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群雄  作者: 元馳 安
26/41

戸森、初めての出稽古 in El Dorado






 神崎と戸森は駅である人物と待ち合わせしていた。

 戸森がまだ中学生だった頃に一度だけ会った人物である。


 その男は約束の時間丁度に現れた。


「おぅ、神崎、久しぶりだな」

 男が陽気に声を掛ける。男の名は一条 (まなぶ)、神崎の古くからの知り合いである。


「いきなりで悪ぃな、頼むわ」

 「気にするな」と言う風に手を振る一条は神崎の隣にいる戸森を気にしているようだった。


「前にも会ったことがある、中学ん時の冨樫をのした戸森だ」


「あーぁ、あの時の……へぇー……戸森君、突然だけど今日、試合出たい?」

 突然の一条の言葉に戸森は戸惑ったが、すぐに答えた。


「出たいです」

 戸森は自分の実力を知りたかった。そして何よりも闘いを欲していた。


「今日は駄目、また今度ね」

 一条の試すような態度が気に入らなかった。


「戸森、今日は見学だけだ。一条も茶化すな」

 喧嘩を教えるから来いと言ったのは神崎である。神崎が見せたいものとは何なのか戸森には分からなかった。


「じゃあ、うちの店に行こうか」




 神崎と戸森、一条の三人は『El Dorado』へ向かった。



 神崎には『El Dorado』は会員制のクラブであり、毎日様々なイベントが催される場所だと戸森は聞いた。月に一度だけ開催される「天下◯武道会」というふざけた名前のイベントがあり、今日がその日だというのだ。



「ここだ」

 案内されたそこは高架下の壁に埋め込まれた鉄扉があるだけの不気味であった。


「“黄金郷”って……大袈裟な名前の店ですね」

 戸森の言葉を一条も神崎も聞き流している。

 ひっそりと佇む鉄扉に黄金郷どころか人がいる様子さえしなかった。


「俺は昔から隠れ家に憧れてた。自分を隠しながら生きてきた俺は、自分を出せる場所を求めていたのかもしれない。本当の自分を(さら)け出せる相手も神崎以外にはいないしな。その一部がこの場所だ」


 その壁の鉄扉に向かって一条が歩み寄ると、神崎と戸森が後を追った。


 その鉄扉を開けると中には暗証番号式のテンキー錠があり、一条は見えないように背中で隠しながら扉の錠を開けた。


 「ガチャ」っという開錠音と共に一条が扉を開けると中の様子に戸森は呆気に取られた。


「戸森君、歓迎するよ」


 中から現れたのは豪華の限りを尽くしたクラブだった。

 そのクラブの中央にはロープも何も張られていない低いリングが設置しており、今まさに試合が行われていた。

 その周りに酒や料理を(たしな)む人々の姿があった。皆一様に綺麗な身嗜みをしており、その品の良さから一見して富裕層の人々であることが伺えた。


 店内を見回りながら、リングに近いボックス席に案内された神崎と戸森。


 リング上ではオープンフィンガーグローブを着けた大柄な男たちが殴り合っている。


 周りの人々は熱狂していた。声を上げる様もどこか上品だった。


 店内に電車の音は皆無である。

 振動が伝わらない構造なのだと戸森は思った。



 席に着いた一条と神崎が声を潜めて話している時だった。

 オーナーの来店に店長の安岡が足を運ぶと、一条の隣に座る神崎の顔を見ると目を見開いた。

「お久しぶりです、神崎さん」

 安岡の言葉に軽く返事をした神崎は一条とまた話し込んだ。


「社長、お話中すいません。ちょっとお話があるんですが」

 安岡が一条に近付く。


「何だよ?」


「今日のメインでやるはずだった上田がダメになりました。喧嘩でのされたんですが、メインの試合は上田を倒したそいつを出します。ただ、そいつは素人でそこが心配なんですけど、自分の好きに試合のルール決めていいですか?」


 神崎は上田のことを知っていた。


 上田も素人みたいなものだが、実力はプロにも勝る。何度も上田の試合を見ている神崎にとって素人が上田を倒した事実は少し驚きだった。


「上田が? 相手は? どんなやられ方したんだ?」

 安岡の話に神崎が食いつくと戸森は意外さを感じた。


「川瀬っていう、まだ若い男なんですけど、そいつは元々上田の後輩らしくて、高校の時に上田を倒して以来、因縁があったみたいで。今日のこともそれが原因らしいです。ルールは何でも有りだったらしく、上田の打撃を軽くあしらって、ハイキックでダウン奪ってから、壁に向かってぶん投げたらしいです。

 その後、アイスピック持って“キレた”上田に蹴り入れて、肋骨折って肝臓やられた上田は今病院です」

 安岡は後からその現場にいた従業員から聞いていた。


「そいつは今何処にいるんだ?」


「今は控え室にいます。呼んできますか?」


「いや、いい。メインはもうすぐだろ?」


「この次です」

 目の前の男たちの殴り合いも佳境を迎えていた。

 周りを囲う人々の割れんばかりの歓声も絶頂にあった。


「今日のメインもあいつが出るんだろ?」

 一条の言葉に安岡が頷く。


「はい。なんで大丈夫ですよ。万が一に備えてその川瀬の得意なレスリングもさせないようにしました。川瀬は寝技無しです。社長が連れて来た「鬼王山(きおうざん)」には誰も勝てないですよ」

 一条は「そうか」と呟いた。




 川瀬は外に出ないように念を押されていた。


 会員制クラブの『El Dorado』は都の公安委員会に届け出ていない違法風俗営業店だった。

 外部との接触を極力避けるために店内に電波が届かず携帯電話が使えないほどだった。


 しかし、安岡の外出を避ける本当の理由は万が一にも川瀬を帰らせたくなかったのだ。

 帰る気などない、試合のやる気も十分な川瀬だが、万が一を考えた安岡は川瀬の外出を許さなかった。


 店にいる間、暇な時間に川瀬は安岡から今夜の闘う相手のことを聞かされたが、すぐに面倒臭そうに話を遮った。

 川瀬にとって相手は誰でも良かった。ただ強いという事さえ分かれば、後は何も聞こうとはしなかった。



 『El Dorado』の格闘技イベントに参戦する者たちはその殆どがオーナーの一条によるスカウトである。


 今夜の川瀬の相手である「鬼王山」もその一人である。


 鬼王山、本名「グチュルク・カン」は十七歳の時に一条にモンゴルでスカウトされ、その後二年間ロシアにいた。


 二年後に日本に渡り、『El Dorado』の「天下◯武道会」に出ると、十年間百二十試合無敗という伝説を作った。その記録は未だ継続中である。


 一条の目に狂いはなかった。


 グチュルク・カンはブフの使い手である。


 モンゴル国の国技とされているモンゴル相撲「ブフ」には、代表的な二つの潮流があり、グチュルク・カンは内モンゴル系のブフ出身だった。


 内モンゴル系のモンゴル相撲のルールは、足の裏以外の部分が地面に先につくと、負けになる。日本の相撲でも同じルールである。


 もう一方のモンゴル国のブフのルールは、肘・膝・頭・背中・尻のいずれか先に地面につくことで、勝敗が決まる。手を着いても勝敗が決さないのは日本の相撲と異なるところである。

 そして、日本の相撲とモンゴル相撲との違いは取り組みを行う場所にも違いがあり、モンゴル相撲では土俵というものがない。

 広い草原の上で、場所を制限されることなく競技が行われる。


 そのため、突き出し、押し出し、寄り切りと言ったような決まり手はモンゴル相撲にはない。

 相手を倒すことに特化したモンゴル相撲はモンゴル国の格闘技である。


 現在、日本の大相撲の横綱は四人いるが、四人のうち三人がモンゴル出身ということを見てもモンゴル人の強さが伺える。


 大相撲などで体格差がなくなると力の差が出てくる。


 小兵が大型力士に勝つような技術は勿論あるが、同じ体重の場合、中身の違いがその取り組みに表れる。


 日本人とモンゴル人では筋肉の質が違う。


 モンゴル人は子供の頃から羊肉を食べ、馬乳酒アイラグを飲むことで、質の良い筋肉を身につけている。

 細身の体型のモンゴル人でさえ、同じ体型の日本人と比べると、腕っぷしは段違いに強い。


 そして、何よりも違いは鍛え方にある。


 遊牧民達は現在でも馬に乗ることを基本としている。それも毎日である。馬に乗らないと仕事にならないのだ。


 馬に乗ることで、体幹や腹筋、背筋、体のあらゆる筋肉が鍛えられる。

 それだけでなく、遊牧民によくある群れから離れた家畜を群れに戻す時、体一つで戻す。

 子供が体だけで動物を群れに戻すのだ。

 当然、動物を相手にした押し合いになる。生活に関わることであるため、負けることが許されない。子供の頃から動物を相手に力比べをしているのだ。


 質の良い物を摂取し、毎日鍛えることで最強の筋肉ができあがる。


 そして、人を倒す技術をモンゴル相撲で学ぶ。


 その中でもグチュルク・カンは突出した強さを若い頃から発揮していた。


 その強さに惚れ込んだ一条がスカウトしたのだ。一条はグチュルクを金で釣ると、喜んで一条に付いて行った。


 グチュルク・カンはその後二年間に渡り、モンゴル相撲だけでなくロシアでサンボを習い、ロシアの軍隊格闘技で打撃を学んだ。


 モンゴルでは生まれた子に名前を付ける際、その名に意味を持たせる。


 「グチュルク・カン」は「力のある王」と言う意味である。


 見事に体を表したその名は日本へ渡ると、また新しい名を与えられた。


 それが「鬼王山」だった。



 戸森は周りにいる客たちを見ていた。


 目の前の試合が終わると店内には割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 ある者は満面の笑みで喜び、ある者は怒りを露わにし、またある者は落胆するだけだった。


 賭けが行われているのは明らかだった。


 しかし、店内にいる全ての客にとってメインイベント以外は前座にもならない試合だった。

 この次の試合が本番である。


 強過ぎて賭けが成立しないために「鬼王山」の試合は過酷なハンディ戦が当たり前になった。それでも勝つ「鬼王山」の試合はやはり賭けが成立しなくなり、賭け自体がなくなっていた。

 しかしこの日、急遽、約二年振りに「鬼王山」の試合で賭けが認められた。

 店内にいる『El Dorado』を贔屓にしている客たちは大いに沸いた。


 店内は超満員である。




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