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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
神使の血

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方針模索

「それでね、意識を失う前に何とか剣と遠話器だけは『倉庫』に格納したの」

 左手に剣を取り出して置き、右手には遠話器を展開する。いきなり横に出現した魔法具にキルケが猫パンチをお見舞いした。

「次に少しだけ意識が戻った時には口の中に苦い液体があって、無理矢理飲まされたわ。目隠しされて拘束されていたから、一瞬だけ遠話器を出して発信したってわけ」


 それは緊急事態が発生した時にそうするようカイに教え込まれていた方法。三人とも、基本的には青年宛てのタブカードを挿入してある。

 意図を尋ねられ、黒髪の青年は感知魔法の事を話して、それで彼女の位置を把握したのだと告白。皆は納得する。


「そこからははっきり憶えていないけど、ずっと短い夢を見ていた気がする。ちょっと前の事から、あなたと出会った時とかずっと前の事まで。驚いた事も楽しい事も嬉しい事も悲しい事も」

 チャムは目を瞑ってしみじみと思い返す。

「それで、いつのカイさんかって訊いたんですねぇ? きっと記憶を探られていたんだと思いますぅ。助け出した時に魔法士が傍にいて、たぶん精神干渉系だって話してましたぁ」

「記憶を抜かれた!?」


 青髪の美貌はびくりと震えると慌て始める。震える指でタブカードを差し替えると、赤燐宮に向けて発信する。


「お父様ですか? お母様ですか?」

 興奮に息せき切って尋ねる。

【おお、その声はチャムか!? 無事だったんだな?】

「ご心配を……。それより緊急です! 東方で活動中のエルフィン全てを転送魔法陣に向かわせてください! 私がしくじって記憶を抜かれてしまいました。防衛を。最悪は破棄を」

【むぅ、致し方あるまいな。すぐにウェズレンにやらせよう。ただ、それだと……】

 遠話に出たのは(ラークリフト)だった。苦悩に美しい顔を歪ませたチャムだが、決意して宣言する。

「リアム叔母様の生存は確認しました。……全て我が騎士に一任します。彼らには捜索任務を一時停止させてください」

【そうか。彼が救出してくれたのだな? 身体は大事ないか?】

「特には問題無さそうです」

 受話面からは安堵の吐息が聞こえた。

【彼に感謝を伝えておいてくれ。何かすべきであればすぐに言って欲しいとも】

「はい、必ず。これは前代未聞の一大事です。場合によっては神至会(ジギア・ラナン)と事を構えなくてはならないかもしれません」

【娘よ、分かっておろうな?】

 その問い掛けは彼女へ重々しく響く。

「はい。万が一の時は私が」

【済まぬ、お前にばかり負担を掛ける】

「お父様、ゼプルの者は皆覚悟の上です」

 最後のやり取りには厳しさが含まれていた。


 ひと通りの話が終わり、もう一度カイに薬物などの確認をしてもらっているとフィノが軽食を用意してくれる。食べているうちにお茶も準備され、椅子も運び込まれてサイドテーブルを囲んで討議する体勢に入った。

 ベッドの上で上半身を起こしたチャムと椅子に着くフィノとトゥリオに対して、彼女の足元に腰掛けたカイが話す形になる。


「さて、これからだけど」

 切り出す青年は、まだ思索の途中らしくいつもほどに言葉が出てこない。先ほどまでは様々な感情に支配されていたのだから仕方ない。

「どんな動機があってリアム様が神至会(ジギア・ラナン)の側にいるのかまでを推測するのは難しい。それこそ本人しか与り知らぬ事だろうね」

「情報が足りませんですぅ、六十七()も前の事では」

「目的は連中に添うものだろうけど、意図までは不明ね」

 トゥリオもお手上げとばかりに肩を竦める。

「まずは確認しておきたいんだ。このままあの方を向こう側に放置してもいいんだろうか? それとも本人の意思がどうあれ、無理にでもお戻りいただかねばならないんだろうか?」

「考えるまでもないわ。何を言っても無視して身柄を奪還してちょうだい。ゼプルには、如何なる相手であれど秘するべき情報や技能を提供してはいけないという掟があるの。叔母様は完全に反する行動を取っているわ」


 彼も頷く。今やゼプル女王国の騎士として公認の立場に在るカイにさえ与えられている情報は一部でしかない。それは重々に承知しているだろう。

 チャムも重要な事柄に関してはずっと明言はしていない。転送魔法陣などに関しても、青年が独自に解明してきただけだ。


「どうにも奇妙だと思っていたんだけど、それで少しは納得出来るね」

 妙な言い回しに、彼が違う意味で頷いたのだと気付く。

「何にだよ?」

「考えてもみなよ。リアム様は僕らにとって最大にして最強の切り札だろう?」

「あ!」

 大概はある程度考えを纏めてから話し始めるカイが、不明瞭のままに討議に入ったのはその所為なのだろう。

「チャムから情報を引き出すなり、神(ほふ)る者を拘束しようと目論むなり、何にせよ一番効果的で効率的な手札をここまで温存する理由が解らなかったんだ」

「確かにそうですぅ。本気なら最初から姿を見せていても変じゃないですもんねぇ?」

「なのに状況が厳しくなるまで使わなかった。彼女は貴重な情報源だから見せ札なんかに使えなかったんだ。存在を確認された時点で、ゼプルは全力で奪還に動き始めるから」


 何千ものエルフィンを投入されて攻められれば神至会(ジギア・ラナン)も分が悪い。帝国軍を頼っての正面戦闘になどならないからだ。完全に暗闘になってしまう。夜の会(ダブマ・ラナン)だけでは邀撃不可能。


「連中も追い込まれているってわけね」

 おこぼれをせがむリドとキルケに柔らかい部分を与えながら言う。

「残りの手札が少なくなっちまったから、一発逆転を狙ってとっておきを繰り出してきたってやつか」

「こっちの手札を読み切れないうちに、ね? だからチャムの完全な確保に失敗した。本当は彼女を足掛かりに僕も押さえたかったんだと思う」

「馬鹿な奴らだ。チャムに手ぇ出してお前が黙ってると思ってんのか?」

 トゥリオも鼻で嗤う。

「まあ、居所が分からなかったら僕だって手をこまねいているしか出来なかったと思うけど」


 そんな状況も想定して事前に手段を準備していたカイの勝利である。チャムも彼の抜け目無さには舌を巻く。彼らもそこまでは予想外だったろう。


「動揺も大きいはずね。それならこっちから大胆に仕掛けていくべきじゃなくて?」

 最強の切り札を見せて失敗したなら次の策に困っているだろう。陽動に引っ掛かり易いはずと麗人は読んだ。が、青年は難色を示す。

「それはつまり君を餌に使えって意味だよね?」

「釣り出して逆にリアム様を奪還する策ですかぁ?」

「そんな顔しないの! もう勝手はしないわ。餌をやるにしても、必ずあなたの目の届く範囲でなら安心でしょ?」

 口元を歪ませる拳士を窘める。

「あんな目に遭ったばっかりだ。多少の過保護は大目に見てやれよ。それに、まずは身体を万全にして動けるようになってからって話だろ?」


 子供っぽく頬を膨らませるカイに、女性陣は小さく吹き出した。


   ◇      ◇      ◇


 もう授乳期を終える時期のキルケだが、哺乳瓶がお気に入りで欲しがるのでミルクは飲ませ続けている。興味津々でリドもねだるので哺乳瓶は引っ張りだこである。

 フィノやチャムも遊び気分で世話をするから需要と供給は釣り合っていると言うべきか。


(心の中じゃ不安が渦巻いているかもしれないけど、表向きは落ち着いたみたいだね)

 彼に任せて多少は不安が治まったと思いたい。

(あとは悪いほうの想定が当たらないのを願うだけだけど……)


 ここで切り札を使ってきた理由がもう一つ思い当たる。そちらは正直最悪の事態だとカイは思う。


 授乳の様子を見守る今の彼は願うしかなかった。

方針の話です。チャムからの聞き取りを終えて作戦会議に移行する展開でした。今回は作戦を事前に明かしておいて、色々仕掛けていくタイプの話になっています。

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