表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔闘拳士  作者: 八波草三郎
界渡りの武神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

875/892

繋がる想い

「男だって思い切り声を上げて泣きたい時もあるさ」


 カイはそう言って小部屋リングを使い、そこに静音(ミュート)の魔法を使うよう頼んでくれた。


 トゥリオは室内のベッドに横たわり、悄然と天井を見つめている。どれだけ涙を流し大声を張り上げようが、持っていきどころのない思いが胸に残る。カイを責める気持ちなど全く無い。浮かんでくるのは自分にはもっと出来る事があったのではないかという後悔ばかりである。


(何でかなぁ。子供の頃は大人になりゃ色んな事が出来るようになると思ってたのに、世の中儘ならねえもんしかねえ。参ったぜ。どうすりゃ自分を見つけられる?)

 おそらく、それを見つける事など出来ないのだろうと思う。出来るのは決める事だけなのだ。こう在ろうという自分を。黒髪の青年はそこまで辿り着いているのだと思えた。

(情けねえなぁ、いい歳にもなって……、と?)

 ノックの音が耳に入ってくる。カイが頃合いを見計らって話し相手をしに来てくれたのかもしれないと思った。


 ところが、薄く開いた扉から顔を覗かせたのは犬耳娘である。ちょっと驚き、ばつが悪そうに目を逸らすが、彼女はそのままするりと室内に入ってくる。


「頼むから、この情けないつらを見ないでくれよ」

 恥ずかしくて俯いたまま頼む。

「情けないなんてちっとも思いませんですぅ。あの……、それはディムザさんへの深い友情の証なのだと思いますからぁ」

「…………」

 フィノは言葉を選びながら一生懸命伝えてくる。

「カイさんが間違っていたとは思っていませんですぅ。でもぉ、トゥリオさんがいけなかったとも思っていませんですぅ」

「何がいけなかったんだろうなぁ?」

「きっとロードナック帝国という国がディムザさんを生み出し、その……、死なせてしまったとフィノは思いますぅ」

 彼女の指摘は正確だと思う。それだけに取り返しのつかない結果が呪わしい。

「もっと積極的にカイを手伝っていればこんなにはならなかった……、いや違うな。もう頭ん中滅茶苦茶だ。すまん、やっぱり明陽(あす)にしてくれ。今陽(きょう)の俺は何をするか分からねえ」

「…………」

 彼女はそれに無言で首を振る。

「フィノはその為に来たのですぅ」

「どういう意味だ?」

「トゥリオさんはフィノの為に自分の正義を見つめ直してくださいましたぁ。それがとっても嬉しかったのですぅ。あの時、お返し出来る事があれば何でもすると誓いましたぁ」

 そこで彼女は少し躊躇いながらもしっかりとトゥリオを見つめる。

「フィノが苦しみを和らげられるのであればお好きになさってください。あなたを癒せるのでしたら本望なのですぅ」

「馬鹿。そんな事言ったら俺は止まらなくなるぞ?」

「構わないのですぅ。だってトゥリオさんの事が大好きですからぁ」

 衝動的にベッドに押し倒すとフィノは柔らかく微笑んだ。それでもうトゥリオは自分を止められなくなる。


 激しく口付けると瞳を閉じて受け入れる。頬に手をやり、狂おしく唇を合わせる。すると彼女は身をよじった。


「ごめんなさいですぅ。おヒゲが邪魔ですよねぇ。みっともない物が付いていますけど我慢してくださいますかぁ?」

「馬鹿言うな。みっともなくなんかあるもんか!」


 トゥリオは彼女の劣等感を塗り潰すくらいに深く愛そうと心に誓った。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、扉を開けるとあいにくの曇り空だった。なのにトゥリオの心はどこまでも晴れ渡っている。

 自分がそこまで単純だとは思っていなかったが、どうやら否めない。彼女の事をそれだけ愛して我慢し続けていたのだと思うようにした。


 初めての経験にまだ覚束ないフィノの肩を抱いて支える。はにかみながらも嬉しそうな彼女は身を擦り寄せてくる。そんな仕草を見ていると、やり場に困るほどの幸福感が湧き上がってくる。


「げっ! 居ないと思ったら、あんたー!」

 天幕前で朝食の準備をしていたチャムが勢い込んで駆け寄ってくると、抜き様に大男の首筋に刃を当てた。

「傷付いているだろうから色々大目に見てあげようってカイが言うから大概の事は許してあげようと思っていたけどこれは許せない! 弱ってるのを見てフィノが優しくしたからって、そこに付け込んだわね? そこに座りなさい! 成敗してやる!」

「ひっ!」

「ちょっ! 待ってくださいよぅ! 違います違います誤解ですフィノがお願いしたんですよぅ!」

 それでも刃は微動だにしない。

「庇わなくても良いのよ?」

「だから違うんですよぅ! そんなつもりじゃなかったらお一人にして差し上げてますぅ! フィノが少しでも立ち直る切っ掛けになればと思ったんですよぅ!」

「……合意の上だったのね?」

 まだ刃は首に冷たい感触を伝えてくる。

「う、動けねえからまずそいつを納めてくれよ」

「あんた、浮ついた気持でフィノを抱いたんじゃないでしょうね?」

「勘弁してくれよ! 本気も本気だ! とことん本気で愛してるからに決まってるだろ!」


 もうそろそろ誰もが起き出してくる頃合いだった。こんな大声を上げていれば注目を浴びるに決まっている。

 なので非常にばつの悪い状況に陥っていた。何かマズい事に色々と周知の事実になりそうになっている。フィノに至っては真っ赤になって蹲ってしまった。


「あー、もうちょっと静かに話し合いましょうか?」

 剣を納めたチャムはぐっと声のトーンを落として告げる。

「そうそう、ここは穏便に済ませようよ。ね、チャム? フィノだって年頃なんだから普通に性欲だって有……」

「ごづっ!」

「ぐわっはっ!」

 朝食を取り分けようとしながら、とんでもない事を言い出した黒髪の青年の脳天に拳骨が直撃した。

「あなたも要らない事言って掻き混ぜないの! さっさと来なさい!」

「あうぅ……」


 麗人に引き摺られるカイを皆が目を丸くして眺めている。彼らにしてみれば、昨陽(さくじつ)神々しいまでの姿を見せた拳士が非常に情けなくも惨めな有様になっているので、その差異を受け入れるのに困惑しているのだろう。


「それで、本気だって言うなら責任取る気も有るんでしょうねぇ?」

 天幕の中に退避した彼らは声を落として話し始める。異様な雰囲気にリドとキルケも鳴き声一つ上げずに見守っている。

「決まってんだろ。その気が無きゃ手ぇ出すもんか」

「あんた、自分の立場が分かってる? 腐っても貴族の嫡子なのよ? はい、この娘を嫁にしますで済む訳ないでしょうが」

 チャムの言うのは正論である。

「良い感じに腐敗発酵が進んでいるけど、元を質せばそうだねぇ」

「黙んなさい」

「あ、はい」

 話し合いには強制参加なのになぜか不遇なカイ。余計な茶々が多い所為ではあるが。

「俺に関しちゃ爵位なんて有ってねえようなもんだろ? ほとんど飛び出したようなもんなんだから、とやかく言わせたりはしねえよ。別に縁が切れたって構わねえ」

「馬鹿。いつまで放浪してる気なのよ。その、色々と落ち着かなきゃいけない状況だってこれから起こるでしょ」

 家族が増えたりもするだろう。冒険者稼業はいささか厳しい。少なくとも赤ん坊のうちは。

「そん時ぁ赤燐宮の隅にでも住まわせてくれよ。生まれんのはちっこいブチイヌ達だぜ。貴族社会に放り込むのはまだちょっと早ぇ」

「まあ確かにそうよねぇ。結局そうなっちゃうわよね」

 いくら獣人の多いレンギアでも、城壁の中は敷居が高い。

「そこまで覚悟の上なら認めざるを得ないわねえ。この娘が幸せそうなのは事実だし」

 チャムはフィノを引き寄せる。


「ただし」

 トゥリオは指を突き付けられた。


「フィノを裏切ったらその首が胴に繋がっているとは思わない事ね?」

結ばれる話です。二人が結ばれ、それが四人の中で落ち着くまでの展開でした。という訳で、ラストエピソードの前半はトゥリオが主役です。ディムザの絡む流れは彼が前面に立ってくれないと終わらないので。

実はディムザの最期をどこに入れるかが一番の悩みの種でした。当初は剛腕戦の前に設定していたのですが、何せトゥリオとフィノが結ばれるのがセットになっています。カイと違って下半身の緩いトゥリオでは、一度気持ちが繋がると深い仲にならない訳がないのです。そうなれば四人の中での関係性が難しくなってきます。二人くっついたのに、もう二人は進展しないままを長期に続けるのは難易度が高い。他にも色々ありますが、それが一つの要因となってディムザの最期をここに設定しました。流れとして不自然ではないよう構成しましたが、最終エピソードの前半の主役がカイではないという形になってしまったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ