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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
南部不和

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冒険者の戦場

「さあ、思う存分に戦ってください」


 魔闘拳士が示す先には一万五千を越えようかというデュクセラ領軍中陣。その前にいるのは黒髪の青年を除けば暁光立志団だけである。


「馬鹿言ってんじゃねえ! お前、ここで俺らを始末する気だろ!?」

 吠えているのは彼の責任を問うた冒険者。

「なぜです? 僕は死にたくなんてありませんよ?」

「誤魔化してんじゃねえ!」

「誤魔化してなんかいませんよ? 僕もここで一緒に戦うと言っているんです」


(本気か、この男)

 団長ゼッツァーは戸惑いの中にあった。


 陣組みを始める戦団とは別に、魔闘拳士がやってきて暁光立志団の配置まで自分が案内すると言ってきた。

 昨夜と早朝から行われていたらしい作戦会議には彼らは招かれていないので内容は知らず、青年に従うしかない。昨陽(さくじつ)は反省の弁を述べていたので、彼らにも解り易い作戦内容が示されるのだと考えていた。

 それで連れられて来た先がこの中陣の真ん前である。


「ふざけんな! こんな位置に居たら一気に攻め寄せられて終わりだろうが!」

 ロドロウの言に魔闘拳士は首を傾げる。

「何を言っているんです。貴殿らは冒険者グループなのでしょう? 大規模な魔獣の群れを相手にする時は総員で編隊して対処するじゃないですか? それと同じですよ」

「おいおい、こいついかれてんぜ。あれが魔獣に見えんのか? 俺様が教えてやろう。ありゃ、人間の軍勢だ、軍勢!」

「それに関しては僕のほうが通じてますよ。これは集団戦闘で、相手は人間です」

 事も無げに言う。

「お前、魔獣みたいにぶっ殺せって言ってんのか? 馬鹿抜かすんじゃ……」

「馬鹿でも何でもありません。あれが軍勢なら、魔獣の群れだって命持つ者の集団です。いつも通りに狩ればいい」

「団長、やってらんねえぜ。こんな狂人の言っている事聞いてどうするんだ?」

 ゼッツァーは怖気が背筋を震わせているのを感じる。青年の目は完全に本気の目だった。


「戦争とはそういうものだと君は解しているのかね?」

 得も言われぬ感情が湧き上がってくる。

「いいえ、普段ならこんな乱暴な真似はしませんよ。もっとスマートに相手の心を挫きにいきます。ですが、貴殿らは戦場のしきたりなど知らないと言うので、相応しい役割に配置したんです。今更苦情を言われても困るのですが」

「我らにはこれがお似合いだとでも言うのか?」

 その言葉には相応の怒気が込められている。

「仕方ないではありませんか。貴殿らの希望に沿ったまでです。それに今更だと言いましたよ?」


 ごうと鬨の声が降ってくる。領軍中陣は目の前で孤立している敵兵に一斉に襲い掛かるべく押し寄せてきた。


「マルチガントレット」

 セネル鳥(せねるちょう)を戦団に向けて送り出した青年は両腕に武骨なガントレットを展開した。

重強化(ブースター)

 更に膨大な魔力と闘気が吹き上がってくる。


(これは本気だ! 彼はここであの一万どころでない兵士と戦う気なんだ!)

 ゼッツァーは唖然とするが、そうもしていられない。敵軍は自分達にも向ってきている。


「編隊を組め! 迎え撃つぞ!」

 焦りから大音声を張り上げる。

「待って! 待ってよ、団長! 兵士相手に魔法を使えっていうの? いっぱい死んじゃうわよ!」

「……相手は盗賊団か何かだと思え! それが駄目なら麻痺系の魔法で戦闘不能にしろ!」

「そんなの無理よー! 罪もない人なのよー!」

 魔法士フレイエスの碧眼には涙さえ浮かんでいる。

「頼むからやってくれ! そうしないと仲間に死人が出る!」

「あーん、ひどいー!」


 魔闘拳士は悪意から彼らを見殺しにするつもりでは無いらしい。真っ先に前に出ると、功を焦って飛び出してきた重装兵に対する。

 突き出された槍に、左の掌底を合わせて身体を滑り込ませると、下から振り上げられた右拳が顔面を打ち抜く。装備込みでなら150ラクテ(180kg)は越えるであろう巨体が宙を舞って敵中に落下する。その首はあらぬ方向を向いていて、ピクリともしなかった。

 それを目前にした兵士達は急停止せざるを得ない。白い頭覆い(ヘッドギア)から、目の前にいるのは魔闘拳士だと理解してはいるものの、その本気の武威に触れるのは初めてだったからだ。


 だが、青年は一切容赦はしなかった。

 左腕を持ち上げると、前列の重装兵から順に正体不明の魔法で頭を撃ち抜かれてバタバタと倒れていく。この魔法攻撃には魔法散乱(レジスト)が全く効果が無いようだった。

 そのままでは一方的に倒されてしまうと感じた兵士は震える足を踏み出す。撃ち倒されずに何とか彼のところまで辿り着いた者は槍を突き入れ剣を振り下ろすが、光刃がひるがえると全てが斬り落とされて地に転がる。盾を押し出そうとも、それごと上下に両断されて命の灯を消していった。


 暁光立志団のところにも敵は押し寄せる。ただ、彼らも百戦錬磨の冒険者。魔獣ほどの機敏さはない兵士相手なら容易に受け止める。斬り結んでから殺到したところへ雷系の範囲魔法を落とした。

 一部は魔法散乱(レジスト)に阻まれるも、全てを効果範囲としている訳ではないらしく、一斉に集団で倒れる様があちこちで見られる。前衛も間断的に攻撃を入れて、戦闘不能の兵士を積み上げようとしていた。

 それでも数の圧力には耐え切れない。じわじわと半包囲態勢を取られつつあった。


「何を加減しているんです? そんな有様じゃ、お仲間が一人ひとり討ち取られていきますよ?」

 乱入してきた魔闘拳士が銀爪を振るうと、目の前の兵の首が飛んだ。

「無茶を言うな! 無闇やたらと殺せるか!」

「そんな事言っていて良いんですか? ほら、立ち上がってきますよ」


 雷系範囲魔法を食らった兵士の一団のうち、味方に踏まれて負傷していない兵士が麻痺から脱して立ち上がり、彼らを攻める手に加わっていく。受け止めなければならない軍勢は際限のないようにさえ見えてくる。


「フレイエス、持ち堪えられん! 一撃で戦闘不能にしてくれ!」

 ゼッツァーは食い縛った歯の隙間から指示を飛ばす。

「無理よー! そんな魔法直撃したら絶対に死んじゃうー!」

「飲み込め! そうでないと誰か死ぬ! セウェメンス!」


 戦斧バトルアックスを扱う仲間は十分な間合いを取って大きく振り上げないと効果は薄い。敵手の武器を刃や柄で受けている状態から攻撃に映るのは難しい。防戦一方になると、別の角度からの攻撃が受け止めきれずに、各所に手傷を負い始めていた。


治癒(キュア)!」

 魔法士がダメージコントロールに忙殺されるようになるとジリ貧である。

「頼む。先に敵を何とかしてくれ」

「や、いやぁ……。わたし……。爆炎球(バーストフレア)


 多くの兵がダメージを受ける。熱波を浴びて火傷を負い掻きむしって転げ回る者。焼けた金属防具に肌が張り付き、もんどりうつ者。そして、直撃を受けた場所には肉片が飛び散っている。


「あああ、わたし……。わたしは罪もない人を……」

 彼女は顔を覆って苦悩する。

「今は気にするな! これが戦争なんだ! そう思い込め!」

「だらしがないですねぇ」


 再びどこからともなく現れた青年は、ブアロックと盾を合わせて押し合いをしている重装兵の肩を掴んで振り向かせる。右の銀爪がきゅっと絞られ、目にも留まらぬ速さで突き込まれた。

 銀爪は盾を貫き、そして重装兵の腹も貫いている。吐血する相手には興味も無いと言わんばかりに突き放した。


 見れば、手傷を負っている仲間は多いが、今のところ誰一人として欠けていない。魔闘拳士の通った後には夥しい数の死体が転がっている。彼が居なければとうに全滅しているとは理解出来る。


(だが、この男は殺し過ぎる。極めて危険な男だ。あの方の傍に置いておくなど有ってはならない事だ)


 ゼッツァーはそんな思いを胸に抱いた。

戦場の話です。カイは冒険者流の戦い方が可能な配置に彼らを導くものの、という展開です。暁光立志団の面々は、ゼッツァーの方針もあるのかスレていません。荒事師にはあり得ない言動が目立ってしまっていますが、これはむしろ奇特なほうではあるのです。

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