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群雄  作者: 元馳 安
22/41

元教師 1



 神崎から渡された紙片に書かれた住所は神崎が住む家のものだった。

 ボコボコに顔を腫らした戸森は昨晩のことを思い出した。


 

 屋根付きの立派な門構えから入ると広い敷地が見渡せる。門から玄関までのアプローチは石が埋め込まれて綺麗に舗装されていた。


「すげぇな」

 まさに武家屋敷と呼ぶに相応しく、古くはあるが、その家の豪奢な造りに神崎の育ちを改めさせられた。



 中学時代に訪れたマンションではなく、庭付きの一軒家か神崎の住む場所だった。

 広い敷地内に隣接する離れが道場となっていた。


「実家だ」

 神崎の母親は神崎が幼い頃に他界し、父親も一年前に亡くなったと戸森は聞かされた。


 玄関で神崎に出迎えられると、本当に神崎のいえなのだと、門に書かれた表札が本物だと思った。


 広い居間に通された戸森が座ると、神崎が口を開いた。


「まだやってたんだな」

 屋敷内は静かだった。

 世間話をしようなどとは思わなかった。逮捕されてから五年以上が経つ。いつ出所したのかも、今何をしているのかも、戸森にとってはどうでも良かった。


「はい。色んな奴と殴り合いをしました。けど、先生よりも強い奴はいなかったです」


「そのうち会える」

 神崎の言葉に戸森は喜びを感じた。「そのうち会える」まで出来るのだ。


「また出来るんですね。すぐにメンバーを見つけます。場所は押さえてあるんですぐに出来ます」

 ずっとあの時に戻れると思っていた。


「ん? 俺はやらねぇよ?」


「えっ? やらないんですか?」

 神崎の言葉に耳を疑う戸森。


「やりたかったらやれよ。俺はやらないけど」


「そうですか」

 戸森が肩を落とす。

 何故ここへ呼ばれたのか、戸森には分からなかった。


「お前はあの集まりが好きなんじゃねぇんだよ」

 神崎の言ってる意味が戸森には分からなかった。あの集まりのお陰で今があるのだ。


「好きでした。中学の時、あの集まりがなかったら俺はずっと虐められてました。自殺してたかもしれない。それくらい心の支えでした」


「お前は途中からファイトの楽しみ方が変わった。

 周りの奴らは純粋にファイトを楽しんでたが、お前は違った。俺からしたらお前は冨樫みたいだったよ。でも、闘うことが好きだったな」

 中学時代のイジメを切っ掛けに戸森は殴り合いの会に出会えた。殴り合いの会は今の戸森という人物を形成する重要な経験であった。


 ファイトによって人格形成が行われたのか、戸森に関して言えばそれは違かった。元々、戸森の中にある、どす黒い闇がファイトによって目覚めたのだ。


 様々な者たちと殴り合った。いじめっ子、喧嘩自慢、不良、柔道、空手、闘いの天才、色んな奴と殴り合った戸森はその潜在的なある意識を呼び起こした。

 今の戸森が生きる時代に似つかわしくない凄まじい殺気である。

 戸森は柔道を使う者に喧嘩で絞め落とされたが、無意識に力だけで窮地を脱して反撃した。

その時を境に戸森の中では時折、『何か』が顔を出すようになった。


 戸森は闘いを欲するようになった。


「……今思えば、俺は闘うことが好きだったのかもしれないです」

 戸森の言葉に神崎が頷く。


「あの族くらいが相手で良かったな。強い奴が相手だったら殺されてたぞ。またやってもいいけど、遊びは止めろ。怪我するぞ」

 まるで橘が弱いと言っているように聞こえた。


「橘は強いですよ」

 不機嫌さを隠そうともせずに戸森が言うと神崎は可笑しそうに口を開いた。


「お前らのやってたのは遊びだ。だから、みんなやったんだろ?」

 神崎が教えてくれたことである。

 信頼していた仲間に裏切られ、闘いに敗れてプライドを傷付けられ、大事な居場所を(けが)され、その上、信じていた師まで異心を抱いていた。

 神崎を待っていたのは恩を返すためである。神崎の考えにファイト・クラブの存在がなかったことが戸森にはショックだった。


 三人組の男にも「闘いではない」とハッキリ言われたことを思い出した。


「お前はこっち側の人間なんだよ」


「こっち側?」


「あんなんで満足したつもりでいんじゃねぇよ。満足してねぇから本気で闘わなかったんだろ? 技も出さねぇで余裕こいてたんだろ?」

 神崎の言葉に戸森は反論しようとした。

 余裕を見せていたわけではない。殴り合う場所で技を出すことは卑怯だと思っただけだ。

 何故卑怯なのかが自分でも分からなかった。


「戸森、もっと面白いことやろうぜ」

 悪戯(いたずら)な笑みを浮かべ戸森の答えを遮った。


「何ですか?」


「阿修羅道に出ろよって言ったのは半分本気なんだよ」

 昨夜、見知らぬ老人に言われた言葉を戸森は思い出した。法外なファイトマネー、ルール無しの仕合、『阿修羅道』とは何なのか。

 何故、神崎からその名前が出たのか不思議だった。


「でも今のお前じゃ勝てない。冗談じゃなく殺される」

 「殺す」という言葉が比喩表現でなく、実際に命を懸けて行われるものだと分かった。

 本当にそんなものがあるのか。


「殺される? 殺人が罪に問われないんですか?」


「あのジジイはそんなの簡単に揉消すよ」

 殺人事件を“そんなの”呼ばわりする神崎も神崎である。神崎の見る世界はどんな世界なのだろうか。“こっち側”の答えがそこにある気がした。


「信じられねぇくらい強い奴が出てくるぞ。俺なんかよりもずっと強い奴が」

 その言葉に戸森は目を見開いた。


「先生よりもですか?」

 神崎が一番強いなどと思ったことはない。しかし、漠然と一番を神崎と認識していた戸森は「神崎よりも強い奴」という言葉が強烈に頭に響いた。


「出てぇだろ?」

 戸森の顔は先程までと違っていた。

 神崎が悪戯に笑みを零す。


「出たくなりました」

 戸森の中で興味が湧いた。

 戸森の返事に神崎は満足そうに頷いた。


「俺が鍛え直してやる」



 晴明流柔術の正当後継者である戸森は神崎の下で修行することとなった。


 一度は断った『阿修羅道』の仕合、「後悔することになる」と言われた戸森は仕合ができるかできないかの不安など頭にはなかった。


 地獄の修行が始まった。




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