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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
剛腕の急迫

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スリンバス平原会戦終結

「馬鹿、な……」

 ホミド将軍の舌はそれだけをかろうじて紡ぐと凍り付いたように動かなくなった。


(まさか本当の事だと言うのか? あれは神(ほふ)る者なのか?)

 今更のように疑念と恐怖が甦る。


 彼のような生粋の武人は、教会の言う事にあまり耳を貸さない。神の託宣と言えど、またぞろ教会のお偉方どもが自分達に注目を集める為にさえずり始めたくらいにしか思っていない。剛腕の周囲にはそういった人間ばかりが集まっており、正直()の魔闘拳士を侮っていたと言えばそれまでだ。


 しかし、その英雄は代名詞ともなっている魔法を一切使わず武技だけでホルジアと正面から戦い、下してしまった。魔法まで使っていたら、軽くあしらっていたという意味になる。

 完全に誤算である。ただし、この誤算はあまりに大きな代償を要求してきた。大将の命である。


(望んだからと言っても行かせてはならなかったのか? あの勇者王とも五分で打ち合うホルジア殿下だぞ? 討ち取られるなんて……)

 事実を認識すると、胃の腑が痙攣して何かを押し上げてくる感触がする。

(そんな……。失策を執成とりなしてくださったあの方が……。まだ何もお返ししていないのに!)


 後悔が震えをともなって駆け上がってきてホミド将軍は身を折って嗚咽した。


   ◇      ◇      ◇


 カイは剛腕の遺体を抱え上げる。駆け寄ってきたパープルの背に横たえた。


「よくも殿下をー!」

 彼に随伴してきた一部の騎士が激発して駆け出した。

「これ以上の戦闘は無用です。将の覚悟を汚すものではありません」

「ぐぅっ!」


 彼が放った光条(レーザー)で足元の大地が横一本に赤熱している。そこで立ち止まってしまった軍馬を御している間に告げると、騎士達は歯噛みしつつも自制した。


 カイのハンドサインで戦闘を停止した獣人戦団の様子に、斬り結んでいる者も力を緩めて見回す。決着が付いた事が徐々に戦場に広まっていく中、帝国正規軍側から停戦旗が上がり、しばしの間を置いて西部連合軍本陣でも停戦旗がひるがえる。


 スリンバス平原会戦は終わりを告げたのだった。


   ◇      ◇      ◇


 黒髪の青年が仲間をともなって本陣に戻ると喝采で迎えられた。


「堂々の勝利であったな? 無敵の銀爪の名に恥じぬ戦いぶり、しかとこの目に刻みつけたぞ」

 ジャンウェン辺境伯は手放しで讃える。

「少し手間取ってしまいました。死なせ過ぎたような気がします。禍根を残す戦いにならなければ良いのですが」

「お兄ちゃんは十分に頑張りました! 悪く言う人がいたらルルが怒っちゃいます!」

「そうだぞ。カイ殿がおらねば、もっと泥沼状態になっておったであろう。貴殿の功は違えようがないぞ?」

 これ以上の謙遜は鼻につくだろう。

「まずは敵将にも敬意を」

「うむ、そうであるな」


 帰途に主を失ったセネル鳥(せねるちょう)が寄ってきたので、ホルジアの身はその背に預けてある。彼の遺体を整えて返すのも戦場の習いであり、礼儀でもある。


「ちゅちゅい!」

「みゃみゃう!」

 飛びついてきたリドとノーチを受け止めて毛皮に指を埋めると、意識していなかった興奮が冷めてきたのを感じる。


(結局、踊らされてしまったな)

 剛腕の為人ひととなりはディムザのほうがよくよく知っている。彼に会わせればどういう結果を生むかは計算済みだろう。

 明らかに人間性の好き嫌いまで把握されているようだ。面白くはないが、致し方ない。


 数多くの青旗がひるがえる戦場跡を遠目に、青年は溜息を吐いた。


   ◇      ◇      ◇


 翌陽(よくじつ)、未だ血臭の漂う戦場跡に数十名ずつが向かい合う。

 板に寝かされた第一皇子ホルジアの身体は清められ、華美な貴族服に着替えさせられている。今から身代金と交換で、彼は自軍の元へと戻るのだ。


「無念でありましょう。皇帝陛下の元へお連れしますぞ、殿下」

 近く仕えてきた将と思われる人物達が、涙ながらに声を掛ける。

「ご安心召され。我ら、陛下のお怒りを受けずとも殿下に殉じるつもりであります。今しばらく魂の海でお待ちください」

「大願の成就は叶わなかったものの、殿下は立派に戦い続けられました。今は安らかにお休みくだされ」


 憔悴の色も露わな臣が一人、ふらふらと歩み寄ってくる。彼は剛腕の身体に縋り付くと号泣し始めた。


「ああ、このようなお姿に……」

 敵に着せられた衣装も憎いと言わんばかりに握り締める。

「こら、ホミド将軍。気持ちは分かるが今は控えよ。終戦の儀の最中であるぞ?」

「帝国の未来を担う殿下の玉体を弑したるとは大罪ぞ! 魔闘拳士ぃ! 貴様のその罪! 罪ぃ!」


 ホミド将軍が剣を抜いてカイに斬り掛かる。視線も手元も定まらぬお粗末な斬撃でも確実に青年の身に迫っていたが、数歩進んだチャムが抜き打ちで斬り上げた剣閃が彼の胸を断ち割った。

 吹き出した血がホルジアの身体に掛かる。吐血で首元を濡らしながら剣を取り落とした敵将は、剛腕の傍に崩れた。


「殿下、殿下の御許に参ります。決して寂しい思いなどさせませんぞ。魂の海でも、どうか、どうか私めがお仕えするのを、お許しくだ、さ、い……」

 主の腕を掴んで事切れた。


 騎士が進み出てホミド将軍の身体を引き剥がして運び、ホルジアの遺体も持ち上げて馬車に乗せる。汚れてしまったが、引き渡すまでが勝軍の責。もう一度清めるのは剛腕軍の仕事だ。


「この不始末、どうなさるおつもり? 謝罪の一つも寄越さないのかしら?」

 将達は狼狽して言葉を継ぐ。

「と、とんでもございません。その、これは……」

「場合によっては私がゼプル女王として大陸中に檄を飛ばし、ロードナック帝国を討ち滅ぼしても良いのよ? 今は内紛や通常の戦争行為だから関与はしないわ。でも、最低限の慣習も守れないなら、一国として認める訳にはいかない」

「お待ちください、女王陛下! どうかお鎮まりを! この通りにございます」


 皆がチャムと盟主ルレイフィアに跪いて首を垂れる。続いてカイへも謝罪を口にし、不始末を詫びた。


「私個人に剣を向けるのは咎めはしないわ。自ら剣を手にする以上、当然だと思っている。戦場にあるなら幾らでも斬り掛かって来なさい。でも、命への祈りの場を汚すのは許さない。これだけは覚えておきなさい」

 念押ししておかねば、帝国の無法が目に付き始めている。

「無論にございます。どうか此度の事はお許しくださいますよう伏してお願いいたします」

「その言葉、違えないようにね?」


 慰謝料を追加して腰を折る将に釘を刺しておいた。


   ◇      ◇      ◇


「何で避けないのよ!」

 麗人は柳眉を逆立てて叱りつけてくる。

「一撃くらいはもらってあげても良いかなって思っちゃってね」

「その考えはいただけないわ。痛みで罪の意識を和らげようなんて臆病者のする事よ。あなたはそんな人じゃないはず」

「そうだね、ごめん。彼らを見習わないといけないね」


 戦場跡には軍馬が骨を曝しつつある。回収されない軍馬の遺骸は、通常は魔獣の餌にとそのままにされる事が多い。腹を満たせば周辺への被害も収まる。

 だが、今回はセネル鳥の昨陽(きのう)の夕食、そして今も朝食として役立ってくれている。命の連鎖の輪に綺麗に収まっている。カイは彼らの逞しさを見習いたいと思ったのだ。


「あんなん見せられるとやるせねえのは分かるぜ。だがよ、剛腕の寛容は自軍だけに向けられていたもんだ。気にしても仕方ねえ」

 トゥリオに背中を叩かれた。解っていても、改めて口にされるとどこか落ちる部分がある。

 フィノが彼の上腕に触れて頷き、チャムは胸に手を当ててじっと見つめてくる。


 捨て切れない優しさを認めてくれるような温かさがカイは嬉しかった。

停戦後の話です。停戦と終戦の儀への流れを描く展開でした。ただ勝った負けたではなく、その側面も描いておかねばと思ったのです。痛いのは傷だけじゃない。トゥリオも自分に言い聞かせるように語っています。

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