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群雄  作者: 元馳 安
20/41

隣に住む強者 1

「群雄」の第20部は拙作「FIGHT CLASS」の内容が披瀝されるものとなっています。

内容が分かり難い所もあると思いますので、読んでいない方は「FIGHT CLASS」を読むことをお勧めします。





 深夜二時、コンビニ袋をぶら下げた山田 孝雄は衝撃的な光景を目の当たりにした。



 駅から離れたそのアパートは櫛比(しっぴ)する建物の中にひっそりと佇んでいる。元々人通りの少ない幅員二メートル程の道路に面しているそのアパートは見た目がボロく、その土地柄によく似合って見えた。



 路地裏に入れば人目につくことはなくなる。



 山田 孝雄は薄暗い道を煙草を吸いながら歩いていた。


 路地裏に入っていく四人組の男たちが目に入ると自然と歩速が遅くなった。


 治安があまり良くないと言われる町である。街灯も少なく、薄暗い夜道を歩いていると住んでいる自分すらが、物騒な事件があってもおかしくないと思えた。


 山田は自然とその四人組の一人に目がいった。


 顔は見えないが知っている人だと思った。


 山田が目を凝らしてよく見ると、一人は隣人の戸森 勇気だった。


 三人の男に連れて行かれる戸森を見掛けると、山田 孝雄は気付かれないように尾行した。





 戸森が三人組の男たちに声を掛けられる前のことである。



 顔をボコボコに腫らせた戸森は帰路を重い足取りで歩いていた。


 戸森は闘いを終えたばかりだった。


 この日は気が立っていた。この先一生忘れられない夜になることは間違いない。


 負けず嫌いの性格は生まれた時からである。

 しかし、負けたことが苛立ちの原因ではない。


 「負けてもいい」と思ってしまったことに激しく後悔していた。


 殴り合うことを目的とした集まり、ファイトクラブを戸森とその友人で作った。


 高校から始めた今のファイトクラブで初の黒星を喫したのだ。




 戸森は中学時代に虐めを経験した。


 その虐めは本人の努力でどうにかなるものではなかった。


 同級生に裏切られ、教師にも裏切られ、両親に胸の内を明けられずに苦しんでいた。


 死のうとも思った。


 虐めが始まり一年が経つ頃、戸森の人生を変える劇的な出会いがあった。中学二年生になったばかりの時である。

 新しく赴任してきた神崎という教師がファイトクラブを教えてくれた。


 中学時代に経験したファイトクラブが戸森の救いとなった。


 神崎という男が闘い方を教えてくれた。闘う喜びも、生きているという実感も戸森はその時に学んだ。

 そして、一番は仲間との繋がりであった。


 勝つか負けるかはどうでもいい。殴り合ってお互いを認め合った。


 戸森の幸せな時だ。


 しかし、終わりは突然訪れた。


 一人のクラスメイトの告発により、殴り合いの会は消滅してしまった。


 しかし、戸森は諦めなかった。


 新しい形のファイト・クラブを作った。


 しかし、そのファイト・クラブはまたしても(けが)されたのだ。

 二週間前に突如として乱入して来たのは暴走族の総長だった。



 満身創痍の体を暗い夜道に引き摺る戸森は滑稽な自分の姿を嘲笑(あざわら)った。



 潮時だったんだな。



 遡ること六時間前、戸森は工場にいた。

 辺りには何もなく、人など通らない場所である。


 まだ日がある時間、無機質で大きな音を立てて操業する工場とは全く別世界のように静まったこの場所はある日の夜、全く別の世界が広がる。

 そこには何人もの(いか)つい男たちが集まり、暫くすると、奇妙な盛り上がりを見せる。

 男たちにとってそこは己の人生に必要な場所だった。

 そのはずだった。


 しかし、そんな夢のような世界など続くはずもなかった。まるで邯鄲の夢のように儚いものだった。


 地元で有名な暴走族、苦畏無(クイーン)が乱入する前からルールが守られていないことは分かっていた。


 『絶対に口外してはならない』


 一番大事なルールは守られなかった。


 苦畏無(クイーン)の乱入により、戸森のファイト・クラブに対する熱は一気に冷めた。


 戸森はファイト・クラブを続ける気力をなくすと共に、橘とのファイトもやる気をなくしていた。


 そんな調子で臨んだファイトは無残なものだった。

 自身が経験したファイトの中で一番駄目なファイトがそれだった。




 その日、ファイトクラブには今までにない程の人が集まった。


 ファイトクラブを仕切っている戸森 勇気と地元で知らない人はいない暴走族の総長、知っている者なら何が何でも見逃せないカードである。


 どれだけの人が集まるのか、その日が来るまで想像もできなかった。

 製造工場ではなく、自動車車庫としても使うその整備工場は建物内が広い造りとなっている。


 そのビッグイベントに集まった人々はその人の多さに驚いた。

 この日集まったギャラリーで工場内は満杯となった。

 苦畏無(クイーン)と敵対する暴走族やヤクザまでその場にいた。

 集まった人々は驚いた。


 しかし、何よりも驚いたのが、暴走族が徒歩で来ていたことだった。

 橘は車で来ていたが、暴走族は戸森が言っていたことを厳守していた。


 戸森は工場内の様子を見るとルールが守られていないことに溜息を漏らした。


 誰も何も守らないのだと改めて痛感し、周りの者を誰一人として信じられなくなった。


 その人々の視線は二人に注がれている。


 二人は中央で睨み合っていた。


 対峙すると直に伝わる威圧感があった。

 体格だけではない。橘 正男は殴り合いにおいて底知れぬ力を秘めていることが戸森には分かった。


「前にお前が言ってた「“ここ”を頂く」ってどういう意味だ?」

 戸森が不躾に訊ねる。


「お前に勝ったら、俺がこの場所を頂く。正確にはここにいる奴らをごっそり俺がもらう。ここにいる奴らは闘いたい奴か、闘いを見たい奴らなんだろ? 俺が用意してやる」


「それはお前の勝手だし、こいつらの勝手だ。俺がどうこう言うもんじゃない。こいつらはファイトで日頃のストレスを発散してんだ。誰が用意するもんでもねぇよ。ここで出会った仲間の絆もある。お前が用意するもんじゃねぇよ」


「御託はいいんだよ。俺が勝ったら手を引け」

 分からず屋の橘の言葉に諦めたように戸森が頷く。


「俺が負けたら、お前の希望通り俺は手を引く。後はこいつらがお前についていくかはお前次第だ。

 お前が負けたらどうする?」

 戸森が悪戯(いたずら)に訊ねる。


「俺もこいつらをお前にやる。好きにしろよ」

 橘の言葉に苦畏無(クイーン)のメンバーは絶句した。




「いらねぇよ」

 戸森が吐き棄てるとグローブを手にはめた。


 上着を脱いだ橘が渡されたグローブを装着する。



「やるか」

 口を開いたのは戸森だった。


 ファイトクラブで負けたことがないと言われる戸森の闘いは見る者を魅了する華がある。



 先に仕掛けたのは橘 正男だった。


 無警戒に近付き、フック気味の大振りなパンチを見舞った。

 しかし、何の予備動作もなく、パンチの出処も掴み難いパンチは突如として飛んでくる鉄球のようだった。

 ファイト・クラブでAクラスの強さを誇る新垣を失神させるほどの威力がある。


 しかし、Sクラスの戸森には当たらなかった。


 戸森が(すんで)の所でパンチを()なす。


 しかし、その威力は凄まじいもので、往なした手が飛ばされた。

 続け様に巨体に物を言わせた全体重を乗せたピッチングフォームからのパンチが戸森を襲う。


 戸森は距離を置くことはせずに、そのまま懐に入り込むと、ボディーに重たい右を叩き込んだ。

 絶妙なタイミングで入ったボディーブローである。常人ならこの一撃で倒れているはずだった。

 その威力を知っているファイト・クラブのメンバーたちは終わったと思った。


 橘は止まらなかった。


 ボディーブローを受けた橘は(ひる)むことなく左拳を戸森の顔面に叩き込んだ。


 戸森がヘッドスリップで(かわ)しながら、初めて距離を置いた。


 周りの者たちは驚嘆した。


 橘は強かった。


「ちょこまか動きやがって」

 苛立ちを隠さずに橘が戸森を睨み付ける。


 その言葉を聞いた戸森が悠然と橘に歩み寄った。


 傍観している者たちはこれから何が起こるのかと固唾を飲んで見守っていた。


 物凄い速さで左腕が動いた。


 大型動物が突如として襲い掛かるようだった。


 橘が不用意に近付く戸森を捕まえる。捕まえるために掴んだのは戸森の首だった。


 首を掴まれた戸森は動じることなく、橘の首を掴み返した。


 首を掴まれると本能的に掴まれた手を外そうと腕にしがみつくものである。

 戸森も橘も構わずに喉元を互いに鷲掴みにした。


 脳には恐怖を引き起こす扁桃核という場所がある。戸森の脳はその部位に起こる信号が麻痺していた。

 本能を凌ぐ過酷なトレーニングが戸森の脳味噌を麻痺させていた。


 橘は掴まれたことなど意に介さず無我夢中で襲い掛かり、掴まえたのだ。


 防御本能よりも肉食動物のような狩猟本能が勝ったのだ。


 二人の壮絶な闘いを目の当たりにする者たちは息を呑んだ。


 二人は喉を鷲掴みにしながら、そのまま殴り合いを始めた。

 互いに顔面を殴り合ったのだ。


 辺りには骨と骨がぶつかる鈍い音が響いた。グローブを着けている状態でも響く音はその衝撃を物語っていた。


 しかし、音は一つではなかった。「ぽすっ」という気の抜けた音が混じっている。


 戸森が微妙にヒットポイントをズラし、伸びきらない腕から放たれる距離で橘のパンチを受けていた。受ける場所も額などでダメージを負っていなかった。

 頭を固定されていないことが功を奏した。


 構わずに橘が戸森を何度も殴りつける。戸森も一歩も引かずに応戦していた。


 周りの者は気付かなかった。

 見た目の派手さだけで闘いの内容が分かっていなかった。


 Tゾーン(両眉と鼻を結んだ線)を乱打された橘は眉尻をカットし、血が目に流れていた。鼻骨は折れて鼻血が流れている。


 戸森は最小の動きで被害を食い止めていた。


「おら゛ぁぁ!」


 先に放したのは橘だった。

 上手く呼吸ができず、打ち疲れから放ったのは前蹴りだった。


 戸森は前蹴りに押される形で距離を置いた。

 肩で息をする橘。

 橘は諦めずに果敢に攻めた。


 その時だった。


 視界の端で捉えた画に意識を奪われた。


 神崎先生?


 一瞬見えた影に目を奪われた戸森は橘の攻撃を許した。


 


 飛ぶのではなく、地面に叩きつけられた。


 脳味噌が直接シェイクされたように脳震盪を起こすと戸森の視界が揺れて吐き気を催した。


 地面に倒れ込む戸森に馬乗りになるが、戸森は動かない体を無理矢理動かして、マウントポジション(馬乗りの体勢)からガードポジション(足を隔てて仰向けと膝立ちの者が向かい合う状態)に移行した。


 殴りやすく橘が上にいるが、間に寝そべる戸森の足があるために二人の間には距離があった。


 それでも構わずに橘は上から殴り掛かった。


 意識の朦朧とする戸森は懸命に堪えるが、橘の拳を何度か受けてしまった。


 寝技の妙がある。寝技は体感した者にしか分からない不思議なほど優れた、まさに(わざ)がある。


 寝技など経験したことのない橘は決め手に欠けていた。


 戸森は橘との攻防を余所(よそ)に周囲を見回していた。

 神崎を探す余裕を見せていたのだ。


 いたはずの所に目を向けるが、そこに神崎の姿は見当たらなかった。


 気のせいか。


 そう思った次の瞬間、頭に強い衝撃を受けた。

 再度、激しく視界が(ゆが)む。



「弱いな」

 橘 正男の言葉に戸森はぶち切れそうになった。



 殺してやろうか……。



 一瞬漏れた戸森の殺意が橘を凍り付かせる。

橘は寒気を感じた気がした。



 怖くねぇ。



 「苦」しみを「畏」れ、何もかも「無」くなることが一番怖ろしいことなのだと分かっていた。

 橘は恐怖を飲み込みパウンドした。


 ここで腕を極めて折れば橘は攻撃を躊躇うだろう。

 ガラ空きの喉元に打ち込めば橘は止まるだろう。

 しかし、それは殺し合いだ。


 戸森は打撃だけを選んだ。それも、相手を壊すような打撃は選ばない。

 ファイトクラブは殴り合う場所である。戸森はここでは根性比べのような殴り合いで挑みたかった。


 隙を突く戸森が橘の胸を強く蹴ると、攻防に倒れた橘と起き上がった戸森との間に距離ができた。


 戸森は終わらせるために朦朧とした様子で橘に向かっていった。


 今橘がいるその後ろ、人集(ひとだか)りの中に神崎を見たのだ。


 その影を追うように進む戸森。


 前には立ちはだかる壁があった。

 高く、分厚い壁である。


「おらぁ゛ぁー」

 殴り合いに付き合う戸森は(なか)ば投げ遣りの状態だった。


 周りの者たちはその様子に熱狂していたが、その場のただ一人、戸森だけは冷め切っていた。


 押しも押されぬ殴り合いはお互いを傷付けた。

 やがて体格の差が現れ始めると戸森はボコボコに殴られた。

 最後は気を失い戸森は倒れた。


 周りの者の叫声、怒声、歓声、が熱を持ち、工場内を一杯にした。



 戸森は負けた。



 橘とファイトする前から殴り合いの会の解散を考えていた。


 ルールを破る者は必ず現れる。

 それは分かっていた。ルールを破り、余所者を入れる者が必ず出てくると。


 そんな(けが)れた会など戸森は要らなかった。


 戸森は神崎が戻ってくるのを待っていた。神崎が帰ってきたときに居場所を作ろうと考えていた。

 しかし、こんな汚れた居場所は要らなかった。



 戸森が目を覚ますと工場内には人が(まば)らだった。

 目覚めた戸森に気付いた橘が声を掛ける。


「“ここ”は俺がもらう」

 場所ではなく、人のことを言っているのだと戸森には分かった。

 ファイト・クラブのメンバーは誰もいない。

 今日のファイトを見た者は自分に対して失望し、見切りをつけたのだと悟った。


「好きにしろ」

 事実上のファイトクラブの解散だった。


 ゆっくり起き上がった戸森は体を引き摺りながら工場を後にした。





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