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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
剛腕の急迫

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空の声

「あはは、やっちゃったじゃない、彼女」

 麗人は愉快そうに笑う。

「だね。もっとゆっくり攻めるかと思ってたけど、ずいぶん思い切った策を打ってきた。これは後で謝っておいたほうが良いかな?」

「止しておきなさい。逆に嫌みよ」

「じゃあ、安全に退ける道を作るだけで勘弁してもらおう」


 そのまま進撃させる訳にはいかないので、じきにジャンウェン卿が後退を指示するだろう。ただし、左翼陣を崩壊させるような敵を黙って後退させてくれるほど敵はお人好しではない。

 重装歩兵が中心の、帝国正規軍中陣が押し出す連合軍右翼の側面を窺おうと動き始めている。そのままでは陣形の再編も敵わないまま重い一撃を食らってしまう。


「いっくよ~!」

 金髪犬娘の号令でロイン戦隊は一気に駆け寄せる。

「後ろも見るんだよ」

「あわっ! 忘れてた!」

「こらこら、張り切り過ぎないの!」

 舌を出す彼女にチャムは苦笑を漏らす。


 斜め後ろにハモロとゼルガの両戦隊を従えて、鏃の陣形で正規軍中陣に迫っていく。左翼からの出撃なので、敵右翼に後背を見せる格好になるが、そちらは獣人侯爵率いるベウフスト候軍が押さえに入ってくれる手筈になっている。


 ロイン戦隊の中ほどに位置するカイが、薙刀を立てて穂先をゆらゆらと回転させる。それは注目の合図だ。

 次に前を指すと刀身が寝かされて、横に軽く振られる。それが目標指示になっている。それを理解した皆が一斉に嘴を開くと、特性魔法を放った。

 それは戦隊指揮のハンドサインでなく、セネル鳥(せねるちょう)に向けての指示なのだ。


 獣人戦隊の接近に気付いた重装歩兵の前列は身構えている。跳ね上がって襲い掛かる巨鳥達への対策なのか、長槍を斜め上に捧げて持っている。上から迫れば穂先で串刺しにする目論見だろう。

 だからと言って真っ正直に正面から仕掛けたりしない。セネル鳥の前衛は、ほぼ平行に魔法を撃ち出す。それは重装歩兵の列の直前の地面を狙ったものだった。

 上空から直接撃ち込めば魔法散乱(レジスト)で防がれるが、魔法防御もそんな広くを覆っている訳ではない。防御範囲外の地面に撃ち込まれた魔法はそこで炸裂した。


 岩弾(ロックバレット)は砕けて土砂を舞い上げ、投氷槍(アイスジャベリン)は土砂を散らしつつ慣性のままに進み、爆炎球(バーストフレア)は爆散して土砂を巻きあげ、風刃(ウインドエッジ)は大地を切り刻んで土砂を浮かせ、雷電球(プラズマボール)は土中の水分を急激に蒸発させて爆発を起こす。

 全ての魔法が起こした土砂が津波のように重装歩兵に襲い掛かり、彼らを泥まみれにする。それだけに留まらず、容赦なく目に入って視界を奪った。

 狼狽した彼らは慌てて槍を放り出すと目を擦り、口に入った土を吐き出している。ようやく何とか立ち直った頃には、目前に彼ら騎鳥兵の軍団が迫っていた。


 速度を緩めたロイン戦隊を左右から回り込んで迫る両戦隊に、慌てて槍を取り直し盾を支えようとするが態勢の整わない状態では儘ならず、セネル鳥の前蹴りを受けて倒れたり吹き飛ばされる者が続出。土砂の洗礼を逃れた兵士も戦斧(バトルアックス)戦槌(ウォーハンマー)を軽々と振り回す獣人兵に打ち倒されていく。


   ◇      ◇      ◇


「んあっ!」

 鈍い打撃音とともに突進する獣人兵の中で、ゼルガがミスリルの大剣を肩に担いで斬り落とすと重装歩兵が両断される。

「やるねぇ、坊や。惚れちゃうじゃないさ」

「冗談は……、止してくださいっ!」

 切っ先を跳ね上げて二人目を斬り伏せると、食い縛った歯の間からでも丁寧な言葉を返している。

「冗談でもないよ。ずいぶんと男ぶりを上げてきたのは本当だって」

「だったら、からかわずに見守ってくださいよっ!」

「嫌よ」

 副官のミルーチは即座に否定する。

「止める気ないんですかっ!」

「楽しいじゃないさ」

「楽しんでるのはミルーチだけですっ!」

 片手で横ざまに振り抜いた大剣は、鎧を半ば斬り裂いて断末魔を上げさせる。指揮官ぶりが板に付いてきたと言われるゼルガも、この女豹には形無しである。


 彼の赤い騎鳥は返り血を目立たせない。


   ◇      ◇      ◇


「次! 追い込んで!」

 真っ向から重装兵を斬り倒したハモロは、オルモウに合図を送る。

「それじゃ、いきますぜ、大将。そらよっと!」

「りゃあっ!」

 機敏な鼬獣人が斬り結んでいた相手を蹴って寄越す。鞍を膝で締めて下半身を固定すると斜め下から振り抜き、相手の胴鎧を断ち割った。

「さすが、大将! 今陽(きょう)も糸を引くような素晴らしい剣筋ですぜ!」

「何か持ち上げられて踊らされている気がするんだがな!」

「そんな事ぁありゃしませんぜ。非力なオルモウは大将に手柄を送り込むくらいしか出来ませんのですって」

 実際には違うだろう。腕っ節に自信のない男が戦場を生き抜いて、千兵長まで登れる訳がない。この副官は人を立てるのも上手なだけだ。ならば今は甘えるのが彼の期待に応える道であるとハモロは思う。


 彼の黄緑の騎鳥は次の敵に振り向いた。


   ◇      ◇      ◇


「遅れるな、お嬢」

「ごめん~! 待って、ジャセギ~!」

 ロイン戦隊は、ハモロ達が抑えているのとは別に戦力を分けて味方右翼に側撃を仕掛けようとする一団の鼻先を掠めるように機動している。

「気を取られるな。擦り抜けざまに一撃加えるだけでいい」

「解ってるんだけど~、剣気に反応しちゃうの~」

 感性派の犬娘は敵の放つ気に身体が惹かれる傾向が強い。本人が理解していてもなかなか治るものではない。

「戻ったらまた稽古だぞ」

「あう~。厳しい~」

 反応しなくなるのは危険だが、ある程度は制御出来るように、金狼の副官が稽古を付けてくれている。野営地でまた絞られるらしい。


 彼女の藍色の騎鳥は副官の背を追って加速した。


   ◇      ◇      ◇


 ロイン戦隊に混ざって、中陣の出足を挫いたのを確認すると反転させる。モイルレル率いる右翼陣は既にほぼ後退を終えていた。

 ここで一拍入れたい青年は、イグニスにも機を図って後退を指示する旨のハンドサインを送り、ハモロ達にももうひと当てしたら反転するようサインを送る。


「頃合いね。さっさと戻りましょ」

 ロインを促したチャムに一声掛けておく。

「先に行ってて。ちょっと匂いを嗅いでくるよ。きな臭い感じなら折っておかなきゃいけないから」

「そう? じゃあ、纏めておくからあまり遅れないようにするのよ?」

「すぐ戻る」


 掻き回された敵中陣が深追いしてきそうな気配なら、気運を削いでおかねばならないと考えて殿に回る。

 打撃戦で撃ち負けて面目を潰された重装歩兵は追撃に移る動きを見せる。姿勢だけでも見せないと沽券に関わるが、騎兵の足に敵う訳など無い。苦し紛れに連合軍中陣に位置する騎士爵諸侯の兵に噛み付かれるのも堪らない。


「そこまで」


 進路上に駆け込んだカイは薙刀を格納すると、パープルの背を降り向き直る。自然な立ち姿からはとてつもない量の闘気が溢れ出して、心得のある者を心胆寒からしめる。彼は戦場の中心に在って、全てを固まらせてしまう。

 当然、間近にいる重装歩兵達の足は止まり心ならずも後退る。そこにはまるで踏み込んではならない領域が現出したかのようであった。


(何をしているんです? 僕はここですよ?)

 帝国正規軍本陣のほうを睨んで黒髪の青年は意思表示をした。


 数瞬の間の後に雨のしずくがぽつぽつと舞い降りてきた。

 スリンバス平原くらい北寄りだと北海洋から流れ込んでくる雨雲の量も多くなる。この()も朝からどんよりとはしていたが、とうとう空が泣き出してしまった。


(どうやら空の声はここでの休戦を訴えているようだね? 退くかぁ)


 踵を返して鞍の上に身を持ち上げると、拳士は自陣へと帰っていった。

後退戦の話です。勝ち過ぎてもそこに危険が生じる展開でした。なので獣人戦団で背中を脅かして、牽制する一戦です。

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