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群雄  作者: 元馳 安
19/41

暴走族




 ガラッと勢い良く開いた扉に教室内の生徒たちは一斉に振り向いた。


 入ってきたのはこのクラスに在籍する笹川 祐介だった。


「遅刻じゃん。どうしたの?」

 クラスメイトの一人が笹川に声を掛ける。


 笹川は毎日遅刻ギリギリで登校するが、遅刻したことはない。

 そして、笹川の気落ちしたような表情が何なのか知りたかった。


 笹川は青褪めた表情で口を開いた。


「三丁目のマックの側の高架下トンネルにZ2(ゼッツー)止まってた」


 Z2(ゼッツー)とはオートバイのことである。


 その言葉に周りのクラスメイトたちは笹川を憐れむような顔をした。

 クラスでも下校する経路としてその道を使うのは笹川だけであったからだ。


 地元の人は知らない人がいないと言われる暴走族がいる。

 その暴走族に関する噂話はまさに耳を疑うようなものばかりであった。


 そしてクラスメイトたちも、いくらその道を通らないとはいえ、近くに暴走族のオートバイが置いてあるのはいい気がしない。

 持ち主は必ず帰ってくるのである。


「マジで? ここ二、三ヶ月なかったじゃん」


「うん、油断してた。遠回りして帰らないと」


「怠っ」


「でも、『苦畏無(クイーン)』に見つからなくて良かった」


「本当だよな。もし見つかってたら金とられるだけじゃ済まねぇもん」

 笹川は帰ることも、翌日からの登下校も億劫になった。




 通ってはいけないトンネルがある。


 そのトンネルは地元ではその名を知らない暴走族の総長である橘 正男(まさお)の単車を置くガレージとして使われていた。


 普通、一週間も置いておけば、パーツをこれでもかというほど盗まれて、最後はタイヤも無くなり、無残な姿になるはずであり、そもそも撤去されるものであるが誰もそのバイクには手が出せなかった。


 暴走族であろうと一般市民であろうと、橘 正男の単車に手を出して無事だった者はいない。

 それはまるで平将門の首塚の呪いのように広まり、その置き去りにされたバイクがある場所はいつしか地元でも名所となっていた。



 バイクの持ち主である橘 正男は中学生時代から荒れていた。


 恵まれた体格に優れた運動神経を持ち合わせ、残忍な性格が宿ると恐ろしい人物になった。


 中学時代に起こした傷害事件は数え切れず、橘の周りに集まる者も素行が悪い者たちばかりだった。

 高校生になる頃には体はプロレスラーのように大きくなり、暴れだすと誰も手をつけられなくなっていた。


 それは大人が言う「手がつけられない」という生易しいものではなく、一般男性では敵わない暴力を身に付けた橘 正男に逆らう者がいなくなったのだ。


 橘 正男の武勇伝は数知れず、そのどれもが耳を疑うようなものばかりだった。


 しつこく勧誘を続けるヤクザの組員を半殺しにしたという噂も流れた。

 ヤクザは橘を目の敵にすると命まで狙わうとまで脅した。


 そして実際、橘は何度か危険な目にも遭った。しかし、橘 正男が大人しくなることはなかった。


 たとえ命を狙われようともヤクザを怖がらないその無鉄砲なイカれた性格の橘 正男は外の者からは恐れられ、仲間からは絶大なる信頼を得ていた。



 『「苦」しみを「(おそ)」れること「無」かれ』は『苦畏無(クイーン)』の総長である橘 正男がよく口にする言葉だった。


 勧誘にも応じず、反抗的な態度で街を闊歩する暴走族は目の敵となり、地元のヤクザである田町組から命を狙われていた。




 暴走族が暴力団の下部組織としての繋がりを持つ場合がある。

 暴走族が暴力団にアガリを上納して暴走族の構成員が暴力団の予備軍として繋がっているのだ。


 橘 正男はヤクザとの繋がりなどない『苦畏無』の暴走族総長として我が物顔で仲間と町を歩いていた。


 バイク数台で走る集団走行で暴走行為を繰り返し、活動するテリトリー内での暴走族同士の抗争も派手に繰り返す『苦畏無』はストリートギャングのようなチームだった。


 単純に暴れたいのだ。


 「暴れること」は「遊ぶこと」なのである。


 「遊びたい」という多感な時期の身勝手で独特の思いは橘 正男の余りあるエネルギーと強靭な肉体で表現すると周囲に甚大な被害を及ぼす暴走行為になる。


 そして、暴れるにも遊ぶにも金が必要だった。

 ヤクザへの上納金がなくとも、金を必要とした。

 金を無心するのはチームで遊ぶためである。バイクの改造費や、集会の費用もバカにならなかった。



 暴れながら遊ぶ橘 正男は危ない青春を謳歌していた。



 ある日のことだった。集会で集まった時に橘があまり深く考えずに口にした言葉に答えた中島の話から始まった。

 それは、猛烈に暴れたい橘にとっては好奇心を煽られるなどという生易しいものではなく、感情を司る大脳辺縁系を電気ショックで刺激されたかのような、まるで天啓だった。




「何か面白い話しろよ」

 総長の言葉に側近の中島が口を開く。


「安定した収入が得られて、喧嘩好きの総長が警察に捕まることなく好きなだけ喧嘩できる所が手に入ったら、総長嬉しくないですか?」

 中島のその言葉に橘 正男は目の色を変えた。


「何だよ?」


「二週間にいっぺん、夜に喧嘩好きの奴らが集まるみたいなんです。なんか殴り合いする集まりらしいんですけど、結構な数がそこにはいるみたいなんです」


「で?」


「そこ乗っ取って、ギャラリーだけごっそり頂ければ、あとはこっちのもんじゃないですか」

 中島の言葉に橘は聞き入っていた。


「そこに来る奴らは殴り合いを見に来たがってる奴らなんで、そいつらを集めれば、いい賭場になると思います。

 もっと賭けとかも整備して、酒飲めたりできればギャラリーを増やせるんじゃないですか? 会員制にして会費とればかなりの収入になります」

 橘 正男は何も口にしなかった。中島の話に聞き入り、話に食いついていた。


「正男さんが贔屓(ひいき)にしてる『ミッドナイト』なら充分なキャパがありますし、クラブなんでいい隠れ蓑になるんじゃないですか?」


「どいつが仕切ってんだ?」


戸森(ともり) 勇気(ゆうき)っていう大学生らしいんですけど」


「いつやってんだ?」


「二週間にいっぺん、土曜日の夜で、次のファイトは明後日ですけど、ただ」

 偵察もしていない何の情報も無い状態で敵地に乗り込むのは好ましくない。この日は時期尚早だった。


「行くか」


 世間話程度に終わらせるつもりもないが、決裁を仰ぐように簡単に決めようとするつもりも中島にはなかった。

 しかし、橘は中島の話に食いつき即決した。

 殴り合いをする集まりの中に入り、そこを奪うと決めたのだ。


 中島の意見もここまでだった。橘は一度決めたら曲げない。


「いや、あの……」


「何だよ?」

 煮え切らない様子の中島に橘が苛立つ。


「そいつ、滅茶苦茶強いっていうか……」


「あっ?」

 橘 正男の顔が険しくなる。


「いや、勿論、総長の方が強いっス。でも、そいつ、負けたこと無いらしいんスよ」

 慎重を期して選んだ言葉が更に橘の怒りを募らせた。

 側近の中島は歯止めの効かない橘 正男のストッパー役として話術に長けていた。しかし、その性格が仇となった。橘の拳が中島目掛けて飛んでくると、鈍い音と共に中島は後方に大きく飛んだ。


「俺も負けたことねぇよ」



 総長の橘が負けるなどとは思わなかった。しかし、戸森という男に対しての噂を聞けば聞くほど、戸森を不気味に思う中島はその思いを払拭してから挑むべきだと考えた。


「ビビってんじゃねぇ」

 中島の心中察する橘は中島を一喝した。


 


 橘は土曜日の夜を待ち侘びた。




 喧嘩好きの男たちが集まる場所は決まっておらず、殴り合いをするその日に決まり、メンバーに連絡が来るというものらしかった。

 ある者にはメールで、ある者には電話連絡で、また、ある者はポストに場所が記されただけの紙が投函され、殴り合う場所を知らせるらしい。




 橘が中島から話を聞いて二日が経った。



 その日、男たちが集まった場所は市街地から離れた場所に建つ工場だった。


 周辺には何もなく、辺りは静寂に包まれている。


 土曜日のこの日、時間が来るといつもとは違い、人通りが多くなった。


 そして、暗闇の中に建つ工場に明かりが(とも)ると、命を宿したかのように熱を持ち始め、動き出したかのように雑音が響き始めた。


 誰もいなかったそこに数人が来ると、徐々に人は増え始め、数十人もの人々が集まりだした。


 やがて、中から声が聞こえ、鈍い音が聞こえ、怒号が聞こえ、歓声が聞こえると工場は燃えるような熱気を持った。


 人が発することができる限界の熱量を大群で延々と出し続けているような異様な(たかぶ)りだった。


 知らない者が工場の中を覗いたならば、きっと、警察を呼ぶか、その場から直ぐに立ち去るだろう。


 中にいる男たちは殴り合いをしているのだ。


 オープンフィンガーグローブを着用している二人の男たちが殴り合い、その周りを大勢の男たちが囲っている。


 一組が終われば、また一組と、次々に殴り合いをしていた。


 何かの抗争ではない。剣呑な雰囲気も、殺伐とした空気もない。周りの者たちはただ、殴り合う男たちを鼓舞し、讃えていた。

 

 殴り合いを終えた男たちは(いが)み合っていたわけではない。

 ファイトが終わるとお互いのファイトを認め合い、褒め称えた。


 そして、ファイトを終えた男たちは次に殴り合う男たちを鼓舞して讃えた。


 そこだけまるでこの世ではないような、異世界のような雰囲気を醸し出していた。


 工場の中にいる男たちにはその光景が当たり前だった。当たり前のように殴り合いを観戦し、当たり前のように殴り合った。そこではそれが当たり前だった。


 いつもそうなのだ。


 しかし、この日は違った。



 突然、殴り合う男たちの動きが止まった。


 動きを止めたものはある音だった。



 バイクのエンジン音が束となって工場に近付く。

 バイクに跨るのは特攻服を着た暴走族だった。


 工場の前にバイクを停めた暴走族が工場の扉を乱暴に開けると、一斉に視線が扉に向けられた。

 そこには上半身裸の男たちがいた。ある者は傷だらけで、ある者は傷一つない。みんな一様に言えることは、全員が鍛えられた体をしていた。

 逞しい男たちの視線を受けた暴走族は足が自然に止まり、たじろいだ。


 つまらない日常のストレスの捌け口であるファイトは見る者を熱くさせ、のめり込ませていた。

 だからこそ、その邪魔が許せなかった。


 ファイトに邪魔が入るなど初めてのことであった。


 殴り合いをしていた者も、それを取り囲んで見ていた者たちも夢の世界から現実世界に引き戻された気持ちだった。


 異様な雰囲気は突然の出来事に今まであった熱を失い、別の感情が熱を帯びていた。


 それは怒りであった。


 その場の皆が怒りを覚えていた。

 一人が動くと三人が動き、三人が動くと十人が動き始めた。

 やがて、大きな波となり、暴走族に襲いかかろうとした。


「誰だお前ら? ふざけんなっ!」

 屈強な中年の男が暴走族に向かって歩き出した。


「止めろっ!」

 人集(ひとだか)りの中から怒鳴り声が聞こえると男の足が止まった。

 声の主を中心に割れるように人波に裂け目ができた。

 そこにいたのは青年だった。

 殴り合いをしていた者たちも、暴走族も、その場の全員がその青年に釘付けとなった。

 青年は男を見つめている。


「私闘はすんな。ファイトしに来たんだろ?」

 声は青年のものだった。

 青年に言われた男が大人しく引き下がる。


 青年の視線が暴走族に移る。


「お前ら何だ?」

 身長は百七十センチ後半と百八十センチ近くあり、その体は細いように見えて筋繊維の一歩がまるで盛り上がるように筋が張っていた。

 無駄な脂肪はなく、鍛え上げられた体は威圧感があった。

 声の主である青年に睨まれた暴走族は動けなかった。


 暴走族は足が固まったかのように凍り付いていた。

 その人波を掻き分けて青年に立ち向かう者がいた。


 橘 正男だった。


 身長百八十センチを越える長身に服の上からでもはっきりと分かる勇健(ゆうけん)体躯(たいく)は青年が小さく見えるほどだった。

 頼もしい総長が出向くと暴走族は尊厳を取り戻したように堂々と振る舞い出した。


「ここで一番強い奴とヤらせろ」

 開口一番の言葉だった。

 道場であれば、道場破りのつもりだろう。橘はここを乗っ取るつもりだった。


「出来ないよ」

 青年は静かに答えた。まるで全てを見透かすかのように冷めた目だった。


「あ?」

 青年を見る橘の顔が険しくなる。


「お前ら何しに来た? 喧嘩か?」


「喧嘩だよ。お前らは喧嘩が好きなんだろ? 喧嘩しに来たんだよ」


「俺らは喧嘩しないよ。俺らがしてるのはファイトだ」


「一緒だろ?」

 橘の若さに戸森は笑った。


「喧嘩目的なら他を当たれ、俺らがするのは喧嘩じゃない」


「ファイトでも喧嘩でも何でもいい。ここで一番強い奴と殴り合いをさせろ」


「ルールがある。このファイトクラブはクラス分けをしてる。誰が誰の相手をしてもいいって訳じゃねぇんだよ。一番強い奴は俺だけど、新入りはSクラスの俺とはできない。Bクラスの奴となら特別に許可してやるよ」


 橘は黙って戸森をじっと見つめていた。

 暫く見つめた後、静かに口を開いた。


「お前が戸森か」


「誰の紹介で来たか知らないけど、ルールを守れないなら帰りな。あとバイクは目立つからさっさと退けろ」

 戸森は言い終わると面倒臭さそうに手を払った。


「お前の言うルールに則ってやればいいんだな?」

 橘の言葉に戸森は「あぁ」と短く答えた。


「お前に勝って“ここ”を頂く。それでも続けたかったら、お前も俺らの仲間に入れてやる」

 橘は見下すように戸森を嘲笑(あざわら)った。


「勝ち上がれ」


「上等だよ」

 橘 正男が踵を返すが、一人の青年が近付いていた。



「折角来たんだから、遊んでけよ」


 声を掛けられ振り向くと、橘は青年と対峙した。


「これ着けろよ」

 オープンフィンガーグローブを橘に渡したのは新垣という青年だった。


 この殴り合いの会でAクラスの強さを誇る青年である。


 誰もが新垣の強さを認めていた。戸森よりも身長は低い百七十六センチだが、その体は鍛え込まれており、飾りの筋肉ではなかった。

 その場の全員が釘付けとなった。


 新垣の強さを疑う者はいない。苦畏無(クイーン)のメンバーも新垣が只者でないことは分かった。


 橘は渡されたオープンフィンガーグローブを着けると、何度も握り感触を確かめていた。


 二人が距離を取って向かい合うと、戸森が声を掛けた。


「やれ」


 新垣はパンチを主とする打撃格闘家(ストライカー)だった。新垣はボクシングに近いが、ヘッドバット(頭突き)や組み技からの打撃を狙える変則的な闘い方をした。

 格闘技経験者ならば、新垣のトリッキーについていくことができずにやられた。


 素早い足運びで一瞬にして距離を詰めると、ジャブ、ストレートとワン・ツーを放った。


 橘は新垣の初撃を物ともせずに右フックを放った。

 振り被ることもなく、いきなり横から手が出た素人丸出しのフックはしっかりと体重が乗っており、的確に新垣を捉えていた。


 新垣のジャブにこれ以上ないほどのタイミングで重なったフックはクロスカウンターとなった。

 新垣のジャブは橘の顔面を見事に打ったが、ストレートは当たらなかった。


 膝が崩れる新垣の顎を橘の左アッパーが打ち抜いた。


 大の字に倒れた新垣は顎を骨折し、失神していた。

 (すさ)まじいパンチ力だった。


 相手を殺しかねない暴力に周囲の者たちは言葉を失った。


 瞬殺だった。



「あと何人とヤればお前とできる?」

 橘が戸森に向かって叫ぶ。

 その声は太く、大きく、周りの者たちに良く響いた。


「新入りのファイトは一日一回だよ。二週間後に来な、俺が相手してやる」

 その言葉に周囲からも驚きの声が漏れた。


「また来る」

 橘 正男は嬉しそうに笑った。


「次来る時はバイクは止めろ。目立つ」

 戸森の言葉に橘は何も言わなかった。



 戸森は考え込むようにずっと無言になった。




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