大きな希望
「君は幸せになれるならもうちょっと頑張れるかい?」
(この方は何をおっしゃっているのだろう)
レムジーはそう思った。
突然、やってきたこの黒髪の冒険者は、よく来る大人たちのように自分たちを憐みの目や好奇の目で見るでなく、ずっと考えているような怒っているような目をしていた。
自分たちの普段の生活を聞きたがり、時折り我が事のように悲痛な顔をしていた。
正直に言えば自分はかなり頑張っていると思っている。
粗食にも耐え、粗末な着る物に不満も言わず、大部屋でぐずる小さい子たちを宥めつつ眠り、街の子供たちのように遊びまわるようなこともせず、メルネアを助けてできるだけの家事をこなす。そんな繰り返しの毎陽だ。
これ以上、何を頑張ればこの方は満足してくださるのだろう。そうしたらこの院にいっぱい寄付をしてくださるのだろうか?
もしかしたら一部の貧民街の子供たちのように一夜を自由にさせてあげればお金をくれるとでもいうのだろうか?
レムジーは困惑と悲しい気持ちしか湧き上がってこなかった。
しかし、カイが言ってきたのは実に突飛で、それでいて当たり前の日常であるようなことだった。
「具体的に言えば、昼間だけお世話をする下の子たちが増えても大丈夫かな? 例えば今の倍くらい」
「え?」
「君のやることは大きく変わらない。ただ、食事の面倒を見てあげ、危険な遊びをしないか見守り、眠そうなら寝かしつけてあげればいい」
それは普段から自分がやっていることだ。でも増える?
「解るように説明するね…」
カイが説明したのは託児業務だ。
単純に言えば幾ばくかの金銭の代わりに親から子供を預かり、世話をし、そして親に返す。それだけだ。ただ、対価を受け取る以上、ある程度は責任を持ってやらねばならない。
彼は、街にはまだ庇護が必要な年齢でありながら放置されがちな子供もいっぱい居ると言う。
例えば商人の子供。自営業であれば両親ともが仕事に追われて子供の面倒にまで手が回らないことも多いらしい。
例えば冒険者の子供。母親も冒険者であれば、仕事場は街門外となり、とても小さい子供を連れ歩くことなどできない。
例えば片親の子供。親は生活のために働かねばならず、育児を兼ねることなど不可能に近い。
そんな子供たちを院に集めて、まとめてラムジーたちが世話をすればいいと言う。それなら彼女ら大きな子供たちの手間は増えても内容に変化はない。
「そんなことができるのでしょうか?」
メルネアはそれで収入が得られるとは思えないようだ。
その程度のことに対価を払う人が居るとは思えない。しかし、カイは知っている。それは普通に業務として成立するのだ。ある程度の収入さえあれば、それは子供をやむなく放置する親の不安を解消してあげられる。
「僕の予想が正しければ、陽々まとまった収入が得られるはずです。そうですね。料金を一陽15シーグ~20シーグくらいにすれば子供は集まると思います。二十人くらい集めれば最低でも一陽300シーグになりますね。それだけあればここの子たちにちゃんと食べさせてあげられるでしょう?」
「もちろん十分です。節約すればこの子たちにちゃんとした衣服を買い与えるのも難しくないです」
「じゃあ、院の前に貼り紙でもして告知してみてはいかがですか?」
具体的な方法論に入っていく。
「ただ、それはきっと商売になってしまうので教会として問題が…」
「それでは寄付をいただいて、その代わりに子供を預かる体裁にしてください。ああ、そうだ。一番大きな顧客…、じゃない、寄付をしてくださる冒険者がいる冒険者ギルドにも告知すべきでしょうね」
「はい! やってみたいと思います。レムジーは大丈夫? あなたたちの負担になってしまうのだけど?」
「それで先生の助けになるのならやってみたいです。でも…」
レムジーは不安が拭えなかった。
社会の負担として生きている自分たちが望んでも良いのだろうか? 目の前の青年にぶつけてみる。
「私たちがきちんと食事を摂ってもいいんでしょうか?」
「お腹いっぱい食べていいんだよ」
彼女は瞳が潤むのを止められない。
「私達が時々でもお菓子を食べていいんでしょうか?」
「毎日食べていいんだよ。ずっとはダメだけどね」
目じりに涙の粒が膨らんできてしまった。
「私たちが幸せになってもいいんでしょうか?」
「君たちも幸せにならなきゃいけないんだよ」
涙は溢れて止まらない。
そんな彼女を青年はギュッと抱きしめて頭を撫でてくれる。
気が付いたら声を上げて泣いていた。こんなにも自分は辛かったのだと初めて気付いた。それを解ってくれる人が現れた。一生懸命考えて解決策を授けてくれた。
そして、幸せになれと言ってくれた。それが嬉しくて堪らなかった。
「何、レムジーを泣かしてんだ、お前は!」
「うーん、泣かせるつもりじゃなかったんだけどね」
「じゃあなんで泣いてんだよ!」
「ちがっ! …違うの、ラクタ。この方は…、私たちに…、幸せをくれるって…」
啜りあげながら頑張って伝えようとする。
「いじめられたんじゃないんだな?」
「そんなんじゃないわ。心配かけてごめんね」
「ならいいんだ…」
どうもラクタには嫌われることばかりしているなとカイは思った。
◇ ◇ ◇
その後、小さい子たちが昼寝の時間になるのを見計らって出かける。
三人にメルネア、レムジーと不信が拭えないラクタを伴って、セネル鳥で冒険者ギルドに向かった。
受付で掲示板の一角を借り受ける許可をもらった後、託児募集の貼り紙をする。
「ちょっと、これ本当なの?」
何事かと脇から覗いていた女性冒険者が驚きの声を上げた。
「ええ、まだ不慣れで不手際もあるかもしれませんが、やってみるつもりです」
「そんなの早く言ってよ! 今陽からでも頼みたかったのに」
メルネアが答えると言い募ってきた。
確かにその女性冒険者は小さい子と手を繋いでいる。そんな状態でもこなせる依頼が来ないかギルドで待ち受けているのだろう。
「よろしければ明陽からでもお受けしたいと思っています。ただここに書かれている通り御寄付をいただきたいと…」
「そんなの安いもんさ。魔獣一頭狩りゃお釣りがくる。大変だ、みんなに知らせてこなきゃ」
どうやら女性冒険者なりのネットワークがあるらしい。そうでなくとも貼り紙の前に人が押し寄せてくる。
「母ちゃんに教えてやろう。明陽から復帰できるぞ」
「休養中のパーティーメンバーに言わないと」
冒険者ギルドから退散した六人は帰途についていた。
「感触はどうですか?」
「はい! やっていけそうな気がしてきました! ありがとうございます」
「カイさん、私…」
「もう泣かなくていいから。僕がラクタに叱られちゃうし」
レムジーは泣き笑いの表情になる。
「さあ、収入の目途が付いたんだから、今夜のおかずの材料をいっぱい買って帰らなきゃいけないんじゃないかしら?」
「そうだな、荷物持ちなら任せろよ」
手をパンパンと叩いて空気を変えようとするチャムにトゥリオが追随する。
「『倉庫持ち』が居るんだから、あんたは役立たずよ」
一瞬で撃墜されたトゥリオに笑いが集まる。
◇ ◇ ◇
【そんなことがあったのか?】
孤児院で皆と夕食を共にした三人は王城に戻り、部屋でカイはクラインに遠話を掛けた。
「はい、思い付きだったのですが上手くいくような感触です。ついてはホルムトでもこの仕組みを導入してみてはどうかと?」
【当然、有効だろう。助かるのは孤児院の子供たちだけではない。親は不安なく働けるし、その子供は危険から遠ざけられる。その上、仕事を再開できた親が働けば働くほど経済活動は活発になり、王国の税収も上がる】
「良いことずくめみたいに言いますね。まだ、院で事故が起こった時の保証とか詰めなきゃいけない問題はあると思いますよ。当面は十分に注意するように言ってきただけですけど」
【その辺りは検討の余地があるな】
(何よりこんなこと、日本でやろうものなら、児童労働だってコテンパンに叩かれちゃうよ)
【ともあれ、良いことのほうが多いのは確かだ。政務卿に文を飛ばして準備させよう。ああ、こんな時に相手が遠話器を持っていないのは不便だな!】
「便利な道具ほど依存度が高くなります。その辺りは気を付けて使ってくださいね?」
【それは今、ひしひしと感じている】
それでも救われる子供たちが増えるならクラインには頑張ってもらおうとカイは思うのだった。
孤児院の話後編です。お断りしておきたいんですが、これは現在孤児である方に心の負担を強いる意図があって書いたものではありません。あくまで異世界の実情を解決するために生み出した方法です。それを踏まえた上でお読みくださる事を望みます。




