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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
フードの魔法士

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カイの苦手なもの

 冒険者ギルドに出ていたその依頼はカラクミの森の大型魔獣の調査依頼だった。

 他の冒険者パーティーの確認した危険情報から討伐依頼が出ることは少なくない。ただ、こんなふうに曖昧な情報で依頼が出るのは稀になる。対象魔獣が明示されていないのだ。


 通常、この類の危険情報、つまり対象は不明であるが痕跡が確認される場合はまず非公開で高ランク冒険者で構成されるパーティーに調査依頼が出され、調査での対象確認が行われてから依頼が公開される形になる。

 無論、その調査行で対象魔獣の討伐が行われても構わないし、むしろそのケースのほうが多い。

 高ランクパーティーにしてみれば、そこで討伐まで持っていくのが矜持でもある。この調査依頼のために冒険者は一定期間、通常四~五陽(4~5日)以上の滞在を予定している時に滞在登録を行うのである。


 このカラクミの森の調査依頼の異様なところは、対象が確認されないまま一般公開されたということだ。

要するに調査依頼は出されたはずだが、その調査パーティーが行方不明になったのを意味する。冒険者ギルド側は数度の調査依頼は行ったのだろうが、一度も成功しなかった場合にこういった依頼になる。もう人海戦術でいいから、とりあえず確認だけでもしてしまおうという意図を指す。

 もちろん、そんな依頼を出せば危険極まりないのだが、冒険者ギルドにしても形振り構っていられない状況なのだ。


「まあなあ、あの湿地帯の大型剣竜(ソードリザード)みたいな奴もいねえことは無ぇんだし、普通はあんなのに遭遇すりゃ全滅も有り得るわなぁ」

 これは三人とも同意見である。

「覗いてみる価値はあるんじゃない?」

「自分から厄介事に首を突っ込むのはお勧めできないんだけど」

「「お前が言うな!」」「ち ── !」

「あれ?」


 総ツッコミを受けてしまった。


   ◇      ◇      ◇


 辿り着いたカラクミの森は、平野に見られる帯状森林に比べて遥かに広大な森だった。

 探索するにも骨なのだが、その分、何が出てきてもおかしくないように見える。そんなものに不用意に挑むのはさすがに躊躇われる。本人を除く意見の一致を見た彼らは魔獣レーダーに頑張ってもらうことにする。


「別に良いんだけどさ、なんかいいように使われるのには不公平感がない?」

「使える物は猫でも使えって言うでしょ?」

 チャムがこの世界のことわざを引き合いに出して言う。それにカイは疑わしそうな目付きで答える。

「猫さんのほうが可愛いし和ませてもらえるし使えるって思ってない?」

「まさか、うちの猫さんは武器作れたり戦えたりするじゃないの」

「僕はもっと自分の存在意義について悩むべきなのかな?」

 顎に手をやって考える振りをする。

「それよりゃな、存在そのものの意外性に悩んだほうがいいんじゃね?」

「一回殴り合って友情を深めてみようか?」

「友情が深まるまで生きていられたらな」

 笑えない話である。


「頑張ってる頑張ってる」

 広域サーチを使ったカイは、広範囲に散らばった冒険者パーティーが各個に探索したり戦闘状態らしかったりするのを感じた。

「大物が居そう?」

「サーチ魔法じゃ大きさは解んないよ」

「そうよねぇ。どうしたものかしら?」

「こんなのは賭けみたいなもんじゃねえか? 当たった奴が得をする」

 運よく情報が取れた者が依頼料を手にする。実に冒険者らしい考え方である。しかし、トゥリオと一緒に居るのは普通の冒険者ではない。

「探索の網に穴はない?」

「見える範囲だと何ヶ所か」

「じゃあ、そこ」

「了解」

 こういう時でさえ、いや、こういう時こそ理詰めで行く。


 カラクミの森は高木の広葉樹で構成されている。

 樹間は開いているが木漏れ陽は少なく、下生えも少ない。その代り、地面はじめじめとして苔に覆われているところが多かった。足場は樹木の根などでぼこぼことしているが、開けているのでセネル鳥(せねるちょう)でもそのまま乗り入れられた。


「これだけ視界があるってのに、大型の魔獣が確認できないってのが解んないわね?」

「動きが速ぇとか、遠距離から魔法を使うとか、最悪、樹上を移動するから気付かねえとか色々考えられねえか?」

 トゥリオは自分なりに相当いい線突いてるような気がしていたが、それはすぐに否定された。

「それだと存在そのものが確認し難いことになるから、最初の危険情報さえ上がらないよね」

「ねえ知恵絞ったっつーのに…」

「でも確認が難しいってとこは核心を突いているかもしれない」

 カイの頭には「擬態(・・)」という二文字が浮かんでいた。一つの可能性として。

「それでいて『大型である』という情報だけは確定できる痕跡を残しているって相手なわけよ」

「その痕跡だけでも確認したいよね。それで対象をある程度限定できるかもしれない」

「なるほど。結局、うろついてみるしかねえってことだな」

「身も蓋もないけどね」


 途中、騎乗のまま携行食を口にする程度の休憩を挟んで二刻(二時間半)も探索を続けた頃、三人はそれまでよりも開けた空間に出た。

 しかもその空間は道のように続いている。太い樹木は持ち堪えているが、細目の木は薙ぎ倒されているのだ。


「なるほど、間違いなく大型ね」

「これほどかよ」


 ここで沈黙を保っているカイは地面のほうを見ていた。

 苔の表面がてらてらと光っている。それが木が薙ぎ倒された道を辿るように続いている。


「……戻ろうか」

「え? まだ時間はあるでしょ?」

「危険情報の出ている森の中で夜営するのは危険だし、森からもできるだけ距離を取りたいんだけど」

「解らなくもないんだけど、慎重すぎない?」

「ダメかぁ…」

 チャムには酷く彼が落ち込んでいるように見えて気が咎めた。

 仲間のことを思ってくれて言っているのだろう。

「解ったわ。出ましょうか」

「そうすっか」


 しかし、全てはこの後の事態が裏切った。

 彼らが森から出たところで幾つもの悲鳴が遠く響いてくる。


 三人から50ルステン(600m)離れた森の一角の樹木がバリバリと薙ぎ倒されながら何かが現れようとしている。そしてパラパラと森から複数の冒険者が走り出た後にのっそりと「それ」が現れた。


水蛞蝓(ウォータークロウラー)!!」

「でけえぞ!」

 3ルステン半(42m)はある超大型水蛞蝓(ウォータークロウラー)だった。

「やるぞ!」

「行って、ブルー!」

「キュイー!」

 すぐさま駆け出す二騎。

「頑張ってねー」

 そして残る一騎。二人は急ブレーキで止まる。

「来ねえのかよ!」

「なんでよ!」


 非常にらしくない行動にカイをじっと見つめると、プイと目を逸らした。

 それを見たチャムはニヤーっと笑うとこう言う。


「あれだけ大きいと食べ甲斐有りそうよねぇ。あれでカイはどんな料理を作ってくれるのかしら?」

「食べないよ?」

「さあ、トゥリオ。狩りに行くわよ」

「おう、さっさと済ませちまおうぜ。明るいうちに調理してもらわねえとな」

「食べないからね!」


 気付いたトゥリオもニヤニヤと続ける。

 二騎は再び駆け始める。


 逃げ惑う冒険者たちからは巨大水蛞蝓(ウォータークロウラー)に、矢や魔法などの散発的な攻撃しか加えられていなかった。

 そこへ駆け続ける間、空間に光述構成をずっと書き続けていたチャムが強力魔法を解き放つ。


焔輪(ブレイズリング)!!」


 これほどの長大構成となるとチャムでもトリガーアクションが必要になるのだ。

 すると巨大水蛞蝓(ウォータークロウラー)の周囲の地面を巡るように赤い輝線が走って円弧を描く。そこから燃え上がった高温で赤を通り越しオレンジ色に近くなった炎が一気に中心に向かって吹き付けた。炎の中でのた打ち回り始める水蛞蝓(ウォータークロウラー)


「こんがり焼けましたー!」

「だから食べないって言ってるよー!」


 炎が収まり、表面を焦がされた水蛞蝓(ウォータークロウラー)に正面からトゥリオが突っ込んでいく。ブラックからジャンプした彼は水蛞蝓(ウォータークロウラー)の頭部の中心に大剣を突き立て、力任せに上に斬り上げた。

 暴れていた水蛞蝓(ウォータークロウラー)もそれですぐに動かなくなり、討伐完了した。


 やっと追いついてきたカイに、二人は自慢気に胸を張っている。

「何がなんでも食べないから…」

 二人の爆笑が収まるまでいささかの時間が必要だった。


「まさか蛞蝓なめくじが苦手なんてねぇ」

「お前にも苦手なものがあったんだな」

「嫌いなんだよ。あのウネウネしてネバネバしてる感じが」

「まあいいんじゃない。一つくらい苦手があっても」

 三人が話していると逃げ惑っていた冒険者たちが集まってきた。


 彼らは口々に感謝を述べるとこう続けた。

「あんたがあの『フードの魔法士』なんだろ? こんだけ美人なら周りが煩くってフード被りたくなるだろうな」


「『フードの魔法士』!?」

新章開幕はまた狩りの話からです。ちょっとしたコメディで新たな流れに繋げようと企てた訳ですが、いかがでしたでしょうか?毎回こんな流れが作れたら楽なんですが、なかなか思いつかないんですよね。

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