている。
神崎は喧嘩を教えるために連れてきたと言った。素手同士の闘いではあるが、神崎が教えたかった喧嘩とは何なのか、戸森は分からなかった。
もしや本当に鬼王山と喧嘩しようとしたのではないか、もしそうならば、それも叶わないことであった。
不意に神崎が一条に耳打ちする。
「お前も物好きだな」
一条の言葉に戸森は怪訝な顔をした。
大歓声の中、川瀬が熱い視線と賞賛の拍手を受けながらリングを下りる。
その時、リングから下りる川瀬に一条が声を掛ける。
「強いね、川瀬って言ったっけ?」
一条に声を掛けられるが、まさかEl Doradoのオーナーとは知らずに適当に相槌を打った。
「そうだよ」
その様子を見た安岡が慌てて間に入る。
「川瀬、この方はここのオーナーの一条社長だ。すいません、川瀬はまだ何も知らないんで」
契約も何もしていない川瀬にとって一条は何でもなかった。
「オーナーとして礼を言う、盛り上げてくれてありがとうな。神崎ももしかしたら負けるんじゃねぇの?」
隣に座る神崎に目を遣る川瀬。今の自分と比べると大人と子供ほどの差があるように見えた。
この男が俺と同等? 興奮状態の川瀬には聞き捨てならない言葉であった。
「俺は勝てないよ。喧嘩ならまだしも、レスリングなんてやったこともないし」
その言葉に川瀬の顔に怒りの色が表れる。
気分が高揚し、興奮した川瀬は冷静な対応ができなかった。
歓声に包まれ、羨望の眼差しを受け、憧憬の念を抱かれ、一夜にしてヒーローになった川瀬は興奮していた。
「俺に喧嘩で勝てるのか?」
もう神崎しか目に入らなかった。
戸森は珍しく心臓が高鳴っていた。神崎が目の前で喧嘩を売っているのだ。
「喧嘩ならな」
「お前、俺に勝てるって意味分かってるのか?」
「レスリングはフォールすればいいんだろ? 喧嘩は降参させるか、気絶、何にしても相手の闘う意識を奪えばいい。だったら、お前に勝てるよ」
「俺に勝てるだと?」
肩を怒らせて大きな体で川瀬が迫る。
「喧嘩ならな」
「お前もこのクラブの試合に出てるのか? 出てるなら、俺とやるか?」
川瀬の優しい言葉に神崎が鼻で笑った。
「喧嘩」の日取りを決めること自体、眠たい話である。
神崎はこの瞬間を持って決心した。
「俺はここには出ないよ。俺が望んでるのは喧嘩だからな。ここじゃあ出来ない」
「お前の望み通り……喧嘩してやるよ」
川瀬が臨戦態勢に入る。
「止めとけ。二人とやってんだろ? やるならお前が疲れてねぇ時にやってやる」
「疲れてねぇよ。おら、立てよ」
「怪我したくねぇだろ? 痛い思いするのはそっちだぞ」
「痛い」など常人の言葉で語られたことのない川瀬は今まで感じたこのない怒りを覚えた。
車に轢かれても、鬼王山の裸拳のストレートをくらっても、川瀬は止まらなかった。
「お前、もう逃げられねぇぞ」
「お前も怪我しても知らねぇぞ、いいのか?」
戸森には神崎がわざと煽ったようにしか見えなかった。
「あぁ」
「ここから少し離れた所にいい場所がある。人通りもないし、民家もないから叫んでも大丈夫だぞ」
神崎の言葉に川瀬が狂気の笑みを漏らした。
「ちょっと待て!」
そこで口を挟んだのは安岡だった。
「神崎さん、ここなら警察は手を出せない。あんまり外に行くのは……」
店長の安岡が間に入る。
集客力のある選手をみすみす手放すわけにはいかない。神崎は安岡の狙いが分かっていた。
「場所選んで喧嘩する奴がいるかよ。川瀬、お前はここの方が怪我してもすぐに手当てしてもらえるからここがいいか?」
いちいち挑発する神崎。
「俺はどこでもいい」
「分かった、すぐそこの駐車場に案内する。そこは人目につくことはねぇから好きなだけできるが、ただ問題がある」
問題があるという言葉で安岡は闘いの主導権を握り、暗に進めようとしたが神崎には通じなかった。
「すり替えるなよ。お前らの息のかかった場所でやるかよ」
「ビビるなよ。場所はどこでもいいんだろ?」
今度は川瀬が神崎を煽った。冷静な神崎は川瀬が自分に対して挑発する素振りを自分にとってプラスと捉えた。そのため、苛立っている振りをする方が得策だと考えた。
「……問題ってなんだよ?」
神崎が安岡に訊ねる。
「下がコンクリだけど、神崎さんは大丈夫かい?」
店長の安岡の言葉に乗っかって反応したのは川瀬だった。
「マットがある所でやるかい?」
川瀬が神崎を煽る。
「神崎さんの強さを疑うわけじゃねぇがコンクリは止めた方がいいと思う」
「だから……場所選んで喧嘩する奴がいるかよ。そこでいいよ」
「どうしてもって言うなら止めない」
安岡が不承不承と言う風に頷いた。
客たちが興奮した様子で店を後にする。El Doradoの店には裏口があった。そこは出口専用通路で外からは入れない造りとなっている。
中から直接、駐車場に行けるのだ。
安岡が提案した場所がその駐車場である。
店に訪れた客が全員帰ったのを確認すると、一条、神崎、戸森、川瀬、安岡の五人が駐車場に向かった。
戸森はずっと無言だった。
神崎が喧嘩を教えるために連れてきたEl Dorado、まさか、今日初めて来たと言う川瀬を相手取って行うとは思いもよらなかった。
戸森の心臓は跳ね上がるように鳴り続けていた。
広い駐車場に車が二台駐車してある。
五人はだだっ広い空間の真ん中で止まった。
「もう、謝っても許さないよ」
川瀬の言葉に神崎が笑った。
「謝るのはお前だよ。お前は最後に謝るよ」
神崎はずっと自然体だった。戸森は二人から目が離せなかった。
「謝るかよ」
二人の闘いは静かに始まった。紛れも無い、何でもありの喧嘩である。
神崎の体型で打撃系格闘家だということが分かった。
自然体のままの神崎に対して川瀬は腰を落としてサッと手を前に構えた。
腰や膝など下半身を狙った姿勢は自然と低くなる。
前に出した川瀬の手に攻撃する意思はなく、ガードにも掴まえるのにも適した形をとる。
「一撃食らっても」という、完全に後の後を取る気でいた。
神崎は川瀬のその姿勢を無視するように歩み寄った。
二人の距離が縮まる。
川瀬は神崎の醸し出す異様な雰囲気を敏感に感じていた。全くブレない王者の風格があった。
しかし、自分は今さっき十年間無敗の王者を倒したばかりである。
鬼王山よりも二十キロ近くも、更に自分よりも体重の軽い神崎に負けるわけにはいかなかった。
鬼王山にも出さなかったタックルを初めから出そうとしていた。
タックルに来る相手に顔面への攻撃は有効である。
打撃系格闘家と組技系格闘家はどちらが強いのか。
それらの意見は真っ二つに分かれる。
初撃を当てることができれば、ストライカーが圧倒的に有利となり、躱せばグラップラーの有利となる。
しかし、打撃を当てられてもそれを意に介さずに得意の寝技や投げ技に持ち込むことができれば、打撃をものともしないタフさがあれば、グラップラーは圧倒的に有利である。
レスリング選手の首の強さは尋常ではない。その中でも川瀬の首の強さは異常と言える。
神崎がタックルの間合いに入った瞬間、川瀬は迷わずタックルにいった。
どんな打撃がこようが掴まえて投げるだけだった。
裏を返せばどんな打撃でも耐えれると思っていた。
川瀬のタックルは素早く力強かった。
蹴りを防ぐために左手を上げて、右足の蹴り、顔面と頭部への蹴りを防御している。右手は前に出すことで掴まえるようとしてるが、ミドルキックと膝蹴りに備えている。
頭部への打撃は耐えられる。
川瀬はそのまま神崎に突っ込んでいった。
嵐が襲ってきたかのような、大波が押し寄せてきたかのような、抗うことができない大きな力が襲い掛かる。
神崎は右足を下げて左足を前に出していた。ボクシングやキックボクシング、総合格闘技などでいうオーソドックスという構えを下半身だけとっていた。
右足の蹴りの読みは間違っていないと川瀬が判断し、掲げた左手に力を入れる。
神崎の下げていた右足が動く。
やはり来た。川瀬はもう止められなかった。
接触する瞬間、神崎の右足が動くのを確認すると、川瀬の視線は神崎の腰元を見た。否、神崎の遥か後方を見ていた。このまま吹っ飛ばすのも手である。
頭部への打撃はがっちりガードしている。打撃は耐えられる。川瀬は神崎に突っ込んだ。
神崎は顔面への攻撃など狙ってはいない。
狙ったのは鎖骨だった。
ドガっ。
互いにぶつかると凄まじい衝撃を受けた。
力を逃さないように川瀬の肩と頭に手を添える神崎。
鎖骨への膝蹴りが決まった。
蹴り下された神崎の右膝が川瀬の右肩内側を抉ると鎖骨を痛打した。
そのまま肩を押し出すように放った神崎の膝蹴りの正確さに戸森は背中に寒気を感じた。
鎖骨は折れやすい骨である。
緩やかなS字を描く鎖骨には脆弱部位があり、鎖骨骨折のおよそ八割がその部位の骨折である。
鎖骨が側面からの衝撃に弱いのは衝撃を吸収しやすい箇所だからであり、腕からの衝撃も胸からの衝撃も鎖骨へ伝わる。
強烈な衝撃を受けたとしても、内臓などに深刻なダメージ与えないように鎖骨へ伝えて、折れやすくすることで衝撃を逃しやすくしている。
鎖骨は衝撃を逃すために、折れるためにあるのだ。
しかし、側面に対して正面からの衝撃にはある程度強い。
とは言え、車が衝突したときの正面からの衝撃でシートベルトの圧迫により骨折することがある。
神崎の膝蹴りは鋭く重く強烈で、まるで針の穴に糸を通したかのようなピンポイントで狙った膝蹴りは正確だった。
インパクトの瞬間、「パキッ」という枝が折れたような音がした。
川瀬の右鎖骨は骨折した。
肩に激痛が走るが川瀬はそのまま強引にタックルした。
神崎の攻撃は終わらない。どんな打撃でも耐えられると思っていたそれは打撃ではなかった。
神崎が掴んだのは耳だった。
川瀬の耳を容赦なく捻じ切るように下に引く。
「がぁああっー!」
押し込めば倒れるというところまで見事に入ったタックルを自ら離してしまった。
叫声を発しながら川瀬は無様に地面に転がった。
耳は無事だったが、二人の間には再度距離ができた。しかし、川瀬は今までよりも遥かに遠く感じられた。
「耳掴まれたぐらいで大袈裟なんだよ」
神崎の言葉に川瀬は奥歯を噛み締める。
一言も喋らない戸森は目が離せなかった。
打撃の応酬では勝てないと思った川瀬は打撃を狙わなかった。鎖骨が無事でもこの男には打撃で挑んでいないと川瀬は思った。
掴まえれば勝てると川瀬は高を括っていた。それは今もである。
川瀬の呼吸が荒い。
にやけ顏の神崎が憎くて仕方がなかった。
まだやれる。
骨折した右鎖骨を庇ってまで立ち向かうのは片腕だけでも投げられる自信があったからである。
自然と下がる右肩。川瀬の右腕は使い物にならなくなっていた。
攻撃だけでなく、防御も、腕をあげることすら激痛を伴う。
腕と腕をガッチリと合わせた川瀬の防御は怪我をしてもなお鉄壁の防御だった。
腕と腕を合わせたガードの隙間は僅か数センチである。
拳も何も入らない隙間である。
殴りに来たらカウンターで捕まえてタックルに切り替える。
神崎が蹴り技を出したら足を取ってそのまま投げる。
川瀬は「投げ」一点に集中した。
神崎が動くと川瀬は神崎の攻撃に集中した。
川瀬の腕に衝撃が走る。
神崎が繰り出したのはパンチでもなく、蹴りでもなく、左の張り手だった。
川瀬が神崎の突きを弾いて威力を殺す要領で跳ね返す。
痛めているとはいえ、神崎の張り手くらいではビクともしなかった。ガードなど崩れるわけがない。
繰り出された張り手が引かれるタイミングで同時に踏み込みテンプルに左フックを見舞い、衣服や腕、髪の毛、掴めるものは何でも掴み、接近した状態からのタックルを狙った。
完璧なタイミングでこれ以上ないカウンターだった。
しかし、神崎の張り手が引かれるも、川瀬は反撃ができなかった。
張り手と同時に水月に貫手が差し込まれていたのだ。空手の山突きのように両腕で攻撃をしていた。
勿論、その貫手であっても川瀬のガードの前では指は通らず、神崎の指は第二関節までしか入らなかった。
「しゅっ」
その瞬間、差し込んだ突きを正拳突きの拳の形を作るように反時計回りに拳を回転させた。
型のように綺麗な正拳突きだった。
拳が回転するその衝撃で弾かれたのは川瀬の両腕のガードだった。
正拳突きの回転力を利用した崩しだった。
突きは威力を上げるためにタメが必要だが、回転力の衝撃は凄まじかった。
弾かれた両の腕の隙間は僅か数センチから七センチまで開いた。
そして、開く瞬間には縦に起こした左拳が右拳と入れ替わるように川瀬の鳩尾目掛けて直進していた。
張り手で開いていた左手が見事に目隠しとなり、右手の進入を許すことで三手目の攻撃、握り締められた縦拳の左拳の進入を許してしまった。
最速のパンチであるジャブと同等のスピードがあるとも言われる日本拳法の直突きに似た突きだった。
ドスっ。
矢継ぎ早に虚をつく最高のタイミングで最速のスピードと反動をつけた左拳が鳩尾に減り込む。
常人ならそのまま膝を地面に着けて悶絶するほどの絶妙な打撃だった。
しかし、突いた先は川瀬の腹筋である。腹筋を意識して力を入れる隙もないはずであったが、力を入れていないはずの川瀬の腹筋は通らなかった。
一瞬、動きが止まるが川瀬は何としても神崎を掴まえようとした。
掴めば勝てると信じていた。
一方、神崎は一瞬でも動きが止まればよかった。
川瀬の意識がほんの少しでも削がれればそれでよかった。
実際、川瀬の防御に対する意識は削がれていた。
川瀬の首元が空いている。
体を入れ替えるように川瀬と横並びになると川瀬は目にも留まらぬ速さで左手を真横に打っていた。
右鎖骨を折った川瀬の右腕が下がっていたのだ。
神崎がしたのは喉への手刀だった。
「んむっ」
川瀬の顔が苦痛で歪むと川瀬は呼吸困難に陥った。
高度な柔軟性があり、頭部を回し、あらゆる向きに曲げることができる首の中には上行大動脈(血管)、気道、食道、神経、頸椎(骨)が通っており、複雑な作りをしている。
そして、首の真ん中の喉は周りを筋肉で守られているが、喉の中間の突起した場所、男性の喉仏は急所の一つとされている。
神崎が喉に向けて斜め下からアッパーを入れる様なイメージでピンポイントで川瀬の喉仏を斜め下から潰した。
喉への手刀、最悪の場合、喉内部を破壊された相手は死に至る。
手刀が喉に減り込む様を見た戸森は、体の奥底から湧き上がる何かを感じていた。
戸森は今まで感じたことのない興奮を味わっていた。
握り締める拳の中に大量の汗をかいていた。
川瀬の首は異常と言えるほどに強靭である。百五十キロの重さがあるバーベルシャフトがものともしなかった。
しかし、喉は違った。
激痛に耐え、呼吸ができない苦しさも耐える川瀬。
圧倒的な強さを見せる神崎は川瀬に後悔の時間さえ与えなかった。
神崎はまるでボクサーのフットワークのような継ぎ足の速さだった。
下半身の安定感がなければ、一手一手の技は力を伴わないか、打ち込むことなどできない。
体勢よく打ち続けることができ、十分な威力を持って攻撃できるのは神崎の下半身が人並み外れて安定していることに他ならなかった。
神崎は相手の攻撃を見事に返り討ちにし、一手一手を積み上げていった。
初めから喉を狙って当る訳がない。
神崎の積み上げた先の闘いの要となる一手、咽頭への攻撃がいかに危険かを川瀬は初めて経験することになった。
首は神経の束だけでなく頸動脈、酸素を送る気管、生命活動に不可欠なもの全てを送る「線」が通っている。
血液を送り、酸素を送り、脳からの電気信号が神経を通じて体に送られる。
首への攻撃は配線の束をぶった切るようなものであった。
川瀬は今までの経験したことのない激痛に悶絶した。
自然と「く」の字になる体は身を守るための反射だった。
頭が下がったかと思うと戸森は神崎の勝ちを確信した。
しかし、神崎は違う。
自身の腹部の位置まで下がった川瀬の頭、膝蹴りがジャストミートする高さである。しかし、神崎は膝蹴りなど狙わなかった。
顔面に膝を叩き込むとき、タックルの反撃を受ければ、不安定な状態では防ぎようがない。
神崎は組まれることを嫌った。最後まで徹底した闘い振りである。
これほどまでに有利な体勢であっても神崎の理想的な体勢ではない。
神崎はそのまま川瀬のお辞儀のように下がった頭部を掴み、そのまま手に力を入れて無造作に捻った。
まるでハンドルを回すように躊躇うことなく、頸椎を破壊しようとした。
顎と髪を掴まれた川瀬は悪寒がした。人生で初めて味わった恐怖であった。
呼吸ができず、体に力が入らない川瀬は反撃することも耐えることもできない。
グイッと首を捻られる。
死を直感した川瀬は自ら飛び、体を反転させて逃げた。
巨体が空中で一回転すると迫力があった。
「どさっ」という物々しい音を立てて川瀬が地面と激突する。
そのまま地面にぶつかると肩に激痛が走った。
そして、自分がいかに危険な状況にあるか悟った。
横たわる川瀬の頭上に神崎が、正確には足を上げた神崎がいた。
「強ぇ……」
唾を飲み込み奥歯を嚙み締める戸森は呟いた。
ようやく神崎にとって理想的な形となった。
右鎖骨を骨折し、反撃する力もないほとダメージを負った相手が、踏みつけやすい体勢で寝ているのだ。
踵下段蹴りだった。
コンクリートの地面に川瀬の頭部が置かれている。
ゴガッ! ゴツッ! ゴンっ! ゴッ!
川瀬の頭蓋骨を割る勢いで下段蹴りを放った。
踵を何度も顔面に叩き込む。
見ていた者全員が殺人を予感した。
立った状態の川瀬に打撃は通じない。
事実、地面に頭部を何度も強打した川瀬は失神した。
それでも神崎は止まらなかった。
全員に戦慄が走る。
川瀬が死ぬ、全員の気持ちは一つだった。
しかし、突然蹴り落としたはずの神崎の足が空中で止まった。
気を失っているはずの川瀬の手が神崎の足首を掴んでいた。
神崎の背中に冷たい汗が流れる。
蹴り落としている足を掴んで受け止めたのだ。思わず神崎の動きが止まると安岡が叫んだ。
「そこまでだ!」
声に反応したのか、川瀬の手から力が抜けた。
神崎は面倒臭さそうに手を振り解いた。
神崎と川瀬の本気の喧嘩だった。
「……これが喧嘩か」
戸森の心臓は高鳴っていた。




