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群雄  作者: 元馳 安
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犯罪者 2




 ◯日(事件当日)、丁度夜の十一時を十分過ぎた頃、事件現場近くに不気味な男の姿があった。


 大きなバッグを背負った菊池 (せい)は無表情で事件現場のマンションを後にした。


 意識も混濁し、目は虚ろな状態だった。


 元々、悪い目つきは更に妖しさを増し、その異様な雰囲気に誰も近付こうとしなかった。


 がっしりとした体つきは着膨れして太っているように見える。

 お世辞にも綺麗とは言えない服に重そうな荷物を背負っている大柄な男だった。


 彼は誰とも目を合わせようとはしなかった。ただ真っ直ぐに無表情で前だけを見つめていた。


 見るからに不審者である彼は施設で育った。彼はある問題を抱えていた。


 『パーソナリティ障害』


 精神病質者の一種で、罪の意識を抱く感情が著しく欠如しており、罪悪感を抱くことが出来ない。


 菊池 (せい)は幼少の頃に犬を締め殺したのを切っ掛けに精神保健福祉センターへ送られることになった。五歳の時である。


 人格障害と診断されてから施設での生活を余儀なくされたが、施設での生活も一筋縄ではいかなかった。


「生きることに違和感を持っています。彼は何が幸せかも分からない状態です。彼の行動には自分が何者であるのかを探すような素振りが時折見られます。慎重に彼の成長を見守ってください」


 何故、子犬に対して暴力を振るったのか。


 菊池にとって、生命を奪うまでの死に至らしめる暴力に何かを感じずにはいられなかった。


 命が暴力によって消える瞬間である。


 彼はそんな瞬間に興味を抱いた。性的欲求が異常な暴力行為によって満たされることを知った。

 菊池は暴力行為と性行為とを混同していた。


 そんな菊池が十四歳の時、事件を起こす。


 菊池が入所する施設の職員が大怪我を負った。原因は菊池による暴行だった。


 

 菊池が入居する施設は相部屋だけでなく、個室もあり、菊池には個室が与えられていた。


 その部屋は異様だった。


 真っ二つに引き裂かれたタウンページ、プッシュボタンが減り込み、画面が歪に割れたゲームボーイ。粉々になったグラス。

 窓のロックは潰されて締めることができなくなっていた。

 無造作に丸められた紙のようなものは車のナンバープレートだった。


 部屋の散乱した様子を注意しようとした職員はその異様な光景から、器物を破損したことを怒らなければと考えたが、タイミングが悪かった。

 たまたま菊池の虫の居所が悪かった。


 職員は菊池の部屋に入ってから三時間後に病院へ緊急搬送される。


 帰りが遅い職員を心配した同僚が菊池の部屋に入ったことで職員の一命は取り留められた。


 職員は部屋に散乱する器物と同じように壊されていた。

 助けを呼べなかったのは最初に喉を潰されていたからだった。


 時を同じくして両親の死をきっかけに施設への入金が途切れて菊池は退去となった。


 十四歳の菊池は都が運営する重症心身障害施設へ入所となった。


 ドラマで見る友情や恋などの青春も、孤独でも何かに没頭するような経験もなく、ただただ欲求を抑えながら無為に日々を過ごした。


 人としての尊厳が奪われたその場所は療養介護や自立支援とは程遠い牢獄のような場所だった。


 十八歳の誕生日を機に菊池は施設を出所した。

 もし、菊池の両親が生きている頃に成年後見人制度があり、手続きをしていれば、この後の菊池の人生は変わっていたかもしれない。


 施設を出た菊池は両親が遺した遺産の受取人として全ての遺産を相続した。


 幸か不幸か菊池の親戚筋で遺産を相続できる者はいなかった。


 菊池は相続した家には住まずに、住み込みで働いた。五歳で出された家に思い出などなく、菊池にとっては忌々しいものでしかなかった。


 そして、菊池は欲望を抑えながら仕事に没頭した。


 仕事は建設現場で使われた鉄パイプや廃材をゴミ置き場まで運ぶ単純なものだった。

 生産性のない仕事に遣り甲斐を感じることもなく、また、普通の人が持つ当たり前の感情を持ち合わせていない菊池は楽しみもなかった。


 溜め込んだストレスを解消する方法も、手にした金の使い方も知らない。

 毎日を無為に過ごし、人間の欲を抑えた生活をすると、人としての生き方は空虚なものとなる。


 菊池の生活レベルは年を増すごとに低下し、ついには日々の虚無感を拭うために一層廃れることになる。


 元々、限界だった菊池の精神はとうとう壊れ、やがて人としての一線を越える。



 菊池はやがて覚醒剤に手を出し始めた。






 きっかけは道端で声を掛けるプッシャー(売人)だった。

 そのプッシャーは女性だった。三十代半ばのように見えるその女性はなんとなく、母に似ていると菊池は思った。五歳で離れ離れになるとそれ以降は面会もなく、菊池の中の母はいつまでも三十代のままだった。

 菊池の視線に気が付いたプッシャーは菊池に近付くと声を掛けた。


「人生が楽しくなる薬があるよ」


 菊池は違法なものだと知りながら手を出した。


 菊池は初めて嗜好として金の使い方を知った。


 そして、薬にハマると菊池の生活は一変する。


 覚醒剤やシンナーなどの薬物依存性は人格退行という性格の変化が見られる。


 これは子供のように自制が利かなくなり、我慢することができなくなる。薬物乱用で人格退行まで進行すると末期と言われ、治療は難しいと言われる。

 人格退行に対する治療はない。


 抑制が利かなくなると、何としても薬を手に入れようと犯罪を起こすことを厭わなくなる。善悪の判断が出来なくなるのだ。

 元々、善悪の判断が曖昧だった菊池は歯止めが利かなくなった。


 知り合った売人に薬漬けにされた菊池は相続した財産が底をつくまで時間は掛からなかった。


 働いて貯めた金が無くなると相続した金を使い、それが無くなると実家を売り、その金がまた底をつくと、いよいよ何もなくなった。


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